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裏野ハイツ【夏のホラー2016】

幽霊好き集まれ!裏野ハイツの物件情報

作者: QianTian

夏のホラー2016投稿作品。

何とか間に合った…

吾輩は人である。

名前は十田。

今年、誰も知らないFランク大学を卒業し、春から社会人になる。

今までは実家暮らしだったが…

就職したのをきっかけに、一人暮らしを始めることにした。


そんなこんなで今は「伊藤不動産」という不動産屋に居る。


「確認っすけど…この辺りで駅から10分以内、家賃5万円以内、敷金礼金無し、風呂トイレ別、という事っすよね?」


「イエッサ。」


今、机を挟んで話しているのは伊藤さん。

痩せ形のメガネで、白髪がちらほら見え始めている。

年齢は30半ば~後半といったところか。

「~っす。」という喋りが耳につく。

喋り方に対して服装や雰囲気がキッチリしているため、不快感はあまりない。

老け顔なだけで、もっと若いのかもしれないな。


彼のネームプレートには「伊藤(有)」の文字が書いてある。

伊藤有限会社の略なんだろう。たぶん。

きっとスタッフそれぞれに会社の屋号が付いているに違いない。

うん。

そんな訳ないか。

普通に考えて、他の人と名字被ってるから下の名前の一文字入れているだけか。

フルネーム入れりゃ良いのに。


「捜してきますんで、少々お待ちを。」


「あ、はい。」


適当なことを考えつつ返事をすると、彼は奥に引っ込んだ。

手持無沙汰になったので、周りを見てみる。今座っているのは入り口正面。

カウンターの席に座っている。


入り口を入って左側には若干のスペースがあり、ソファーや物件情報の冊子が入ったラックが見える。

入り口の両脇には屋内用の背の高い観賞用植物。

これは入った時に防犯用だと気付いた。

確かこの植物は170cmのはず。

強盗か何かに入られた時に、この植物と比較して犯人の身長を特定しやすくするらしい。

しかし、こんな店に強盗なんか入るだろうか?

お店自体はあまり広くなく、見える範囲にはスタッフも彼ぐらいしか居ない。

いかにも「町の不動産屋」という感じだ。

まあ、それなりに大切なものが置いてあるだろう。

…大切なものって何だろう?金は無いよな。

何だろう?情報とか?

そうか、顧客情報とか盗まれたらまずいだろうな。

いやしかし…この狭さだとあの植物と比較するまでもなく、直ぐに逃げられるんじゃないか?

逃走ルートを考えると、この机を乗り越えて…


「お待たせっす、こちらが希望の物件ですが…どうかしたっすか?」


「逃走ルートを…」


「逃走ルート?」


オゥフ!


変な声出た。

いかんいかん、何で強盗計画練ってるんだ。


「ああ、いや、この机・・・なんかアレですね。凄いです!凄いほうのアレです!ええ。何か良い物件ありました?」


「え?ええ、これっすけど。」


何とか誤魔化した。アレしかいってないけど。


「今の時期だとこれくらいしかなかったっすねぇ。」


2月はじめの事である。

正直探すのが少し遅い気はしていたんだ。

とりあえず持って来てもらったペラ紙を見てみる。




-------------------------------------------------------

物件名:裏野ハイツ202、203号室

家賃:4.9万円

間取り:1LDK(リビング9畳 洋室6畳)

築年:1986年7月(築30年)

構造:木造

階層:2階建(1階3戸、計6戸)


備考:風呂トイレ別、駅から徒歩7分、敷金礼金なし、駐輪場あり

-------------------------------------------------------




なるほど。

一応、条件は全部満たしてある。

木造と築年数を考慮に入れなければ、わりと良い物件かもしれない。


「この物件、『出る』んすよね。」


「出る?」


伊藤さんが両手の甲を胸辺りに持ってくる。


「これっす、これ。」


何だろう?蟷螂拳の使い手かな?


「とうろう…?いや、幽霊っすよ、幽霊。」


いやん。声に出てた。


「幽霊って…何ですかそれ?」


「時間あるなら見に行けるっすけど?」


説明してくれへんのかい。時間はあるけど。


「大丈夫っす。」


口調うつった。


「じゃあ、鍵持ってくるっすね。」


伊藤さんが奥に引っ込んで、今度は直ぐに戻ってきた。

手にはジャラジャラとした鍵束が見える。

ここに鍵があるってことは、この物件は伊藤不動産が直接管理しているってことか。




--------------------------------------


そんなこんなで裏野ハイツに到着。

場所は不動産屋から歩いて10分くらいだった。

出た時は夕暮れ時だったが、今は薄暗い。

ちょうど日の入りの時間だったらしい。

今は大体18時くらいだろうか?


「17時52分っすね。」


また声に出てた。


「何か…おかしな感じがしますね。」


「わかるっすか?」


別に自分は霊感があるわけではない。

というか、過去に幽霊を見たこともない。

しかし、かなり違和感がある。


今は『裏野ハイツ』の正面、部屋が見える位置に居る。

廊下には電灯が点いていて、一応この暗さでも見える。

全体的に白っぽい2階建ての建物…なのだが、経年劣化か、ところどころ壁が黒く煤汚れている。

昭和に出来たって感じが凄いする。

いかにも何か『出る』雰囲気。

側に背の高い街灯があり、こちらも年季が入っているのか切れかけの明かりがチカチカと不気味に瞬いている。





でも、問題はそこじゃない。


「確か物件情報には『駐輪場あり』って書いてましたよね?」


「ええ。そこっす。」


伊藤さんは建物の右脇を指す。

ママチャリと三輪車が一台ずつ止めてあるのが見える。

うん、それはいいんだ。


「わかりました。では、この『裏野ハイツ』の裏には何があります?」


「駐車場があるっす。裏のマンションの。」


「じゃあ、この駐輪場の右側のスペースは?」


「駐車場っす。右側のマンションの。」


「逆側のは?」


「駐車場っす。左側のマンションの。」


「今僕らの立っている場所は?」


「駐車場っすね。私らの後ろのマンションの。」


「へ~。」


なるほどなるほど。

つまりはアレか。

『裏野ハイツ』を囲むように駐車場、そして背の高いマンションに囲まれている、と。

なるほどね。

違和感なくなった。

スッキリ。

…じゃねえよ。


「…今からでも別な物件見れます?」


「あ~…と…っすね。一応、日照権とかはギリギリクリアしてるっすよ?」


「どういう事なんですか?」


「ここら辺の土地の管轄、基本的にうちの会社のなんすけど…」


裏野ハイツ。

本当に幽霊が『出る』とのことで話題になり、20年くらい前に裏にマンションを建てたらしい。

すぐに部屋は満室に。

それをきっかけに周りにマンションを建て続けた結果、このような事になったようだ。


「キャッチフレーズは『幽霊好き集まれ!』『お坊さんお断り!』『心霊スポットまで10秒!』など…」


「駐車場に囲まれているのは何でですか?」


「日照権が一番なんすけど、あとはまぁ『近すぎると幽霊がこっちに入ってきそうだから』らしいっす。」


そんな理由?しかし、本当に出るにしても…


「危なかったりしないんですかね?呪われたりとか…」


「何か201号室に霊能者さんだかイタコさんだかが居て、危ない霊は排除してくれるみたいっすよ。」


うそくせー、なんかうそくせー。

幽霊うんぬんよりもそっちがうさんくさい。

確かにこの建物や周りの様子も(駐車場だらけなところも含めて)不気味な雰囲気は兼ね備えているけど…




ぞくり。




不意に寒気がして、上を見た。

そして、固まった。


「とりあえず入りましょうか…どうしました?」


歩き出そうとした伊藤さんが、動かない俺に顔を向けた。

俺の視線は2階の真ん中の部屋にくぎ付けになっている。

ボワーっとした形の半透明の…人の顔のような、煙のような何かが見えた。

伊藤さんが俺と同じ方向を見ると、それはフッと立ち消えた。


「…あ、『見えた』んっすか?」


見えた…けど。


「…2階の真ん中の部屋って、202号室ですよね?」


「そうっすね。」


2階建てで、各階に3戸の住宅。

そうなると、間の部屋は当然そうなるけど…


「空き部屋って202号室と203号室でしたよね。」


「そうっすね。」


伊藤さんがニヤニヤしてる。

語尾にダブリューが3個くらい付きそうな顔だ。

察したんだろうか。


「幽霊は202号室に居るってことですか?」


「そうっす。」


…ちょっと怖くなってきた。

でも、今のも幽霊とは限らないし。

何かアレだ、水蒸気か何かがこう…固まりかけのこう…アレしたやつに違いない。

アレしか言ってないけど。

わからんけど幽霊的なアレじゃないということにしときたい。


でもビビってると思われたくないな…

とりあえず2階行くか。


「2階、い、行きましょうか。」


多少声が震えた。


「はいはい。」


階段に向かおうとすると、1階の真ん中の部屋がガチャリと開いた。


「うわあっ!」


声が出た。ビビり過ぎかもしれない。


中からは中年の男が出てきた。

ゾンビのようなのっそりとした動きで、眼の下には大きいクマがあり、顔からは生気が感じられない。

ヒゲも伸ばし放題のボサボサ頭で、ホームレスのようないでたちだ。

彼はこちらを一瞬睨んだが、すぐに目をそらし、ゆっくりと去っていった。


「い、伊藤さん…アレ、幽霊ですか?」


伊藤さんの後ろに回り込みながら聞く。


「…フリーライターの千田さんっすよ。」


なるほど、フリーライターの幽霊か。

何か名前が俺と少し似ているのが嫌だな。

十田と千田て。

単位2桁も違うやん。


「えーと、幽霊じゃないっすよ?彼は。」


そーなのかー。

いや、わかってたけど。


「幽霊が出る時ってぞくっとするじゃないっすか?実際、周りの温度が少し下がるんすよ。1度位なんすけど。」


「そーなのかー。」


適当に相槌を打ちつつ、2階への階段を昇った。

ボロいアパート特有の急な階段だ。


201号室を通過し、202号室の前まで来た。

この部屋の前だけ蛍光灯が切れかかっている。

気のせいか寒気がする。

2月だから寒いのは当たり前なのだが…

先ほどの幽霊のようなものは見えないが、それっぽい雰囲気は感じる。


「開けるんで、少し離れててほしいっす。」


言われる通り、少し離れた。


「その位置だとまだ危ないっす。その…階段の位置まで離れて…」


離れ過ぎじゃね?

端っこじゃん!

ドア開けるだけだよね?

何か起こるの?

何が起こるの?


伊藤さんがゆっくりと鍵を差し込み、ゆっくりと回す。

カチャリ、と小さい音がした。

そしてドアノブをしっかりつかみ、ゆっくりと回す。

一つ一つの動作が、やけに慎重だ。

そして、ドアをゆっくりと引いて僅かに開けると…

伊藤さんは奥に行ってしまった。


「え?あの…伊藤さん?」


今、俺は階段側、伊藤さんは奥…203号室側に居る。

つまり、俺と伊藤さんは202号室を挟んで、建物の両端に居ることになる。

ドアは半開きだ。


入ろうと足を動かしたら伊藤さんから、マジな顔で「待て」のジェスチャーをかけられた。


「伊藤さん?」


2回目の呼びかけ。

伊藤さんは、それには答えない。

さっきからの右手を前に突き出したポーズのままだ。


「伊藤さん!どういうこ…」


バァン!!


いきなりドアが全開に開き、遠心力で壁に叩き付けられた。

同時に、「ゴオッ!」と部屋から激しい轟音と突風。

端の位置からでもわかるような、凍り付くような冷たい風が吹き抜けた。

風以外にも形容しがたい者も見えた。

巨大な顔の中年、片腕が無い少年、髪の長すぎる少女、首が無い年齢不詳の人物…

共通点は皆、青白い肌の半透明な姿だった。

そのような、幽霊か化け物か…魑魅魍魎の類の多くが風と共に勢いよく出て行った。


そして、辺りには静寂が満ちた。先ほどの幽霊どもの姿は見えない。

時間としては…10秒も経っていないだろうか。

ドアは元の位置に戻ろうと、また閉まりかけていた。


そこで伊藤さんが、やっと口を開いた。


「じゃあ、入るっすか。」


「帰りますね。」


伊藤さんが何事もなかったかのように部屋を指し示したので、こちらも何事もなかったかのように踵を返した。

幸い、階段が近い。


「あ、ちょちょちょっちょちょっ、ちょっと…十田さん?」


はいはい、ラッ○ンゴレライラッスンゴ○ライ。

無視して降りよう。うん。


バアン!


「うわあっ!」


再びドアの開く音。その音にビックリする俺。

振り返って確認する。

今度は201号室のドアが開いていた。

ここの住民は驚かさずにドアを開けれないのだろうか?


「ん?悪霊の気配がしたんだけどねえ…」


しわがれた声が聞こえ、姿が見えた。

…普通のお婆さんだ。

ドアを叩きつけて開ける割には温厚な声をしている。

そういえば霊媒師みたいのが居るっていってたっけ。


「みかんさん、こんばんわ。」


「ああ、大家さんとこのせがれかい。大きくなったねえ。」


どうしよう、帰ろうか。何か話し始めたし

というか「みかんさん」って言ってたな。

名前、可愛すぎるだろ。


「十田さーん!」


「ふぇ?」


伊藤さんが近づいてきた。


「201号室の、大地さんて方なんすが…202号室見てくれるそうなんで、見ないっすか?」


お婆さんのほうを見る。ニコニコしている。つられてこちらも笑ってしまった。

うわあ…この状況の中、断り辛いナリ…


「はい…見ます。」


条件を呑んでしまった。


202号室の前に3人が並んでいた。

俺、みかんさん、伊藤さん。

正確に言うと、俺は二人より部屋から少し距離を置いている。

さっきみたいになるのが怖い。

みかんさんによると


「玄関付近には霊の気配は無い。」


と言ってたけど。


ドアを再び開けた…瞬間、二人の表情が変わり、直ぐに閉めた。

閉める前に、幽霊のようなものが隙間から漏れたように見えた。

伊藤さんとみかんさんが何やら話している。

少し話した後、伊藤さんがこちらに近づいて、言った。


「十田さん、すんません、今日は無理っすね。」


「というと…」


「幽霊が居て…いや、幽霊自体は危ない類のものじゃないんすけど…それに最初出てったの以外は不可視のが多いんで…」


「はあ。」


「幽霊が居ると温度が下がるって言いましたよね?この時期に、この部屋に訪問したの、自分も初めてだったんで…」


伊藤さんが続ける。


「大地さんによると…具体的には幽霊1人について1度下がるらしいんす。まあ、実際に部屋を覗いてもらえればわかるっすけど。」


そう言いつつ、扉を開けた。


開けた瞬間、出てきたのは幽霊…ではない。冷気だ。

今日の温度は、確か5度位だった気がする。


「この中に幽霊が30は居るそうっす。」


部屋の中は、完全に凍り付いていた。


どうやら、部屋探しはもう少し苦労しなければいけないらしい。



翌日、203号室は普通の部屋だと気付き、再度伊藤不動産に足を運んだのはまた別の話。

人物情報①

伊藤(有)

伊藤不動産社員。

メガネ。アラサー。老け顔。

口調以外の全てにおいてまとも。


人物情報②

千田

裏野ハイツ102号室在住。

中年のおっさん。フリーライターらしい。

一部からは、彼が「裏野ハイツの幽霊」だと思われている。


人物情報③

大地みかん

裏野ハイツ201号室在住。

70代のお婆さん。霊媒師。

腕の筋肉が意外に凄い。


人物情報④

幽霊たち

裏野ハイツ202号室在住。

可視、不可視含め、すさまじい数の幽霊が住んでいる。

地縛霊だけでなく自由に移動できる幽霊も結構いるが、律儀に部屋に帰ってくる。

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― 新着の感想 ―
[一言] いろいろニヤニヤさせていただきましたが、一番吹いたのは フリーライターの千田先生という方は実在するって所でした。こういう偶然ってあるんだー……。 世の中広いですね。狭いんですかね?
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