水酸化鉄(Ⅲ)色
愛が足りない、と誰かがいった。
愛があれば救われる人がいる。
貴方は誰かを愛したことがありますか。
”愛”というものは、世界を変えるのだ。
胸を張って誇張した言葉を吐いたのは、誰だった?
「・・・・うん。まだ大丈夫」
実家、というのは多少語弊がある。
両親は既に別々の家庭を持っているそうだ。ここまでは共通。
それが電車を使わなければならない遠くにある。
田舎のワンマン電車、とか。
「長い道のりだこと」
ぼそ、と文句。
聖奈は仮眠をとっているので、聞いていない。
交代で寝ることにしたのだ。だから、まぁ仕方がない。
がたたん、がたたん。
揺れが都心のそれよりも大きく、床がうねるようだ。
座れていなかったらどうなっていたのやら。
ゆらゆら揺れているのは自分なのか。
不安な気持ちが先行しているのか。わからない。
眠気とストレスで精神が安定していない。
そろそろ聖奈と交代してもらうのがよさそうだ。
眉間に皺がよりかけている聖奈を見て思う。
「お姉ちゃん」っていいな、と。
暖かいし、いい匂いするし、柔らかい。
お兄ちゃんにはないものばかりだ。羨ましい。
ゆさゆさ揺らす。中々強情だ。
「聖奈」
「ん~~」
起きない、だと・・・・。
なんて冗談は置いておいて。
「起きて、もう着くよ」
「えっ」
特技・嘘をつくこと。
履歴書とか調査書に書いてもらえないかな。
そうしたら全学校・会社不採用なのに。
「・・・・まだじゃない」
「おはよう、聖奈。そしてお休み」
睡魔が私を誘う。もう限界です、つらたん。
眠りかけた私を起こしたのは聖奈。
「もう少しだから起きてて」
「えぅ」
この強気な言葉尻から察するに、回避できないことが推測される。
ねむい、ねむいよぉ。パ●トラッシュ。僕はもう眠いんだよ。
「むー、いいよ。起きてるよ」
「ありがとう」
まぁ聖奈のことだから、寂しいだけだって分かってはいる。
だがしかし。苦行にも程があるとも思う。
暇なのは私も同じだったんだけど。という皮肉は隠しておく。
「そいえば、聖奈って夏樹と結婚するの?」
「ふぇ!?」
「え、付き合ってるとかじゃないの?」
「~~~!?」
「ごめんごめん、言いすぎました。だから日本語でおk」
どうしても純情な女の子だ。
恋話が苦手なのか、奥手過ぎるのか。どちらでも可愛いから許す。
ぽかぽか、と効果音のつきそうな拳骨を握ってやろう。
「・・・その、確かに付き合っては、いるわ」
「ふんふん」
「でも。・・その・・・けっ結婚?・・・・はまだ早いと・・・おもぅ」
「へー、なるほど」
この世界の夏樹はヘタレ決定。
くっそ、早く結婚して爆発してろ。このリア充共!
笑顔の裏にはいつも皮肉が詰まっているのです。
なんとなく複雑というか、なんというか。
兄の結婚。
それに対しての感想が段々雑になってきたと自分でも思う。
相手が相手だけに、離れていく感覚がないのが問題だろう。
もっと顔も知らない誰かであれば、少し位寂しいと思うのかもしれない。
「はやく求婚されるといいね」
「え゛」
「子供はサッカーチーム作れるくらいがいいな」
「・・・////」
「あと家は一軒家で庭があって、犬がいて」
「なんで未来予想図を考えているのかしら?」
「で、エプロンをつけた聖奈が『いってらっしゃい』って言いながら頬にキスを」
「うううう、那都琉のいじわる」
結婚というものは、なんなのだろう。
傍にいることを約束すること?
いつでも愛し続けることを誓うの?
それって、変だよ。
「聖奈、結婚は冗談としてもさ。夏樹のことはよろしくね」
「え」
「んーと、私が元々いた世界では夏樹はお兄ちゃんだったの」
「・・・え」
「それで心配というか、なんというか」
夏樹の話になると真っ赤に染まる顔は、固まっていた。
二人が結婚すれば、こちらの世界でもお義兄さんだったよね。
と笑い話にしようとしたが、それもできないほどだった。
「あたしは・・・?」
『那都琉のなに?』
そう聞こえた。気にかかっていたのは私にとっての立ち位置か。
今とは違う関係であることが気になるといったところか。
これくらいはいいだろう。だって、真実をそのまま言えばいいのだから。
「聖奈はね、友達だよ。最近仲良くなったの」
「・・・・・ともだち」
「うん。同じ年で同じクラスで」
「そう、よかった」
何に対しての「よかった」なのか。
”聖奈を知らない私”ではないこと、かな。
「じゃぁ、お願いがあるの」
「なに?」
「那都琉の所のあたしに伝言」
がたたん、がたたん。
電車は揺れる。
私の世界をぐらぐら揺らして、進んでいく。
そこに愛はあるのか、と問われれば。
きっとないのだろう。
こんなにも世界には愛が足りない。
そう呟いたのは、誰だったのだろうか。
私じゃないことだけが確かなことなのに。
あぁ、誰か。
”愛”とやらで私の見ているこの世界を変えてみてよ。
そうすれば、私が泣くことは金輪際ないのだから。




