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独占欲

作者: 風花 深雪



途中、彼視点が入ります。


カーテンの隙間から差し込んだ朝陽が反射して、私の顔に架かった。目隠しをするように伸びたそれは眩しくて


()()()瞼をぎゅっとした。




「おはよう、いい朝だよ」




ふっと、耳元で声を訊く。優しい声だ。




「君にプレゼントがあるんだ」




ギシッと軋む音と同時に、少し遠退く彼の声。

なにかと思って身体を起こすと


首に腕を回されて


耳を掠めた吐息に一瞬、肩が跳ねる。




「…よく似合ってる」




額にあたる彼の唇と、首筋には冷たい感触。


空気が揺れて、微笑んだのが(わか)った。


嬉しくて、顔が綻ぶ。




「今日はこれから行くところがあってね、やらなきゃいけないことがあるんだ」




髪を()いて頬へと触れた掌が、

私に話すその声が。



何故か、哀しそうに訊こえて。




「だから今日1日、1人でお留守番してて?」




(うれ)いげに、ゆっくりと離れていった。






衣擦れの音がした後、離れる体温。

何処へ行くのか不安になって、思わず袖を掴んでしまった。




「…あ、の」




いつもいつも、教えてくれない。




「…大事な用なんだ。でも、すぐ帰るから」




───だから、待ってて?






ちゅっと啄むキスをすると、また数回頭を撫でて。


バタンと閉まる音がした。














───(みどり)




私を呼ぶ声がする。とても落ち着く彼の声。


ずっと聴いていたいほど、安心する彼の声。











「……ただいま」



ゆっくりと意識が戻る。


日差しを感じて、先ほどまで鳥の(さえず)りを聴いていた筈なのに。


今ではしんと静まっていて、辺りも暗く感じる。




───寝てしまったのか。




彼の帰りを待っているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。




「遅くなってごめんね。これ、お土産に買ってきたんだ」




そう言うと、ベッドから身体を起こした私の隣に彼はゆったりと腰かけた。ふわっと一瞬、鉄の匂いが漂った。


そのまま私の口に何かを()てがうと、じわりと苺の甘味が広がった。ショートケーキ、私の大好物だ。




「美味しい?」




こくこくと頷きながら咀嚼していると

ふ、と彼の口許から吐息が漏れた。




「小さい子どもみたいに頷いて。可愛いな」




言っていつものように、優しい手つきで頭を撫でる。

笑いながら、他愛のない話をして。








この時間が、私の一番好きな時間だ。

何気ない会話のやり取りが嬉しくて、楽しくて。


いつまでも続いてほしいと願う、けれど──…。



外へ出かけることが多くなり、独りの時間が増えた私。淋しくないと言えば嘘になる。


だからこうして、彼と一緒に過ごせる時間は

とても貴重で、幸せで…。








頬を撫でる掌に、猫のように擦り寄った。

ふふっとまた漏れる声。


そのまま両腕が巻きついて、座った私を包み込む。


甘えるように顔を(うず)めて。可愛いな、って思った。





彼の体温、鼓動、


息遣いまでよく判る。



私の顔は、たぶん紅い。





「……今日は大変だったんだ。足の速いやつでさ、捕まえるのがやっとだったよ、」




ため息混じりに、不意に吐かれたその言葉。


いつもいつも、教えてくれない大事な用のことだろうか?頭に疑問符を浮かべつつ、こてんと首を傾げると









「君を知ってるやつがいたんだ。」









鼓膜を揺らす、いつもより低い彼の声に


背筋が震えた。







「驚いたよ、まだいたなんて」







淡々と呟きながら

指先で背中をなぞり、耳朶を食む。









「誰か、言い忘れてたんじゃない?」









張り詰めた空気の中で


一際低い声が、私を襲った。















「───ッ」



スイッチを切り替えたかのように、がらりと変わった彼の放つ雰囲気に


たまらなく恐くなった。





あぁ、また。まただ。また私は…──ッ





恐怖と困惑、そして動揺し、慌てて肩を押し返して離れようとすると、その行動が気に食わなかったのか。


強引にチェーンを後ろに引っ張ると首を絞められた。




「──ゔッ」





予期せぬ事態に動転して、私は抵抗する。





「……ッ、う、やッ」


「……翠にはさ、おれがいればいいじゃん」


「!!」───なんでっ




ぎちぎちと音がなる中で、必死になって外そうとするこれは、首輪であることが今になって判った。




「──ぅ、ぐッ」




喉に食い込むほどの力で引っ張られ、うまく息ができない私を気にもせず





人が変わったように


鋭く射るような視線を向けると







「なに、おれだけじゃ不満なの?」







そう、酷く冷たい声で言った。









「ねえ、答えてよ。」


「…あ、が…─ッ」



更に強まる締め付けに、声にならない声をあげ、苦しくなって、顔が歪む。





どうして?──なんで……いつから、私は…こんなこと…。





もだえる私の首からは、首輪で擦れた紅い痕、

足掻いてできた引っ掻き傷に、血が滲んでいた。


その最中、もがく指先に触れた布を無意識にぎゅっと掴むと、何かが落ちた。




鈍い音をたてて、







ごろんと転がる 肉の塊。









「翠、おれだけじゃだめなの?翠を知ってるのはおれだけでいいじゃん」





……だからまた、殺ってきたよ。





嗤いながら、ぐぐっと力を込められる。

そして痛みや苦しさで歪む顔を上げさせて、私を見つめる。





普段と違う、まるで別人のように豹変した彼が。

怖くて 恐くて。


身体が一気に冷えていくのがわかる。



大好きな彼なのに、震えが止まらない。

知らない人みたいで、こわい。






凍てつくような、殺伐とした雰囲気の中。なんともいえない異質な匂いが支配して、口にするのも(おぞ)ましい事件を思い出す。




「……うぅ、」




狂気に似た視線を感じ、ぞっと身を(すく)ませて

涙があふれた。





彼はいつから。こんなふうになってしまったんだろうか。本当に…いつから、だろう。





瞼の裏に浮かんだ彼の


優しい笑顔が、歪んで消えた。







すると「──あぁ…、翠」って


震えた声が、降ってきた。







戦慄(わなな)く私にうろたえて



…怯えないで、



……逃げないで、って。





壊れ物を扱うように、大きな手が伸びてきて

優しくそっと、抱き(すく)める。




そうした彼は、いつもの優しい彼だった。



















「翠──、ごめん。泣かないで」



泣かせたい訳じゃない。優しくしたいんだ。そう思うのに




「好き、好きなんだ…ッだから、翠を知ってるやつらが嫌で、許せなくて…」




誰よりも大切だから。大事にしたいから。守りたいから。なのに…


どうしようもなく、自分でも抑えきれないほどの欲に駆られるときがある。








翠を知る全ての人間を、排除したくなる。








…あの日、あの時。

初めて君を見たとき、一目で分かったんだ。





───あぁ…おれは、この子と結ばれるんだって。





なんとなく、直感的に。そう思ったんだ。

それからはもう、なんでもしてあげたんだよ。



それなのに、両想いになれたあとでも、君はずっと、誰にでも優しくて。その素敵な笑顔を、おれにだけみせてくれればいいものを、他のやつにもみせるから…。


勘違いして寄ってくる、虫どもを消していくのは大変だったんだよ?




だからこれは、全て君を想ってやったこと。

守るためにやったこと。


そうすればもう、おれだけをみてくれるって思ったから…。







ずっとずっと、欲しかった。やっとおれをみてくれたんだ。こんな気持ちになったのは初めてで。止まらない。


だからおれから離れられないようにって。縛り付けて、押さえ付けて。閉じ込めたくなってしまう。



何処へも行けないように、

酷い事、したくなってしまう。






「………ッみどり、」






細く白い身体を。壊さないように。ぎゅうっと抱き締めた。




本当に、ごめん。ごめんね。


こんなことが、したい訳じゃないんだよ。

優しく、したいんだ。大事にしたいんだ。


けど、こうしておかないと、どこかへ行ってしまうような気がして。




歯止めがきかなくなってしまって、泣かせてしまう。




なのにそんな君をみて、昂ぶっているおれもいて…。


自分でもわけがわからなくなる。




一体おれは、どこで間違えたんだろう───。









「お願い……みどり、」






本当はね、痛みや恐怖なんかじゃなくて






「泣かないで……じゃないと、おれ」






もっとちゃんとした、愛とか感謝とかで縛りたいのに。






「酷い事、したくなっちゃうよ…。」






おれには、それが出来なくて。こうしてしまう。









ひっ、と息を呑む音がして。小さい肩が、揺れた。

それから怯えるように、嗚咽の声が漏れる。




「愛してるんだ…、だから。泣くなよ」




細い肩を抱いて言う。





こんなことでしか繋ぎとめられないおれを

どうか…、どうか


嫌いにならないでほしい。見捨てないでほしい。


酷い事しているのを解っているのに、やめられない。

馬鹿で最低なおれの




ずっと傍にいてほしい、なんて。

我儘すぎる、おれの願い。







───おれから離れられないようにってしているけれど、君に依存して、君なしでは生きていけないようなのは、おれのほうなのかもしれないな…。




自嘲の笑みを浮かべては、こんな自分に嫌気がさす。


けど、それでもこんなおれを。受け入れてくれるのなら、おれは




死ぬまでずっと。翠を愛し続けるから。


だから翠、お願いだから──…








「           」








そう、強く願いながら

おれは 翠を抱き締めていた。
















あやすように私の背中を(さすっていると

彼の息が漏れて




……ひとりに、しないで。と




小さく、絞り出した声が。静かに消えた。






腐臭が漂い始める部屋で、微かに聞こえたその言葉。

その言葉と音で、しおらしく、子犬みたいな表情かおをしているのが判る。




あぁ、彼は。私を必要としているんだ。


私に、囚われてしまっているんだ。




毒されてしまった頭で、ぼんやりと。そう思った。








時々、とても穏やかで、なんの他意も含みもない


優しさと愛しさだけを表した、聴いているこっちが恥ずかしくなるような、とても心地好い音で私を呼ぶときがある。



そして私に触れる、その指先は少し、震えていて


傷つけないようにって、宝物を扱うように、大事に大事に、大切に、私に触れていく。


これが彼の、本当の姿。私は知ってる。



無機質で、声を張っているわけではないのに

有無を言わせない現在いまの冷たい声色と雰囲気とでは、全然違う。


薄れていって、あまり感じることのできない

あの頃の、彼の音。私は覚えている。








だからいつも、そう思うと、そう思っただけで。

私の身体の中で、何かが。きゅうっとなる。



痛いのは嫌だし、酷い事されるのはもっと嫌なのに。


彼の、この声を訊いてしまうと。もう、どうでもよくなってしまうなんて。



私も大概…おかしくなってきているのかもしれない。







「翠はずっと、おれだけを見てればいい。おれだけを見ていてよ。」






甘い言葉を囁きながら


(すが)るように、祈るように、懇願される。






「その可愛い唇も、心も身体も。全部全部おれのもの」






いつからだろう……


彼が家を空けるようになったのは。






「触って感じて考えていいのは、おれだけだからね?」






いつからだろう






……私の周りに、人が居なくなったのは。








眩しくて、優しくて、懐かしい。


あの頃の記憶が、思い出せない。




今日は何日?何曜日?

私の顔って、どんなふう、だっけ…?


自分の顔も思い出せない。





彼と目を合わせたのは? いつ───?







記憶が曖昧になって、ぐちゃぐちゃになって





「わた、しは…ッ」





ぐしゃりと頭を抱えた。







いつの日か、鉄の匂いを纏うようになった彼。


帰りが遅くなった彼。



いつからだろう、





光が視えなくなったのは。


目が、みえなくなったのは……。





わからない、わからないわからない…ッ!






震える私を、今にでも発狂しそうな私を、優しい手つきで押し倒す。


そして唇があたる位の感覚で。



彼の吐息が、私にかかる。





「おれには翠が必要なんだ、何処にも行かせない。放さない。ずっとずっと、おれと居るんだ。」





囁かれ、紅く染まった首を舐めあげ、

胸から腰へと滑り落ちた掌は、太ももへと這わせて。







「だから、他のものに目移りしないように。翠の眼は貰ったよ」







神経が研ぎ澄まされて、敏感になった私の身体。


彼の放つものすべてに意識が集中して、彼なしでは生きてゆけない程に愛されて。






視えなくなって。








考えることすら放棄して、どろどろに溶かされて…。




私は徐々に、壊れていった──。





















*****


あの日、声が欲しいと言ったら、君はそれを拒んだ。


優しくて、穏やかで、可愛らしい。

透き通るような、きれいな音。


おれの好きな声。




どうして?と聞けば、おれと話せなくなるのが嫌だと言った。おれも君と話せなくなるのは嫌だから、声を貰うのはやめた。


代わりに耳が欲しいと言えば、声が聞こえなくなるのが怖いと言った。これもやめた。



顎に手をあて少しばかり考える。

すると君は外を見た。何かを目で追っている。










───あぁ、これだ。



これだけは譲れない、許さない。


おれ以外を映す目に、嫉妬した。





薬を溶かした水を含むと、顎をすくってこちらに向けた。急なことに驚く君は身体をよじる。


逃さないと両手で顔を抑えて少し強引に飲ませれば、諦めたのか素直に応じた。




「っはぁ、」




銀色の糸が切れた後、口許を拭う君は艶めいていて。こくりと喉が鳴った。




「けほっ、なに、飲ませたの?」




不安そうにおれを見上げる、可愛い翠。

大きな瞳を、掌で覆う。




「……内緒。でも大丈夫、怖くないよ」




そう言い聞かせれば安心したのか、力が抜けて

ゆっくりと眠りに落ちていった。


























大丈夫、これからはおれが目になるからさ

おれが世界を教えてあげる。


だからどうか、おれ以外は知らないで。






ベッドで眠る翠の頬を撫でながら




「次は何をもらおうか。」












今度は君の、足を触った。





───愛しい愛しい、おれの恋人。









※後ほど文章の書き足し、修正をさせて頂きます。



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