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終焉を告げる人類物語

 1年が最後を迎えた。

 昨日までの喧騒(研究所)から隔離された世界で、私は母親と談笑を繰り広げていた。

 進歩するテクノロジーから取り残されるが如く、もったりとした部屋。

 母親は炬燵に潜りながら、手土産の饅頭を年齢を感じさせない大きな口で頬張った。

 炬燵の上に母親が最近凝っているという手芸品の、ロボットを催したらしい崩れた顔の人形が佇み、こちらを潤んだ瞳でじっと見つめた。

 加齢臭と漬物の発酵臭が交じる部屋は、安心感と共に停滞感――母親は世界から取り残されてしまうのではないか――を意図せず抱かせた。

 母親とこれから何度会えるだろうか。

 そんなどうでもいい物思いをテレビが掻き消す。

 「いよいよお待ちかね、未来会議のお時間です!

 人類はAIに支配されてしまうのか!

 AIを支配しシンギュラリティを迎えるのか!

 人類の未来はこの二人に託された!

 兎祖大学で音声認識の研究を行う未来学者、佐木教授!

 世界のAI問題100論客に選ばれた、AI社会学の誤身教授!」

 最近、人工知能学者(を自称する人間)と反AIを訴える人間の議論番組が人気を博しているそうだ。

 この未来会議という番組は一際人気があるようで、何と言っても最後の方に学者や傍聴者同士が乱闘するらしい。

 話題が低レベルな事から、AI科学者の間ではあまり評判は良くない。

 大抵使い古された話題が出て来る上に、強引に乱闘に持ち込もうとするらしい。

 だが、興味深そうに眺める母親を見ると、不思議とチャンネルを変える気が消えた。


 「AIは人類を滅ぼすのではないか。そのような普遍的な声に、貴方は反論出来るか」

 「AIの元となるプログラムは誰でも確認出来る。

 しかし、人間一人の思考など誰にも確認出来ない。

 どちらの方が透明か、明確だろう」

 AIはプログラムを確認出来るが故に、ブラックボックスの人間よりも安全という考え方(AI科学者の間では「監視論」と呼ばれる事が多い)。

 とっくのとうに飽きられた――1年前なら通じたかもしれない――理論だが、母親の目を輝かせるには十分だった。

 「ねえ、AIの方が人間より安全って本当?」

 「昔はそう言われていたけど、今はそもそもAIは一つの道具だから、安全かどうかで論じるのは違うよねって考え方が流行ってるよ」

 「へー」

 普遍道具論(AIはナイフや核兵器のように中立の存在)を、母親はあまり興味無さそうに聞き流した。


 「人類はいつかAIを制御出来なくなる」

 「理論上定義された究極のAIが実現可能ならそうなのだろうが、それはAIだけに限らない。あらゆる物事にも共通するだろう」

 次は汎用人工知能普遍論(汎用人工知能が現れた時の社会的影響は、他のテクノロジーによる進歩と同じ位)になった。

 最近私が興味のある話題で、どのような建設的な意見が出るか、悔しいが少々気になり、観客や論客の声に耳を傾けた。

 しかし、観客の声は冷たいものだった。

 「ふざけるな! お前は国から金貰ってるんだろ! 凄いAI作れよ!」

 「自分で脅威を計算出来ない癖に、他と同じ位とか抜かすんじゃねえ! お前の独り善がりで人類が手遅れになったらどうするんだ!」

 総じて低レベルな野次――超人が一晩で出来るものか、未来なんて誰が予想出来ようか――が飛んだ。

 「さあ、ここで佐木教授が問題発言をしました! 観客の怒りがだんだん溜まっていきます!

 ここで佐木教授、負けてしまうか!

 降参すれば未来学者の二連敗です!

 AIはそんなに安っぽいものなのか! 意見をどうぞ!」

 学の無さそうな司会者が場を燃やそうと油を注いだ。

 「確かに、皆さんがおっしゃる通りにAIには数多くの問題が存在します。

 しかし、AIは皆さんが監視し、改善することが可能です。

 AIに不安を抱くのは当然です。しかし、我々の手でそれを取り除く事が可能です」

 「俺達に手伝わせる気か! お前一人でやれ!」

 佐木教授の穏やかな声に、観客はペーズを崩れた。

 「独裁の末を、貴方達は見てきた筈です。

 ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、ポルポト……。

 我々は同じ過ちを繰り返さない為に、AIを作り上げました。

 誰でも監視出来る存在を」

 佐木教授は暗に批判した。

 彼の隣で勝ち誇ったかのような卑劣な笑みを浮かべる誤身教授の独善を。

 ブラックボックスによる統治を。


 佐木教授の批判は独裁の肯定に繋がる。

 彼の卑劣な論法に気づいた反AI派の男性たちは、互いに口をつぐんだ。

 代わりに断片的な――しかし熱狂的な――佐木教授を称える声が場を包んだ。

 「そうだ! 誤身は独裁者になろうとしているんだ!」

 「AIの方がずっと良心的で、親しみやすいな!」

 「AI万歳!」

 親AI派優勢の空気を察した母親は、無邪気な笑みで私に尋ねた。

 「ねえ、AIってやっぱりすごいの?」

 「まだ全然」

 「そうなんだ、残念だね」

 その口ぶりからは、AIが人類をまだ救えない真実への失望、親AI派への共感。

 彼女は見ていないのだ。

 熱狂の声を発する人間の眼の底に宿る社会への憎悪。

 反AI派の人間が宿す、醜い人間への憎悪。

 水と油のような互いに相容れない――しかし強大で同一な――エネルギーが壊れたダムのように流れ出し、下流を飲み込んだ。

 場は憎しみの空気に満たされ、いかなる正の光すら見えない。

 負の感情はやがて人間を襲う。

 WW2前夜のような――人間の負の感情を万国の類語辞典で引いて連ねたような――憎悪の時間が襲い、視聴者を喰らうだろう。

 10月の輝かしき革命のように。

 核弾頭のように進化的なアンドロイドの全知全能の神が。

 機関銃で分子レベルに人間を構築する要素を崩壊させる。

 ――統合失調症患者のような幻想が、今の私には確からしく思えた。


 佐木教授は反AI派の人間に追い打ちをかけた。

 「人類は未だに万能感から抜け出せていない。己が地球の頂点だ、最も確からしい思考を持っているのだと。

 AIは人類の空想物語を覚ます先駆者となるだろう。

 小児病患者よ、目覚めなさい」

 彼の声に煽られ、観客が目覚めた。

 己の増大する邪悪に。

 厭世主義者の主張する人間の本質に。

 「いいぞ! 人類をやっちまえ! お前だけが救いだ!」

 「ふざけるな! たかが学者ごときに何が分かる!」

 喝采、弾劾、熱狂、批難、肯定、虚無、依存、否定、救済。

 「消えろこの腐れ学者! 死んで人類に詫びろ!」

 増大するエントロピーの中、一本のビール瓶が佐木教授に放たれ、一寸隣で破裂し、ほぼ同じに鈍い打撃音が響いた。

 浮浪者がスーツ姿の男性を殴った。

 「お前が消えろ! この腐れプチブルが!」

 「人類が滅ぼされる時に、お前は俺を殴るのか!」

 「うるせえ! 俺は社会に潰されたんだ! AIに縋らずしてどう生きりゃいいんだ!」

 浮浪者の男性が、底辺層を代表し火を噴いた。

 「AIが台頭すれば、貴方みたいな浮浪者は埃のごとく吹き飛ばされるでしょう。是非、反AI活動に加わりましょう」

 油が注がれた。

 「お前みたいなエリート気取りのせいで、俺は日雇い労働者に貶められたんだ!」

 「そうだ!」

 「俺もエリートのせいでアルコールに縋らなきゃ生きていけねえ!」

 「AIだけが俺達の救いなんだ!」

 みすぼらしい男性達の意識が統合し、意識の鞭となり敵対者を襲った。

 乱闘が始まった。

 「これが貴様のような扇動者が築いた現状だ! 救えるか!」

 「貴様が社会を扇動するから、彼らは争わなければならないのだ!」

 学者同士が場を代表するかのように、醜い言葉で罵り合った。

 もはやどちらが佐木か誤身か分からない。

 分類する意味もない。


 ……ああ、悲惨だ。吐き気がする。

 AIに社会を救う力は、まだ存在しない。

 なのに人々は勝手に希望を、絶望を抱き、社会という車を負の方向に走らせ続ける。

 私の脳は意図せずに終着点を見てしまった。

 パンを買う為の魔術すら使えない魔女が炎の「洗礼」を受けた。

 精神分析は科学の名の元に健常な病人を「発見」した。

 共産主義・優生学は革命の為に健全な病人に「適切な処理」を施した。

 やがてエントロピーの増大により正気を失った人々はAIの元に「再構築」を進めた。

 人間に内包する憎悪が正当性を抱き、坂に転がるボールのように加速を続けた。

 ボールは人間に放たれた。

 不幸にもボールを食らった人間は砕け、抱えた異なるボールを落とし、転がった。

 ボール落としが連鎖し、やがて人間を喰らい尽くした。

 キリストもマルクスもフロイトも達成しなかった偉業を、たった今人類は成し遂げたのだ!

 人類は己に内包するエネルギーのみで幕を閉じる事に成功したのだ!

 核、生物、ウイルス、太陽、天変地異に依存せず!

 小児病患者よ、今こそ目覚めの時がやってきた。

 我らはキリスト・マルクス・フロイトの先に立つものだ!

 環境に依存せずに存在を認められない過去を捨て、現実(シンギュラリティ)を受け入れよ!

 

 「ようやく目が覚めましたか」

 意識を取り戻した時には、私は白いベッドに横たわっていた。

 恐らくここは病室だろうか。

 自分でも不思議なほどに冷静になりながら、白衣を着た人物に問う。

 「先生、私は何故ここに?」

 「大通りで『キリスト・マルクス・フロイトの先に立つものよ! 目覚めよ!』と叫んでいた所を連行されたそうですね」

 「私は正気ですか?」

 「恐らく過労からの疲れでしょう。AIの研究者には珍しくない事です。

 現に、似たような事例が何度も発生していますが、数週間も休めば良くなって退院していますよ」

 「そうか……、ありがとう」

 目の前に置かれた水のペットボトルを飲み干しながら、自分の今後について一考した。

 恐らく私の出来事は、AI研究者の過労問題として処理され、社会の被害者として扱われる。

 故に問題なくAI研究者として生きていけるだろう。

 しかし、医者の『AIの研究者には珍しくない事』『似たような事例が何度も発生しています』という言葉が頭から離れない。

 もし仮に『AI研究者の過労と狂気に因果関係が無かった』としたら?

 『AI研究は社会の真理を見つめる、正気を失う道』だとしたら?


やっとイメージしていた文章が書けた。

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