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-タンザナイト-  作者: プレイヤー1
タンザナイト――プロローグ
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プロローグ

 窓の外には青空の中を鳥が飛んでいた。教壇に立つ教師は詩家を目指した孤独で哀れな者の変身譚を朗読している。

 俺――富山陽平はそんな平凡な光景を退屈に感じていた。その作品のどこがいいのか、とくに漢詩なんてテストを難しくする要因なだけだろ、なんて頭の中で吐き捨てた。


 アニメやゲームのように異世界にいけたらきっと楽しいだろうな。そんなあり得ない非日常を願って溜息を吐く。

 朗読がどこか子守歌のようにも聞こえて眠くなる。


「いいよ、その願い。叶えてあげるよ」


 そんな言葉が教師の朗読よりも明瞭に聞こえた。

 その声に驚いて辺りを見回したが、クラスメイトのではない声の主はどこにも見当たらない。

 夢の中の言葉を寝ぼけて現実だと誤認したのだろう。情けない。

 溜息を吐いて窓の外へ視線を移すと奇妙な光景が広がっていた。


 太陽が出ているにもかかわらず、いや、今の今まで青空だったにもかかわらず、夜空が広がっていた。

 俺個人としては異常事態なのだが、クラスメイトも教師も窓の向こう側も、何も起きていないかのように振る舞う。


「ねえ富山君。僕はさ、この作品が好きなんだよね」


 隣の席から話しかけてくるが、どう見ても彼がクラスメイトには見えない。俺の隣の席は、俺より少し背の高くて眼鏡をかけた北村という男子学生のはずだからだ。少なくとも俺の知る北村は、夏も近づいてきているこの時期に、教室内で真冬のコートなんか着るようなやつではないと俺は思っている。


「あら、どうしたの。そんな呆けた顔しちゃって」


 夜空のように綺麗な群青色をした彼の瞳が俺のことを捉えて離さない。


「僕はね、君の願いを叶えに来たんだよ。そう、それも君は特別なの。だって、面白そうだったからさ。君のお願い事は。それでなんとなく来たんだよ」


 彼は小さく、こらえるようにしてくくくと笑う。


「そう、あれだよ、くじ引きで一等賞だった、くらいの感じだよ」

「お前、何言ってんだ?」

「わかんないの、願い事叶えてあげるよって、僕はもう先に述べたのだけれど」


 彼は不思議そうな顔で首をかしげる。


「それはもう聞いた。だから、それがどういう事なんだって。そんなこと普通出来ないだろ。仮に出来たとして、あの空もお前か、お前がやったのか」

「そのままの意味だよ。普通出来なくても僕なら出来る。だから、願いを叶えてあげられるんだよ」


 彼は目を俺の教科書へと移し、淡々と述べる。

 突然現れたおかしな奴に、願い事を叶えてあげる等と言われても、はいそうですかと、自然に受け答えできる方がおかしいと俺は思う。



「それにしても、君が信じてくれないと話が進まないのよね。まあでもそうか。幽霊信じない奴のもとに幽霊連れて行っても、未確認生物信じない奴の前に未確認生物連れてっても信じないものね。世の中にある事実は、自分が盲信するもの以外は全て虚構だって、そう決めつけてしまう無能も多いものね。だから、これはある種仕方のないことなのかもしれないね。割とすぐに話を聞いてくれる人もいれば、長々と話さなければならない場合も、まあ、今までもいたし、これからもきっと沢山いるでしょうね。ああ、でもそうか、この時点で進むなら、君はまだ早い方なのかな」

「はいはいわかったわかった。信じればいいんだろ」


 別に信じたわけではない。このおかしな奴には早々に消えてもらいたかった。半ば呆れていたといっても差し支えないだろう。

 このとき俺は、まさにこれが明晰夢なのではと思い至った。

 授業中に非日常を願って眠ってしまったのだろう。確かにこんなおかしな奴が唐突に現れるのは非日常的だが、そうじゃないだろ俺よ。


「まだ信じてないようだけどいいや。もう願いは聞いた。すぐにこれが明晰夢や妄想なんかではなく現実だって知ることになるからさ」


 薄ら笑いを浮かべた彼が指を鳴らすと、足元に群青色の大きな渦が現れてゆっくりと足から呑み込まれる。


「なんだよこれ、おい、おい!」


 クラスメイトも教師も、いや、もしかすると世界そのものもだろうか、俺がその場に存在しないかのように誰一人として見向きもしない。


「実はね、君はどうでもよかったりするの。さっき言ったように本当にくじ引きで偶然当たったからくらいの大したことない理由なの」


 既に胸の辺りまで謎の渦に呑まれ、未だに足がつかない。これは、恐怖以外の何物でもなかった。

 どれ程声を荒げても、彼は聞き入れる気がないのか、俺の教科書を手に取って教科書を朗読するだけだった。


 視界も闇に包まれ、伸ばした指先までもが闇に包まれると、軽い衝撃と共に着地する。

 そこはどこかの部屋の中のようで、リノリウムの床とテーブル、それを挟む暖かそうなソファと奥の方には別の椅子に、SFなどでよく見かけるエアディスプレイの様なものが何十、いや、百を超えているかもしれないという数が出力されていた。


「長らくもがいていたみたいだけれど、疲れなかった?」


 奥の椅子が回転すると、名前もまだ知らない彼が現れる。


「まあ、そんなことどうでもいいや。異世界を願った君の為に、僕がこれから君を異世界へ送り届けてあげるのよ。因みに、ここはある種僕の部屋? 自室? よくわかんないけど、君からすれば既にここは異世界という事になるね」


 この場所が異世界だという事より、彼自身自分の部屋かどうかも曖昧なこの部屋の方も気になる。


「じゃあその画面みたいなやつは魔法か千里眼的なやつなのか」

「中らずと雖も遠からず、それでいて全く違う。君たちの、その、異世界イコール魔法という発想はどうにかならないのかな」

「それは、悪かった。悪かったのか?」


 彼は立ち上がると、伸びをしながらゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「君がこれから行く世界には超能力的なものがあるのよ――」

「俺はそれをどのくらい使えるんだ?」

「そう、急ぐな。全く、急いては事をし損じるという言葉を知らないのか。あれ、急いては犬も棒に当たるだっけ、河童も木から落ちるだっけ。急いては河童も棒に当たる?」


 こいつは何を言っているんだ。口には出さないが心の中ではそう呟く。


「何言ってるんだみたいな顔してるから急いで本題へ移ろっか」


 彼が指を鳴らすと、何もない空間からくじびきとひらがなで書かれた穴の開いた段ボール箱が現れた。


「何を引くか、何が入ってるかわからないどきどきわくわくくじ引き。君の所に行く前に作った」

「何が入ってるかってなんだよ、くじ引きじゃねえのかよ」

「さあね、もしかしたらアンボイナかもしれないし、カツオノエボシかもしれない。オニダルマオコゼか、スベスベマンジュウガニかもしれない。それは、手を突っ込んでからのお楽しみ。さあ、引いた引いた」


 彼は楽しそうに笑いながら段ボールの箱を突き付けてくる。

 もう、この時点で穴から中をのぞくことが出来、入っているものがただの紙切れだとわかってしまっている。

 それにしても、スベスベマンジュウガニは最近バラエティー番組で見たが、確か毒を持った蟹だった気がする。いや、俺が知らないだけで、全部毒をもった生き物なのだろうか。

 手を入れることを躊躇っていると、更に箱を近づけてきた。


「わかったよもう」


 覚悟を決めて手を突っ込んだが、どうにも生き物が入っている感じは全くせず、箱の中身はどうやら紙切ればかりのようだった。

 引いた紙を開いてみると、真ん中に茶、と乱雑に走り書きされているだけだった。


「茶かあ、まあ、そんなものか。因みに、一等賞は天然ふぐだったんだよ。おしいなあ、あっちの世界で美味しい天然フグを食べられるところだったのに。僕は食べたことないけど」

「なんだそれ、異世界に持っていけるもののくじ引きだったのかよ。茶って、俺が持っていけるものお茶だけなのか!」

「もしかして、馬鹿かなって思っていたけど、茶色もわかんないほど馬鹿なの? 色だよ、茶色だよ茶色。絵具適当にぐちゃぐちゃ混ぜたら出来上がる色だよ」


 彼は床に箱を置くと、中に手を突っ込んで茶色のクーピーを取り出す。どこに入っていたんだ。


「はい、あげる」

「いらねえよ、お茶の方がマシじゃねえかよ」

「全く、茶色もわかんない程の馬鹿だけど商売上手だな君は。じゃあ銀色もおまけでつけてあげるよ。ね」


 そう言って箱の中から銀色のクーピーを一本取り出す。どこに入っていたんだ。


「いらねえよ」

「他の色も付けてあげるよ、それでもいらない?」


 クーピーを左右に振りながらしつこく聞いてくる。


「いや、いらねえよ、そうじゃないだろ」

「そうなの、残念」


 まるで何かのコンテストで落選した時のような顔で彼は溜息を吐いた。クーピーをいらないと言われたことがそれ程残念だったのだろうか。


「まあいっか」


 唐突に笑顔になると、彼は手に持ったクーピーを後ろへ放り投げ、即座に指を鳴らす。すると放られたそれらはたちまち消えてしまう。


「さて、と。話を進めるとしようか。茶と言うのは向こうの世界での能力を示すもの。岩や土なんかを操る力、岩石操作系能力とカテゴライズされる能力を差すものなのですよ。そういったようにあの紙には赤、蒼、緑、白、紫、青みたいに、殆どの紙には色の名前が書いてあったんだよ」

「殆どって、どういうことだよ」

「いや、さっき言ったじゃん。一等は天然ふぐなんだって。それで二等がぶどうで三等が柿で四等が能力だったんだよ」


 それがさも当然かのように彼は淡々と告げる。


「特殊能力と食べ物だったら特殊能力の方が当たりだろ。寧ろそいつら外れじゃねえか」

「まあいいじゃない。副賞はクーピーなんだし」

「副賞は、まあ、そうかもしれないけどさ」


 そういう問題だろうか。釈然としないが、こういったところが持つものと持たざる者の差だろうか。


「あ、もしかして、食べ飽きちゃってたりアレルギーだったりしちゃう系男子なのかい。君は」

「いや、食べたこともないしアレルギーでもないと思うけどさ、そういう問題じゃないだろうが。異世界だぞ、特殊能力の存在する異世界だぞ。魔法なり特殊能力なりが存在する世界ならそういうもの欲しがるだろ、普通は」


 何故だろうか、俺の知っている異世界召喚系の物語と今のところずれている感じしかしない。

 彼は目に見えてわかりやすい作り笑いを浮かべて溜息を吐いたが、俺も溜息を吐いていいだろうか。


「そろそろいい加減、君をあっちに送り届けることにするよ」


 右手人差し指と中指を真っ直ぐ伸ばすと俺の方へ突き付けてきた。


「そうだ、一つ聞きたい。その世界に竜とかドラゴンみたいなのって」

「ああ、いるよ。そんなことはいいとして、君今のままだと弱すぎて話にならないから、膂力、というか身体能力等に調整かけるね」


 彼は左手の人差し指を自分の唇に当てて笑みを浮かべながらそんなことを言う。

 喧嘩なんてしたことないし弱いことは自分でわかっているが、改めて言われると少しだけ反抗したくなる。

 体の周りに淡い群青色の光が漂いはじめ、体にほんの少しの違和感を感じた。それは例えば視界がぼやけたり明瞭になったり、体が軽くなったり重くなったりといった感じだ。

 違和感も感じなくなった頃に突如群青の光が強くなり、俺は思わず目を閉じた。


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