水酸化ニッケル色
信頼をなくすのは一瞬だ。
言うまでもなく、新たに築き直すには途方もない時間と徒労が必要である。
しかし、それが対価だというのなら私は払おう。
大事な人たちのために。自分のために。
「うぅ、つらいたい」
シャロのお蔭でマシになった怪我。
今歩けているのは奇跡と呼んでいいだろう。本当は病院脱走なんてしちゃいけない人なんだから。
両親に会う。それが帰る為の条件。
でもそれは、今までの”那都琉”がしてきたことと同じだろう。
更に言えばその”那都琉”自身の両親に、ではないのだろう。
本質的な解決ではない。
「いまさら、かわらない」
いつかの聖奈の言葉を思い出す。
もうなにもかも遅いのだ。傷つけた後ならいくらだって考えが及ぶ。
大事なのは今、どうするべきかをキチンと見抜くことだ。
私は両親を望んだことは無かった。
側にいてくれた時からずっと。でも嫌いじゃ無かった。好きといっても過言ではないくらい。
「あいしている」までいかない、「すき」だった。
仲良くなった赤の他人と大差のない感情。
家族と呼ぶ程の好意ではなかったのだ。私は薄情な人間だから。
「でも、がんばる」
自分の言った言葉を繰り返す。
周りを信じるにはまだ早いから。せめて自分だけでも信じよう。
過去も、未来も、仮定の自分も全部。
自分だけは、”那都琉”を信じよう。そう決めた。
重い体を引きずって、この世界の家に帰って来た。
隣の部屋に音が聞こえないように足音を消す。
静かに玄関を開けて探す。”那都琉”が最期に遺した物を。
シャロは言った。「この世界の那都琉も両親と不仲だった」と。
それはなぜか。恐らく彼女も私と同じだったのだろう。そう考えた。
頭が良すぎるか、耳が良すぎるか。
他に特化したなにかがあるか。
もしそうならば彼女は事故じゃないかもしれない。
限りなく事故を装ったのかもしれない。
本当のバカだったならあの両親は優しくしてくれただろう。
だって彼らはとても優しいから。面と向かって「化物」と思わないほどに。
口に出して罵倒することも無かった人たちだから。
例えテストが毎回赤点でも見捨てはしなかっただろうから。
がたっ ぎっ。
本棚、ベッド、カーペットの下。
ない、ない。どこにあるの?
私は、私だったら、どこに隠す?
「私なら・・・・・」
机の一番大きな引き出し。の裏。未来のロボットが頭をぶつけかねないところ。
でも分かり易い。ならどうする?
「板、で」
引き出して、机の裏側に触れる。
ずれた気配はない。しかし。
かさ。
紙が擦れる音がかすかにした。
引き出しを全部引き出して、板を外す作業に移る。
どうやらピッタリサイズにしてあるだけなので、どこかを削れば何とか取れそうだ。
パコっと可愛い音を立てて板を外し切ると、手紙が落ちてきた。
無地で黄色の封筒。宛名もなければ、差出人もなく、封すらもされていなかった。
躊躇いもなく便箋を引き出して読む。
『誰かさんへ』から始まるその手紙。彼女は一体誰に読んで欲しかったのだろう。
きっとこの世界の誰にも言えなかったことばかりが書かれていた。
「・・・・・だよね」
こうでなくては、”私”との乖離が酷い。
嘘つきなのはどの世界も共通だと信じたい。舌を引っこ抜かれるのはいやだなぁ。
読み終わった便箋をポケットに突っ込む。
燃えるゴミの日っていつだろう?元の世界に戻ってからでもいいか。
こんなもの、誰にも見せたくない。
「いかなきゃ、」
両親の事もある。もっと大事なこともある。
だから今は、立ち止まることはできない。ゴメンと小さく謝罪。
君のことは忘れないよ、ううん。忘れられないよ。生粋の嘘つきさん。
「・・・・ひっく。っぇ」
泣き声の聞こえる聖奈の部屋の前に移動。
彼女は泣いた、じゃない。現在進行形なのだ。Cryingなのだ。
そこを少し履き違えた。だからもう一度彼女を泣かせてしまった。
「聖奈」
「なつる?」
真っ赤な目。真っ赤な頬。真っ赤な手。
姉である彼女が一番ショックを受けたのだろう。傍にいたから、血を分けた姉妹だから。
一緒に居られる家族が”那都琉”だけだったから。
「ごめんね、死んじゃって」
「ううん、ううん。ちがうのあたしが、ちゃんとなつるのことみてなくて」
「それこそ違うよ。聖奈が守ってくれたから今まで生きてきたんだよ」
バカだから、こうなるのは遅かれ早かれあったんだ。
そういうニュアンスで彼女をなだめる。
本当は理解していたのだろう。”那都琉”がもういないことを。
でも彼女は幻想を見てしまった。私がココに呼び出されるようになって。
何日も何日も傍らにいてくれる”那都琉”がいるという夢を。
「聖奈、ありがとう」
「っぅ」
「私のために泣いてくれて。私を大事にしてくれて」
血が止まっていない聖奈の手。
小さな刃がどこかの明かりを反射している。アイツが犯人か。
今回は浅めの傷だからガーゼを押し当てて、包帯を巻いておけば今日中は大丈夫だろう。
「とりあえず、救急箱どこ?」
聖奈はきっと”那都琉”の後を追いたいのだろう。
リストカットとはそういう意味だから。痛さも気にしないくらい必死だった。
切っても切っても死ねなくて。不安で、薬も効かなくて。
そっと聖奈を抱きしめた。手のこともあるから触る程度だけれど。
「もう大丈夫だから」
「なつる・・・」
「今度は私が頑張る番だから。少しだけお休みしよう?」
「・・・・ねむれないの」
「大丈夫、私が傍にいるよ」
「でも、いなくなっちゃう」
「聖奈が落ち着くまで一緒にいるって約束する」
「ほんと?」
「私、生まれてこの方嘘ついたことなんてない、聖奈の妹だよ?」
そういうと聖奈はホッとしたような顔で笑った。
身体は疲れていた、しかし心がざわついて眠れない。私にも経験がある。
人肌があると落ち着く時があるのも知っている。
リビングにあった救急箱を探し当て、聖奈の手を治療する。
応急処置だから明日は二人して通院だな。ふ、自然に笑えた。
信頼を築こう。
何時でも何処のでも信じられる自分であるために。
ココにいた”那都琉”の仕事を引き継ぐ。
まずはそこからはじめよう。
何話まで続くのか自分でも謎になってきました。れんです。
自分で考えたキャラなのに、言うとおりに動きません(笑)
結構前からの悩みです。いつか治りますかねぇ?




