幸せの四葉のクローバー色
とんだ一日だった。
私は家に逃げ帰った。足も心も限界だ。
寝て、何もかも無かったことにしてしまいたい。
「ちょっと寝るならベッドで寝なさいよ」
玄関で倒れた私に、誰かが声を掛けてくれた気がする。
朦朧とした意識では何も考えることはできなかった。
***
「ちょっとお兄さん」
「その響きいいね。今感動で泣きそう」
「そんなあんたの呼び名事情なんてどうでもいいわ」
「那都琉はお兄ちゃんって呼んでくれないんだ。こんなに可愛いのに口が悪い」
愚痴を零す彼の背は、煤けているように見える。
彼とあたし本当に同じ歳?
どうやら、この兄妹は見た目が年齢相応じゃないみたいね。
えーと、那都琉(主人公)が眠ってしまったので、あたし聖奈が引き継ぎます。
語り部を。そう、主人公は引き継ぎません。あ、でも強くてニューゲームです。嘘です。
人生において二周目があったら、どんなに良かったことか。
何故か見知らぬ女の子─クラスメートだったらしい─に助けられてしまったのですが。
流石にあそこは居心地良くないので、この那都琉についてきました。
ついでに夏樹って言う彼女のお兄さんもついてきました。回想終了。
「意外と那都琉は優しい子だから」
「知ってます。じゃなかったら顔も覚えてなかったクラスメート助けないでしょう?」
「きっと君のこと気に入ったんだと思う。だからさ、」
「言われなくてもわかってます。こんなに頑張ってくれたのだから、それ相応の事はします」
昔で言うご奉公。恩返しってあたしは鶴か。いや、猫もありかも。
久しぶりに人の温かみに触れた。
お父さんもお母さんも何もしてくれなかったことを、初対面の彼女はしてみせた。
それがあたしにとって救いだった。
「那都琉、ありがとう」
今度はきちんと笑えるよ、心の底から。
だから早く起きて。言いたいことあるんだから。
その後彼女は数時間も眠り続けた。
夏樹によると、彼女は元から体が弱く、眠る時間が人より長いのだそうだ。
耳から入る言葉によるストレスが原因だと那都琉は言っていたらしい。
寝るという行為は、休息を目的とする。
しかし、記憶の管理やストレスの緩和など他のことも行う。
「那都琉の場合、悪意をそのまま受け止めるからな。俺達よりもきついのかも」
「そう、ですね」
あの時。クラスメートに啖呵を切っていた時。
彼女の体は、足は震えていた。
嘘を吐いている人は、目では無く足を見るとわかりやすいと聞いた事がある。
彼女は、言葉に、目に見える態度に出さなかっただけで、本当は倒れるくらい辛かったのではないだろうか。それでもあたしの為に頑張ってくれたのだろうか。
「でも気にすんな」
「は?」
「那都琉には俺がついてるし」
「その割にはあまり話もしないみたいでしたが」
「うっ。それは今から心の溝という溝を埋めて・・・」
「那都琉にはあたしがついているので大丈夫です」
ショックで泣いている夏樹を放置して、まだ眠っている那都琉を見る。
悪夢でも見たのだろうか、それともストレス?涙の跡が薄らみえる。
「これからもよろしくね」
「うん」
返ってくる筈のない返事があり、ぎょっとする。
ニンマリ笑顔の那都琉にしてやられたり。この子は寝てても油断してはいけない。
「えへへ、モテ期到来」
「なにいってるんだか。もう大丈夫なの?」
「今日はね7時間しかねてなかったの。眠くて辛かった」
「7時間も寝れば充分よ、たく」
ぴーんぽーん。
来客を告げる音がする。夏樹の足音が遠のいていくので、あたしや那都琉が動かなくてよさそうだ。
「ねぇ、那都琉」
「うん・・・?なに」
「その、あたしと」
「ドーン☆」
『友達になろう』の言葉は可愛らしい破壊音に邪魔された。
うわー、今の一生分の勇気返せ。
赤面しているのが自分でもわかる。あっつー。今春くらいなのに、あっつー。
「倒れたそうですね、この貧弱女さん」
「うっさいなこの性悪女。不法侵入は流石に捕まるよ」
「何言っているのですか。貴女の大好きなお兄さんが入れてくれたのですよ」
「うっわー、あのバカ。どんだけうざいのさ」
急に始まった舌戦。
赤っぽい茶髪をサイドでポニーした女の子。きっと彼女が先ほどの来客なのだろう。
熱くなった顔を冷ましつつ観察。
背は那都琉と比べると10cmは違う。あたしと同じくらいだろう。
カジュアルな服装だが、中身が良すぎる。何アレ反則でしょ。
何着ても似合うって、レベルじゃないわ。あの美人何者ですか、モデル?
「お兄ちゃんだって泣くときはあるんだよ・・・」
「泣かないでください、ややこしいので」
お茶の用意をしていた夏樹は、関係ないのに傷ついていた。
それに追い討ちをかけてしまった。つい癖で。彼はそれでも笑っていた。(苦々しく)
あ、この人苦労人だ。この中で一番高い避雷針だ。アースだ。
「ねぇ、夏樹って呼んでもいい?」
「好きにしてくれ。そもそも同じ歳じゃないか」
決めた、この人には優しく生きよう。これ以上は可愛そうだ。
「夏樹、お茶の準備手伝うよ」
「え」
「こう見えて紅茶は得意」
「そうなのか。じゃ、お任せするよ?」
嘘は言ってない。
こう見えて紅茶には少しうるさいのだ。
茶葉から拘り、水、蒸らす時間、全てを理解してこそ紅茶。
全てを愛してこそ、紅茶愛好家。それがあたし。
「よっし」
あたしの腕の見せどころはこの程度なのでした。ちゃんちゃん♪
***
端的にいえば、機嫌が悪い。
なぜならば、嫌いな奴が目の前にいるから。
それを招き入れた兄がいるから。
「本当は何しにきたの?」
聖奈が紅茶に夢中になった時を見計らって、優騎に問うた。
優騎は私の幼馴染。彼女が中学、高校は私立に行ったので別れただけで関係はまだ続いていた。
なぜなら、彼女は私の耳のことを知っていた。当事者の私よりも理解していた。
それは、彼女も同じようなものだからだ。
「今度は何が見えたの?」
彼女は今とは別の時間が見える。
過去、現在、未来。その時間の人の存在が見えるのだ。
だから、ふと鏡の中の自分を見たときに未来が見えてしまったことがあるらしい。
ロクでもないものだったと言って笑っていたけれど。きっと、良くないものを見たに違いない。
「見えたという程じゃないですよ。ただ忠告です」
「言われなくてもわかってる」
『聖奈と私たちは違う』なんて分かっている。彼女は強い。けれど脆い。
イオン結晶のような存在だ。
私みたいに嘘をつくことをしない。
優騎みたいに人の存在を馬鹿にすることはしない。
だから、人の悪意に耐えられない。
綺麗な存在だ。
「私たちが過干渉して毒されても困るって言いたいの?」
「いいえ、ただ傷つくのは貴女だけですよ」
「・・・・・・・・」
「あの時のようになりたくないのなら、今すぐあの子を」
「心配してくれてるの、わかってる」
「だったら・・・!」
「いうことはきけない。だって、」
カチャカチャと茶器の音がする。
お茶の準備が出来たようだ。手際の良さに驚く。
彼女の入れてくれた紅茶はとても美味しいのだろう。
紅茶への愛が、私に流れてくる。『紅茶、紅茶♪今日はファーストフラッシュ~』なんで歌ってんの?
「だって、聖奈は私の友人だから」
また友人が一人できた。
いつか永遠の離別になることを理解していても、今この時を一緒に全力で駆け抜けたい。
幸せは待っているだけでは来てくれないのだから。
自分で探してこそのシロモノなのだ。
少しづつ、交友関係が広がりますね。れんです。
偶に視点が変わる事もあります。**で仕切るので、ご了承ください。
キャラが増えて行くと話の構成とか考えますよね?私はできません。
彼らが勝手にしゃべります。コレが一番の悩みです。