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6 友達交渉

 その数日後、私はメリーの家にお邪魔した。

 彼女の部屋は、チェディスともエスティスとも雰囲気が違う。たぶんティグシア風なんだろう、籐のような細い枝を編み込んだ家具や、不思議な意匠の織り込まれたファブリック類が部屋を彩っていた。


「先に、懺悔させていただくわ」

 お茶のカップを手に取ったメリーは、上目遣いで私を見た。

「私ね、他国から来た上、商家の出身のせいか、貴族たちの間ではお友達ができなくてつまらなかったの。あなたも似たような状況だし、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるから、きっとなかなかお友達ができないだろうと思って。それなら、私と遊んで下さるかも、って」

 あまりに正直なその言いように、つい少し頬が緩む。私は答えた。

「確かに私、きっと友達はできにくいだろうなと思っていました。それに、実は私の方も、その……」

「あら、なあに?」

「ちょっと事情があって、男性の友達より女性の友達が欲しくて。その人とつるんでいたいなって思ってました」

「じゃあ、『友達交渉』成立ね」

 澄まして言ったメリーは、突然クスクスと笑い出した。

「男性と遊べないって、わかるわ。だって先日、王宮でお会いした時の武官殿の、あなたを見る目! 王女殿下のお部屋に行くとき、渡り廊下からお二人の様子も見えてしまったし。嫉妬深い方とお見受けしたわ、違いまして?」


 わー。バレてた。そして見られてた。

 本当は、もし私が他の男の人を好きになったら、オルセードは嫉妬しても私を止めることはできないだろう。

 でも、表には現さなくとも、私はオルセードのことを愛おしく思っている。

 哀れみの入り混じったようなその気持ちは、普通の愛ではないかもしれない。でも、この人となら一緒に遠くへ行ける――そんな気持ちは変わらない。

 オルセードだからこそ、結婚したんだから。


 とりあえず、私はこう答えた。

「違わない、と思います。でも元々、私が、男性と遊ぶのはそれほど乗り気ではないので」

「それならいいのですけれど。もし、武官殿に縛られて動けないのなら、おっしゃってね。そういうときに助け合うのも、『女友達』ですから」


 え、不倫するのを女同士で助け合う? 

 ――いい機会かも。ちょっと、こちらの恋愛観について教わりたい。


 私は話を続けた。

「私のいた国では、夫以外に恋人を持つことはよくないとされてるんです。だから戸惑いました。外に恋人を作るって、エスティスでは一般的なんですね」

 メリーはお茶を一口飲んで、答えた。

「一般的というか……自然の流れですわね」

「し、自然?」

「ええ、だって、結婚しているんですもの」

「……?」

「ああ、夫婦以外に相手を持たない人も、もちろんいらっしゃいましてよ。でもそれは少数派。だって、貴族などの大きな家に生まれれば、家のために若い頃に婚約しますから、その後で身も心も大人になってきたころに恋をするのが普通でしょう? 恋は止められないでしょう?」


 ――だいぶ、理解できてきた。

 貴族にとって結婚は「大前提」なんだ。だって、条件の合う人と結婚しなかったら家が繁栄しないから。下手したら、存続さえしないのかも。

 その上で、好きな人とつきあいたかったらそうしましょう、ってことなんだ。「恋愛は自由」、その言葉の意味が日本とは全然違うんだな。「貴族としてちゃんとやることをやっていれば、恋愛の部分は自由」というか……誰もがそう思っている文化なら、外に恋人を作るのが自然な流れだっていうのもうなずける。恋をする気持ちを大事にしているのは確かなんだ。

 エスティスと違って、チェディスはもしかしたら、「家」よりも「個」の意識がもう少し強い国だったのかもしれない。だから、エスティスのような恋愛文化は持っていなかった……


 メリーは少し、声を強くした。

「でも、恋愛が大事だからこそ、そこにはルールが存在します。でないと皆が楽しめませんもの。ルールを破る人は、例え夫でも許しませんわ」

「ルール違反というと、例えばどんな……?」

「相手にそのつもりがないのに無理強いをしたり、自分の連れ合いが恋をするのを無理矢理止めたりすることです。好きなものは好き、嫌なものは嫌。そういう気持ちが大事。だから、もしシオンがそういうことで不自由な思いをされているのなら助ける、と申し上げたのよ」

 私はうなずいた。

「ありがとう、やっとわかってきた気がします」

「武官殿は大丈夫?」

「大丈夫です、心配しないで下さい。あの、メリーは……? 恋人がいるの?」

「いませんわ」

 メリーはけろりと言う。

「恋よりも他に、興味のあることが多すぎて。それに私、エスティスの王女殿下と親しいので、特定の男性とおつき合いしてその人に王族の情報を漏らすんじゃないか……っていう目で見られるのも面倒で嫌。それを理由に、声をかけられてもお断りしています」

「なるほど……。あの、質問ばかりでごめんなさい、王女様に講義ってお聞きして、興味があって。どんなことを教えてらっしゃるのか聞いてもいいですか?」


「ああ……これです」

 メリーは不意に立ち上がった。

 すっと伸びた首、そこから流れるように続く背中の曲線、しなやかな腕に繊細な表情を持った指先。立ち姿の美しさが、普通の人と全く違う。

 続いて一歩前に出た彼女が、ワンピースドレスのスカートを翻して華麗にターンを決めたので、王女様に何を教えているのかすぐにわかった。

「ダンスの、先生……?」

「ええ、そう。ティグシアとエスティスは合同で競技ダンス大会を開いているほどダンスが盛んなんです」

「素敵。かっこいい」

 感心して思わず言ってしまう。

 ポーズを取ったその一瞬で、彼女の世界が香り立つようだった。訓練のたまものだろう。


 一方の私はどう? 人に教えられるほど秀でたものなんて、何も持ってない。あっても、たぶんこちらの世界では役に立たないものばかりだ。

 これからの自分に何ができるのか、知りたい。何でも見て、聞いて、探したい。

 心の奥底から、知識欲が沸き上がってくる。数年したらこの国を出るけど――そう、違う世界に行くわけじゃないんだから、今から何かを学ぶことはきっと無駄にはならないはず。


 そんな風に考えることのできた自分にびっくりしながら、私はメリーにお礼を言った。

「ありがとう。私も頑張ろうって思えました」

 きょとん、とした顔をするメリー。

「えっ、何を? ダンスを?」

「ダンス? ……を頑張ってもいいかもしれないけど、ええと」

 もうちょっと広い意味で言ったつもりだった私は、少しあわててしまった。その間にメリーは、何か思いついたかのように軽く両手を合わせる。

「そうか、もしかしてシオンはダンスが苦手なの? だって、貴族出身の方じゃないんですものね。パーティの時に困るでしょう」

「踊るようなパーティには、出たことがなくて」

 正直に言うと、メリーは顎に指を当ててちょっと考えた。

「……シオン。今日、お帰りになったら、武官殿に『感謝の典礼』について聞いてみて。そして、もし私にお手伝いできることがあったら言ってちょうだい」

「『感謝の典礼』?」

「そう。二ヶ月後に行われる、エスティスの行事よ」

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