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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――1
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タンザナイト――1―1

 目を開くと俺――富山陽平は見知らぬ裏路地らしき場所に立っていた。目の前に聳える建物は見覚えのない滑らかな質感の物でできており、俺にはそれがコンクリートをはじめとした既知の建築材とは思えなかった。

 どうやらここは本当に異世界のようだ。


 ポケットの中には携帯電話と学生証、財布の他に五色のクーピーが入っていた。

 これは今さっき名前も知らない彼に、特殊能力の副賞として渡されたものだ。渡された、のだろうか。どこか違和感を感じる。

 何をすればいいのかもわからないので、とりあえず賑やかな方へと向かう。


 開けた視界に飛び込んできた景色は、俺の知っている異世界召喚物、特に近頃のの定番である中世、近世ヨーロッパないしゲームの街や村をイメージした街並みだとは到底思えなかった。それどころか、現代日本とも思えない光景だ。

 もっとも、最初に飛び込んできたビルの時点で察しろというものだが。


 それにしても、異世界だというのに書いてある文字が日本語にしか見えず、聞こえてくる言葉も日本語にしか聞こえない。

 身体能力を調整すると言っていたが、その時にこういった言語の問題も解決してくれたのだろうか。

 歩きながら漠然と思ったことがあった。それは、俺の知っている異世界召喚とまるで違うという事だ。

 偶然見つけた広場にあった白くて清潔感のあるベンチに腰掛け俺は考える。これが俺の望んだ異世界なのだろうか、と。


 竜がいると彼は言っていたが、店頭の広告をはじめエアウインドウはどこにでもあるし、子供たちは腕についた端末を翳すだけで自動販売機で飲み物を買っていくし、当然のようにドローンの様な機械が配達しているし、こんなSFじみた世界を見ていると一体どこに竜がいるんだと大声で問いただしたくなる。

 ファンタジー的な世界に送られ、美少女に囲まれながら特殊能力を駆使してのんびり冒険、と言うのを想像していたが、どうにもこの世界はファンタジーとは相反する世界だとしか感じられない。


 今思い返せば、特殊能力を与えられたものの、使い方や条件など何も教わっていない。例えば、危機的状況の時にのみ発動するとか、条件が整えばいつでも使えるとか、こうすれば使えるといったことも何も教わっていない。


 財布があったとしても、先程見かけた自動販売機は電子マネー専用で、それ以前に、ここは異世界なのだから前の世界の貨幣が使えるとは思えない。

 俺をこの世界に送り込んだ彼の口ぶりからするに、身体能力の調整は強化、上方修正のはずだが、街は平和そのものでひったくりすら起きないために強化された実感もまるでわかない。

 確かに目はよくなっている様な気がするが、元々の視力で見たことがないので、本当によくなっているのか結局わからない。


「ああ、難易度ハードでゲーム開始された主人公って、こんな気持ちなのか」


 本当に何をすればいいのかわからず、意図せず小さな溜息が漏れる。

 何もしていないのに時間だけは過ぎていく。おかげで現状見事に今夜泊まる場所もなく、完璧なまでにホームレス状態だ。


「どうしたものか。食べ物なんて何もないからな。流石にクーピーは食べられないし。これならたしかに、ふぐや柿やぶどうの方がよかったのかもしれないな」


 まだ日が暮れるまでには時間はある。俺の知らない言語で言葉が全く通じないわけでもなく、幸い俺には日本語に見え、日本語に聞こえるのだから今から動けばなんとかなるかもしれないのだが、問題は、どこに行けばいいのか全くわからない。そもそもここがどこだか、自分が今どこにいるのかもわからないということだ。

 俺は再び溜息を吐く。


「ねえ君、昼間からすごく暗いけど。なにかあったの?」


 女性の声がして顔を上げるとそこには、灰色の髪と銀色の瞳をしたどちらかと言えば可愛い、いや、個人的には普通に可愛い女の子が俺を見ていた。


「大丈夫です。ちょっと、個人的な問題があって、どうしようかと悩んでいただけなので」


 大丈夫だと言ってしまったが、日雇いの仕事も見つからなければ見事、寝泊まりする場所すら確保できずに一夜、最悪このままずっと過ごすことになってしまう。


「そうなの、でも全然大丈夫な感じしないよ。ほら、私が聞いてあげるから、思い切って言っちゃいなよ。私が出来ることなら手伝ってあげるからさ」

「いやそれはちょっと、申し訳ないというか、初対面の相手に相談できるような内容ではないんで。あ、でも、すいません。道を教えてもらえないですか」

「道? 別にいいけど。どこ行きたいの」

「職安、です」


 彼女は一瞬驚くと、苦笑いに変わる。


「ごめん、ちょっと待って」


 そう言ってこめかみのあたりに手を当てると、俺からは見えないがキーボードでもあるのだろうか、それを叩いている様な仕草の後、目を動かしながらスライドしたり拡大している様な動作を行う。

 俺の目には見えないが、彼女が妄想でそんなことをしているようには見えないので、おそらく本当にあるのだろう。こういうところもいちいちSFじみていてどことなく苛立たしい。

 俺の望んだ異世界はこんなものじゃないんだと叫びたい。


「ちょっと、今度はどうしたの」

「いえ、何でもないんです。ただ、ドラゴンはいないんだろうななんて、ふと思っただけなんで」

「それは、うん。職案にドラゴンなんていないと思うけど。一応探してみる? ドラゴンのいる職案」


 この人は一体何を言っているんだ。俺の妄言にわざわざのってくれているのか。それとも、こんな世界なのに本当にいるのか。そんなファンタジーな生き物が。


「ごめんね、探してみたけどこの街にはそんなところなかったよ。それと、私から質問してもいいかな?」

「はい、なんですか」

「君はどこから来たの? この街の人じゃないよね」


 何をかはわからないが怪しまれている、それは俺でも何となく察することが出来る。

 やはり、突然ドラゴンがなんて言い出したものだから頭のおかしい人だとでも思われたのだろう。

 別にドラゴンである必要はなかったんだ。ゴブリンでも妖精でもスライムみたいな奴でも、それこそ魔法の一つや二つほど見られればこの世界にもファンタジー要素があるんだなと実感できただろうから。


「えっと、あっち、あっちの方から」


 異世界から来ましたなんて言って、余計に頭のおかしい人と思われたくないので、適当な方へ指をさして誤魔化そうと試みる。


「あっちってどっち。君、迷子なのに指さしてそれで合ってるの? 東西南北で答えてよ」


 言われてみればそれもそうだ。迷子の人にあっちから来たと言われてもそれがどこを差しているかなんてわからない。わかっているならその方向へ向かえばいいのだから。


「東、東です」


 日本と答えるわけにもいかないだろうから、とりあえず東と答えたが、この街が南鳥島的存在であった場合どうすればいいのだろうか。

 俺の答えを聞いた直後は苦笑いしていた彼女だったが、眉間のしわが徐々に深くなっていき、本気で考え初めたため、予想が当たっている様な気がしてならない。


「君、名前は?」


 一度深くうなずくと、彼女は俺の名前を聞いてきた。


「富山、富山陽平です」

「そう、私は長野愛梨。じゃあ陽平君、違ってたらごめんね。陽平君って今日泊まる場所もお金もないんでしょ? だったら、私の家に来なよ」

「え、いや、それはさすがに。俺と貴女初対面ですよ。どこの誰ともわからない変な奴いきなり家に連れてったらご家族に迷惑かかるでしょ」


 俺は胸元で両手を小さく振って拒むが、彼女は笑顔で手を差し出してくる。


「大丈夫だよ、私今マンションで一人暮らしだし何にも問題ないよ」

「問題大ありですよ愛梨さん。俺は男で貴女は女性なんですよ」

「なんだ、そんなこと気にしてたの?」


 仮に泊まることになった時、俺が最もと言ってもいい程気にしてい居たことをそんなことと切り捨てられた。こういうことは男性側が気にしすぎているだけなのか、それともこの人の感性が少しずれているのだろうか。


「大丈夫、陽平君に襲われた時の覚悟は今したし、それに友達も呼ぶから大丈夫だよ。その子私と違って可愛いから。よかったね」


 俺からすれば貴女も十二分に可愛いです。そんな言葉が頭の中に浮かんだが、恥ずかしすぎて言えるわけない。それに、襲われた時の覚悟は今したと言ったが、悩んでいたのはそれですか。

「でも本当に嫌なんだったらいいのよ。それでも職安までは案内してあげるから」

「いえ、よろしくお願いします」


 彼女は笑顔で小さく頭を下げる。


「早速私の家行こっか。ほら立って」


 差し伸ばされた彼女の手は俺の物より一回りも二回りも小さく、俺の手より少し冷たかった。

 俺は、自分の手よりも小さな手の、自分より身長の低い相手に、手を、引かれる。それが恥ずかしいだなんて微塵も感じず、その代りか、ほんの少しだけ幸せだと感じた。


「このまま、手繋いでいく?」


 いたずらに笑う彼女を見ると、途端に恥ずかしくなって俺は慌てて手を離した。

 悪い人ではないどころか今のところは俺にとってはいい人なのだが、彼女が何をしたいのかわからない。


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