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2 心配性の騎士

 書斎から外のテラスに出られるようになっていて、ベンチと小さなテーブルがあった。テーブルにはお酒のセットが用意してあり、ステンドグラスのような美しいランプが淡い色の光を広げている。すぐ先の庭は闇に沈み、視線を上げると星が瞬いていた。


 クッションの置かれたベンチの端に腰を下ろすと、オルセードがガラスの瓶を手に取り、小さなグラスに琥珀色の液体を注ぎ分けた。一つを私に渡してから、私の隣に座る。

「三年間、この公邸で災禍なく過ごせるように祈って」

 私はうなずいて、グラスに口をつけた。

 うっ、強い!

 オルセードがグラスにちょっぴりしか入れなかったから、きっと強いお酒なんだろうとは思ってたのに、ついうっかり食事の時の果実酒と同じ調子で飲んでしまった。かっ、と顔が熱くなって、思わず一度目をつぶる。

 すぐに目を開けて、熱い息を逃がした。びっくりした……


 ふと視線を上げると、オルセードが私を見つめて微笑んでいる。

 すみませんね、まだ成人したばかりで、お酒にも慣れておりませんので。

 少々面白くない気分で、彼を軽く睨む。

「何?」

「いや……やめておくか?」

「平気。もう少し」

 私はグラスに口をつけた。慎重に、少しだけ飲んだけれど、どんどんお腹から喉にかけてが熱くなる。


 オルセードは私を見つめ続けていたけれど、やがて自分のグラスをテーブルに置いた。

 彼の片方の腕が、私の腰を抱いてぐっと引き寄せる。そしてもう片方の手を伸ばし、その大きな手で私の手ごと、私のグラスをそっとつかんだ。自分の口元に運び、お酒を口に含む。

 まるで、私がオルセードに飲ませているみたい。

 そんな風に思っているうちに、彼は私のグラスのお酒を全部飲んでしまった。


 もう少しくらい、私だって飲めたのに……

 そう思いつつもふわふわした気分で見ていると、オルセードの瞳がすぐそばで私を見た。あの熱が、また戻ってきている。

「君に、全て、教えたい。手ほどきしたい」

 え?


 ――不意に、彼の体温を意識した。

「そういうのは、いらないから」

「ダメだ」

 彼は私の手からグラスを奪って、テーブルに置いた。反射的に身体が強ばったけれど、私はオルセードから視線を外さず言う。

「オルセード、どういうつも」 

「これは、ミーダ酒という酒だ」

 オルセードもまた、私を腕に抱いたまま視線を外さない。

「強くて回りやすい。誰かに飲まされると危険だから、俺がいない時は気をつけてくれ。必ず複数の人間と行動を共にすることだ。それから、自分の限界を知っておいた方がいい」


「…………」

 私は数秒間考えてから、言った。

「ええと、私に教えたいっていうのは?」

「君は成人したばかりで、そして……美しい女性だ。身の守り方を教えたい。近づいたらいけない場所、飲み過ぎると危険な酒、そういったことを」

 生真面目なオルセードの声は、いつもと変わらない。


 ああ、もう。落ち着け。妙に思わせぶりに聞こえちゃったけど、オルセードのいつものアレだ。


 私は思わず、吐息を漏らした。

「そんなの、最初からあまり飲まないように気をつけるし。別に羽目を外したいわけじゃないんだから」

「心配なんだ。俺がいないときでも君が無事であるように、色々な手ほどきをするのも、君を守るということだと思っている」


 ……こういうとき、オルセードが私よりずいぶん年上なんだな、と感じる。経験豊富な、大人の男性。一方の私は、オルセードにかしずかれるようにしているものの、何もできない小娘なのに。


 何だか悔しくて、私はオルセードの腕の中から手を伸ばすと、テーブルに置かれていたオルセードのグラスを手に取った。

「シオン」

 たしなめるような響きの声に、私は刃向かうようにして一口飲む。そして、また腕を伸ばしてグラスを置き、喉を焼く熱を感じながらオルセードを見上げた。

「限界を知るのも大事って言ったじゃない。今は飲んでも大丈夫なんだから、いいでしょ? だって『私たちの家』にいるんだし、『夫』がそばにいる」


「シオン……」

 私を抱くオルセードの腕に、力がこもった。

 何でだ? ああ、私がふわふわしてるから捕まえてくれてるのか。うん。

 ランプの明かりが暗くなった、と思ったら、視界をオルセードの顔が遮っていて――唇が重なった。お酒の味がする。

 その唇を浮かせるようにして、オルセードがささやく。

「やはり、心配だ」

 触れ合ったままの唇がくすぐられているようで、私はますます、ふわふわする。

 心配性だな……  


 ふと思いついて、私は少し顔を引いて言った。

「なるべく誰かと一緒にいるようにするなら、友達を作らないと」

「女性の友人にしてくれ」

 真剣な表情のオルセードに、私は思わず笑ってしまった。イーラムの時は、ずいぶんやきもきしたらしいもんね。

 笑う、と言っても、あまりはっきりとは表情に出ないのが今の私だけれど、オルセードは読みとったみたい。

 切なげに眉を寄せて、またキスをして、その後は黙って私を腕に抱いていた。



 翌朝、私が私室を出て階下に降りると、オルセードが執事さんに何か指示をしていた。近々、誰かが夕食を食べにくるらしい。

 執事さんが立ち去り、私に気づいたオルセードが微笑む。

「おはよう。官邸に行ってくる」

「うん。……この公邸に誰か来るときは、いい加減、私も挨拶くらいはしに出るから、言って」

「そんな必要はない」

「何で。あなたの任期中、私ずっと隠れてなきゃいけないわけ?」

「いや……しかし……」

 なぜか渋るオルセード。

 私を気遣ってるのはわかるけど、ずっと病弱で引きこもり設定じゃ、うっかり町にも出られないじゃない。

 私は淡々と言った。

「たまにはその辺に出て散歩しないと、鬱になります」

 オルセードはすぐにうなずいた。

「わかった。では明日、俺と出かけよう」

「ネビアと行きます。何なの? チェディスでも私、キキョウと二人で外出してたじゃない。ここではダメなわけ?」

「いや、ダメではないが、こちらの人間はチェディスより遠慮がない。いきなり距離を詰めてくるようなところがある。その……シオンには悪いが、俺の人間関係にも関わってくるから、あまり外に出て接触を持つと」

 私は黙って、彼をじっ……と見つめた。

 これから仕事なので軍服を着ている彼は、またもや私の前にひざまずいて手を取った。

「……今夜、もう少し詳しく説明する。待っていてくれ」

 そして、手の甲にキスをすると、出かけていった。


 そこへ、ネビアがやってくる。

「いいお天気ですね! シオン様、お出かけになりたいっておっしゃってましたよね、今日はお出かけ日和ですよ!」

 だよね。私もそのつもりでいたんだけど、まさかオルセードがいい顔しないとは思わなくて。しかも何なの? あの煮え切らない態度。

 ……ダメとは言われてないんだった。人と接触を持つなって話だっけ?

「……ちょっと買い物だけ、行こうかな。お昼までに帰るけど」

 私が言うと、ネビアはにこにことうなずいた。

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