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いろせかい  作者: 雲雀 蓮
背景という遠いところの話(番外編)
30/43

照らし合わせるんです



ふよふよ、と浮かぶお友達。

それがわたしにしか見えないなんて、知らなかった。


『おはよーシャロ』

「おはよう」

『今日はすっごくいい天気だよ!お散歩しよ!』

「うん、待ってて。いま着替えるから」


金髪碧眼。父親の遺伝子が一応出ている証拠。

暴力ばかりのお父さんなんかと同じ特徴。

大人になったら髪の毛は染めて、カラコンをする予定。


ばさばさ、と着ていた服を脱ぎ捨てて、全身覆い隠せる服に着替える。

大体が長袖パーカーなのだが、仕方ない。

こんな汚い肌、誰にも見せられない。


『・・・・どうしたの?痛い?』

「ううん、もう痛くないよ」


殴られたのは、一昨日が最近。お腹も蹴られた。

痣が見事に変色している。気持ち悪い色に。

わたしとしては、押さない限りは痛くないから痣の方がいい。

血が出ると、何もなくても痛いから嫌だ。


「いこうか」


今日は二人とも、家にいない。お仕事だと思う。

祝日だけどね、いないんだ。嬉しい。


『んー、いい気持ちー』

「よかったね。明日も晴れるかな?」

『わっかんなーいー。晴れたら一緒に学校行こ?』

「うん、そうだね」


お友達と歩きながら、公園まで来た。

遊具はあんまりない。あるのはブランコと砂場。

人気はないのがとても助かる。

傍から見れば、わたしは独り言を言っている変な子だから。


でも見えるのに、聞こえるのに、無視なんてできない。


『ブランコ、ブランコしよー?』

「わたしはいいよ。だって危ないもん」


今一緒にいる彼女はつい数日前に出会った。

道路の真ん中で蹲って泣いていたので、声をかけたのだ。

車に轢かれちゃったらしい。

病院に行く前に体がバラバラになっちゃったから死んじゃったんだって。


「楽しい?」

『うーん。触れないからつまんない。歩こっ』

「うん、どこ行こう?」

『てきとーにお任せする!』


彼女はとても気まぐれだ。

笑ったり、むくれたり、黙っていたり。

わたしと違って、表情がくるくる変わる。

会話をしたってすぐに話題が変わる。


最初にあったときと比べて今は全然違う。

真っ赤に染まったように見えた彼女は、道路の真ん中で泣いていたんだから。


『なんで、そのままにしてるの?』

「え、」

『通報しちゃえばいいのに』

「・・・・・うん、そうなんだけどね」


一昨日の両親からの虐待を受けているとき、彼女は静かにわたしを見ていた。

冷めたような、蔑んでいるような目だった。


わたしはなんで、今の状況を受け入れているのだろうか。

そう自分に訊いてもわからないのに。彼女は偶に難しい質問をする。


「いつか、気づいてくれるんじゃないかなって」


自分がしていることはどんなことか。

ただわたしは、悪いことをした、と一言謝って欲しいだけだ。

それで元に戻れると思っていた。でもそれは今の今まで叶わなかった。


虐待が始まったのは唐突だった。

私が中学生になって半年くらい経ったとき。

お父さんはリストラ、お母さんはそれのフォローに手がいっぱいになって。

ぶつける場所のない苛立ちやストレスで、お父さんはわたしに手を上げた。

お母さんは、わたしの方を見なくなった。


それが一週間続いてからだった。普通は見えないものが見えるようになったのは。

くっきりとわたしの目に映り、声をかけてきたのだ。

驚いたけれど、わたしは初めて見えた存在に訊いた。

「どうして両親が変わってしまったのか」を。

すると、彼は言った。「悪魔が取り付いているからじゃないか」と。


わたしは彼を師と仰ぎ、頑張って勉強をした。

いつしか魔女とも言われるほどに、たくさんの魔法を使えるようになった。

魔法には代償が必要だとか、魔法の基礎を沢山教えてくれたのは彼だった。

今はもういないけれど。


私が魔法の練習をする際。

代償として差し出したのは、わたしが大切にしていたものだった。


お気に入りの本、ペン、お人形。

そのお蔭でわたしの荷物はドンドン減っていった。


『あ、見てみてちょうちょ!』

「うん。アゲハ蝶かな」

『かわいいー。連れて帰っちゃダメ?』

「だめ」


わたしが幸せになるために必要な魔法は見つかった。

その為に必要な代償はちょっと多くないとダメみたい。

だから、最近は魔法を控えめにしている。

自分の持ち物が増えるまでは、待たないといけない。


代わりにおまじないをしている。

空に向かって毎日同じ時間に、お祈りをしている。

そうすればいつか神様が助けてくれるかもしれないから、と。

元々僧侶だったお友達が言っていた。

今はもういないけれど。


「もう、帰ろうか」


お祈りの時間だ。帰らないと。

くるくる、と空中でまわっている彼女を呼ぶ。

すると案の定、不満そうな顔をした。


『あんなやつらのために時間使うことないよ』

「でも、帰らないと」


時間だから。帰らないと。

我ながら、感情がこもってなかった。

どこまでも無感情で、事務的。


わたしは、なんでいきているのだろうか。


『ちょっとだけ、寄り道してくれない?』

「帰り道の途中ならいいよ」

『うん。こっち』


先導していく彼女を駆け足で追いかけた。

なんだか、いつもより静かな彼女からはお別れの匂いがした。


向かっている方向で、「あっ」と気づく。

こっちは彼女が轢かれた道路がある。

大きな交差点で、歩行者と車の信号が分離している。

信号のとおり渡ったのに、横からトラックが突っ込んできたと言っていた。


その日は今日みたいに、すごくいい天気だったらしい。


『着いた』

「逝っちゃうの?」

『うん。行かなきゃいけないみたい。呼ばれてるの』

「そっか。気をつけてね」

『あんたこそ、もう怪我なんてしないでよ?』

「うん。気をつけるよ」


一瞬だけ哀しそうな顔をした彼女は、わたしに近づいて額にキスをした。


『またね』

「・・・うん、また」


信号が変わるのと同時に、彼女は消えてしまった。

彼女のように体が死んで魂だけ残ってしまう人は多い。

だからというわけじゃないけど、寂しくはない。

わたしが死んじゃったら、同じ場所にいけるんだろうから。

また会えるから。


「・・・・・かみさま」


ビルやホテルの隙間から見える空に向かって祈る。

彼女が無事に、幸せな場所に逝けるように。

どうかまた、会えますように、と。


「帰ろうか」


ふよふよ、と近づいてくるお友達。

消えてはくっつき、消えてはくっつき。

出会いと別れを交互に行われる。


『ねぇねぇ』

「なぁに」

『ここ、どこ?』

「さぁね、わかんない」


すれ違った通行人が一人で喋っているわたしを訝しげに見る。

そこそこの年齢だろうに、マナーすらわからないのだろうか。

人のことジロジロ見るなんて、失礼だよ。


「・・・・・・・・・・わたしがわるいんじゃ、ないのに」


小さく、小さく呟く。

あぁ。さっきの彼女がいれば、もう少しだけ明るくいられたのに。

今じゃもう。真っ暗で、お日様なんて見えない。


わたしが幸せになるためには魔法を使うしかない。



別の世界の、優しいお父さんとお母さんを連れてきて。

そして家族三人で暮らす。

そうすれば、わたしは幸せに過ごせる。


でも、テストしなくちゃいけない。


混ぜても大丈夫なのか。

ほかの人と入れ替えても、支障はないか。

世界の未来は変わらないか。


もし失敗しても直ぐにやり直すほどの代償を差し出せないのだから。



どんなことをしてでも。

わたしは、幸せになりたい。


誰かの幸せを奪うことになっても。

たったひとり、わたしだけ幸せになりたい。



そんなひどいことを考えてしまった頭を、軽く叩く。


「・・・・・・・・・・」


新しいお友達は出来た。けど、さわれる友達はひとりもいない。

寂しいけど、寂しくない。


いつも元気な彼女がいないだけで、こんなにも違う。

じわ、と涙がこぼれそうになった時だった。


芯の強そうな女の子がふらふらと何処かへ歩いているのが見えた。

黒いセーラー服を着ている、黒髪の女の子。

知らない子なのに、何故か気になって追いかけた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


女の子は終始無言で、何処かへ向かって歩いていった。

わたしはその何メートルも後ろからストーキング。勿論お友達も一緒。

でもお友達はついてくるにつれて、顔色が悪くなってきた。


「どうしたの?」


曲がり角。黒髪の子が信号待ちをしている時に、小さい声で訊いた。

すると彼女もつられて小声で言った。


『こっちは、だめなの』


もしかしたら、彼女の最期の場所と同じ方角に向かっているのかも。

彼女に待っているように告げて、更に後を追う。

着いたのはとあるアパートだった。

これといった特徴は、一角にお花が沢山置いてあることくらい。


「・・・・・・・・・・・・・・っ」


黒髪の子は、静かに泣いていた。

声も出さずに涙だけがポロポロとこぼれている。


彼女も、幸せじゃないんだ。


「・・・・なんとか、できないかなぁ」


いつも自分だけで世界は成り立っていた。

ほかの人はわたしの世界には入ってこなかったから。

でも、あの黒髪の子はなんとなく気になった。


はじめて、わたしが興味を抱いた他人だった。


黒髪の子はそのまま何処かへ歩いて行った。

それを追いかけることはせず、お友達のところへ戻った。


お友達は、とあるアパートから飛び降りた子だって言った。

多分今日いったアパートで間違いない。

だから訊いた。「知り合いに黒髪のわたしくらいの子いない?」と。

その答えが、那都琉だった。背丈が大体同じなのは彼女だけだと。



わたしに残された時間はあまりない。

体中にある傷で熱は出るし、頭はいつもクラクラする。

死んじゃったら、もう魔法は使えない。


お友達に会うのも楽しみで、幸せなことだけれど。

わたしは、那都琉にあってみたい。お話してみたい。



「巻き込んじゃおうっか」



そうすれば、わたしも彼女も幸せになれるのだから。



この次の日。

わたしは魔法を使って、別の世界に飛んだ。

代わりにこの世界に来た”わたし”が那都琉を連れてくるのを待つために。


わたしと那都琉が幸せになれるかを確かめるために。








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