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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――3
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タンザナイト――3―4

 朝目が覚めた時に見えた天井は見慣れないもので、隣には静かに微笑みかけてくる舞奈がいた。


「おはよう。意外と可愛い寝顔なのね。男の子の寝顔ってもっとおっさんみたいだと思ってたよ」


 楽しそうにけらけらと笑う。

 褒められているのか貶されているのか、何とも言えない複雑なものだ。


「朝ご飯はどうする? 魚焼く? お味噌汁いる?」

「別にいらない」

「そうなの、ならクッキーだね」


 嬉しそうにベッドの影からクッキーを持ち出した。この部屋は至る所にお菓子が隠されているのか。

 そもそもお菓子は朝食にはならないだろうが。口には出さなかったが、拳を握り締めて文句を言う。


「もしかして、朝食は私がよかったの? 甘えん坊さんね」

「違う。そんなことじゃない」

「違うんだ。なら、おはようのキスだね」


 溜息を吐いて、呆れや憐みを含ませた目を向ける。


「ごめんって、ふざけたのは謝るから。馬鹿にするような目は、やめて」


 辛いことを耐えているような、そんな引き攣った笑みを浮かべていた。


「そんなつもりじゃ……」


 俺は慌てて目を逸らす。

 どういう意味があっても、受け取り手によってそれは変わる。俺にそんな意図がなくても、舞奈はそう受け取ってしまったということだ。


「ごめん」


 その一言の後、クッキーを噛み砕くような音が聞こえる。


「ねえ陽平。今日はどうするの」

「とりあえず、一度帰る。その後は知らない、気分による」


 この場の空気の問題ではない。もともと帰りたいと主張していたという事、シャワーないし風呂に入りたいというのが理由だ。


「舞奈も流石に帰るだろう」

「私は、いるよ」

「いるって、風呂とかいろいろどうすんだよ。よくわからんけどさ」

「着替えは置いてあるし、お風呂も一階にあるから問題ないよ」


 そういう問題なのかと思うところもあった。しかし愛らしい笑顔を見せるものだから、強引に納得させらたように感じた。

 それからは言葉を殆ど交わすことがないまま、俺はその部屋を後にした。




 愛梨さんの部屋に戻った頃には、もう外出した後のようで誰もいなかった。

 リビングに置かれた花瓶には水すら入っていなかった。もう花は捨てられたようだ。


 全部枯れてしまったのだろう。仕方のないことだ。

 そこで一つの疑問が生じた。本当に枯れたのだろうかと。八本目を貰ったのは二日前の事だ。今まで二日で枯れたようなことはない。


 何か理由があったのだろうということで納得することにした。

 シャワーや歯磨きのような身支度を済ませると、俺はすぐ部屋を出る。

 見慣れた道を歩いて向かう先はいつも通りの公園で、ベンチには見慣れた先客が座っていた。


「理久」


 落ち込んでいるようではない。しかし、元気に満ち満ちているとは言えそうもなかった。

 理由は理久の方からすぐに話してくれた。


「お兄さん、酷いです。僕は昨日も会ってくれるって信じてたんです。だから僕は、お兄さんに内緒にしていたこと、隠していたことを明かそうって決意して昨日も来たんです。日が沈むまで待っていたんです。確かに仕方のないことかもしれません。お兄さんを責めるべきでも、お兄さんが責められるべきでもないってわかってるんです。わかってるんです。勝手に信じた僕がだめなんです。ごめんなさい、こんなこと言って。我儘で」


 起伏のあまりない、事務的にも感じられる声に、俺はどう対応すればいいのか全くわからない。


「それ、今話してくれるっていうのは」

「嫌ですだめです話しません。ごめんなさい、今日は、無理です」


 一瞬で断られた。それ程、理久にとっては勇気のいることだったのだろう。


「なんか、悪かったな。昨日会えなくて。ごめんな」

「いえ、僕の方こそ。勝手なことで。ごめんなさい。嫌わないでください、お兄さん。お願いです」

「嫌うも何も、理久は別に悪いことなんかしてないだろ」


 すると理久の方から安堵の溜息というのか、そんなものが聞こえてきた。


「そのうち、そのうち秘密とやらを教えてくれれば俺はそれでいい。理久はそれじゃだめなのか」

「僕は、お兄さんがそれでいいなら」


 勇気のいる秘密と言うのをいくつか想像してみた。

 根拠なんか何もない、実は双子ドッキリを仕掛けてましたという俺としては割とどうでもいいもの。毎日少しの間だけ会ってすぐに帰ってしまうというところから、実は近くの病院に入院していて近々転院するという少し重いもの。はたまた白い花から、実はもう死んでいて幽霊なんですというホラーファンタジーなもの。

 俺の想像力では、その程度が限界だった。


「お兄さんは占いって好きですか?」


 どのくらい時間が過ぎたのかわからないが、不意に理久が口を開き、とうとうその単語が飛び出した。

 この世界の人間はどれ程好きなんだ、占いを。

 好きだ、嫌いだ、どうでもいいというゲームさながらの選択肢が頭の中に浮かび上がり、どうでもいいを選択した。


「どうでもいい。俺はあんまりというか、全く気にしてないな」

「そうですか。人によりますよね。僕は好きですけど」

「で、お前は何が好きなんだ。お勧めとかはあるのか?」

「僕は占星術、所謂星占いが好きですよ。興味なくても聞いたことくらいはありますよね」


 星占いくらいは知っている。朝のニュースで出かける直前によくやっているやつだ。水晶玉を覗いているようないんちき臭いやつよりは、もっと大衆向けで娯楽に近いイメージがある。


「お兄さんの星座はなんですか」


 俺の星座は何か。たしかいて座か何かだったと思う。しかしいて座と答えていいものだろうか。

 頭を回転させ、なんと返答するべきかを考える。


「お、お前は何座なんだ」


 これが俺の出した答えだ。これがだめならわからないと答えることにしよう。


「僕? 僕はおひつじ座だよ。それでお兄さんは」

「俺は確かいて座とかだったと思う」


 この世界のかに座がどんなものか知らないが、名称が同じだったのでとりあえず答えてみた。

 理久は何も言わずに俺の顔を覗き込んでくる。


「へえ、そうなんだ」


 理久は満足げなので、どうやら乗り切れたようだ。

 俺の周りでは皆して占いの話を振ってくるのだから、念のために星占いくらいは触っておいた方がいいのだろうか。今後同じ話題を振られた時のために。

 或いは、理久にも俺が別の世界から来たと教えた方がいいのだろうか。


「お兄さん」

「ああ、まあ、だよなあ」


 膝の上に置かれていた花を差し出してくる。


「九本目ですよ、お兄さん」

「なんだ、お前も数えてたのか」

「当然です」


 なにか妙に誇らしく言うあたり、子供っぽさを感じる。成人を迎えていない俺も大概なのかもしれないけれど。


「それではお兄さん、また明日」

「またな。その、昨日は悪かったな」

「もういいですよ、あの話はまた近いうちに」


 去っていく理久の後姿を見て漠然とした正体不明の違和感を感じた。

 勘違いや思い違いかもしれないし、アクセサリーや服装といった変化があったのかもしれない。

 理久の姿が見えなくなるまで俺は一人、ベンチに座っていた。


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