チークみたいな桜色
世界には人の数だけ色があると思う。
十人十色。千紫万紅。色眼鏡。なんて日本人は多くの言葉をつくったのだろう。
黄色にしても、レモン色、山吹色、クリーム色とある。
そして。
はじめにことばありき。
という言葉がある。
神様も、見えない色でも、たしかにそこに根本を司るなにかがあるのだ。
ただ普通の人には見えないだけで。
そう、普通は見えないし、わからないのだ。
「うるさいな」
そう言って私は持っていたカバンを捨てた。まだ学生であるのにも関わらず、だ。
周りの人はいつもの怯えた顔で私を見る。それにも舌打ちで応え、私は走り出した。
あてもないのは言うまでもない。昔イギリスで起きた労働運動のように散発的で、感情的な反乱。
でも、誰も迎えに来てくれなんてしない。声をかけてくれることも、私の足を止めてくれる人もいない。
だからずっと走り続けた。せめて気分が晴れるように、と無理な理想を掲げて。
私には、声が聞こえる。
本当は表に出る必要のない心の声が、ひっきりなしに聞こえるのだ。
走っても、走っても消えることはない声が私の耳に張り付いている。
今でも私にはその時の気持ちを表現できない。
辛かった、苦しかった、悲しかった。
そんな上辺だけでも言える言葉で表せるものとは違うと思ったのだ。
浮かんでいるような不安定な心を踏み台にして、周りの人と背を合わせていたのだ。
だから気づけなかったのだ。自身の異常さに。
漸く露呈しても、それは喧嘩の最中だった。タイミングの悪さと運命を恨んだ瞬間だ。
忘れることは一生ないだろう。
かつて私は、一人の友人と小さなことで言い合った。
そしてその子の人生を終わらせてしまった。
きっかけは、とある相手の第一印象だとか、その時の服だとか。些細なことだった。
その時、友人は嘘をついたのだ。その子は可愛かった、優しそうに見えた。
本心は恐怖で占められていたのにも関わらず、彼女は笑ったのだ。
私はそれを嘘だと糾弾した。どうして無理するのか、と。
そして勢いのまま彼女の本心を公開してしまったのだ。
決してその話題の人の前でする話しではなかったのに。
当時の私には心の声と、普通の声の聞き分けができなかった。
全てその人が言っている言葉だ、と考えていた。そのため何度か小さな違和感を生んだ。
しかしこの時は大きな歪みとして、現れた。
その後知ったのだ。
その友人は昔からその相手にいじめを受けていたこと。
恐怖から離れる事は出来ないこと。
いいなりになるしか、なかったこと。
その友人はその喧嘩の翌日、自宅のアパートの屋上から落ちた。
即死だった、と聞いた。
彼女をいじめていた相手は、前日の喧嘩騒ぎのとばっちりを受けていた。
「お前のいじめのせいで自殺をしたのではないか」と。
その裏で 私はぼんやりしていた。
昨日まではなんともなく仲良くしていた人が、今日はいない。
その原因を作ったのは紛れもない、自分自身だ。
ふらふらと危ない足取りで、彼女の家に向かって歩いた。
警察や近所の野次馬が沢山いる、ということはなかった。
その代わりに沢山の花が置いてあった。
花の下の地面は薄ら色が違ったのが、鈍い脳でも理解できた。
数年経った今でも、真っ赤なアスファルトが残っている気がしてならない。
初めて自分が罪深いものだと自覚したのだ。
一人の命をもとに学んだのは、その程度のことだった。
元々ないようなものだった人間関係を絶たれ、私にできた事は少なかった。
先ほどのようにやさぐれることくらいがせいぜいで、それ以上はなかった。
破壊はしても、創造はしたことがなかった。
その時、嘗ての友人によく似た女の子に出会ったのだ。
間違えて抱きついたのは、今ではいい思い出だ(彼女は力を込めて否定するが)。
みっともなく泣きじゃくり、許しを請うた。「ごめんなさい」と何度も繰り返す私に、彼女は容赦ない拳を下さった。凄く痛かった。別の意味で泣いた。
昔から私は暴力には弱かった。
「あたしは聖奈。あんたは?」
「・・・・・・・・・・・・・那都琉」
鼻水をすすって、彼女から距離をとる。
潤んで見えなかった彼女の顔を見て、怒っていないことを確認する。
そんな流れにため息をつく。人の顔色を見ることが、癖になっているのかもしれない。
それはそれとして。
彼女は名前通り聖女だった。この世で一番私に優しかったのだ。
だって、セクハラ同然の赤の他人に自己紹介なんて。まずは110番ものだろう。
その事実にすぐ気づかなかった私は、その時からどこかおかしかったのだろう。
確実に一歩ずつ、今までとは違う道を歩き出していたのかもしれなかった。
お初にお目にかかります。れんと申します。
最初はシリアスから始まりましたが、今後は面白く行く予定でございます。
若輩者ですが、宜しくお願いします。