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天見夕月








オリヴァー・ポッツ

新暦2081年10月31日 

崩れた瓦礫の下敷きになり全身を強く打ち死亡。

享年41歳。



追記事項

国際宇宙科学研究所※所長。

※備考2

ポッツ始め、施設研究員216名中、215名死亡。生存者一名については別紙を参照のこと。

































 静寂にも音がある。耳を澄ませば、空気が非常に緩慢な速度で部屋の中を移動する音や、小さな呼吸に会わせて上下する布団の擦れる音や、ひそやかに、規則正しく落下する点滴の音が聞こえてくる。それら全てに別れを告げる覚悟は既に出来ていた。

少年はそっと目を閉じる。目を閉じて、そして息を止めた。静寂の全てを脳裏に焼き付ける為には、鼓動の音すらも邪魔に思えた。

 目を開ける。時刻は朝の七時を少し過ぎた所だった。ベッドの主を起こさないように細心の注意を払い立ち上がる。安普請なパイプ椅子はほんの少しの身じろぎですぐに悲鳴を上げるから、いつもゆっくりと動かなければならなかった。今日は今までで一番静かに立ち上がることができた。もう二度とこの椅子のために神経をすり減らすこともないだろう。きっと永らく主を失うその椅子の上に、代わりに一通の封筒を置く。お世辞にも上手とは言えない字で、朝陽へ、と書いてある。

目が覚めて、これを読んだら、しばらくは泣くこともあるだろう。だけど、その後はずっと笑っていて欲しい。痛みや苦しみから解放されて、笑って暮らしていて欲しい。世界がこんな風になってしまった今では過ぎた願いかもしれない。それでも、そう願ってやまない。



「元気でな。」



 別れの言葉は、誰の耳にも届くこともなく室内を漂い、静寂に溶けた。

















 午前八時。少年は、まだあどけなさの残る顔に無表情の仮面を被り、柔らかな黒髪を風になびかせながら、巨大な白い建物の前に立っている。彼はここへ、死にに来た。死と引き換えに、得難いものを、得るために来た。

間も無く、厳重なセキュリティでロックされているであろう扉から何らかの操作音がして、堅苦しい制服を着た若い女性が出てくる。少年は凍りつく。緊張のためだ。横に流した前髪はピッタリとなでつけられてあり、強風にもなびくことの無い頑固さは、感情の読めない無機質な美貌と合間って冷たい印象を与えた。



「時間ぴったりですね、天見君。」



 天見と呼ばれた少年は無言で頷き、女性を見つめる。女性も同じように頷き返した。



「こちらへ。」



 促されて後に続く。三枚の扉を抜ける。見たこともないような複雑な機構で開き、通り過ぎた瞬間にがしゃんと音を立てて閉まった。恐らく、ここをもう一度通ることはないのだろう。永遠に分断された外界への扉を、少年は振り返りもしなかった。

 ひたすらに二人無言のまま、真白な素材で作られた廊下を進む。3度曲がり、巨大なエレベーターで一番下まで降り、そこから更に4度廊下を曲がりもう一度エレベーターで一番下まで降りた。そこには広大な実験施設が広がっていた。白衣を着た人々、コンクリートの壁、分厚い特殊扉に計器類の数々は、嫌でもこれから起こることを想像させる。冷や水を浴びせられたかのように少年の全身を悪寒が走った。頭が白くなり、手足の先が異常に冷たく、そして冷たい以外の感覚がすべて分からなくなる。恐怖を悟られたくはない。無表情を維持することだけに集中しよう。そんな心を見透かしているのか、詰めた息をふうと吐き出したそのタイミングで女性が振り返った。



「検査の前に、もう一度注意事項を説明致します。こちらでお待ちください。」



 そう言って通された部屋は非常に簡素なもので、中央にテーブルと椅子が置いてあるだけだ。そのテーブルの上には籠がのせられ、中にはもう何年も見たことがないチョコレート菓子がいくつも積み重ねられていた。最後の晩餐代わりの贅沢ということか。少年は悲しくなる。これを妹に持って帰ったらどれほど喜ぶだろう。だけどもうそれは叶わない。馬鹿にされているような気がして、手をつける気にはなれなかった。こんなものを食べて何になる。

もうすぐ、死ぬのに。



「ぅぐぅ…」



 キュウ、と喉が締まって、子犬のように情けない声が漏れた。押さえ込んでいた感情が猛烈な勢いで暴れだす。死ぬ、とはっきり思い浮かんだ瞬間、静まり返った部屋の中で、恐怖が爆発した。

嫌だ。死にたくない。怖い。生きていたい。生きていたい。生きていたい。

こらえようにも、涙が勝手に湧き出て止まらなかった。嗚咽を漏らす少年を、滲む視界の中で賑やかなお菓子のパッケージが酷くはしゃいだ様子であざ笑う。その視線の更に奥の方、扉からがちゃりと音がする。先ほどの女性が入って来た。慌てて涙を拭いたが、もう遅かった。女性は、憐れむような、悲しそうな顔をした。



「…天見君、天見夕月君。あなたの勇気に敬意を称します。」





 そう言って女性は深々と頭を下げた。少年、天見夕月は赤い目でそのあまりにも無意味な行動を見届けた。約10秒後、顔を上げた女性はもう鉄仮面に戻っていた。



「自己紹介が遅れましたね。私は棗美紗子と申します。The International Research Center for Eve and Lamentoー通称TIRCEL(ターセル)、当施設に於けるアダムス計画の主任研究員です。」



夕月はまじまじと正面の顔を見た。確かに似ている。あの人に。目を逸らし、肩をすくめて言う。



「知ってる。守護神の妹、死神さん。」



 夕月の揶揄に、美紗子は書類をめくりながら答えた。



「そのような呼び名があるのは知っています。私個人としては概ね、本質を突いた的確な表現だと感じます。」



「ふうん。噂通りの人なんだね。」



「歴史上のどんな大量殺人鬼でも、私が死なせた人数には及ばないでしょう。」



 眉一つ動かさずそう言い張る美紗子の目からは、やはり感情は読み取れない。夕月は本題を切り出すことにする。



「約束、守ってくれるんだよね。」



「はい。貴方の妹御、天見朝陽さんはTIRCELにより『世界の危機』から保護されます。最高レベルの治療もお約束します。」



 夕月は目を閉じる。朝陽の安らかな寝顔を思い描く。大丈夫だ。これで、死ねる。



「ありがとうございます。」



 自分自身でも驚く程自然に、口をついて出て来ていた。朝陽は助かる。朝陽は生き延びられる。そう思うと止めたはずの涙がまた溢れ出てくる。



「…朝陽、朝陽は助かるんだ…あぁ、神様。ありがとうございます、ありがとうございます…」



 二歳年下の妹は、夕月の全てだった。朝陽が安全に生きられるためには、これしかないんだ。恐怖は消えて行った。一番の恐怖が、朝陽を失うという可能性が、完全に潰えたのだ。心の底からの安堵に、夕月はただ涙した。



「…夕月君。この実験で、貴方は99%死にます。いえ、100%と言って良いでしょう。男性がイヴに適合した例は今まで一度もありません。」



「…知ってる。いいんだ。朝陽を助けるには、これしかないから。」



 幼い頃から体に巣食った病魔に、ずっと妹は苦しめられて来た。治療できる病院もなければ入院させるお金もない日々の中、死んだ親の代わりに生活を支えることで精一杯で、何もしてやることが出来なかった。ようやく、助けることが出来る。後悔はない。



「…アダムス計画については、どこまで?」



「あなたほどではないだろうけど、それなりには。」



新暦2080年のクリスマスイヴ。突如飛来した巨大な隕石は、新暦開始以来のセンセーショナルな発見をもたらした。全く未知の、金属に良く似た性質の物質が発見されたのだ。人々はそれを『イヴ』と呼んだ。惜しみない人員と予算が投じられたイヴ研究はしかし行き詰まり、次第に 、人々からは忘れられて行った。その翌年のことだ。『世界の危機』が人類を襲ったのは。同時に、それまで『イヴ』と呼ばれていた物質は『人類最後の砦』の武器として目覚めた。その力を扱う者は、イヴになぞらえ、こうよばれた。『アダムス』。



「そうですね。イヴ。この未知の物質は、有機生命体の体内に入ると特殊な変化を起こし、液状化する。」



 美紗子の補足を、更に夕月は補足した。



「液状化して、その生命体の体を、食い尽くす。」



「そうです。つまり、イヴが体内に入った時点で、その生物は死にます。ほんの一欠けでも取り込んだ瞬間、体内を食い荒らしながら増殖し、身体中のありとあらゆる細胞と結合し、生物を死に至らしめます。至極稀に、食い尽くされ絶命に至る前にイヴを支配下に於くことの出来る適合者、アダムスが現れます。適合条件は今のところ全くの不明です。」



「俺は、死ぬ。」





「はい、死にます。アダムス適合実験の参加者の希望が必ず遂げられるのはその余りに高すぎる死亡リスクのためです。」



 強い口調で美紗子が言う。夕月にはもう、恐怖はなかった。



「…人一人の命なんて紙くずみたいに軽く消し飛んで行くこんな世の中だ。俺が死んで、死ぬはずだった朝陽が助かる。フェアーなやり取りだ。むしろ奇跡に近いよ。普通は、命のとりかえっこなんてできないんだから。」



 そう言って夕月は、今日初めて笑った。



「棗さん、朝陽をよろしくお願いします」



 運命を受け入れた少年の笑みに、美紗子は、やはり感情のこもらない口調で、必ず助けます、と答えた。



 それから一時間もしないうちに、夕月は厳重にロックされた実験室に閉じ込められた。マウスピースを噛まされ、冷たい金属の床に磔られたのは、イヴに適合する前に、あるいはそれによって死に至る前に、苦痛のあまり壁に頭を打ち付けたり舌を噛んで死んでは実験の意味がないからだ。スピーカーから美紗子の声がする。



『夕月くん。これからイヴがそのマウスピースから転がり落ちて、貴方の体内に入ります。もし何か、朝陽さんに言い残したことがあれば一度強く噛んでください。マウスピースを外します。』



 夕月は黙って首を横に振った。





『分かりました。』



 大きなブザーがなる。いよいよだ。



『夕月君。ありがとう。』



 朝陽。さようなら。



 そして口の中で機械音がして、小さな粒が転がり落ちて喉の奥を通り、胃へと吸い込まれて行った。次の瞬間、今までの人生で味わったことがない程の激烈な苦痛が夕月を襲い、————そして、天見夕月の15年の人生は終った。































 棗美紗子は、それが全て終っても実験室の様子を映し出すモニターから目を離すことはなかった。ただ揺らぐことのない強い視線で、動かなくなった天見夕月を画面越しに見つめている彼女の横で、計器をモニターしていた若い女性研究員が震えた声で告げる。



「被験者の生命反応…完全に消失しました。」



緋紗子はモニターから目を動かさずに答えた。



「そのようですね。念のためあと15分モニターを続けてください。」



 冷静そのものの声だった。一瞬の間を開け、大きな音を立てて椅子がはじき飛ぶ。怒りに任せて立ち上がった研究員は、金切り声をあげた。



「いつまで、いつまでこんなことを続けるんですか!?私はもう、…耐えられません!!!」



 悲鳴が嗚咽に変わっても、美紗子はやはり代わり映えしないモニターから目を離さないままに答えた。



「では、異動願いを出してください。いつ通るかはわかりませんが、それが一番いいでしょう」



「ッ主任には、人の心がないんですか!?こんな、こんな酷いこと、私はもうできない…!」



 しゃくりあげる研究員に、ようやく美紗子は目を向け、静かに椅子から立った。その美紗子を一目見た別の研究員はヒッと短い悲鳴をあげて目を逸らした。美紗子は震えていた。激しい怒りに、肩を戦慄かせながら立っていた。



「その涙は…誰の為に流しているの?」



「ハア?そんなの…夕月くんの為に決まって」



「ならばなぜ目をそらすの?」



「こんな酷いこと、まともに見ているなんてできません!」



「いいえ、見るのよ。目をそらさないで。それは犠牲に対する冒涜に他ならない。彼はまだ子供なのに、家族を守る為に、自らの命を差し出しました。最後まで見届ける義務が我々にはある。」



不快感も顕に眉を釣り上げ、きっぱりと美紗子は言い切る。




「でも…!悲鳴が!あの悲鳴が!耳に焼き付いては離れないんです!夜になってもずっと頭の中で響いて、おかしくなる…!」



気圧されかけたが、研究員も負けじと声を張り上げた。そしてすぐに泣き崩れて座り込む。室内は不穏で満たされる。別の計器の前に陣取っている別の研究員は部屋の全員に聞かせたいのか、わざとらしいため息をつく。


 美紗子はハイヒールを鳴らして研究員の元まで行くと、胸ぐらを掴んで乱暴にたちあがらせた。至近距離で睨まれた彼女はヒイ、と小さく悲鳴を上げ、泣きじゃくった。怒りで総毛立ちながら、美紗子は吠えた。



「貴方がさっきから言っていることは何?全て自分の為のことですね。可哀想で見ていられない?見るの。貴方が見ても見なくても、彼は死んだ!今まで犠牲になった人達もそう。私たちが、世界の為に殺したの。その事実を、罪を受け止めて、世界を救わなきゃいけないの。世界を救うために、彼らは命を投げ出した。それに報いる為に、私たちがしなければならないことは泣きわめくことじゃない、罪を重ね続けることよ。この手を血で汚し続けて、この地獄から目をそらさないことなの!」



 そして、モニタールームに沈黙が戻ってくる。肩を上下させて震えている美紗子の息づかいと、若く、善良な研究員の嗚咽だけが響いている。沈黙を破ったのは研究員だった。



「あ、あんた、頭がイカれてんじゃないの!?」



 震えながらそう吐き捨て、美紗子の手を強引に振り払うと、乱れた襟をヒステリックな手付きで正しながら研究員は飛び出して行った。乱暴に閉められた扉の音と遠のくヒールの音を背中に、美紗子は再びモニターの監視に戻る。残った研究員達は何も喋らない。彼らも恐らく限界が近い。一週間以内に遺体は焼却装置に放り込まれ再還元処理されるだろう。

 棗美紗子。通り名はいくつもある。守護神の妹、イヴとアダムスの監視者、鉄仮面の女、そして死神。

後何人殺せば終るのだろう。死んだ少年の笑顔を脳裏に焼き付ける。忘れない。死んで行った人達の名を。自分の罪を。



 新暦2091年10月29日。敵性宇宙生命体、仮称:ラメントによる大規模爆撃急襲から、およそ十年後の出来事だった。

















天見夕月 新暦2091年 10月29日 アダムス計画イヴ適合実験に於いて死亡。享年15歳。




追記事項

妹の天見朝陽をTIRCEL管轄内の病院にて保護。現在、検査入院中。




















 夕月の死から三日後、その肉体は燃え盛る炎に放り込まれることとなった。体内で細胞と結合したリレイムを取り出す手段は、人体を高火力で焼き尽くすことしかない。そうすることで、炭素の集まりの中から、純粋な鈍色の塊が再び現れる。あまりに誰もやりたがらないので、これは美紗子一人によって行われている。高温釜に点火して、スライドテーブルに遺体を乗せて温度上昇を待つ。美紗子はただただ黙々と、作業を進める。

ふと、テーブルの上の夕月の顔を見る。あの時見開かれていた目は、今は閉じている。もう二度と開くことはない。ここにもう、命はない。ごめんなさい、と言いたくなる。だが、美紗子はそれを自分に許したことはない。

美紗子は決して謝らない。謝っても、許される罪ではないから。後戻りの出来ない道を選んだ。これからもただただ罪を重ねていくだけだ。



「誰も、分かっていない」



 この命の重さを、わかっているのは自分だけだ。設定温度を知らせるブザーがなる。美紗子は夕月の体から離れ、ボタンを押す。固いので押すと言うよりは勢いをつけて殴る形になる。事故防止だ。釜の扉が開いて、夕月だった体が炎の中に飲み込まれて行く。



「さようなら、天見夕月くん。」



 涙が出ることももうない。そんなものはもう、枯れ果てた。思えば最後に泣いたのは五年前のことだ。全てがおかしくなり始めたのはもっと前のことだったけれども。

 全人類の希望たる姉は多くの人々を救い、妹は死神と呼ばれ何百もの人間を殺している。酷い冗談だ。もはやこの世の全てが、美紗子にとっては酷い冗談に思える。

世界のあちらこちらで簡単に命が消えていくのは、何も今に始まったことじゃない。世界のあちら側では親に捨てられた子供が店の前のゴミ箱を漁っているのを見つかり棒で殴られ、最後にはここに来て、身体中を食い尽くされて死んで行く。こちら側では、先天性の心臓病の子供がスラムから消えた子供から取り出された代替品で100万ドル以上をかけた移植手術の末生きながらえる。その子供だって、ラメントの急襲爆撃を受ければ病院ごと消し飛ぶだろう。

 美紗子は見失わずに生きて来た。命には優劣がある。しかしその優劣を決めるのは金ではない。その命が、より多くの命を救えるかだ。現実は、あざ笑いながら歪みきった命の優劣を突きつけてくる。脂ぎって下卑た笑いを浮かべながら、飢えで死にゆく人の頬を札束で叩くような、そんな光景ばかりを見せつけてくる。その度に美紗子は、迷わずに自分の答えを突き返して来た。一人のアダムスは、百人の子供の命に勝る。一万、十万、百万を救うことができるのだから。

 天見夕月は死んだ。しかし彼の献身は報われ、妹の朝陽は助かるだろう。

夕月が燃え尽きるのを見守っている時間はなかった。朝陽の検査結果を聞きに行き、医療スタッフに念を押してこなければならない。それに一週間もしないうちにまた誰か、恐らく子供の口にイヴを放り込むことになるだろう。誰かがやるしかないのならば、命の重さを誰よりも理解している自分がやろう。やるしかないのだ。世界を、家族を、救う為に。































『夕月』



天見夕月は、安らぎの中にいた。暖かいものに包まれている感じがする。気持ちがいい。このまま眠っていたい。とても安心するのだ。ここは暖かくて、優しい。こんな感覚を知っている。幼い頃、母さんの膝の上でうたた寝したあの時の感覚だ。絶対的な安心。包まれている安らぎ。このままずっとこうしていよう。



『それじゃ困ります』



知らないよ。もう疲れたんだ。もう心配しなくてよくなったんだ。何の心配も。何を心配していたんだっけ?



『朝陽でしょう』



そうそう朝陽だ。可愛くて優しくて守るべき妹。でももう大丈夫なんだよ。俺の代わりに彼らが守ってくれる。



『人任せはいけないと思いますよ、それに私ももうそろそろ限界なのです』



限界?何が?



『こ、これ以上この高温を遮断することは非常に困難です』



そういえば暖かいを通り越して暑いような。いや、これはむしろ、



「アッ…あちいいいいいいいいいいいい!」



高温の釜の中では、天見夕月の体が燃えていた。その皮膚の表面は———銀色に光っていた。



 退出しようとノブに手をかけたのと同時だった。がたんがたんと大きな音が、背後から聞こえてきて、美紗子は思わず立ち止まった。そして振り返ると、信じられない光景が広がっていた。燃え盛る高温炉の扉を、何かが激しく叩いていた。



『あつぁあっぁぁあああ!!開けて!開けて!!棗さん!』



 耳を疑った。くぐもってはいたが、それは間違いなく夕月の声だった。すぐさま美紗子は、炉の停止ボタンに飛びついた。直ぐに火が消え、扉がゆっくりと開く。夢でも見ているのだろうかと美紗子は思う。



「まさか…そんな。信じられない…」



間違いなく死んだはずの天見夕月が、全身に銀色の装甲をまとって、そこに立っていた。

























天見夕月 新暦2091年 10月29日 アダムス計画イヴ適合実験に於いて死亡。享年15歳。




追記事項

妹の天見朝陽をTIRCEL管轄内の病院にて保護。現在検査入院中。



追記事項2

新暦2091年11月1日、死亡から三日後、高温釜で焼却処理中、復活。

天見夕月を第7アダムスと確認。

能力は調査中だが、恐らく全身を覆い尽くすイヴ装甲であると思われる。人類初の男性のアダムスだ。引き続き注意深く調査する。







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