六の怪 正門、通学路、それから……
翌朝、わたしは娘を学校へ送るために一緒に家を出た。
K高校は家から徒歩でおよそ15分の所にある。
娘は歩いて学校に通っている。
道路はスクールゾーンに指定されている箇所もあるせいなのか、生活道路に車の出入りはない。
けれど、2カ所横切る、広い一般道路は、朝でも車の往来が激しい。
そこをすぎるとS寺に近接する道が見えてきた。
S寺に接する道を進み、塀の角で右に曲がるとK高校正門。
左の道、S寺の塀に添った道を進んでいくとA駅につながる商店街が見えてくる。
娘はわたしの隣をうつむいて歩いている。
わたしはS寺を仕切る塀を見やる。
(S寺、K高校通学路の不思議、ついてくる足音)
何かの理由で日が沈んだ時間に下校した生徒が、正門を出る時に、後ろをついてくる足音に気が付いた。
足音は一定の距離を保ってついてくる。
生徒は気味が悪くなった。
足を速めると、足音のペースも早くなる。
この時に限って通学路に人がいない。
生徒はA駅めざしてS寺横の道を走り抜ける。
S寺を過ぎ、商店街が見えた時、後ろの足音がなくなっているのに気付いた。
それからは、正門から足音がついてきた時、振り向かずに走り続けるとよい、と生徒たちの間で言われているそうだ。
わたしはこの話とは違う角度から見た話を知っている。
わたしがK高校に在学していた時だ。
話したのは同級生のU。
部活で遅くなった帰り、前方に1人歩く女子に気付いたそうだ。
女子は最初ゆっくり歩いていたが、突然歩調を変え早足になった。
Uはすぐに女子が早足になった理由に気付いたそうだ。
U自身を不審者に思い、怖がっているのだと。
Uはその時、ムッと腹を立てた。
お望み通りに怖がらせてやれと、女子の歩調に合わせて早足で歩いたそうだ。
すると女子は走り出した。
Uも彼女の後を追いかけた。
けれど、途中でばからしくなって追いかけるのを止めたそうだ。
Uは自慢げにそのことを話していたけれど、追いかけられた女子の立場から見ればどれほど怖かっただろうか。
今わたしは、時間も歩く方向も違うけれど、S寺横の道を歩いている。
朝の陽ざしが注いだ道は、階段とは程遠い、すがすがしい爽やかな印象だった。
塀の角で右に曲がり正門が見えてきたところで、わたしは足を止める。
正門に先生と風紀委員が数名、生徒のチェックをしていた。
この光景は在学していた時と変わらないなと見ていると、わたしと同様に正門近くで足を止めている人に気が付いた。
髪をオールバックにして紺色のスーツを着た青年。
彼も、生徒を送りにきている数少ない保護者の1人だ。
名前は知らないが、通学時間が近いせいかよく出会う。
彼は送りにきている生徒(少年)の曽祖父だと以前言っていた。
ほんとうに不真面目な冗談を言う人だ。
その青年とわたしはだいぶ前から話していない。
青年はわたしを敵であるかのように睨んでいる。
ほんとうに失礼な人だ。
この人のことも学校に言って注意してもらおう。
娘に悪意のあるもの、敵対するものはすべて排除だ。
娘、娘、わたしの愛しい娘。
わたしの子どもは2人、長男と娘。
なぜか、泣いている妻の顔が浮かぶ。
なにが悲しい、何故泣く。
し、し、し?
何か忘れているのか? 一部の記憶が散漫している。
いいや、違う、わたしはしっかりしている。
リニューアルしたK高校の制服を着る娘は、とても愛らしい。
ああ、電話、忘れてはいけない。
どんな話でも危険の芽を摘まなければ。
でもなぜ、電話に電話に出ない?
まだ日中、たくさんの先生も、生徒もいる時間なのに。
なぜだ! ナゼダ! ナゼダ! ナゼダ!
これはゆゆしき問題だ。
地域で考える問題だ。
娘の話した怪談に似た話は、よその学校でもある!
くそ! くそ! 無視してやがる! くそ!
なんて酷い学校だ! くそ! くそ! くそ! ……。
ムスメ、マモル、ムスメ、マモル、ムスメ、マモル、ムスメ、マモル、……。
最後の怪、モンスターペアレンツト。