硫酸化鉛色
自分の価値って誰が決めるのだろうか。
私を”私”とするものってなんだろうか。
知っている人、誰か教えてよ。
「悪い、今のは失言だった」
「・・・・・ううん、それだけこの世界の私がバカだったんでしょ?」
「そう言う意味じゃ」
「いいよ、もう」
どうだっていい。
ニュアンスで彼は悟ったらしい。流石というべきだろうか。
『違う』という声がうるさく聞こえる。謝罪の声が嘘じゃないことくらい私にも理解出来る。
「お願いがあるの」
彼の優しさを使って、私は自分の夢を叶える。
どうせもう会えないのならば、徹底的に嫌われたい。中途ハンパに好かれるのは嫌いだ。
「私を、」
「あっれー、夏樹さんじゃないですか」
「今日はお仕事お休みなの?」
狙ったかのように現れたのは優騎と郁。
っと、よく見ると郁が大きい。そのへんの小さい変化は君が初めてだね。
小学生だった彼女はここにはもういないのか。残念。
「え、その人は・・・」
「那都琉ちゃん?」
驚いているのか、怯えているのか。声が震えている。
やめて、地味に傷ついてるから。自分だって認めたくないさ。
交通事故なんてしょうもないことで死んじゃった自分なんて。
「なんで、生き返っているんですか?バカだから自分が死んだのがわからないんですか?」
この優騎は私の知っている彼女とはかけ離れている。
『ありえない』と思いつつも、死者である”那都琉”への冒涜をしたのだ。
それもいつも通り、許されるものだと信じて。
「そうだよ。君にされた仕打ちが忘れられなくて。戻ってきちゃった」
泣きたい、と思ったのはこれで何回目だろう。
この世界は”那都琉”に優しくはできていない。
それとも元の世界が私に優しすぎたのだろうか。これは罰なのか?
「 ねぇ、いま どんな気持ち ?」
私はずっと化物扱いだった。始まりは中学のあの子だったけれど、一番の元は生まれたことだ。
生まれる事がなければ、あの子が必要以上に傷つくことは無かった。
命を絶つことなんてなかったかもしれなかった。
でも。
今は生まれて良かったって思うことがある。
それは聖奈が、夏樹が、優騎が、郁が、笑ってくれるから。
私にいてもいいって、思ってくれているから。
化物なんかじゃなくて、友達だって思ってくれるから。
だから私は。
「人間として、最低だと思うよ。君のその行為は」
「っな」
「もう何も言えない人への悪口?頭おかしいんじゃないの?」
「貴方になにがっ」
「わかってほしいの?傲慢だね。まぁわかるけど。『あいつの所為で迷惑を被った』『交通事故で死ぬなんてどこまで馬鹿なのか』『居なくなって清々する』」
「そんなこと考えてなんか・・・」
「嘘はよくないよ、お姉ちゃん」
ズケズケと優騎の心中を暴露した。勿論彼女は否定したいだろう。
だってココに居るのは私だけじゃないから。
将来親族になる筈だった夏樹がいるから。大事な妹が見ているから。
でも、取り乱す優騎をなだめたのは郁だった。
「もうやめようよ。那都琉ちゃんを悪く言うの」
「違うの!」
「何が違うの?今那都琉ちゃんが言ったのと同じのお姉ちゃんの部屋から聞こえたよ?」
「っ」
「私は、那都琉ちゃん好きだよ。だからそんなこと言わないで」
実の姉に対する態度とは思えない位冷めたものだった。
私の知っている郁もいつかこんな格好よくなるのだろうか。
じーん、と心に響いた言葉トップテン入したよ。
「ありがとう、郁」
「ホントのことだもん」
ほんわか雰囲気なのは私と郁だけ。
その場に泣き崩れた優騎、呆然とした夏樹。
きっとこの世界でもなにかしらの関係でつながっていたのだろう。
気まずい空気に包まれている。これ苦手なやつだ。早く崩そう。
「で、夏樹にお願いの件」
「えっ」
「私を病院送りにしてくんないかな?」
その場にいた誰もが同じ思いになっていた。
『コイツ、頭大丈夫か?』と。
どうやら優騎の涙も止まったみたいだから、いいか。
ぴーぽーぴーぷー。
ドップラー効果。
代表例としては救急車やパトカーのサイレンの音が挙げられる。
音速と音源、観測者の速度によって音の周波数が変わると言ったものだ。
音が高くなったり、低くなったり。おーさだはる、と覚えされられる公式が君を待っている。
あのあと、私は頭を強打して病院へ。
意識は先ほどの解説より、しっかりしている。ドップラーさんは偉いのです。
でも私はフェルマーさんが好き。数学者だけれど。
夏樹は優しさの塊なので、特にしてくれなかった。
なので公園の代表的な遊具・ブランコに乗って、足を滑らせてみた。
見事な放物線を描き、頭と背中を強打。通報してもらうことした。
意識が飛ぶのを何とかこらえたのだ。気を失っては意味がない。
「いたいなー」
痛いけれど、自分の望みを叶えるには仕方がない。
代償として甘んじよう。若いからすぐ治るさ。
シャロは定期的にこの世界に来る。それは何故か。
確認しにきているのだ。”那都琉”がこの世界にきちんと存在しているかを。
私がいなければ、代わりを探す。生死の境を彷徨っている私がいたら?
可能性の話になるが、彼女は私をなんとしてでも生の方向に引っ張り上げるだろう。
シャロとの接触が出来る、帰るチャンスをつかめるのだ。
多少の傷みなど、無視すればいい。血がドピュドピュ出ていても大丈夫。
私は、大丈夫───。
暖かいモノが頬を触れる感覚。
小さい頃。両親に触れてもらったことはあっただろうか。
頭を大きな手で撫でてもらったことは。
物心ついた頃から言葉が話せた。
今思えば心の声が聞こえていたのだろう。意味が理解できるほどに。
かわいくない子供だったのだ。更に、記憶力も悪く無かった。
だから放り出されたのだ。
実験的なものが終わって、日本に帰って来た時に両親と家は無くなっていた。
帰る日取りの返事の手紙に別れの挨拶が小さく書かれていたから、パニックになることはなかったけれど。
それでも私たちは泣いた。
血の繋がった家族でも、あっさりと捨てられてしまう。
理由は一体どれだろうと、あれこれ考えた。心当たりが多すぎた。
お父さんがしていた不倫のことをバラしたから?お父さんがいない時の手抜き料理を責めたこと?
私が近所のおばさんの心の声をうっかり別の人に話したこと?それで、お母さんが冷たい目で見られるようになったから?
手紙には『もう会いたくありません。さようなら』としか書いてなかった。
ずっとずっと、二人は私たち─私のことをどう考えていたのだろうか。
今さらだけれど、私は。
二人のことが大好きだったのに。
「・・・・ぅ」
目が覚めたのは病院。
しまった、救急車で意識を失ってしまったのか。
シャロは、来てしまっただろうか。
「・・・・あぁ」
良かった。シャロは来ていた。
私の予想通り、助けに来てくれたのだ。
「ありがとう」
色素の抜けきったような金髪をそっと撫でる。
サラサラとは言い難い。手櫛でも引っかかりそうなボサボサ頭。
手入れの時間を惜しんで生きているのだろう。
「・・・・・ううーーーーん?」
「おはよ」
「・・・那都琉?」
「うん」
「いきてる?」
「うん。生きてるよ」
私の身体を触って確認するシャロ。
おっかなびっくりといった風でつい笑ってしまう。
前っ側だけ触りきって彼女は号泣した。
『よかった』と。
「シャロ。全部教えてくれないかな」
泣いている相手に卑怯かなって思った。
でも同情するにしても、慰めるにしても、知らなければ出来ない。
努めて優しい声を発した。
「あのね、シャロは色々見えるの」
その言葉から始まった物語。まぁ、聞き覚えのあるものでしたさ。
私と優騎が味わった辛酸の奴です。
異端だとのけられた人の苦労話。普通の人には到底理解できない代物。
彼女が純粋で、優しい人だって証明はされたけれど。
端的にいうならば、次のとおりだ。
彼女は私と両親の不仲について心を痛めていた。
どうやら私の元居た世界だけのことでは無かった様子。
この世界もそうらしい。未だに私の死を知らないのだという。
何とかして、仲直りさせたかった。
ただそれだけだったようだ。枝分かれしている並行世界で仲が良くなれば、大元の世界でも仲がよくなるのではないか。そう考えたらしい。
平行世界というのは可能性の世界とも言い換えられるから。
可能性を100%に近づければ叶うのだと信じて今日まで頑張ってきた。
「そっか。聞かせてくれてありがとう」
こんなどうしようもないクズに、優しくしてくれる彼女。
彼女は一体どうやって私と出会ったのか、どういう経過があったのか。
野暮な質問はなしにした。人の理想は崩してはいけない。
両親と別れて学んだことだ。理想というのは守られるべき心の壁なのだ。
「協力するから、さ」
私を家に帰してくれる?
滂沱の涙を見て思う。
聖奈もこうして泣いてくれたんだろうな、って。




