影も付けるんです
愛しい愛しい、私たちの子たち。
私なんかの血が流れた所為で、辛い思いをさせてしまった。
私たちの先祖に、不思議な力を持つ人間が居た。
その力は使用者にとってはなくてはならないものだったけれど、他の人には害だった。
でもその人を愛した人がいたから、私や他の親戚も生まれてきた。
異能を持つ可能性をも受け継いで。
大人になるまで私には異能を手に入れることはなかった。
でも従兄弟や、再従姉妹には異能を持ってしまった子が居た。
私と彼らとの違いはなんなのか、それがとても怖かった。
紙一重でよけているだけに過ぎないのかもしれない、私がいることに。
違いを知りたいとは思っていても、彼らに会うのは難しい。
彼らは他でもない異能で、近くの人に虐げられているからだ。
相当の人間不信になっていると、叔母さんに訊いた。
会った瞬間よけられるほどの、だそうだ。
それに対して私は、何事もなく大人になって子供も授かった。
双子。
それはとても、恐ろしいことだった。
なぜならば、異能を持っていたのは双子の片割れだから。
私は、恐怖した。
もしかしたら、どちらかが異能を持ってしまうかもしれない。
一度持ってしまうと長い間、力が消えない。
そんなことになってしまったら、どうしよう。
どうしようもなくなって、夫に相談した。
一切合切を包み隠さずに。
すると、彼は言った。
いつか目覚めてしまうのならば、こちらで目覚めさせてしまえばいい。
長い間ということは、二人が大人になる頃には異能もなくなるだろう。
いっそここではっきりしておくべきだ。
異能を持つ、持たないの違いを。
君はどうして、普通のままでいられているのかを。
強い人だと思った。
私は二人を見捨てるように思えて、できないことを彼はよどみなくいった。
傍目から見れば、非道いこと。でも、彼は哀しそうな顔。
彼の代わりに私だけが泣いた。ボロボロみっともなく泣いて、次の日は酷い顔だった。
泣いている間ずっと手を握ってくれた彼。
一緒に頑張ろう、と言ってくれた彼。
だから決心した。
どんなことになったとしても後悔しないようにすると。
こんな私と一緒になってくれた彼に報いたいと思ったから。
私の子たちが自分の子を本当の意味で守れるように。
私のような酷いことをしないで済むように。
「あーあ」
「どうしたの?」
「あうああ」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫よ」
言葉がわからない我が子に何を言っているんだか。
母音で精一杯な状態がとても愛おしい子。
「ごめんね、那都琉」
きっとこの子は私を憎むようになるだろう。
それか、夏樹が。
異能を手にした状態に一度なってしまえば、もう人を信じられなくなる。
そういう傾向があるから。
こんなにも愛らしい子たちに嫌悪の感情を向けられるのが、とても怖い。
でもやめるわけにはいかない。
だから「大丈夫」と思わなければ。
何度も何度も自分を言い聞かせる。
大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ。
彼の協力もあって、実験はつつがなく始まって終わった。
那都琉も夏樹も大きくなって、頭が良くなって帰って来た。
でも、私が会うことはできなかった。
それは実験の一つだから。
私が色々調べて回ったところ、共通しているものがあったのだ。
異能を持つ子はみんな一度、精神科の受診をしていること。
そう、一度精神病を疑われているということだった。
何の病気かと言えば、統合失調症。
異能は全部嘘で、それら全ては幻覚や幻聴だって決めつけられていたようだ。
結局は違う、という診断を受けて帰って来た子ばかりだった。
決心してから何度か、その子達に会いに行った。
みんな辛そうで、悲しそうで。
最初は話しかけても何も喋ってはくれなかった。
とある男の子と話したときもそうだった。
「初めまして」
「・・・・・・・・・」
「君は何が好きかな?」
「・・・・・・・・・」
「私の子はね、カレーが好きな子とねオムライスが好きな子なの」
「・・・・・・・・・」
「君の好きな色はなに?」
「・・・・・・・・・」
「私の子はね、黄色が好きな子と赤が好きな子が居るの」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ、君は?」
物静かではない。
自分を押し殺しているかのような、痛々しい印象を受けた。
口が動く度に何を話してくれるのか、と期待した。
しつこい位一方的に話していたと思う。
数時間経って、話すことがなくなった頃、漸く口を開いてくれた。
「・・・・・チョコ」
「・・・・!チョコ好きなの?じゃぁ、今度チョコケーキでも作ってくるね」
「いいよ、べつに」
「私のチョコケーキね、すっごい美味しいって言ってもらえたの」
「だれに?」
「旦那さん。すっごいかっこよくってね、優しいの」
「・・・・・・・・・愛してるの?」
「うーん、愛してる・・・よりももっと確かな感じ」
「なにそれ」
「うーーーん?なんだろう」
私は愛している、という言葉はどうにも嫌いだ。
雲を掴んでいるかのような曖昧さ。日本人は言わないことが多いというあの言葉。
あいらーびゅ、てぃあもー。
別の国の言葉の方が、綺麗な気がする。日常的に言う言葉だからかな。
「すっごい好き、なの・・・かな?」
「ぼくにきかないでよ」
「うん、ゴメン」
「愛してる、じゃないのに結婚したの?」
「うん」
「誓わなかったの?」
「誓ったねー健やかなる時も、病める時も愛すること」
「じゃぁ!なんで」
「愛はいつか冷めちゃうから、かな」
彼はとても「愛」に怯えていた。
両親から愛された記憶があまりないそうだ。
そのあとなんでか「愛」について数時間語らった。
「お父さんもお母さんも勝手だよ」
「うん、そうだね」
「ぼくはいらないって」
「・・・・・・・うん」
「人の心を盗み聞きしちゃうこなんて、気持ち悪いだけだって」
確か那都琉は昔から鋭い子だったなぁ、とふと思った。
「え、」
「・・・・なぁに?」
「おばさん、の子供も?」
「あぁ、聞こえちゃった?」
「あ、ごめんなさい!」
「別にいいよー。そっか、あの子もう聞こえるのかぁ」
気づかなかった。普通に生活していたからかなぁ。
仲良く、まるで普通の家族みたいに。
何事もなく日々が流れていたから、変化に気づけなかったのか。
「どうりで、察しが良すぎるわけだ。筒抜けなんだもんねぇ」
「あ、あの」
「でも便利だね」
「ぇ」
「だって、言わなくたって伝わっちゃうんだよ?電話より便利かも」
「・・・・・おばさんってさ」
「うん?なにー」
「変だね」
「むむむ、私も異能あるかも!人と違う感性とか!」
「ないない」
「ひどー」
「そんなこと言ったら、みんな普通じゃないよ」
「そうだよ」
「・・・・?」
「普通な人なんて、いないんだよ」
そのあとも話は続いた。個性の話だったと思う。
でも長くなるからカット。
彼は異能を持つ前から両親に疎まれていたらしい。
小学生になる頃にははっきりと、声が聞こえるようになっていたと。
それを母親に言ったら、病院に連れて行かれたらしい。
他の子と話をして、仮説を立てるに至った。
『過度のストレスによって異能を持つようになる』
『異能は自分を守るためだけの力である』
証明のためには実験するしかない。
勉強をさせているときも、なるべく片方にストレスがかかるように。
帰ってきてからも、片方だけにストレスを。
そうして異能を手に入れてしまったのは、那都琉だった。
夏樹は小さい頃からなにもなかった。
でも、今からでもストレスをかければ間に合ってしまうだろう。
一緒に暮らしていた数年間、平等に育てて。
そのあと庇護してくれる母親から離して勉強させて。
帰ってきたら、母親はいない。
本当に最低だ。
二人が帰国してくる旨を書いた手紙を受け取った。差出人は那都琉と夏樹。
その返事として、手紙を送った。
「もう会いたくないです、さようなら」とだけ。
書いて、切手を貼って。また、ボロボロ泣いた。
そんなこと欠片も思ってないくせに。
なんでそんなひどいこと書けるの!
『あんたなんて、』
その先はなんだっただろう。罵詈雑言?
私と同じ声だったのを覚えている。
ふと、自分のいる部屋を見回した。
すると。
「おかーさん、おやつー」
「おかーさん、なつきいらないってー」
「なんで、そんなこというのー!」
「なつるいっぱいおかしほしいー」
幼い頃の二人がいた。
私の腰もいかない背丈。もみじみたいな両手。
重心がまだ、頭の方にある。幼子。
「な、なんで」
今二人は13歳くらいのはず。そもそも家にいるはずなんてないのに。
なんで、なんで?
「おかーさん、だいしゅきー」
「あ、ずるい。おだてて、おかしもらうきだな」
「おかしー」
あぁ、そうか。
わたしも、か。
本当に、バカだなぁ。
自分だって同じ血が流れているのに。
何かしら、異能を持っても不思議じゃなかったのに。
これが、私の愚考への罰。
この時はお菓子を作ろうと立ち上がると、小さい二人は消えていった。
静かになった部屋を見て、虚しさが私を襲った。
「えへへ、どうしよう」
彼になんて、いえばいいのかな。
私のこと、嫌いになっちゃうかもしれないのに。なんて・・・・いえば。
漸く私は身をもって知った。
異能を持った子達が怯えていた理由を。
こんなもの、有り得ないよね。普通は。
なんとなく、分かっている。
先ほどの光景はなにか。
あれは、可能性だ。
平行世界なんだ。じゃなかったら説明できない。
まだあの子達が私のそばにいて、笑顔で。
そんな世界。もう、ありえないけれど。
「あーぁ」
自業自得、といって笑って欲しい。
携帯電話を片手に、ヤケになって嗤う。
仕事中じゃないと、時間を確認してから電話帳を開く。
「・・・・・・・・・っ」
最初は、なんて言おう。
「ごめんなさい」?「もうそばにいなくてもいいよ」?
通話ボタンが押せない。押したくない。
引越しの支度がしてある部屋を見て、悲しくなる。
もう何もないのに。私には、なにも。
もしも彼を失うことになってしまったら。私は死んじゃう。
「・・・・・・・・一人は、やだな」
っぴ
ぷるるるるる。
『もしもし、どうしたんだ?』
「あ、のね」
『あぁ』
「・・・・・っぅ」
『今すぐ帰るから、ちょっと待ってろ』
っぴ
泣くな、って言って彼は電話を切った。
本当に早く帰ってきそう。やだな。面と向かって言われる方が辛いのに。
ガチャ。
「ただいま、」
「・・・・・・・・・・ぁ」
早いって。まだ心の準備出来てないって。
足音が近づいてくる。やだやだ、来ないでよ。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・ぅ」
心配そうに私を気遣ってくれる彼。
床に座り込んでいる私に合わせて、かがんでくれる。
たまらなくなって思いっきり抱きついた。
そのままたくさん泣いた。「ごめんね」って言いながら。
彼は何も言わないで私の背を、頭を撫でてくれた。
温かくて、優しさが私に染み込んできたような気がした。
声もまともにでなくなってしまったので、結局筆談になった。
そのへんにあったメモ帳を引っ張ってきて、事情を説明した。
すると彼は笑っていった。
「そんなことで、俺がお前を手放すとでも?」
『でも』
「お前が好きだから、そばにいるんだっていつになったらわかるんだ?」
『私は馬鹿だもんわかんないよ』
「・・・ったく。本当に馬鹿だ」
変な力が付いていたって、私だって言ってくれた。
好きだって気持ちは変わらないって。
頭を撫でて、ぎゅぅっと抱きしめてくれた。
「一緒に頑張るっていっただろう?お前ひとりが抱え込むな。約束したからな、破るなよ?」
耳元で囁くように言われた言葉に、首を縦に振った。
愛しい愛しい、私たちの子たち。
私なんかの血が流れた所為で、辛い思いをさせてしまった。
今更になってその思いと同種のものを知った。
このお詫びが出来るなんて思えない。私はあなたたちよりも早く死んじゃうから。
いつまでも守れないし、今この時だって守れていない。何も出来ていない。
でも、陰ながら見守っているから。
転んだら素知らぬ顔で絆創膏差し出せるから。
だから今はたくさん転んで、起き上がり方を覚えておいて。
そして、もし。
私たちが、会えるようなことになったら。
何も言わずに殴ってもいいからね。
酷い母親で、ごめんなさい。




