どこから見ても同じようなネメシア色
ふと、考えることがある。
もし私が聖奈とあの時出逢っていなかったらどうなっていたのだろうか、と。
今もずっと考えている。
やはり、始まりは唐突だった。
とある日の夜。
寝る少し前。真っ黒なゴスロリが、私を非日常に案内してきたのだ。
「みーつけた」
その声に驚いて振り向くと、金髪碧眼の少女がいた。
ニコニコと愛想の良さそうな十歳くらいの女の子。
細くて、色素の薄い金髪は肩にかかる程度の長さ。
ただ、仕草や表情はどう見ても不自然だった。
計算されたような角度で、位置で固定しているような印象を受けた。
「だめでしょー、こんなところにいちゃ」
「は?きみは何を言ってるの」
「那都琉のおうちは、ここじゃないよ」
困惑する私に対し、彼女は終始笑顔だった。
持っていた棒を私に向けて、尚も笑う。
「かえろ。ちゃんとしたおうちに」
突きつけられた棒の先から真っ白な光が放たれた。
勿論目を抑えるのに必死になる私を、彼女は笑っていた。
見えなかったけれど、わかるのだ。彼女は決して私に同情した顔はしない、と。
もう寝るだけだった一日は、何処かに吹き飛ばされた。
でもそれは、まだ始まりだった。
光が収まってきたのを感じ、ゆっくりと目を開ける。
私はどこか知らない家─アパートだろうか─にいた。
自分の部屋と同じ家具が置いてあるのが、とても気に掛かるところではある。
本棚の本だけは知らないものの方が多かった。興味が出ないタイトルが並ぶ。
「ここ、どこ?」
そう言っても、誰も答えてくれないことに気づく。
先程まで居た少女はどこに行ってしまったのだろう。
「あら、今日は早いのね」
急に開いた扉から聖奈が顔を覗かせていた。
驚いてのけぞったが、直ぐに体勢を整える。
「ねぇ聖奈、ここどこ?」
「何言っているの。あなたの部屋でしょう?」
「わたし、の?」
「やっぱり寝ぼけているのね。いいわ、顔を洗ってきて目を覚ましてきて」
やはり、謎だ。
私と聖奈は友人になったが、お互いの家を行き来する程では無かったはずだ。
遊びに、はあったが、朝からではない。
ココが私の部屋というのもおかしい。
窓から見る風景も、間取りも違うのに。家具だけが同じだけでは自分の部屋とは認められない。
一番変なのは、聖奈が私のことを「あなた」という事だ。
そして、まるで家族のように親しく接してくれることだ。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり、ここどこ」
誰にも聞こえない声で、つぶやいた。
顔を洗うにしても、ご飯を食べるにしても聖奈は側に来た。
そうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。気分としては介護されている感じだ。
気分がいいとはあまり思えない。自分でできるのだから放っておいてくれ、と言うと彼女はそんなことない、と反論してくる。
反論の内容に全く身に覚えのない事例を出され、やはり違うと確信した。
ここは私が今まで居た世界ではない。どこか違う平行世界なのだ、と。
よく物語にある話だ。
恐らく、あの金髪の少女がこの平行世界に移動させたのだろう。
意図は全く判らないが。
そうなると、私の居た世界の方はどうなっているのだろう。
ここの私が代わりに入ったのだろうか。もしそうならば、今頃大変なことになっている気がする。
少し鳥肌がたった。早く帰る方法を探そう。
「ねぇ、聖奈」
「なぁに」
「金髪の女の子って知り合いにいたっけ?」
「そうね、シャロしかいないわね」
「シャロ?」
「この間あったでしょ?」
「んんー?覚えてないなぁ」
ここでの私は多少不出来でも許されるようだ。
寛大な態度で聖奈が受け応えてくれる。
しゃろ、ということは外人だろう。キラキラネームだったらどうしよう。
「どこにいるかわかる?」
「今日は休日だから家にいるんじゃない?」
「家どこだっけ?」
「一緒に行ってあげるわよ」
「ううん、自力で行きたいの」
「そう、なら地図をグーグルさんで探すわね」
「ありがとう」
文明の利器、パソコン。時代はずれていない様子。
何が元居た世界と違うのだろうか。
下手に小さいことだと、大した差はないと見なしそうだ。わかりやすい違いが欲しい。
自分本位なことをあれこれ考えている内に聖奈が地図を用意してれた。
もうこの聖奈に会うこともないだろうと思いつつ、彼女に感謝した。
昼方に家を出たが、今は少し暗くなり始めている。
予想していたよりも時間がかかってしまった。それはそうだ。
急に見知らぬ街に放り出されたのだから。目印も何もあったものじゃない。
「あ、これかも」
表札には、地図の端に書かれた通りの名前が書いてあった。
一軒家のそれは、四人の名前が書いてある。その中にはシャロの名前はない。
ぴんぽーん。
「はーいどちらさまー?」
お母さんだろうか、大きな声が扉の向こうから聞こえる。
近づいてきているようなので無言で待った。
重そうなドアを片手で開けた彼女は、私を見るなり顔を青ざめた。
「え゛・・・な」
「こんにちは、シャロさんはご在宅ですか?」
どうやら動転しているようなので、なるべく丁寧に応えた。
驚きのあまり声がかすれている。『なんで、ここに』という声がひっきりなしに聞こえる。
まるで幽霊にでもあったかのような驚きようだ。
「な、るさ」
「いいえ、那都琉ではありません。シャロさんの知り合いです」
そう言うといくらか落ち着いた様子だった。
私が来てはいけなかったのだろうか。聖奈はそんな素振りを見せなかったが。
待っていてという言葉も上手く出なかったようで、無言でシャロを呼びに行った。
良かった。もしここにいなければ、どうしようかと思った。
胸をなでおろす。息を吸いなおす。ここからも大変なのだ。
どうして、ここに連れてきたのか。それを問い詰めなければならない。
バタバタと階段を駆け下りる音がした。
「あ、」
驚いた声が、あとから付いてきた。
金髪碧眼の少女─シャロがつぶらな瞳で私を捉えたのだ。
「長くなるでしょ?上がって」
何も言わせず、私を部屋に案内するシャロ。
まるで友人のような馴れ馴れしさを感じて、不愉快ではあるがある程度は目を瞑ることにした。
二階にある彼女の部屋には必要なものしか置いてなかった。
机とベッド。カーペットがしかれているくらいで、後は何もない。
「これはどういうことなのか、説明して」
「大雑把だなぁ」
座るように促され、座り直ぐに私は彼女を問い詰めた。
すると彼女は余裕ありげに笑った。あの時と同じ顔だった。
「貴女を呼んだのはね、私じゃないの。別の世界の私。私自身はね唯の置物。
だから貴女を家に返す力は私にはない」
「じゃぁ、私を連れてきた別の”シャロ”を探さないといけないの?」
「まぁ、そうね」
面倒なことになっているようだ。いわば、この子は同性同名の無関係な人ということか。
控えめなノックの後、先ほどのお母さんが入ってきた。
お盆にコーヒーカップが二つと、お菓子。先程よりも落ち着いた顔つきで笑った。
「さっきは失礼しました」
「いえいえ、私も驚かせてしまってすみません」
「あんまりにもそっくりだったもので。もう那都琉ちゃんはいないのにね」
哀愁漂う顔で、とんでもない事実を話した。
表情に出ないくらい驚いたが、どうやら何も言えない心境にあることを察してお母さんは部屋を出た。
「そういうこと。ここに那都琉って子はいないの。何ヶ月か前に事故に遭って、病院に運ばれて来た時にはもう・・・」
「本当に、事故死?」
「うん。間違いないよ。周りにいる聖奈や夏樹がそう証言したそうだから。
実際加害者の方も飲酒運転していたこともあった。事故であることは間違いない」
「そっか」
あまり頭の出来が良くなかったようだから、別に不思議でもないか。
つい自分だったら、という発想が出てきたがさすがにない。と、シャロの話しに納得する。
どうせ、周りを見ずに歩いていたのだろう。
「それで、君は連れてきた方のシャロをどうして知っているの」
「一度会ったの。那都琉のお葬式の時。『これじゃ、ダメだ』って言ってた」
「これじゃ、ダメ?」
「『探さなきゃ』って」
「うーん」
「それに貴女が初めてじゃないから。なんとかシャロに会えれば帰れたみたい」
どうやら、連れてきた方のシャロは私に執着している様子だ。
死んでしまったらダメ、代わりを探さなきゃ、ということだろう。
何度も何度も、那都琉を探して。見つけたらこの世界に連れてくる。
那都琉であれば、なんでもいいのだろうか?
「あのさ、今日沢山話しても大丈夫?」
「あ、問題ないです」
とりあえず情報が欲しい。
元の世界に帰るために、この世界の情報が。一つでも多く。
もう一度、あの世界の友人たちに会いたいから。
停滞していた連載の投稿です。まぁ、残念クオリティですが。れんです。
この話しを書きたくて作った連載です。いわば、本番はここからなのです。
だから、今回が一番しっかりしていなくちゃダメなのに・・・。
多分あとから修正入るかもしれません。