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神に捧ぐカーテンコール

「それにしても、どうやってクソ所長が死んだこと知りおったん?」


 俺は女神・リオディシアにそう尋ねた。

 アンゼレの夜景が一望できる個室にて、俺はリオディシア──リディと夕食を共にしていた。リディはナプキンで口元を拭いながら小首を傾げる。


「まあ、オズ。それって、そんなに不思議なことかしら? みんな知ってることでしょ?」


「なんで知ってるかがわからへんねん。お前ら神共はまあわかるわ。ようわからへんけど、なんやすごい力で知ったんやろ。問題は一般市民や。アズュールにまでクソ所長の訃報の噂が流れてきてたんやで」


 最古の魔法使い、アディリシオが死んだ。

俺がアディを殺して逃亡した直後、彼の訃報は全世界を駆け巡った。目の前で愛する人を奪われた破壊の神──メディレイシアの表情は今でも忘れられない。

 だが、アディリシオが死んだ時、彼がいた人体実験施設は壊滅状態だった。アディが死んだことを知っている者は、俺とメディだけのはずだ。


「私にとっては、オズがそれを知らないことのほうが不思議だわ。あなたはメディの領土から来たのでしょう? 最古の魔術師の葬儀のこと、知らなかったの?」


「葬儀?」


俺は思わず聞き返した。


「そうよ。最古の魔術師の為の葬儀を開くって、全世界に知らせがあったの」


「はぁ……? あの施設の生存者は俺とメディくらいしかおらへんのに、一体誰が……」


「メディしかいないでしょう。あの子が知らせを出したのよ。人の『葬儀』がどのようなものなのか、知識を出させて、人と物資を集めて……葬儀を執り行ったの」


 俺はあんぐりと口を開けて黙り込んだ。リディは小さく呟いた。


「信じられないわよね、あのメディが」


 俺が知る限り、メディは他人に教えを乞うような人物ではなかった。残虐で、身勝手で、人を見下してばかりのメディが、人の死を悼むとは思えなかった。

 だが──


「あのクソ所長の為なら、やるんか……あのメディが」


 メディがアディにどのように接し、想いを寄せてきたか、俺はよく知っている。アディと共にいる時のメディは、ただの「恋する少女」の表情をしていた。

 春風が吹き込む研究室で、メディがアディの髪を三つ編みにして遊ぶ姿が今でも目に浮かぶ。

 アディの死後、俺はあの施設を出て、広い世界を見た。今ならわかる。あの一室はメディの宝箱だった。そして、その宝箱の為だけに、メディは世界を破壊しつづけている。──箱の中身が失われた今でも。


「メディは一体あのヒトの何がよかったのかしら」


 その一言には、「嫌悪」の感情が込められていた。


「お前がそないなこと言うの、初めて見たわ。なんや気に食わへんな。リディ、なんやあのクソ所長に因縁でもあるんか?」


 俺は眉間に皺を寄せた。リディは俺の表情を見て、少し驚いたようだった。


「え……もしかして、気を悪くさせるようなことを言ってしまったかしら?」


それから、リディはテーブルクロスを爪で小さく引っ掻いた。


「 因縁なんて、あのヒトに対しては無いわよ。ただ、私とメディの戦いが始まった頃、あのヒトとも多少会話したことがあったの。メディが自分の立場も世界も犠牲にするほどの価値が、あのヒトにあるとは思えなかった。それだけよ」


「ふーん……まあ、ええわ」


 あのクソ所長は、メディどころかリディの感情まで動かしたのか。そう思うとなんだか気に食わない。何より、今まさにこの瞬間、俺もアディに対して「気に食わない」と思っていることが不愉快だった。

 もしもアディが生きていたとして、今の話を伝えたとしても、あいつはきっと「知らん、興味無い」しか言わないのだろう。

 アディはいつだってそうだ。自分がやりたい研究をして、モフモフした動物を気まぐれに撫で、それ以外の人や物には目を向けなかった。一方で、アディの視界の外でメディはリディと対立し、世界はその争いの余波で死んでいく。

──やはり、あいつは気に食わない。俺は唇を噛んで俯いた。


「葬儀、か。メディに葬儀なんてできるんか? 生贄積み上げたりとかしてへんやろな」


「それが……私も調べたのだけど、本当に普通の葬儀だったらしいのよ。司祭を呼んで、花を手向けて……って」


 俄には信じがたい話だった。


「メディってば、そんなことする子じゃなかったのに。あのヒトは、一体何をしたのかしら」


 リディは死人への怒りを静かに燃やしていた。俺はリディの疑問の答えを知っている──あいつは、何もしていない。関心のあるものを瞳に映し、それ以外のものは映さなかっただけだ。たったそれだけのことで、破壊の神メディレイシアは恋に狂った。

 俺は窓の外に広がる世界に目を向ける。この大地のどこかで、アディの葬儀が行われた。破壊の神を狂わせ、創造の神の逆鱗に触れ、世界中を引っ掻き回して死んだヒトの生の幕が下ろされた。その様子を何度思い描いてみても、実感は持てなかった。


「葬儀をしたんやったら、墓もあるんやろか」


「あるらしいわよ。でも場所はわからない。私も調べたけど見つからなかったわ」


「メディなら、そうするやろなあ」


 俺は窓の外の夜空を見上げながら考えた。棺桶の中は、この夜空よりも暗いのだろうか。

それから、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。口元は笑っているのに、目元は死人のように硬直しており、瞳に光は無かった。

 窓の中の自分から目を逸らしながら、何の気無しに呟いてみた。


「ええなー、俺も葬式してほしいわあ。何の変哲もない普通のやつ。なあリディ、この戦いが終わったら、俺の葬式してくれ、葬式」


「わぁ、縁起でもないこと言うのね。私はあなたを死なせるために声をかけたつもりはないのだけれど?」


 リディは眉をひそめながら、少しこちらを睨んだ。可愛いと思ったが、言葉には出さなかった。


「おー、怖い怖い。なんや、葬式が気に食わへんなら挙式にするか? ははは、めでたいなあ 」


「冗談はやめてよね。……もう、オズはどうしてそんなこと言うのかしら」


「そうか? ええやん、葬式も挙式も。一人じゃできへんことやし。誰かがいるってええよな」


 自嘲気味に笑いながら、再び窓の外へ視線を向けた。リディは少し不満げな表情をしてこちらをじっと見つめていた。


「理解できへんって顔しとるな」


「……それは、そうよ」


 まあ、そりゃ神にはわからへんよな──その言葉が喉元まで出かかったが、声になる寸前で飲み込んだ。人間が葬儀に込める想いを理解しようとした神がいた以上、そのような侮蔑を口にすることはできなかった。

 あの春風が吹き込む研究室のことを思い出す。アディの後ろ姿が目に浮かんだ。自分の生も死も紙切れのように扱う碌でなしは、自分が死んだ後のことなど考えていただろうか。誰かが自分の葬儀をするなんて想像していただろうか。

 ──あいつは、絶対に微塵も想像していなかっただろう。

 ──そんな奴に限って、見送ってくれる人がいる。……妬ましい。

 俺は群青色の地平線を見つめながら、アディの墓はどこだろうと考えた。墓の情報を隠すことを選んだメディは賢明だ。もしその情報が俺の元まで届いていたなら、俺はその墓を破壊しに行っていたかもしれない。


「やっぱり、ヒトにとって葬儀って特別なものなの?」


 リディはまた小首を傾げる。


「そらそうや。人生という舞台の幕を下ろす時やで。見守ってくれる観客がおらへんと、寂しいやろ」


「そういうもの……なの」


「まあ、難しいよな。お前ら死なへんしな」


 暖炉の火に指先を近づけるかのように、俺はリディの頬にそっと手を伸ばした。朽ちることのない肌は、温かく、柔らかかった。


「……でも、いつかお前にも、わかるとええな」


 陶器人形のような神を見つめ、俺は少し微笑んだ。そして、胸の内で身勝手な願い事をした。

 破壊の神がそうしたように、いつかこの創造の神が俺のことを見送ってくれますように。


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