+象牙色
ともあれ、私の生活には平穏が戻ってきた。
あの後家に帰ると聖奈たちが勢ぞろいして私の帰りを待っていた。
「なんで?」と訊いたら、聖奈がハグというタックルをかましてきた。
純粋な痛みで涙が出た。けど、頑張って引っ込めた。
「那都琉のばかっ!心配したのよ!」
ボロボロ泣いている聖奈の代わりに夏樹が教えてくれた。
私が帰った日の前日。私が帰ってこなかったというのだ。
どうやら時間の流れがずれていたようだ。
私が帰ってこなかった日、それは夜にシャロが来た日でもあったのだから。
実質私は一日であの体験をしてきたことになる。
客観的に見れば。
向こうの世界の”聖奈”のような状態の聖奈を見て、もう一度泣きそうになった。
理由が言えないから、泣けないけれど。
「心配かけてごめんなさい」
優騎に一発ビンタをもらい、郁はうっすら涙目で「おかえり」と言ってくれた。
夏樹は聖奈からもらい泣き。家出だと思ったらしい。
心当たりがあったのか、と訊くと微妙な顔をしていた。あるのかよ。
「自分探しの旅に出てたのさ☆」
バチィン、と振動数の大きい音が聞こえました。聖奈ビンタ強い。
真っ赤に腫れた左頬を冷やす。
氷って冷たくていいよねー。でも皮膚が張り付くのが怖いよねー。
聖奈の涙がとまったみたいなので、ふざけてみてよかった。
旅したいなー。
日本以外の国行きたいな。
ぼけー、とする頭で国名を並べていく。
アメリカ、イギリス、ロシア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア。
あれ、G8ってどこの国が入るんだっけ?
「那都琉、大丈夫?」
あまりにも意識が飛んでいるように見えたらしく、聖奈に心配された。
「大丈夫」とごまかしても、やはり意識は飛ぶ。
未来ってなんだっけ?今したいことってなんだろう?
「旅、いきたいねー」
それしかないのか、私の脳みそよ。
なんにせよ、外に行きたい。春の間は花粉症で学校以外、外出れなかったし。
春夏秋冬花粉はあるけれど、夏は少しだけマシになる気がする。
なつかぁ、夏といえばプールかな。泳げないけど。
海もいいね。泳げないけど。
敢えて山登りとか?体力ないけど。
とことんダメ人間な自分を自覚して、自己嫌悪。
なんだったらいいんだよ、この我が儘!
「あ、」
そういえば。お気に入りの服屋さんのチラシにパーカーのがあったな。
夏用のスースーするやつ。あれ買いに行きたいな。
というかお出かけ用の夏服が少ない気がするな。
旅に出る準備としても、買い物に行かなくては。
「そうだ、買い物行こう」
今日はそれで一日潰えるだろう。
あからさまにファッション気にしている聖奈がいるんだもの。
買うものが雑なので面白おかしく服が買えることを期待して、聖奈を買い物に誘った。
次の日。
そういえば声が聞こえないという事実に気づいたけれど、放置。
聞こえない方が幸せなのは前言った。
頭がぼんやりしているから、聞こえていても処理出来ていないのかもしれない。
「何にせよ、幸せだなー」
行きたいお店は少し遠目の場所。
電車かな、バスかな、バスだね。の会話で今日は定期を持ってきました。
学校も少し遠目だから定期は持ってないと面倒なのだ。
某有名なあのカードでもいいんだけれど、頻度を考えたらやはり定期がいい。
「聖奈ー、もうすでにバス二本分遅刻してるよー?」
未だにガラケー所持者の私。
携帯の画面を見つつ、独り言。って、あ。そっか。一人だから声が聞こえないんだ。
待ち受けの可愛いクマを見て、ぼっちってつらいなと思う。
きっと聖奈も遅刻したくてしたんじゃないから、気にはしてないんだけどね。
そうはいっても暇なのは変わらない。
一応聖奈のことを心配してメールを送っておこう。
『いまどこー?』
送信。
これの返事は口頭で聞くことになりそうだけど。
暇だし、自販で何か飲み物買おうかな。あ、メロンソーダ発見。
どうせ今日は長いから、ペットボトルの買っちゃおう。
♪~
丁度メロンソーダを手に入れたとき、私の携帯は着信した。
「あ、聖奈?」
案外早かったメールの返信はどんな物だろう。
即座に開けて見た。ら、電話だった。
「もしもーし?」
『あ、よかった。あのですね、この携帯の持ち主さんが病院に運ばれたんです。
今すぐ来ていただけますか?』
頭から冷えていく。あ、漸く目が醒めた。
いつまでも過去を引きずっているから、未来をおろそかにする。
自分が嫌いなことなのに、なんでしちゃうかな。
「わかりました」
ッピ。
ピッピ。
携帯を操作する手が震える。
先程の電話は聖奈の携帯の履歴からだろう。
一番に掛かってきたのかはわからない。時間が経っているかもしれない。
もしかしたら、間に合わないかもしれない。
そんなことを考えてしまう自分がどうしようもなく嫌いだ。
ピッピ。
私は走れない。
誰かのために世界を弄ることもできない。
心の底から心配することもできない。
中途半端で、情けない人間だ。
けど、考えることはできる。
例えば、今まで会ったこともない人の連絡先とか。
ぷるるっるるるうる。
相変わらずあらぶった携帯だけど、使える。
「もしもし、朝野って言います」
頼むから、この世界は私に優しくありますように。
都合のいい祈りだけど、聞いてくれる神様がいますように。
「シャロさんっていますか?」
『えぇ、少し待っていてください』
ドタバタと足音が聞こえる。
何とかなる、何とかする。そう強く思いつつ病院へ向かう。
聖奈が、助からない未来なんて作らない。
大事な友達だし。
もしかしたら家族になるかもしれないんだから。
「絶対、死なせないもん」
私は、どんな代償を払うことになっても構わない。
だからどうか。
これ以上私以外の人を苦しめるのはやめて。




