Ep.2
長い眠りから覚めた気分だった。
実際長く寝ていた訳ではない。きっとまだ1時間程度しか経っていないのだろうが、私の体は長い睡眠による疲弊の様な物に襲われていた。
身体が所々痛む。特に左腕。
はっきりとした感覚はもう既に失われていたその左腕を擡げて見ると、肘から先に伸びているはずの腕が、明らかにおかしい方向へと捻れていた。感覚がない原因はこれか。
酷く冷静な私の身体を無理矢理起こそうとするも、この間新調した白い服の裾が瓦礫の下敷きになっていて、思う様に動けなかった。
仕方なく裾を引きちぎり、私は立ち上がった。
目の前には、もう私の知っている街など跡形もなかった。
よく帰り道に夕飯の買い物に行っていた市場も、人が多くいつも賑わっていた噴水広場も、住民が皆和気藹々としていた住宅街も。
何もかもが瓦礫になっていた。
私はこれは悪い夢だと思った。いや、悪い夢であってほしい。
唐突に彗星が落ちてきて、私達の暮らしを跡形もなく粉々に壊していく。
これが悪い夢じゃなくてなんなのだろう?現実味がなさすぎて寧ろ笑えてくる。
私は少し歩いてみることにした。軋む左腕を抱き、裸足のまま、街の中央を目指して歩いた。
大聖堂。あの中になら、まだ人はいるのだろうか。
そんな期待を抱きながら訪れた大聖堂は、酷く静まりかえっていた。
人の気配など微塵もなく、きっと誰も避難してはいなかったんだろう、と思った。
彗星など子供の悪戯の様なこと、とでも軽く流したのだろう。トレモの像が不気味に手を点に掲げ笑っている。私はその像を一瞥し、その場を後にした。
ふと、母と妹の顔が思い浮かんだ。そう言えばあの2人は大丈夫だろうか。いや、エルザ村の皆はどうか。彼処には地下室も無ければシェルターもない。彗星の衝突による爆風など耐えられる訳がない。私は急に心配になり、村に向けて走り出そうとした矢先、何かにつまづいて大きく転んでしまった。幸い擦りむきはしなかったものの、左腕から倒れてしまったため痛みで意識が飛びそうになる。なんとか堪え、落ちていたものを拾い上げてみた。
それは、若い少女の腕だった。
見覚えのある、少女の腕。
「……先輩」
私はその腕を胸に抱いた。これは夢だ。先輩は死んではいない。タチの悪い夢を見続けているだけだ。だが、転んだ時感じた痛みは確かに本物だった。そもそもこの左腕にずっと感じていた痛みは、ずっとハッキリとしていたものだった。だけど、私はそんな事信じたくはなかった。村に戻れば、私をみんなが待っていてくれる。笑顔で手を振り、それに私は手を振り返すのだ。そうに違いない。
私は先輩の腕を瓦礫の傍らに置き、村へと急いだ。
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この夢は何処までタチが悪いのだろうか。
私の故郷は見るも無残に砕け散っていた。
ノーグおじさんの畑も、仲良しだった友達の家も。
何もかも、もうゴミだった。
それでも母と妹は生きていると、私は信じ走った。微かな希望を抱きながら家があった場所に着てみると、そこに家と呼べるものは無かった。あるのは崩れた瓦礫の山。その向こう、瓦礫の下敷きになっている人を見つけた。
私はその瓦礫をどけてみると、そこには、妹をしっかりと抱き締め、守ろうとしている母の姿があった。両方とも幸せそうな顔をしている。まるで、死んだ事さえ忘れて眠っているかのように。
私は2人の傍で腰折り、母の手を取った。もう冷たくなってしまったの母の手は、それでもしっかり母の手であり、今にも私の髪をすいてくれそうだった。
ふと、頬を水が伝った。泣いている。目の前に広がる世界が、現実が、私に「夢じゃない」と突き付けていた。
何故なのか。私が何をしたというのか。何故このような仕打ちを受けなくてはならないのか。
もうどうにもならないことは分かっていたが、それでも誰かに助けて欲しくて、私は瓦礫の山を走り回った。白い素足に煤が飛び散る。裸足で瓦礫を踏み抜くのは堪らず痛かったが、構わず走った。
きっとどこかで私を待っていてくれている人がいる。
そう信じて走り続けた。
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どのくらい走っただろうか。
足はもう動かない。左腕はもうとっくに息絶えたようだ。
私はかろうじて残っていた鉄柱にもたれ、呆然としていた。
母も妹も亡くした。ノーグおじさんも、頼れる先輩も。そして、エルザ村の皆も。
私は生きがいを失ったのだ。もう生きている意味などないと感じた。
このまま眠れば楽に逝けるのだろうか。皆の待つ極楽浄土に旅立てるのだろうか。
そんな夢物語に思いを馳せ、目を閉じようとしていた。
その時だった。
「見つけた……」
はっ、と顔を上げると、そこには私の顔を覗き込む少年の顔があった。
いつからここに?というか誰?
だが、それを問う体力などもう無かった。
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「……眠っちゃった、か」
明らかに疲弊している少女の寝顔を見、僕はその身体に手を伸ばした。
そして、僕の首に架かっているリングを少女の腕に近付けた。
すると、近付けた途端少女の腕に紋章が浮かび上がってきた。やはりか。
「『グラントリガー』」
僕はようやく出逢えた。この少女さえいれば、
この馬鹿げた『彗星』を無かったことに出来る。
僕だってこの彗星は迷惑だった。きっとこの少女もそうだろう。生き残って、逃げ惑って、さぞ悲しい現実を直視したのだろう。綺麗な足は傷だらけで、服はもうただの布だ。胸部が露出していることなどもう厭わなかったのだろう。それだけ必死に生き残りを探していたのだ。
「……さてと」
まずはこの少女に僕の全てを話そう。僕のやるべきことはそれからだ。僕は少女を抱え、『秘密基地』へ急いだ。
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「ん……」
明るい。それに、柔らかい。
私は今何に乗っている?本当に極楽に行ってしまったのだろうか?
「……っ」
だが、身体を走る痛みが、現実を教えてくれた。少し冷静になってから、辺りを見渡してみた。
薄明るい部屋を照らすランプは、今にも消えそうにちりちりと光り続けていた。
私は今ベッドの上にいるようだ。左腕に包帯が巻かれている。誰かが手当てしてくれたのだろうか?窓は無く、地下室のような印象を受けた。
ふと、私が乗っているベッドにもたれて寝ている人影を見た。若い、男だろうか。すうすうと寝息を立てて寝ている。その手には包帯が握られていた。きっとこの少年が私を手当てしてくれたのだろう。
そんな少年の横顔を眺めていると、少年が目を覚ました。そのまま朧気な目をこちらに向け、軽く微笑んだ。
「やぁ。勝手に看病させてもらったよ」
少年が私の服を指さした。気付けば、ボロボロだった服は無く、新しい白い服になっていた。
「ねぇ、貴方は誰?ここは何処?」
「大丈夫、1つずつちゃんと話すよ。」
少年は立ち上がり椅子を持ち出すと、私の近くまで来て腰掛けた。
「初めまして。僕は、うーん、今は『luz』でいいよ。」
「えーと……luz?luzは、その……」
「知ってるよ。あの彗星の事だろ」
luzはコーヒーポットを取り出すと、コーヒーカップにコーヒーを注いでくれた。少し苦かったが、あの衝突から1度も飲み食いしていなかったので、体にしみるようだった。
「あの彗星の衝突で、人類は絶滅するはずだったんだ。」
「え、それって、どういう……」
「カトブレパスの託宣」
その言葉を聞いて、私は理解した。同時に困惑した。
「カトブレパスの託宣?それは御伽噺の内の1つでしょう?」
「いいや、違ったんだ。僕はずっと調べていた。カトブレパスの託宣と、この世界の歪みの関連性についてね」
「歪み?」
「そう。近頃、異常気象が目立ってきたんだ。僕はそれを『歪み』と呼んでいるんだけど、それには起きるトリガーとなるある出来事があるんだ。」
luzは世界地図のようなものを取り出し、私に見せてきた。そこにはびっしりと文字列が並んでおり、見るだけで安眠できそうなくらいだった。
「ここ。ザルバトラス島の氷雪バイオームの減少も、ゼルドナ島付近の気温が右肩上がりなままなのも、全て彗星の衝突の影響なんだ。」
「彗星は、ずっと前から落ちていたの……?」
「そうみたい。そしてこれは全て、カトブレパスの託宣によって記されていたんだ」
「そんな、じゃあ、ここに落ちてきたのは」
「勿論、予言されていたものだった、ってこと」
知らなかった。あの御伽噺が、それほど恐ろしいものだったなんて。カトブレパスの託宣など、実在するはずもないと思っていた。だが、こうして今私達に降り掛かった災厄は、全てそれが原因だと、luzは言う。
「カトブレパスの託宣によると、この彗星の衝突で人類は滅亡。そう書いてあったんだ。だから、僕は逃げた。僕だけはそれを知っていたから、この地下室を作った。この地下室は絶対に壊れない。僕の自信作さ」
「じゃあ、どうして、私は」
「……それを説明してなかったね」
luzは私の腕を取り、
「見ててね」
そして、luzの胸に架かっていたリングを近付けた。すると、私の腕に蒼い紋章が浮かび上がった。思わず悲鳴が漏れる。
「こ、これって……?」
「『グラントリガー』、カトブレパスの力に対抗する事が出来る選ばれし人間」
「えっ……?」
「どうか、僕に力を貸してほしい。君がいれば、」
luzは、私の右手をとり、こう言った。
「この世界を救えるんだ」
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それから色々な事を教えて貰った。
グラントリガーはこの世界に1人だけ。この世界の中心に佇む『エルバトリアス島』にある祭壇にグラントリガーの血を捧げれば、この世界の綻びは元に戻る事。
ふと、あの不思議な出来事を思い出した。
「ねぇluz、そう言えば、あの彗星、私以外には見えてないみたいだったの。これもやっぱりグラントリガーが関係してるの?」
「あぁ、そうみたいだ。グラントリガーになる事でカトブレパスの託宣に対抗する事が出来る。即ち、託宣を読み解き、理解する事が出来るようになるみたい」
「ん?ちょっと待って、ならなんでluzはカトブレパスの託宣を読み解けたの?グラントリガーはこの世に1人だけなんでしょう?」
「僕はグラントリガーに"最も近い存在"なんだ。このリングを作れたのも、多分その素質があったからだと思う」
luzが胸のリングを手で持ち上げて眺め始めた。
あのリング、確か私の腕の紋章を浮かび上がらせる時に使ってたな。何か、グラントリガーの力を増幅させる魔法具なのかも……。
「それにしても、僕はグラントリガーに限りなく近い存在ではあるけど、本物のグラントリガーには初めて会ったんだよね……。」
私の身体をじろじろ見てくるluz。グラントリガーになっていても、私の見てくれは他の人間と変わらない。
「ねぇ、グラントリガーになる前となった後で変わった事とかない?」
「そんな事言われても、いつなったかなんて分からないしなあ……」
そう言って、私は自分の身体を見下ろしてみた。
そう言えば、少し胸が大きくなった気がする。気のせいだろうか?もしかしてこれもグラントリガーの影響?まさか。
私は心の中でほくそ笑んだ。
「そっかー、いつなったかなんて分かるものじゃないのか、そりゃわかんないね、はは」
luzは勢いよく椅子を立つと、こちらに顔をぐっと近づけてきた。
「さぁ、傷も癒えたら出発だ。エルバトリアスは遠いからね」
そう言って微笑むとluzは部屋から出ていってしまった。
グラントリガー。カトブレパスの託宣。そしてluz。急に私を取り巻く世界が変わってしまった。いや変わりすぎてしまった。私はこれからどうなってしまうのだろうか……。
この変化に適応するには、まだ時間がかかるみたいだ……。そんなことを考えながら、再び私は微睡んだ。
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再び目を覚ました時には、私の傷はかなり回復してきていた。
左腕ももう不自由はない程度に回復し、身体中の傷はもうほぼなかった。
これもグラントリガーの恩恵なのだろうか……?グラントリガー、ますます分からなくなってきた。
私はベッドから降り、近くに用意されてた洋服を着た。綺麗にアイロンまでかかっている所を見るに、luzは結構好青年なのかもしれない。
コートを羽織った所で、部屋の戸が開いた。
「おはよう。もう朝だけど、傷は大丈夫?」
「ええ、嘘みたいに治ってる。これもグラントリガーの力なのかしら?」
「さぁね、そんなスーパーマンみたいに万能になれる訳じゃないと思うけど……。」
「もしそうだとしたら、少し楽しいかも。」
「この状況楽しめるって、レイ、結構肝が太いんだね……。」
「あれ?どうして私の名前を……?」
「リングを通した時に分かったんだ。君のスリーサイズまで知ってるんだよ」
「……」
軽蔑の目に変わった私を見て「はは、冗談だよ」と笑うluz。どうりで、ぴったりな服を用意してくれているんだろうな……。
「さて、行こうか。荷物は全部僕が持つよ」
「行こうって、エルバトリアスに?」
「どうせ何処に行っても彗星の影響でまともに機能してる街はないと思うから、まぁ適当に、野宿でもしながら向かうつもりだよ」
「……ちなみに、ここからエルバトリアスまでは、どれくらいなの?」
「ゆっくり歩いて2ヶ月くらい」
私は項垂れた。何せこの世界の中心だ。これでもまだ近い方なのかもしれない……。
「大丈夫。僕の秘密兵器があれば、野宿なんて怖くない怖くない」
「……夜、襲ったりしないでしょうね」
「そんな不躾な」
けらけら笑いながら部屋を出ていくluzについて行く。本当に大丈夫なのだろうか……。散々散らかった廊下を慎重に進んでいく。
そして、玄関と思われる所から出ようとした所、突然立ち止まったluzの背中に鼻をぶつけた。
どうしたのか、と声をかけようとしたところ、luzが笑顔で手を引っ張ってきた。
「ねぇ、ほら見てよ!辺り一面クリスタル!」
「わぁ……」
外に出てみると、そこはクリスタルの世界だった。辺り一面、ラピスラズリのような、真っ青なクリスタルの地面に埋め尽くされていた。どういう訳か、なぎ倒された木も、近くの瓦礫も、何もかもがクリスタルになっていた。
「ここは、レイのいた村からは少し離れたグラッサ村って所なんだけど、多分あの彗星の影響で、この村辺り一面の地面や物体がクリスタル化したんだと思う」
「そんな事ってあるの?」
「今までそんな事は1度もなかったんだけど、カトブレパスの託宣には、『終焉:鉱物に支配』って書いてあったんだ。きっと、この事を指し示しているんだと思う。」
「へぇ……カトブレパスの託宣も、中々訳が分からないね……?」
luzが取り出した大きな書物を受け取った。『カトブレパスの託宣』。これがその書物らしい。ぱらぱらと捲ってみた。そこには、文字と呼べるのかももう疑わしい図形列が並べられていた。が、私はそれが読める。理由は説明するまでもないだろう。
ん……?『終焉:機械が蔓延る世界』……?
どういう事なのだろう。彗星が落ちてきた後の世界を表しているのだろうが、機械……?
「レイ、行こう。こっちだ」
「あ、うん」
私は本を閉じ、luzに付いていった。後でじっくり読ませてもらうことにしよう。
蒼いクリスタルの上を進みながら、luzに聞いてみた。
「ねぇ、どうしてこっちだって分かるの?」
「僕のこのコンパスは『命の起源』に向くように作られているんだ。あぁ、命の起源ってのは、エルバトリアスにある、大きなクリスタルの事ね」
「成程。それなら聞いたことあるわ。じゃあ、そのコンパスを頼りにすれば、エルバトリアスに着けるってわけね」
「ご名答。気長に行けば、いつか着くさ」
そんな時、私にコンパスを見せつけるように後ろ向きで歩いていたluzがバランスを崩して転んだ。その拍子に、手に持っていたコンパスが飛んでいく。
「あーっ!何やってるのよ!」
「あははうっかり……」
尻もちをついているluzを置いて、クリスタルを転がっていくコンパスを追いかける。凹凸がほぼないクリスタルの床の上を、コンパスは元気よく転がっていく。
私はなんとか追い付いて、コンパスを拾い上げた。だが、拾い上げた姿勢が悪かったらしい。
拾った途端に転んだ私はそのまましたたかに背中を地面にぶつけてしまった。痛みがダイレクトに背中を駆け抜ける。
遅れてやってきたluzが私に手を伸ばしてきた。
「大丈夫?結構痛そうな音だったけど」
「元はと言えばluzのせいでしょ……ん?」
伸ばされた手を取ろうとした私の視界に、変な物が飛び込んできた。あれは……
「……宇宙船?」
luzがその視線に気付いて空を見上げた。はるか上空。そこに佇む大きな船は、まるでミレニアムなファルコンのような堂々とした佇まいで私達の上を通り過ぎていた。
「初めて見た……なにあのでかさ」
「僕も初めて見たよ……。なんだろう、あれ」
その船は、私達に構うことはなく、そのまま通り過ぎていってしまった。……さっきの『機械が蔓延る』って、これもそのひとつなのかな。
「なんなんだろうね、あの船。……luz?」
ふと見上げた彼の顔付きは少し厄介事に巻き込まれたような顔をしていた。
「レイ、どうやら変に怒らせたみたいだ」
「?」
私は立ち上がって周りを見てみた。クリスタルの山の所々から何かがこちらを見ている。人?にしてはやけに機械的な動き……。なんなのだろう、と思っていると、急に身体をぐっと引かれた。私の手をluzが引いたのだ。
「な、何す……」
「……あいつら、撃ってきた」
luzの指差す先を見ると、クリスタルの床に鉛が突き刺さっていた。先程まで私が立っていた場所。明らかな敵意。仲間にはなれなさそうだった。ゆっくりと詰めてくる謎の物体。数は3、くらいだろうか。
「ねぇ、luz、どうするの……?」
「ふっ……聞いて驚くなよ、僕の秘密兵器パート1!」
luzが大きな声で秘密兵器を宣言した。さぞ凄い武器か何かが出てくるのかと期待してたら、あろう事かluzは踵を返して逆の方向に走り出してしまったでは無いか。
「『逃げるが勝ち』!撤退!」
「なんなのよもう!期待した私が馬鹿みたい!」
より激しくなり始めた銃撃を後ろ耳に、私はluzに全力で付いていった。
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「はぁ……はぁ……」
「さすがにここまで来れば諦めるだろ」
luzの人並外れた体力について行くのが精一杯で、もうどこを走っているのかは気にする暇もなかった。グラントリガーになった所で身体能力はそれ程変わらないらしい。
結構な距離を走ったはずのluzは何故か息切れ1つも起こしていない。一体何者なのだろうか……。
「それにしても、なんなんだろう、あいつら」
「そ、そう言えば、カトブレパスの託宣の1ページに、『機械が蔓延る』って書いてあったわ」
「ふむ、これも彗星の影響……?だとしたらあの彗星は……?」
「luz、こっち」
私はluzの裾を引っ張り、クリスタルのうちに出来た少しの隙間に隠れた。
「ど、どうしたの」
「さっきの奴。追ってきたみたい」
外を見ると、まるでターミなネーターのような機械生命体が蠢いていた。それは人間の型をしていて、手にはアサルトライフルのようなものを持っているようだ。明らかに太刀打ちできる相手じゃない。隠れてやり過ごすのが適策だろう。
「……ちょっと、もぞもぞしないでよ狭いんだから!」
「仕方ないだろ、こんなに近くに女の子がいた事がないんだ、緊張くらいするさ!」
ただてさえ狭い隙間に2人でいる訳だから、かなり密着することになる。変に意識されても困るのだが……。
「ちょ、ちょっと、変な所触らないでよ!」
「え?ごめん!触ってるつもりは……うわっ!」
暴れた拍子に2人、外に飛び出てしまう。当然、バッチリ機械と目が合うわけで……
「あはは……これ、結構まずい?」
気付けば、私達は囲まれていた……。
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「ねえどうするのよ!これ全部貴方が変に意識するからこうなるのよ!」
「しょうがないだろ女の子は初めてだって言っただろう!?」
あーだこーだ揉めてる間にも、機械生命体の数はどんどん増えていく。その数10くらいになった所で、目の前の人型機械が私達に銃口を向けた。もう終わりか。意外と呆気ない……。
――バン
乾いた音が響いた。黒光りしたアサルトライフルから放たれた弾丸は確かに私達を捉えた。
はずだった。
「……え?」
私達の目の前で、弾丸が止まっている。まるで空間に封じ込められているかのように。
見ると、私の腕が、正確には腕の紋章が光り輝いている。luzの胸のリングと共鳴して、蒼く輝いているようだ。
「これ、どういうこと……?」
「なんなんだろう、僕も分からな、うわっ」
瞬間、眩い光と共に私達の目の前に1振りの剣が現れた。クリスタルの地面に突き刺さっているその剣は、私達に試しているようだった。
『お前に使う勇気はあるか』
「これって……」
「……キャリバス、古の剣」
見知らぬ力に動揺する機械達を置いて、私は恐る恐る剣を手に取った。力が体に流れ込んでくる。はっきりとそう感じた。
「これが、グラントリガーの力……!」
『我はグラン・キャリバス。其方の力となろう』
「剣が……喋った?」
「驚いた……。こんな事があるなんて……」
luzにも聞こえているらしい。キャリバスは続けた。
『さぁ、私を1振りしてみるがいい』
私は考えるより早く、思いっきり目の前の人型機械目掛けて振り下ろしてみた。剣は想像以上に軽く、女の私でも楽に振ることが出来た。
刹那、目の前を電光石火が駆け抜けた。目の前にいた人型機械は消え失せ、あたかも何もいなかったかのようにその場には静寂が訪れた。
残った人型機械は激しく動揺し、そのまま踵を返して逃げていった。
「凄い……これが、グラン・キャリバス……」
「こんなの、御伽噺のうちの1つだと……」
『我は其方の危険に伴い参上す。従者の死は私の死でもある故、簡単に死なれるわけには行かんのだ』
「えっ、従者?私が?」
『時間だ。また会おう。我がマスターよ』
「え、ちょっと、まだ聞きたい事が!」
そして、私の言葉も聞かず、キャリバスは蒼い光となって霧散してしまった。
「これは、凄いぞ、面白いことになってきた……!」
「何盛り上がってるのよluz……」
「だって、キャリバスだよ!あんなの実在するなんて思ってもなかった!」
「でも確かに、そのリングと私の紋章が共鳴して.、それでキャリバスが出てきて……。」
「危険に伴い、って言ってたね。ピンチになったら助けに来てくれるのかも。」
「また凄い能力ね……。」
それでも私は内心とても高揚していた。あんなかっこいい剣を私が触れた事、そして、剣が私の事をマスターと呼んだこと。まるで英雄王みたい。
「これさえあれば、エルバトリアスにも安全に着けそう……。」
「そうだね。君の暮らすあの平和な世界を取り戻す為にも、道を急ごう」
空の日はまだ高い。今日はもう少しだけ進んでみようか。隣で笑うluzを見て、頷いておいた。