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いろせかい  作者: 雲雀 蓮
高めの場所から見える風景の色
18/43

+鴇色

優しさってなんだろう。


自己中心的利他性を伴った言動のことだろうか。



だったら、神様は優しくない。

こんなにも私達に無干渉なんだから。



ガヤガヤ、の雑音と。じじじ、といつものノイズ。

どちらも自分の耳から聞こえているのに、どちらも混ざらない。


「・・・・・・」


聖奈の怪我は幸いにも軽めの方だった。

頭を強く打っているので、何かしら障害として残るかもしれないらしい。

でも、命に別状はない。今は彼女の両親が面会中。

流石に親子水入らずの状態なので、引いておいた。


理由はそれだけじゃない。


見た感じ、聖奈の記憶がきちんと残っていないようだ。

ずっと一緒に住んできた両親を、まるで赤の他人のように見ていた。


記憶障害なのは、すぐわかった。

無駄な混乱を産まないように、聖奈から離れた。

両親をきちんと認識してから面会することにさせてもらったのだ。


「あの・・・」


どうやら、終わったようだ。

聖奈のお母さんが控えめに私に声を掛けた。

教えてくれたお礼を言って、聖奈の病室へ向かった。


コンコン。

「どうぞ」


「おじゃまします」


一通りの検査が済むまでは一人部屋らしい。

広めの白い部屋の中心に、聖奈は居た。


「えっと、あなたは・・・」

「こんにちは、聖奈。私のこと、わかる?」

「・・・・・・・・・」


意地悪な質問だと自覚していた。

でもほんの少しだけ、夢を見たっていいじゃないか。

本当に何も覚えていない聖奈にしていいことじゃないけど、私だって辛い。

少しくらい、ふざけないと泣きそうだ。


「なーんてね。ごめんね、意地悪して。私は」

「・・・・な、つる?」


「えっ」


ぼんやり、と絞り出された自分の名前に驚く。

覚えているはずないのに。もしかしたら、「嘘つきな鶴」の語尾が聞き取れただけかもしれない。

なんだ嘘つきな鶴って。初耳だよ。


「なつる?」『ってだれだっけ?』


あぁほら。きっと誰かが私を呼んでいる声が聞こえただけなのだ。

それが少しの違和感として残っていたのだ。うん。きっとそうだ。


「それ、私の名前。少し前から聖奈と友達してます」

「そう、そうなの?」

「うん。よろしく」


私の言葉に困惑している聖奈のために努めて優しく話しかける。

記憶がない状態になんてなったことないから、どんなに聖奈が不安なのか理解できない気持ちがあるからだ。


「ねぇ、那都琉。記憶のあった私ってどんな感じだった?」


自分のことを「私」という聖奈。限りなくあの平行世界の”聖奈”に近い。

どうして傷口に塩をねじ込むかなぁ。運命だか神様だかは私が悉く嫌いなようだ。


「うーん。乙女っぽかったかなぁ、それと一人称はあたし、だった。

紅茶が好きで、お菓子作れて、意外とビビリ」

「・・・・・・・・そう」


私が指折り数えて聖奈の特徴を挙げていく。

それをうつむいて聞く聖奈。どうせ、記憶を早く取り戻そうとか考えているんだろう。


「無理に思い出さなくてもいいよ」

「え」

「焦ったっていいことないし、それに誰かのためを思うならまずは自分を大事にしなきゃダメだよ」


よく小説やらである事象。

記憶障害なのに、「思い出せ」と急かされること。

直接言わなくても、早く治るといいね、と。いくらでも言葉はある。


別に、いいじゃないか。

元に戻らなくても。


そもそも人間は不変のものじゃない。

いつだって成長するし、退化もする。


「でも、私は、前と違うのよ?全然違う人になっちゃってるんじゃないの?」


不安なのか、泣いている聖奈。

話し方も早口だ。きっと急がないと声が出なくなっちゃうからだろう。

嗚咽という障害物が現れるから。


聖奈は記憶を失ってもまだ、優しい。

辛い思いをしているのは聖奈なのに。なんで周りなんて気にするの。

ほんとばかわいい。大好き。




「私にとって君は、いつだって聖奈だからいいんだよ」




それなのになんで、違うって言う人がいるんだろうね。

何も変わらないのに。



平行世界で何度も「違う」って思うことはあったけど、そうじゃないんだ。

前とは「違う」けど聖奈なのは変わらないんだよね。




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