+藤色
「ただいまー」
「おじゃまします」
「・・・・・・・?おかえり?」
何で聖奈がいるんだろう、と顔に書いたまま夏樹は出てきた。
何も言わずに聖奈の荷物を受け取ってどこへ持っていくつもりだおい。
中居さんじゃないだろう、と突っ込んだのは聖奈だった。
「あー、聖奈今日から泊まるから」
「お世話になります」
「うん?それはいいんだけどさ、親御さん」
「許可はもらいました」
「あ、ならいいや」
かっるーい。我が兄ながら、かっるーい。
私の脳内会議が踊っている。しかし夏樹は気づかない。
そりゃそうか。聞こえたら発狂寸前までいく代物だからな。
『夏樹はもうダメかもしれない』
『●月●日5時19分38秒、ご臨終です』
『うぅ、惜しい人を亡くしました』
普通に葬式上がってるし。いかんいかん。
現実に戻ろう。シャロの腕がずれてきている。落ちる落ちる。
だがしかし、体力がないためか立て直せない。
「で、その幼女は?」
「トモダチ」
「お前はどこの宇宙人だ。帰してきなさい」
「無理」
「むりくない。できるでしょ?」
「家知らないし」
『OH』
知らなかったけれど、私の兄は外人さんだった(大嘘)。
異国の地に連れて行ってくれるのかな?顔はマジ「叫び」なんだけど。
大きくため息を吐いて、力を一回抜く。
うぇ、人間って重い。この幼女一人背負って歩くだけで体が引き裂かれそうだ。
息は乱れるし、足はふらつく。酸欠で頭痛い。
玄関先だってわかってるけど、耐え切れず座り込んだ。
せっかく聖奈が並べた靴が散乱する。あ、夏樹のお気に入り踏んじゃった。
「おい、大丈夫か?」
「・・・・はぁ、・・・・・つらい」
「悪い聖奈、冷蔵庫に麦茶があるから」
「あ、わかったわ」
「ちょっといいか」
すでに動けない位疲弊している私を退かして、後ろのシャロをリビングへ運ぶ夏樹。
私が両肩で背負うのが精一杯だったのに、夏樹は軽々とお姫様だっこで。
男女の基礎体力の差を見せつけられた。
二重の意味で辛い。
「はい、那都琉」
「はぁ、・・・・ありがとう」
もらった麦茶をちょっとずつ飲む。
息が乱れてしまっているので、一気は無理だ。
呼吸が乱れに乱れている。無理は禁物。
「・・・・・ふぅ」
半分位飲んだ頃、漸く息が整った。
夏樹はタオルケットを持ってきて、ソファーに寝かせたシャロに掛けていた。
聖奈はずっと、私の傍にいてくれた。
「那都琉、大丈夫?」
「うん。大丈夫。聖奈、私の部屋に荷物置いてくれば?」
「・・・・でも」
「もう平気」
そう言えば、聖奈は夏樹に案内されて(といってもそんなに広くはないのだが)私の部屋に向かった。
そのあいだに私は、コップをもってリビングに近づく。はいはいで。
ソファーで横たわるシャロの顔色は少し悪い、のかな?
元の色も白いようだから、良くはわからない。しかし、眉根が寄っている。
人差し指でグリグリ、ほぐしてやろう。
「う・・・・・」
どうやら、起きる様子はない。
改めて見ても小さいシャロ。ご飯食べてるのかな?
しっかり食べても小さい私が言えることじゃないけど。
あぁ、でも偶に偏食とか欠食するからなぁ。
休みの日は、お昼まで寝てるから朝ごはん食べないのが私の普通。
「・・・・・・虐待、とかないといいのに」
一番最悪の事態は避けたい。
だって、もしもシャロが虐待されていたら。
その両親は今きちんと、空の下にいるのかわからないし。
場合によっては【家は、どこですか】なんて質問が、この上なく酷いことになる。
麦茶を胃に流し込む。全部飲み終わったから、流し台におきに行く。
洗い物がひとつもない状態にポツンと置いちゃった。ちょっと罪悪感。
丁度荷物を置き終わった聖奈が、小走りで近寄ってきた。
それと夏樹はお風呂の準備をしていたみたいだ。足ちょっと濡れてる。
「おまたせ」
「うん、とりま今日の晩御飯何ぞ?」
「なにも考えてなかった」
「じゃ、今すぐ考えて」
「・・・・それよりテレビみようぜ」
「話しそらすな」
プチ、の音から始まってテレビさんは仕事開始。
今の時間は、ニュースばかり。つまらないのになぁ。
「本日未明──」
ほら犯罪のことばっかり。
しかも被害者は子供。小さい、女の子。
こんなことばっかり話しているのなんて聞きたくない。
無理やりチャンネルを変える。
適当なアニメとかやってないかなー。
「ん~~~~?」
一瞬シャロが起きたのかと思った。
けれど、未だに目は閉じられたままだ。寝言か、何かだろう。
「・・・やだ、やだ。たすけて・・・・・・・・・・・・・・・かみさま」
涙をこぼして何かを拒むシャロ。
嫌な予想だけは、きっちり当たる。それが現実だ。
助けを求めるのが神であることにどんな意味が含まれているか。
私は、それがわからない人間じゃない。
「なんか、やることいっぱいですな」
両親と仲直り、聖奈を安心させる、シャロを家に送る。
いきなり多忙すぎやしませんか?
半分位夏樹に背負ってもらってもいいの?これ。
急ぎっぽいものから片付けますか。
「・・・・・今日はカレーがいいなー」
夏樹に聞こえない程度の声で囁く。
その希望が叶うとは最初から思ってないから、ね。




