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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――3
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タンザナイト――3―2

 粘ってみたが、結局出してもらえなかった。

 故に今は、フメルート カイミナシロップ漬け味等と言う訳のわからない程甘いジュースを飲みながら、りんごやオレンジの他に、未知の果物や、グミにキャラメル、チョコレートをはじめとしたお菓子を食べている。


 始まる前から嫌な予感はしていたが、予想通り、糖分の取りすぎで気持ちが悪い。

 俺にはどうすることも出来ないので仕方なく少しずつ飲んでいるが、果物風味の砂糖水はもういらない。


 アルコールでも入っていたのかと思うほどに舞奈は嬉嬉としてそれらを勧めてくる。

 甘えてくる女の子は可愛いのだろうと思っていたが、まさか俺の人生でそれを鬱陶しいと思う時が来るとは思わなかった。

 いや違う、変な砂糖水を勧めてこなければ十二分に可愛いのだ。


「舞奈、なんで甘い……、飲み物に甘い食べ物なんだ?」

「違うよ陽平、私が好きなものがここにはある。それが偶々甘いものばかりだったということなんだよ」


 舞奈はマシュマロを口へ運ぶと、すぐにキャラメルへと手を伸ばす。

 どうせ甘ければなんでもいいのだろう、なんて思ってしまう。


「陽平、今日は私の彼氏ってことで通してるんだから、ちゃんと相手してね」


 胸の中に湧き上がる小さなものは怒り、大きなものは呆れと呼ばれる感情だと俺は知っている。

「なら、舞奈。彼氏としてお前にこれ以上甘いものを与えるわけにはいかない。身体を壊すかもしれないからな」


 そう宣告して、手に取ったばかりのチョコレートを取り上げる。


「いじわるな彼氏さんね。でも。従うわ」


 不満そうというよりは嬉しそうに言うと、舞奈は恋人のように寄りかかってきた。

 舞奈自身からもすっきりとした甘い匂いが漂ってくる。

 日常的に糖分の取りすぎで身体が水あめになりました、なんてことはないだろうから、多分それはシャンプーの匂いだろう。


 舞奈は本気で今日一日を恋人同士で突き通すつもりなのだろうか。

 どうするべきなんだろうか。俺は。舞奈に合わせて恋人ごっこに付き合えばいいのか、はたまた意向を無視して今まで通りを貫き通せばいいのか。


 目を思い切り閉じてそのことだけを考える。

 目を開いてしまうと、きっと、胸の鼓動が高鳴って舞奈に伝わってしまうから。



「ねえ、陽平」


 甘いものを取り上げると甘ったるい声で話しかけてくる。

 唇を噛み、ふつふつと湧き上がってくる煩悩を抑え込み、平常であろうと心がける。


「ねえってば、よーへー」


 俺の髪の毛を引っ張り、注意を引こうとしてくるあたり、まるで駄々をこねる子供だ。これが所謂幼児退行というやつだろうか。


「なんだよ舞奈」


 耐えられなくなってそちらを向いてやると、舞奈はにへへと幼子のような笑みを浮かべていた。


「何でもないよ」


 そう言うと横になって、勝手に俺の太ももを枕にする。

 おかしいだろ、逆じゃないかなんて思ったが、足がしびれそうだということを除けば案外悪くないのかもしれない。


「ねえ、陽平」

「今度は何だよ」


 しつこくされるのも面倒なので、溜息交じりに答えてやる。


「キス、しよ」


 また馬鹿みたいなこと言ってるな、そんなことを思いながら頭を掻き、言葉の意味を考えていた。


「……は?」


 意味を理解すると意味が分からず、発言者の顔を見ると、今にも泣きそうな程に辛く切なそうな顔で、笑っていた。


「いきなり何言ってんだお前」

「わからないかな。キスしようって、キスしようって言ってるんだよ」

「そうじゃない、なんだって、理由はなんだって。目的、そう、目的は何なんだよ」


 舞奈は唇を噛んで言葉を閉ざす。


「理由、目的。どっちも君にとっては大したことじゃないと思うよ」


 言うつもりがないのかと思っていたが、そういうわけではないようだった。


「話してくれるのか?」


 舞奈は何も言わずに、ただ静かに頷くのみ。


「これ、先月くらいの話なんだけどね。好きな人がいたの。それで、その人に告白したんだけど、ふられちゃって。まだ、立ち直れてないんだよね」


 語られる弱音はそこで途切れた。


「はあ、それで?」


 全く意味が分からない。まず、何故恋愛相談されているのかがわからないし、それがどうして俺とキスしようまで発展するのかが全くわからない。

 今の話だけでは、好きな人にふられたけど気持ちの整理がなかなか出来ない人、というだけだ。


「その人の事を、忘れたかったの。そしたら占いで出会いがあるって。だから、だから君に、あなたに声をかけたの」


 自嘲的な笑みを浮かべ、訴えかけてくるように話す。

 好意を持ったことはあっても、本気の恋という経験の無い俺にはわからないことだった。


 ここのような大きな学校で、日々研究を続ける学者の卵のような人でも、弱っていると占いなんていうものを信じるんだな。そう言おうとしたが、何故か愛梨さんの事が頭をよぎり口を噤む。


「それは本当の話か?」

「嘘だったら、良かったんだけどね」


 舞奈は祈るように手を組むと、静かに瞳を閉じる。


「もったいないな、そいつは。その、舞奈はなかなか、可愛い、からさ。彼女が可愛いのは彼氏として嬉しいだろ」

「ありがとう。慰めてくれてるんだよね。ありがとう」


 自分が悪いと本気で信じ込んでいるかのような口調だった。

 しかし、ただ告白してふられたというだけなら、どちらが悪いなんていうものではないような気がする。


「彼には私が汚れて見えたのかもしれない。陽平の言う容姿の良さ、それに比肩する、或いは超える程に、本質的な部分で合わないと感じるものを見抜かれていたのかもしれないね」


 具体性の欠けた言葉に何と答えればいいのかわからず、黙ることしかできなかった。


「陽平はどう? 陽平から見た私はどう映る? 好いてくれる?」


 前の発言を踏まえて答えればいいのか、率直な思いを言えばいいのか、しばし悩んだ挙句に出た言葉は「好きだ」の一言だった。


「はは、ふられて間もない相手を口説きにかかるなんて、そんなこと言われたら。落ちちゃうよ」


 舞奈は横向きに体勢を変え、顔が見えなくなってしまう。

 ズボンの一点に湿り気を感じてことを察してしまい、そういうつもりではないなんて言える雰囲気ではなくなってしまった。

 こういうとなんだが、嵌められた気がしなくもない。


「恋人に、なってくれるんだよね?」


 そんなつもりはない、そうやって言うことは簡単だが口にすることは酷く難しいように思えて躊躇ってしまう。

 舞奈が傷つくことを、どこか懼れていた。つい先ほどまで名前も知らない、ただの荷物持ちだったというのに。


 名前のない他人から名前のある知人へ変化したからか、失恋話を聞いての情か、或いは本当に、気を持ってしまったのか。何故、こんなことで息苦しいほどに胸が苦しいのか。この感情の名前も、俺にはわからない。


「舞奈が、俺なんかでいいって、言うなら」


 俺の足の上で何度も小さく頷いた。


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