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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――3
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タンザナイト――3―1

 この世界の学校とはどんなものなのか気になっていたので、一度見てみたいとは思っていた。しかし、見たところで大した感想なんかなかった。

 大学なんて、調べたこともなければ文化祭に行ったこともないので規模なんて知らないという事だ。


 俺の通っていた高校の敷地より何倍も広いのだろう。

 なかなか規則は緩いのだろうなんて思っていたが、事実として緩そうだった。

 課題なのか何かを書いている人、カードゲームをしている人の他に、走り回る小学生くらいの子供たちがいる。


 あまり深く考えないようにして、付属小学校のようなものがあるのだろうくらいに思っておくことにした。

 外壁がガラス張りの白い建物へと案内され、中へ入る。

 リノリウムのような廊下を歩いて行き、〇二〇六号室と書かれた下に日高研究室と丸文字が彫刻された樹脂が取り付けられた部屋の前で止まる。


「なんだこれ」


 掘られた文字がきらきらと光って見えるのだ。


「それ私が作ったの。傷つけないでね。傷つけるとそこも光っちゃうから」


 電気で光るというわけではなく、光の反射で光っているようだった。

 こんな素材もあるんだなと感心していると、彼女がドアを開け、うっすらと甘い匂いが漂ってくる。


「入って、ここが私の研究室だから」


 言われなくても想像はつく。ジュースとは違うが甘い匂いがしているのだから。

 部屋の中には研究用機材と思われるものも多いが、どう考えても私物だろと言いたくなるようなゲーム機や漫画、それどころかベッドまである。

 彼女は部屋に入るなり、引き寄せられるかのようにソファの方へ歩いて行くと、靴を脱いでくつろぎだす。


「冷蔵庫はそこね、よろしく」


 命令するかのように指さす先には冷蔵庫に食器棚、システムキッチンまであった。

 冗談ではなくここで暮らせそうだ。

 冷蔵庫には素材は入口の物とは違うが、丸文字でまなと書かれたプレートがつけられていて、開けてみるとジュースばかりが山のように積まれていた。


「適当に空いてるところに入れといて」


 小さく溜息を吐いてから一本ずつ冷蔵庫の棚へと移していく。


「えーちーぜーんーくーんー」


 俺が作業をしていると、後ろの方から低く、ドスのきいた声が聞こえてきたので、何事かと振り返る。

 すると、ドアのところに白衣を着ている理知的な面持ちの男性が立っていた。


「あ、日高さん。どうしたんですか?」

「どうしたんですか? じゃない。本当に男を連れ込みましたか、越前君」


 日高さんと呼ばれた男性は越前君と呼ばれる彼女へと詰め寄る。

 こちらからは顔が見えないが、苛ついていることは間違いないだろう。


「男の一人や二人でそんなに騒ぎ立てることないと思いませんか、日高さん。ほら、貴方も立派な男、男性、雄じゃないですか」


 男性は頭を掻きながら俺にも聞こえるほどの大きな溜息を吐く。


「自由なことは一向に構いません。ですが、問題になったり、悪い噂がたたないようにお願いしたいものですねえ。お約束出来ますか、越前君」

「出来ません。愛する男性を前にして、ほんの僅かでもそういう気にならないというのは無理があると、そうは思いませんか。日高さん」


 彼女は両目を蒼く染め、聖女のような純白の表情で訴えかける。


「越前君、君の自制心はほんの僅かな感情すら抑えられないのですか」


 その言葉から、呆れているのは明確だが、俺には憐みのような感情が含まれているようにも思えた。


「いや、もういいや。君たちの恋路妨げるつもりはない。妨げるつもりはないが、越前君。そちらにかまけて論文の方をないがしろにしないように」


 彼女の生返事を無視して男性はこちらへ歩いてくる。


「初めまして彼氏君。私は日高、この学校で教員をやらせてもらっている」

「いや、俺は別に――」

「日高さーん、今日泊まらせてもらうね。二人で」


 俺は彼氏なんかではないと、正そうととしたところ彼女に遮られる。


「ここは、僕の、部屋なんだが」

「そう、だから主さんに断りを入れてるの」

「だめだと言ったところで君は聞かないだろう。全く。機材を壊さないようにな」


 溜息を吐いた日高さんは蔑むような眼で彼女を見ていた。

 教員が学生に向かってそんな目を向けていいのでしょうか。


「そんなことより、ひーだかさん。早くこの部屋下さいな」

「馬鹿か君は。やらんと何度も言っているだろう。欲しければ奪い取って見せろ」

「日高さん……。やっぱりなんでもない」


 日高さんは首を振りながら短く溜息を吐く。


「過度にはめを外さないよう、恋人の君からもその都度言ってもらえると助かる」

「あの、別に俺は彼女の――」

「日高さん日高さん日高さーん」


 普段から相当苛つかせているのだろうか、名前を呼ばれただけで眉間にしわを寄せ、大きく息を吐いた。

 ただその顔は、苛立たしいだけの相手や憎い相手に向けるようなものではなかった。きっと、手のかかる教え子、くらいに落ち着いているのだろう。


 それはいいとして、また彼女に妨害され、本当のことを話せなかった。

 狙っているのではないかと勘繰ってしまう。

 日高さんは彼女のもとへ歩いて行って何か言い合いを始める。


 声を荒げることはあっても険悪な雰囲気は無い。彼女が楽しそうに笑っているのがその証明だろう。

 冷蔵庫の扉を、閉めた。




 二人が楽しそうに口論している間、俺は何もせずにずっとそれを見ていた。


「さて、そろそろ行くが、越前君。僕のいない間に少しくらいは作業に進捗があると、嬉しいのだがね」

「それは私の気分次第ね」

「では、よろしく頼むよ彼氏君」


 日高さんはそう言って出ていくが、その瞬間、誰かと遭遇したようだ。


「おや、僕に何か用でもあるのかい?」


 壁や日高さんの影に隠れてよく見えないが、声から察するに女性のようだった。

 その声も小さく、何を言っているのか聞き取れない。


「そうかい、それなら僕は失礼するよ」


 日高さんがドアを閉めるころにはもう、その人の姿はなかった。


「これで、私が知っているだけでも五人目ね」


 何のことかわからず、間の抜けた声を出してしまう。


「あの人目当てでこの研究室まで来た女の子の数よ」

「もてるんですね、日高さん」

「顔はいいからね」


 他はだめだと言っているような口ぶりだった。


「二人って実は仲が悪いんですか」

「なんでそう思ったのかな」


 冗談で聞いたつもりだったが、真面目に受け止められる。

 冗談が通じないのか、もっと冗談めかして言った方がよかったのだろうか。


「さっきの口論と今の発言を踏まえて、ですかね」

「そっかそっか」


 彼女はそう呟きながら横になって目を閉じる。


「別に悪くもなんともないんだけどね。私はそう思ってるし、きっと向こうも」


 互いに信頼しているということで、きっとあれが、二人なりのコミュニケーションなのだろう。


「違う違うそうじゃない。俺、別に貴女の恋人じゃないですよね。そもそも、名前も知りませんよ」

「あれ、そうだっけ。ごめんね。それと、名前知らないって、察し悪いな、君は」


 彼女は、にやにやと悪い予感しかしない笑みを浮かべながら言う。


「えちぜん、まなさん、で合ってますか」

「そう、越前舞奈。知ってるじゃない」


 言われたことも成し遂げ、これ以上この場に居ても、悪いことしか起きない気がしたので俺は帰ろうとしたが、どうしたものかドアノブが一向に回らず、どういうことかと見てみると、ドアノブの上に取り付けられた小さな画面にアルファベットでクローズドと表示されていた。


「この人はっ――」


 勢いよく振り返って睨みつけるが、白い少女のような表情の越前さんに負けてしまい、保てなくなる。


「さて、お茶会しよっか」

「帰らせてください、越前さん」

「え? 帰らせないよ。それにまーな、舞奈って呼んで。さあ、はい」


 小学生か、いや、保育園児のような目で俺を見つめてくる。


「えっと、舞奈さん」

「舞奈だよ、まーな」


 俺がさんをつけて呼ぶのは、面倒を見てもらったから、お世話になったからと言う理由もあったが、一番は恥ずかしいからだ。


「それじゃあ、舞奈。帰らせて」

「ダメっ、お茶会しよっ」


 人差し指を交差させ、胸元でばつ印を作る。

 俺は胸の中で、面倒な人に捕まったなと、悪態をつく。


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