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いろせかい  作者: 雲雀 蓮
化学反応→生成物+?
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塩化ナトリウム色

「お前がラスボスだったのか」



そう問えば、彼は大いに笑った。


「ラスボス、ね。一度は憧れたな」


過去を懐かしむおっさんのような顔。

そうだ、こちらの彼と聖奈は大人だった。こんな顔をして当然なのだ。


「お茶でも用意するから、座ってろ」


四人用の食卓に聖奈と隣あって座る。無言が辛い。

どうやらこの家はそこそこの間取りのようだ。えーと、ここはリビングでいいのか?

一応脱出経路になるかもしれない扉の位置を確認する。

私の後ろに一つのみ、か。塞がれたら終わりだ。


それはさておき。

彼は、なぜここにいるのか。

そんなことを一瞬考えて、頭を殴った。


彼が、息子なのだ。

世間は狭いとはよく言ったものだ。ほんと狭い。


動揺しているのが聖奈にバレないように無表情になる。

気を全身に遣らないと、感情がダダ漏れになりそうだ。

耳鳴りがキーンと響いて、思考を手助けする。


実の息子、ということはないだろう。義理の息子だろう。

そうでないと歳が合わない。

聖奈と夏樹は同じ位の歳なのだ。

つまり夏樹は再婚相手との子供ではない。再婚相手の連れ子か、養子だろう。




そこまで考えて一度深呼吸。

では、いつの間に彼はここに来た?


私達の行動よりも先に出発したどり着いたのか、車で来たのか。


各駅のぼろ電車なんかよりも高速で飛ばしたほうが早いのは言うまでもない。

しかし、彼には仕事があるはず。

不確定な行動をする私たちに合わせた理由はなんだ。

態々、ここまで来させた意図はどこにある?



「・・・・(こさせた)?」



自分の思考に上がってきた考え。

招かれたのだとしたら。それはいったい。


「待たせたな」


ことん、と置かれたお盆にはコーヒーカップが一つとアンティークのカップが二つあった。

迷わずコーヒーカップを受け取る。

他のカップは言うまでもなく紅茶だから。


「やっぱりコーヒーが好きなんだな」

「うん、まぁね」


かっか、と親父臭く笑う夏樹。喉で笑うのが得意なのは、同じ。

痰が絡む日以外はいつもそう。家に帰って来たら、直ぐに手洗いうがい。

変に几帳面で、真面目で。



「それで?」


訝しげな顔をして尋ねた。

お茶を用意する=長話、というのが普通だろう。

例を挙げるのならば、小学生時代の家庭訪問。


「俺は、君たちのお義兄さんなんだ。

 といっても異母だから血のつながりは薄いけどな」


ひと呼吸いれて、紅茶をすする。そんな夏樹の動きの端々に目が行く。

じじじ、とノイズが聞こえる。あぁ、少し落ち着いた。


普段通りの、夏樹だ。


なんでそう思ったのかはよくわからない。

ただ、なんとなく。似ていたのかもしれなかった。

自分の兄である、夏樹に。


「父さんの遺言としてあったのが、お前らの母親のことだ」



夏樹の話を端的にまとめるとこうだ。



私達のお母さんは、異能があったらしい。

その力がどんなものかは測りかねるものであり、お父さんは大層怯えたらしい。

この世界の聖奈に仲が悪いと感じさせたのは、お父さんが極度にお母さんを怯えていた事があったからだと言う。


そして、離婚という形を取ったらしい。

だからお母さんには近づくな、ということを遺したらしい。


「その話って本来だったら聖奈は知る必要なかったことだよね?」

「あぁ、そうなるな」

「じゃぁ、なんで今その話するの?」


「それは私が頼んだからよ」


後ろから妙齢の女性の声がした。

それが自分の母親の声であることに気づいたのは数秒後だった。


「え」

「やっほー、久し振りね?」


久し振りって言っても、私は初対面です。

なんてボケをかます余裕は正直なかった。

普通にびっくりして声が出ない。


「おかあさん?」

「うん。会いたかったよー私の愛娘ー」


大げさなフリで私に抱きつくお母さん。

なんでこんなに元気なんだろう。中年なのに。


「そうじゃなくて、なんでここに!」


自分に回された腕を振り払って言うと、お母さんは笑った。


「純粋に会いたかった、だけじゃダメかな?」

「うん、だめ」

「けち」

「大人気ないわよ、お母さん」


この世界のお母さんは精神的子供すぎる。

自分のことを棚上げして言うけれど、なんだこのダメな感じの大人。

聖奈に怒られている、とか。なんて有様なんだろう。


「ま、お母さんとしては貴女を家に帰らしてあげたいのよ。

 そのキッカケ作りって言うの?その為に夏樹くんに協力をしてもらっただけよ」


真っ直ぐ私を見ているお母さん。

この人はどんなものを感じているのだろうか。

声聞こえないからわからないけれど、彼女のこれまでの人生が辛いものだったということは推測出来る。

今だって傷ついているかもしれない。


「帰るってどうやって?」

「連れてきた本人に訊けば明白でしょう?」

「いや、だからそれが無理だったから」

「じゃぁ、この子はポイしていいの?」


お母さんの足元にあった謎の塊。

最初はなにか荷物かと思っていたから放置していたけれど、まさか・・・。


「きゅぅ」

「おかーさーん」


それやばいって。誘拐っていうんだって。

生の人間を袋詰めとかしちゃだめだから!


「ちょ、シャロ大丈夫?」

「あーお花畑ーお星様きらきらー」


袋詰めされたシャロは完全に遠くに旅立っておられた。ほんとゴメンて。

密かな罪悪感。なんで私が感じなきゃいけないんだ。

そもそもお母さんが、ああ、でも元は私が連れてこられたから。

頭こんがらがって来た。これがお母さんの目的か!


「まってーザッハトルテー・・・・っは」


漸く覚醒したシャロは、よだれで口元が汚れていた。

そっとハンカチを差し出すと、恥ずかしそうに一気に拭き取った。


「ここはどこ?なんでここに」


パニックしているシャロ。私もパニックなんだけど。

心の片隅でそう思いつつ、一通りの説明はしておいた。


ココはねー君にとっては良くない場所かもしれないねー。

あ、それとねー君を連れてきたのはそこの女の人でねー。

今から君には詰問するから、ちゃんと正直に答えてねー。


あまり好まれない三行文。

メールじゃないからいいよね。なんて。


「・・・・えっとあの」

「教えてくれるわよねーシャロちゃん?」


にこやかなのに、圧力のある表情のお母さん。

世間一般では黒い笑顔と呼ばれるあれだ。恐ろしいことこの上ないな。

せめて聖奈だけは真似しないように目を塞いでみた。


「ちょっと那都琉、見えないじゃない!」

「ソウダネー」


「わかった分かりました!教えるのでその顔やめろください!」


シャロの悲痛な叫びが聞こえると同時にお母さんの顔は元に戻った。

よかった、よかった。

これでハッピーエンドでいいじゃない?あ、良くないですか。そうですか。


「じゃ、那都琉私の手に握って」

「うん?」

「ちゃんと連れて帰るから」

「あちょとまって」


帰る方法もなにもないのか。

彼女自身が往来の力をもっているのだろう。

仕組みはまったく理解できないけれど。


「聖奈、これからはお母さんと一緒に暮らしたほうがいいよ」

「那都琉・・・」

「それか夏樹とさっさと結婚をしちゃうか、だね」

「なにををを///」


お別れの挨拶位はしておいたほうがいいだろう。

それと、”那都琉”の思い通りにこの世界が続くようにしておこう。

「早く聖奈が結婚して欲しい」と願ったのはきっと、聖奈の精神安定を図るという意味だろう。


「夏樹、聖奈のことよろしくね」

「あぁ、まかせろ」

「未だに夏樹の名前が出ると顔真っ赤になるくらい純情だから、優しくしてあげてね」

「ちょっと那都琉?!」

「出会ったときからそんなの気づいてるさ」


茹でたこのように真っ赤な人は放置。


「ずっと先の未来まで、支える覚悟だしな」


”那都琉”がいなくなって、壊れかけた聖奈をずっと見守っていた夏樹。

彼は心底聖奈を好きなんだろう。大切だって思っているのだろう。

だから、なおさら思う。

夏樹がいてくれて良かったな、なんて。


「お母さん、ごめん。言うこと何もないや」

「そりゃそうでしょ。初対面だし」

「うん、そうだね。まぁ一つだけ言えば、聖奈をお願いしますって事だけだよ」

「言われなくても自分の娘位大事にするさ」


にやっと笑うお母さんを見て、私もこんな大人になるのかなんて考えた。

母娘だし、遺伝子は色濃く残るだろう。仕方ない。

挨拶も済み、「もう行こう」とシャロに告げた。

シャロの手は私よりも小さくって、握ったら潰れそうだった。

私とシャロを白い光が多い始めた時に、お母さんが再び口を開いた。


「そうそう、一つだけ教えてあげる。

 私達の力って大人になる頃にはなくなっちゃうんだよ。だから安心していい。


 那都琉が結婚する頃にはきっと普通の女の子に戻れるだろうから!」


今言うか!と文句を言おうとした時には遅かった。

さっきのふざけた雰囲気の中で言ってくれたらもっと話せたのに。

結婚なんて、いくつになるのかわからないのに。そもそもお母さんまだ力残ってるじゃん。

あ、もしかして私も晩婚と言いたいのか。



結局なにも言えないまま、私は元の世界に戻ってきた。



「ごめんね、那都琉」


そう言ってシャロは唐突に泣き出した。

お母さんの笑顔に精神をやられたのだろうか。

涙腺が崩壊した程度なら可愛いものだろうか。


「色々見えたから、全部混ざって見えてきたの。

 見えない人と見える人。全部が一緒に笑って生きているように感じて。

 だから、混ぜちゃえって思ったの。同じなら置き換えても同じだって」

「うん」


最近耳が聞こえないのは、老化のせいにしておこう。

今までずっと頭が混乱しているなんて、恥ずかしいし。

それに、聞こえない方が幸せだし。


「でも違った。那都琉はいつも違うことをする。違う世界に変えちゃう。

 だからもうやめる。もう二度としない」

「そう。ならいいや」


さよならは、笑顔で言いましょう。お母さんの遺言です。

はい、嘘ですごめんなさい。


「シャロ、またね」

「・・・・・・・・バイバイ、那都琉」


もう二度と会えない人との別れ。

死別というもの以外は有り得ないのだけれど。普通は。


金輪際シャロが私に会いに来ることはない。

辛くて苦しい想いをしたのが、嘘や夢のようで。


笑った筈の目からポタポタと涙がこぼれ落ちていった。


「ね」の形で止まった口は、そのまま歪んで別の形になってしまった。






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