秘密の君チョコ争奪戦
愚智者=パラドクス(矛盾内包者)様 × にゃん椿3号様による
萌え企画「バレンタイン☆プロジェクト」参加作品
毎年、毎年……大変だなぁとあたしは思う。園芸部部長、楢崎紫苑先輩と途中入部でバスケ部でもある村雨カイト先輩。噂では二人は付き合っているという話なのに、ふたりはいつもバレンタインになると大量のチョコをもらってきて、あたしたち園芸部員におすそ分けをくれる。
(それっていいのかなぁ)
とは、思うけど。あの大量のチョコを一人で消費するのは、過酷そのもの。そして、今年は二人とも大学受験なので夏には引退したはずだったけど。なぜか、二人いっしょにこまめに顔を出していた。
(二人で来られたら……もう、何にも言えない)
そう、あたしは村雨先輩に恋をしている。彼女の楢崎先輩にもすごく可愛がってもらってて……だから、この気持ちはとても痛くて後ろめたい。
◆
「お前、いい加減邪魔すんなよ」
「それはこっちのセリフよ」
「あいつは俺が先にみつけたの!」
「あら、彼女は園芸部に入ったのよ。スポーツバカのあんたには無理」
「なんだと!この、腐れ外道」
「どうとでもいってなさい。女心は女にしかわからないんだからぁ」
「くっそぉ……今年こそ絶対もらう!」
「そうね。今年は最後だものね。チロルチョコぐらいは貰えるかもね」
「てめぇだってもらえてねぇじゃねぇか」
「うるさいわね。あたしだって今年こそ絶対もらうんだから!」
◆
今日は朝から大騒動になっていた。
「え?うそ?マジで」
「マジマジ。楢崎先輩と村雨先輩、別れたんだって」
「じゃあ、今日はチャンスじゃない!」
「だよね!!」
(嘘?なんで?あんなに仲いいのに……)
あたしは胸がちくちく痛んだ。だけど、周りの女の子たちのテンションはあがりっぱなし。男子たちも逆チョコ準備してたらしくてそわそわしてる。
「別れたんなら、もっといいチョコ用意すればよかったぁ」
「お前じゃ無理無理」
「なんだよ。そういうお前らだって村雨先輩に勝てるほどのもんかよぉ」
みんながみんな、けん制しあいながらそれでも楽しそうだ。ほとんどイベントみたいになってたから、本気も憧れも混ぜこぜ状態。
あたしも今年はせめてチョコだけは渡そう。好きだって言えなくてもせめて後輩として……。
けれど、とんでもない爆弾発言が昼休みに快速で駆け巡った。
「二人の大本命って誰!」
「チョコ受け取ってくれないなんてショック!」
「ずっと付き合ってると思ってたのに、ただのライバルって何!!」
午後は授業にならなほど、生徒たちはパニック状態だった。そして、あたしは……。
放課後、園芸部の温室で春に咲く花たちに水やりをしていた。頭の中でみんなの声が響く。そのたびに、わけもわからず涙がぽつぽつ落ちた。
(どうしよう。どうしたらいいの……)
あたしはしゃがみこんで泣いた。チョコも渡せないんだと思ったら、涙が止まらなかった。せめてみんなみたいに、気軽にバレンタインを楽しめればよかったのに……。
「「どうした!藤宮!」」
(え?なんで?)
突然、血相変えた村雨先輩と楢崎先輩が目の前にいた。
「ちょっとなんで泣いてるの?誰かにいじめられたの?」
「部のやつか!クラスのやつか!俺がたたきのめしてやるから、言え!」
「もう、あんた突っ走んなの。藤宮びっくりしてるじゃない」
楢崎先輩が背中をさすってくれる。村雨先輩が涙を拭いてくれる。
(何がおきてるの?)
「とにかく理由おしえて。ね」
「そうだ。まずはそれだ」
あたしは、泣きながらチョコが渡せないからってつぶやいた。
「って……もしかして、前にいってた彼女もちの男?」
「なんだと!お前、そんな大事な情報隠してたのかよ!」
「だって、あんたに言ったら絶対あたしが不利になるじゃない!」
「っく……そういう話じゃねぇだろうが!」
(二人は何を言ってるの?)
「ああもう、そんな奴のことは忘れてしまえ。チョコなら俺がもらう!」
「何言ってんの。あたしがもらうんだから!」
二人は睨み合ってる。
「あの……今日は誰からももらわないって……大本命からもらうって……」
二人はあたしをじっとみて、もしかしてっとつぶやいた。村雨先輩は顔を赤らめて目を輝かせていて、楢崎先輩は頭を抱えていた。
「藤宮の本命って……これなの!」
楢崎先輩が叫ぶ。
「よっしゃ、もう泣かなくていいぞ。藤宮」
村雨先輩は満面の笑みであたしの頭をなでる。
「ほれ、お邪魔虫はさっさと去れ!」
「ううう……せめて、せめてチョコ欲しいよぉ」
楢崎先輩が駄々っ子のように言う。
「あの……何がどうなってるんですか……」
二人は声をそろえて言った。俺たちの大本命はお前なのと……。
「え?え?ええええええええ!!な、な、何で!あ、あたし可愛くないし!美人じゃないし!どんくさいし!成績だって人並みだし!園芸バカだし!」
わかってないわねと楢崎先輩が言った。
「藤宮はすっごい可愛いの。言動もなにもかも……あたしが部長になったのだって、藤宮が入部して来たからだもん。部長なら後輩可愛がってもだれにも文句いわれないもん」
「俺は一目ぼれ。ほら、入学式のときさ。満開の桜のなかで一本だけまだ咲ききれてない奴がいたろ。あの桜見上げて微笑みかけてただろう。あのときからずっと俺はお前をみてたの。園芸部に入部したのだってそばにいたかったからなんだぞ」
それにと二人は声をそろえて言った。
「「進学先だって藤宮が目指してる大学だから受験したんだ」」
あたしはまた涙がこぼれてしまった。うれしくて、うれしくて。切なくて、切なくて……。だから、持ってきたチョコを鞄から引っ張り出してパッケージをひん剥いた。
そして、楢崎先輩に差し出す。
「え?なんで?俺のだろ!それ」
あたしはそうですと答えて
「でも、楢崎先輩に一つだけもらってほしいんです」
「いいの?あたし、マジで藤宮好きなのよ?ちょっと気持ち悪いとか思わない?」
「思いません。でも、ごめんなさい。あたしは村雨先輩が好きです。だから、これはあたしからの義理チョコです。たくさんお世話になったお礼です。貰ってくれますか?」
「あうぅう……じゃあ、一つだけもらうぅ。その代り、食べさせて!」
あたしは、はいって言って花の形のチョコを一つ、楢崎先輩に差し出した。先輩はそれを食べて言う。
「あたし、藤宮のことはあきらめるけどずっと友達でいてね」
「はい。これからもよろしくおねがいします。絶対、同じ大学に受かってみせます」
「こら!俺を差し置いていちゃいちゃすんな。お前の本命は俺だろうが!」
あたしは、村雨先輩がすねてしまったのがおかしくて笑ってしまった。
「はいはい、それじゃ、お邪魔虫はたいさんしますよぉだ。あ、藤宮。そこのバカが嫌なことしたら、あたしにいうのよ。正拳一発ぶちこんでやるからね」
楢崎先輩は晴れやかに美しい笑顔で温室を出て行った。
「さてと……藤宮」
「はい」
「好きです。俺とつきあってください」
村雨先輩は満面の笑みでそう言った。あたしは真っ赤になって、チョコを差し出して言った。
「これからは、毎年あたしのチョコだけもらってください。約束してくれますか?」
「うん、約束する」
村雨先輩は、差し出したチョコを一つ食べて、不意打ちのようにあたしにキスをした。
「お前も俺以外に絶対チョコやるなよ」
あたしはただただ、頭を縦にふるのが精いっぱいだった。
【END】