硫化カドミウム色
「・・・・・ぁ」
キラキラした粒子に変化して消えていくシャロ、を。
ただ呆然と見守るだけの私。
どうしてシャロは私にあんなにも執着していたのかすら私は知らない。
「那都琉」
こんなにも辛そうな顔をする少女に対してかける言葉すら知らない。
「那都琉に逢えて、良かったって思う。
那都琉に逢わなかったらずっと勘違いしたまま同じこと続けたと思うの」
シャロは、私たちが見えない何かを見ていた。
それは幽霊であったり、妖精さんだったりしたのかもしれない。
それらが私達人間と混ざりだしたのが、彼女にとっての不幸だろう。
──私が心の声を聞き分けられなかったのと同じで。
シャロにはもう一つ問題があった。それは魔女のように魔法が使えたことだろう。
普通は見えない存在から英知を享受していたのかもしれない。
平行世界を行き来する方法や、瀕死の人を救う方法だとか。
平行世界は、可能性の世界だ。
だから可能性が高い事象は、多くの世界で起こる。
そのため彼女には同じに見えたのだろう。
どう操作しても同じになると推測されるほどに。
「やっぱり、難しいね。日本語も、魔法も。簡単なことってあんまりないし」
もうシャロの足はない。
消えていく=帰っていく、なのだろうか。
「でも今は簡単。私は帰らなきゃ。これ以上那都琉に迷惑はかけられない」
シャロがこぼした涙も地面に落ちることなく消えていく。
何もかもなくなっていく感覚がどうしても恐ろしく感じた。
いままで傍らにいた存在が消える感覚。ポッカリと何かが無くなった跡。
「バイバイ、那都琉。この世界の私と仲良しくしてね」
ウインクが消える寸前に見えた。それが私の見たシャロの最後。
「・・・・・・・・・・・・・・・・っふぇ」
涙が止まらない気がした。
周りに誰もいないのをいいことに大声で泣いてしまおう。
そうすれば、すっきりして家に帰れるはず。
「~~~っ!!」
声が、でない。
自分の愚かさを感じた。そうだ、泣き声なんてあげたことないじゃないか。
親に置いてかれたときも、同級生を死なせてしまった時も、そうだった。
声を上げずに涙だけを流していた。なにかの作業のように。
ストレスだけを流すように泣いていた。
声なんて出なかった。声が切り抜かれた嗚咽が醜く流れ出る。
「~~~~~~」
頑張って声を出そうとしても変わらずに小さなうめき声が聞こえるだけだった。
まぶたが熱く感じたので一度涙を止める。
明日は腫れぼったくなって、人様の前には出られない顔になっているだろう。
女子としては冷やさなければならない。少しでもマシな顔にするために。
また涙が流れる。いい加減止まってよ。
上を向いたって、変わらず涙はこぼれていく。
誰も、私を慰めてなんかくれない。
それはそうだ。
私は、沢山の人を傷つけたのだから。
頑張って平静を保とうとした聖奈を一度崩壊寸前まで追い込んで。
夏樹をタチの悪い冗談で驚かせ。
シャロをあんな奇行に走らせたのは、私だ。
そんな私がいつまでジメジメ泣いているのだ?
泣いてもいい人というのは限られているのだ。
少なくとも私は、泣いたままでいい人間じゃない。
「っん。だいじょうぶ」
喉の奥に嗚咽もどきを押し込んで涙は強引に拭う。
そして、魔法の呪文「大丈夫」を一回呟く。
嘘ばっかりの自分が唯一信じる自分の言葉。
大丈夫、頑張ろう。その二つ。
「大丈夫、大丈夫」
呪文を強固なモノにするためにもう一度、もう一度。
しっかりと自分を洗脳して、また歩き出す。
涙がもう溢れることのない未来へ。
それが”那都琉”の望んだ未来だから。
先の見えない未来だから怖い。
──でも彼女はその未来すら見れなかった。
誰も助けてくれないかもしれない。
──でも彼女は生涯孤独で全てこなしてきた。心許す友人すら居なかった。
また、足が止まってしまうかもしれない。
──でも。彼女はもう二度と、自分の足で歩くことはできない。
──それに比べて、私はなんだ?彼女よりも満ち足りているではないか。
──それでも、私は全てを諦めるのか?
「ううん、諦めない」
自問自答を繰り返して、漸く自分の道が薄く見えた。
私は、頑張れる。だから頑張ろう。
誰かの助けを期待するでもなく、見えない先を怖がるのでもなく。
今見えた希望を手放すことなく、歩いていこう。
消えてしまった”那都琉”とシャロと共に。
今更頑張っても変わることはないのかもしれない。
いままでの辛い出来事がなくなるわけじゃない。
あの子の事件が消えて、罪の意識が消えるなんてあってはいけない。
「でも、頑張る」って、自分で言った。
では、守らなくては。
私の決めた、私だけのルール。誰かに壊されるまでは守り続けよう。
じゃないと、揺らいでしまうから。
揺らいだら”那都琉”が本当に消えてしまう気がしたから。
さぁ、と一凪の風が吹く。
「帰ろう、」
夏の日差しが一筋から拡散して、私に降り注ぐ。
雲の隙間から覗くそれがなんだか道しるべのように感じた。




