年上彼女2
「……は?」
思わず、眉間にシワが寄る。
当たり前だ。
何度も何度も、確認したハズなんだけど。
それはいわゆる、「合コン」ってヤツじゃないよなって。
「ま、まぁまぁリョウ、座れって! な?!」
「そうそう! たーまたま! たまたま、知り合いの先輩とすぐそこで鉢合わせちゃってさ!」
明らかに取り繕うような声でそう言った奴らをジロリと睨めば、一様にビクッと顔を引き攣らせた。
……うぜぇ。
たまたま鉢合わせただと? んなバカな話があるか。
目の前にいるのは、既にギラギラとした目でこちらを見ていている女が3人。
こっちも俺を入れて、男が4人。
どう見たって、普通に合コンだ。
何がゼミの交流会だよ、ふざけんな。
「リョウ、紹介するよ。彼女たちは俺の先輩とその同僚さんで、今はC会社に勤めてる……」
そう言った友人の言葉に、俺は一瞬反応する。
C会社――それは俺の伯父が経営している会社であり、現在カナが勤めている所だ。
「チッ」
女共に聞こえない程度に、俺は低く舌打ちをした。
それを聞いた友人はさらにビクついていたけれど、そんな事知ったこっちゃねぇ。
どうせコイツらの事だ。俺が彼女たちの勤める会社の社長の甥っ子だとか、A社の社長息子だとか、そういう情報だって漏れてるんだろう。
それならここまで来てしまった以上、あんまりガキっぽい行動をとるわけにもいかない。
……適当に話を合わせて、早めに切り上げるしかないか。
あぁ、面倒くせぇ。
「……どうも」
完全営業スマイルで微笑み掛ければ、現金なまでにテンションを上げる女たち。
俺は心底帰りたくなった。
……あぁ、カナに会いてぇ。
『年上彼女』2
「そうなんだ! リョウくん凄いねーっ」
「はは、どうも……」
耳触りな甲高い声のマシンガントークが続き、俺は既にテンションが底辺まで落ち込んでいた。
大学でもバイト先でも、俺にまとわりついてくる女って大抵こういうタイプだ。
派手なメイクに、下心見え見えの服装、媚を売るような喋り方……男によっては喜ぶのだろうけれど、残念ながら俺はその部類ではない。
だから実際、対極のタイプであるカナと付き合っているワケだし。
「ていうかあと一人、遅れててスミマセンー!」
「何かタイミング悪く、残業入っちゃったみたいで」
「私たちとは違うタイプなんですけど、ウチの会社で密かにモテる子なんですよー」
まったく興味が無いけれど、どうやら女はあと一人追加されるらしい。
ていうか残業なら、そのまま帰れよな。
どんだけ男に飢えてんだ。
……しかし油断したと思う。
よくよく考えれば、今日いる男は全員社長息子か医者の息子で、いくらゼミ繋がりがあるとはいっても、明らかに不自然なメンバーだった。
ちょっと疑ってかかれば、出席を免れたかもしれないのに……。
さっきまでの自分を呪っても、時既に遅し。
俺はバレない程度に溜息を吐きながら、カラカラとカクテルを掻き回した。
俺はこういう「条件付き」メンバーを揃えるようなコンパの時に、よく引っ張り出される。
独り身の時なら適当に付き合ってた時期もあったけど、今ではイイ迷惑だ。
ただでさえ学生と社会人なせいで、カナとは時間的に擦れ違いが多い。
だからこういう誤解を招くような場所には、極力近付きたくないっつーのに……。
内心イライラしながら、大して面白くもない話に相槌を打つこと数十分。
一番離れている席に座っていた女が不意に携帯で通話を始め、その場で立ち上がった。
「あ、着いた? 一番奥の方のテーブル。そうそう、通路のこっち側の……」
どうやら、最後の一人が店に到着したらしい。
その女が来て30分くらいしたら、適当に理由付けて帰るかな。
そんな予定を一人で立てていると、向こうの方から誰かがパタパタと駆け寄ってくる音がした。
「すみません先輩、お待たせしちゃって……え?」
その澄んだ声に反応したのは、友人たちだけじゃなかった。
俺の場合はぎょっとして、顔を上げる。
並んで座っていた友人たちの向こう側に立っていたのは……
「あの、この方たちは……?」
男側の席を見て、あからさまに困惑顔を浮かべた女。
さっきこの3人が言っていた通り、こいつらとは明らかに系統の違う――いわば清楚系の、控えめなルックスをしたそいつは。
「……何でカナが」
小さくぼやいた俺の声は、誰にも届く事は無かった。
「うわ、俺結構あの子タイプかも」
隣でぼそりと呟いた友人の言葉に、あからさまにイラッとくる俺。
マジ最悪だ。
そして思わずため息を吐いた瞬間、向こう側に立っていたカナが、ようやく俺の存在に気が付いた。
みるみる見開かれていく瞳。
「リョウ……」
「え? カナちゃん彼と知り合いなの?」
カナの囁きに、すかさず反応するケバイ女A。
紹介しろオーラがもの凄い出てる。
これだけがっつかれると、正直引くってわかんねぇかな……。
「あー……えっと」
カナは言葉を濁しながら、目を泳がせている。
カナのことだ。多分今日のこの席が合コンだってことも、知らされずに呼ばれたのだろう。
ていうか俺の予想だと、いまだに現状を把握出来ていない気がする。
俺との関係を暴露しても良い場なのかどうか、すごい迷ってる感じだし。
しょうがねぇな……ったく、年上なんだからもっとしっかりしてくれよ。
俺は内心悪態を吐きながら、その場に立ち上がった。
まぁ、丁度良いよな。
俺とカナが二人で抜けりゃ、残り3対3でバランス良くなるわけだし。
「え、リョウ?」
「リョウくん?」
立ち上がった俺を不思議そうに見つめる面々を無視し、俺は立ち尽くしているカナの元へと歩いていく。
そして適当に財布から金を出すと、端に座っていた幹事の前に置いてやった。
「これ飲んだ分」
「え……」
「この人、俺の彼女なんだよね」
はっきりとそう言えば、テーブルを囲んでいる6人はぽかんと呆気にとられている。
女の方に至っては、俺とカナを見比べて、絶句しているようだった。
「すいませんけど、カナって全然飲めないんですよ。なんで、今後こういう席には誘わないでやって下さい。足引っ張っちゃうと思うんで」
最後ににっこりと笑いながらそう牽制し、俺はカナの腕を掴んで歩き出す。
カナは戸惑ったようにきょろきょろとテーブルと俺を交互に見ていたけれど、俺の有無を言わさぬ雰囲気で状況を察したのだろう。
特に反抗もせず、俺の手に引かれるまま歩いていた。
そして店を出てしばらくした所で、俺は溜息を吐きながらカナに向き直る。
「……お前何やってんの、マジで」
「え?」
「言っただろ。飲み会誘われたら、合コンかどうかちゃんと確認しろって」
……まぁ、俺も今日に限っては、まったく同じミスをしたけれど。
でもカナは自分で切り上げるとか出来ないだろうし、危険度レベルが俺とは桁違いだ。
「だって……ていうか、リョウだって」
「俺はダマされたんだよ。つか身元が知れてたし、お前の会社の人が相手だったし。失礼にならない程度に合わせて、そろそろ帰るところだった」
「そうなんだ」
「ったく、油断も隙もあったもんじゃねーな。俺がいなかったら、どうするつもりだったんだよ」
「……ごめん」
特に異論は無いのか、眉尻を下げてシンプルに謝罪してくるカナ。
そうやって素直に謝られてしまうと、流石に俺もこれ以上怒り辛くなってしまう。
ズルイよな……と思いながら、俺はふいっとカナから視線を外した。
「……マジで気を付けろよ。ていうか、飲む日はメール入れろっつったじゃん」
「遅刻してたし、着いてから入れようと思ってたの」
「あぁ、残業だったんだっけ?」
「うん、職場でちょっとトラブルがあってさ。めちゃめちゃ疲れたよー」
そう言って苦笑するカナは、本当に疲れているようだった。
もしこの状態でアルコールが入って、あのまま男につけ込まれていたら……と考えると、本当にぞっとする。
「……家まで送る」
「え、いいよ、悪いし」
「この時間に、一人で返すわけないだろ。お前ほんとフラフラしてるし」
単純に心配だからって言えば良いのに、どうしても照れが先行してしまって、キツイ言い方になってしまう。
それでもカナはふっと微笑んで、「ありがとう」と笑ってくれた。
いつもぽーっとしてるくせに……俺の考えてることだけは、何だか全部見透かしてるみたいなんだよな。
その洞察力を、普段の生活の中でも生かしてくれりゃ良いんだけど。
「リョウは、明日早いの?」
「いや。夕方に、教授に論文見てもらう約束があるだけ」
「そっか。じゃあウチ泊まっていきなよ。もう遅いし」
「そうする」
急遽泊まることが決まって、久し振りにカナと長く時間を過ごせる事に、心臓がドクドクと高鳴った。
カナと付き合うまでは、それこそ来る者拒まずとか、女泣かせとか色々言われてきた俺が、たったこれだけの事に動揺したりして。
昔の俺を知る人間が聞いたら、きっと笑うだろう。
そのくらい、カナにはマジなんだ。
大事にしたいと思っている。
それこそ……本当はもっと会いたいなんて、ワガママも言えないほどに。
「ね、リョウ」
「何」
「ちゃんと手、繋ごうよ」
カナにそう言われて、俺はいまだ自分がカナの手首をきつく掴んでいる事に気が付いた。
やばい、結構力入ってたかも。
「……しょうがねぇな」
「ふふ」
だけどゴメン、なんて言えなくて。
俺はカナが指先を絡めてきた手を、そっと握り返すので精一杯だった。
***
「……ヘタレか俺は」
俺は溜息混じりに、ボソリと呟いた。
つけっぱなしになっている面白くもないテレビの向かい側で、一人ソファーに座っている俺。
ちなみにカナは風呂だ。
帰ってきてからは何だかんだで、ずっとカナに甘える形となっている気がする。
疲れてるんだろうに、節約とか何とか理由をつけてメシは作ってくれるし、俺が電話に出ている間に洗い物も済ませちまうし。
挙げ句の果てには風呂まで先に入らしてもらって、突然押し掛けてきたにも関わらず、完全に至れり尽くせり状態。
こういう時、やっぱりカナは年上なんだなと嫌でも感じてしまう。
いつも俺が気付いた時には、既に動いていて……結局俺の気遣いは、全然間に合わない事がほとんどだ。
せっかくの泊まりなわけだし、少しは役に立ってやって、心置きなく多少のスキンシップくらいはさせてもらおうと思っていたのに……このままの流れで手ぇ出したら、マジで俺普通に邪魔者だよな。
「はぁ……」
何度目かの溜息を吐きながら、両手で顔を覆う。
あぁ、早く社会人になりてぇ。
カナと対等になりてぇよ。
何で俺が年下なんだ。
「あれ? リョウ、まだ起きてたの?」
不意に後ろから声を掛けられて、俺ははっと振り返る。
そこには風呂上がりのカナが、にっこりと微笑みながら立っていた。
「こんな早ぇ時間に寝ないっつの」
「えー、でももう12時になるところだよ?」
「いつも俺、寝んの2時くらいだし」
「不健康!」
くすくすと笑いながら、カナはソファーに座っている俺の隣に腰掛ける。
数秒置いて、花のような甘い匂いが漂ってきた。
「……これ、何の匂い?」
「え、どれ?」
「薔薇っぽいの」
「あぁ、トリートメントだよ。すごい好きで、リピート買いしちゃった」
カナはアロマとかヒーリングとかそういうのが好きで、一緒に買い物に行くといつもローズのテスターを手に取る。
お陰でいつの間にか俺まで、匂いには敏感になってきてしまったのだ。
……カナと似た様な香水の匂いがすると、一瞬振り返ってしまうほどに。
「リョウも好き?」
「……普通」
「えー、何その微妙な反応!」
「別に、嫌いじゃねぇよ」
とか言って、実際はかなり好きだ。
カナが近くにいるって実感出来て、癒されるし。
まぁ、絶対に言わねぇけど。
「あー、つっかれたぁ……」
不意にカナがそう呟いて、トンと俺の肩に凭れかかってくる。
一層濃厚になったお馴染みの香りに、俺の鼓動は一瞬にして跳ね上がった。
カナが疲れているのは、痛いほどよくわかっている。
けどこんなにくっつかれたら、何されてもオーケーだって言ってるようなものだ。
まぁ天然なカナにとったら何の気無しにしてる行動なんだろうけど、俺的にはたまったもんじゃない。
「……カナ」
「んー?」
ぐったりと俺に凭れ掛かってきているカナの腰にそっと腕を回し、向きを変えさせる。
そしてゆっくりとした動作でこちらを見上げてきた瞬間、堪えきれずに唇を近付けた。
その柔らかい感触に、身体の奥の方から欲が湧き上がってくる。
「……ん」
微かに漏れたカナの吐息に煽られるように、俺はそのまま体重を掛けてソファーに押し倒した。
……あー、今日はマズイって。
これで普通に盛ったら、俺マジでただのガキじゃん。
「リョウ……」
「……」
「する?」
必死で葛藤している俺の胸中なんてお見通しなのか、カナは優しい声でそう尋ねてきた。
さっきまで疲れたとか言っていたのに、嫌だとは微塵も思わせないその態度に、また俺は罪悪感覚える。
気遣うべきはカナじゃなくて、俺の方なのに。
「……カナ、明日仕事はいつも通りなんだろ」
「うん」
「じゃ、別に……」
「私は大丈夫だよ?」
「全然大丈夫じゃねぇよ、すげぇ疲れた顔してるっつの」
ムキになってそう言えば、カナは困ったような顔をした。
あぁ、そんな顔をさせたいわけじゃねぇのに。
「別に、一緒に寝れるんならそれで良いし」
「……」
今出来る精一杯の譲歩でそう言えば、カナは一瞬目を見開いた後、にっこりと微笑んだ。
「ふふ、ありがと。リョウは優しいね」
「……」
「じゃ、もう一回キスしよう」
そう言ってカナは身を起こすと、ゆっくりと唇を近付けてくる。
目に見えない引力が働いているかのように、俺も目を閉じてそれを受け入れた。
濃密な香りと、甘美なキス。
それは俺の理性やプライドがグラついてしまう、脅威的な要素だ。
「ふ……、ん」
すぐに我慢出来なくなって、啄ばむように、貪るように唇を食めば、カナの吐息が聞こえてくる。
その声も、肌の感触も、俺を見つめる瞳も。
その一つ一つが、いつも俺を捕えて放さない。
「……」
「……」
俺は奥歯をぐっと噛み締めて、あらぬ所があらぬ反応をしないように精神を集中させた。
ベタだけど、母親の顔とかさっき見た合コン女のギラつく目とか、とにかく萎えるような記憶を呼び起こしてヨコシマな衝動をやり過ごす。
「リョウ……?」
「……あ、何」
俺は何食わぬ顔をして素っ気なく答えると、さり気なくカナから距離を取る。
けど、カナは全部お見通しのようだった。
「やっぱりする?」
「しない」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
突然吹き出したカナを見て、一気に不機嫌になる俺。
こっちは必死になってるっつーのに、何で笑ってるんだ。
「ううん、何でも無い。ありがとうね」
「……」
「ふふ、リョウといると癒されるなぁ」
そう言って目を細めたカナに、俺は思わず目を見開いた。
全然自慢じゃないけど、「カッコイイ」とか「憧れる」とか、そういう言葉は腐るほど言われてきた。
少数派意見で、たまに年上に「可愛い」と言われることもあったけど。
だけど俺は、基本的に他人の前では素を出さないし、普段は全然隙の無い人間に見えると思う。
それに素を知る一部の友人には、一様に「冷めてる」とばかり言われた。
まぁ無駄に愛想を振り撒かないし、周りの人間以上に損得を計算するのが習慣になってしまっているから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
だから間違っても、「癒される」なんて言葉は俺とは無縁のはずだった。
俺がカナに癒されるって言うならわかるけど、その逆は有り得ないと思う。
カナのこういうところが、俺は時々心底不思議だった。
「……何で癒されんだよ。言葉の使い方間違ってんじゃね?」
「え、何で? ほっとして安心する時に使う言葉でしょう?」
「……」
何を言ってるんだといわんばかりの無垢な瞳で見つめられ、俺は思わず言葉を失う。
いやいや、お前が何言ってんだよ。
こんな悪態ばっか吐くプライドの固まりみたいな年下彼氏、どう考えたって疲れるだけだろ。
「一緒にいると癒されるし頑張れるから、私たち恋人同士になったんじゃないの?」
「……」
「少なくとも私は、そう思ってるんだけど」
穏やかな瞳が、すっと三日月のように細められる。
静かに微笑んだカナが纏う空気は、どこまでも澄んでいた。
世の中が荒れようと、俺が素っ気なく当たろうと。
カナはいつも、揺らぐ事なくそこにいてくれる。
俺にとってカナは、完全に未知の生き物だ。
どう頑張っても自分は近付く事が出来ないと思うし、他に同じような人間を探しても、なかなか見付からないと思う。
……だからこそ、どうしようもなく魅かれるのだろう。
「……ふーん。そうなんだ」
「うん、そうなの」
上手い言葉も返せずに、ただ視線をカナから外して床へ向けた俺。
カナはやっぱりすべてを見透かしたように、それ以上何も言ってこなかった。
数十秒の間を置いてから、そっと細い指先が俺の腕を掴んでくる。
「まだテレビ観る?」
「いや。別に観てなかったし」
「そっか。じゃあ寝室行こう? いつ寝ても大丈夫なように」
「あぁ」
「ね、リョウ」
「何」
「一緒にいられるのって、幸せだね」
そんな恥ずかしい言葉をさらりと言ったカナに、それこそどうしようもなく癒されている自分がいた。
何一つ駆け引きのない会話が、酷く心地良い。
真っ直ぐで柔らかな言葉や視線が、日々の中で荒んでいた心の内をそっと撫でてくれるような気がした。
「……ガキみてぇ」
「あはは! 感覚が若いのは良いことでしょ?」
「物は言い様だな」
「酷っ。かわいくなーい!」
「俺が可愛かったらキモイだろ」
「キモくはないけど、びっくりするよね」
くすくすと笑うカナの後ろ姿を見ながら、寝室へと続いていく俺。
間接照明だけ灯した暗がりの中で、俺たちは並んでベッドの中に入った。
瞼を伏せたまま最近あった出来事や、これからしたいと思っていることなどを、脈絡無く楽しそうに話すカナ。
一時間もそれを続けていると、次第にカナの言葉は減っていき、最終的には完全に止まってしまった。
「『それでね』の先は、何だったんだよ」
相槌に徹していた俺は、寝息を立て始めたカナの顔を見て苦笑する。
ゆっくりと起き上がると、起こさないようにそっとカナの手を持ち上げて、布団の中に入れてあげた。
「……ありがとな、カナ」
今日一日で、何度もカナに言われた感謝の言葉。
本当は俺の方が、その3倍は思っている。
お前の存在自体が……俺の癒しであり、救いになっているんだ。
「ゆっくり休めよ」
さらりと柔らかな髪を撫で、額に唇を落とす。
その純真な瞳を見ると……絶対照れて、なかなか口には出来無くなってしまうから。
せめて素直になれる今だけは、ちゃんと言葉にしたいと思う。
「カナ……好きだ」
その瞬間。
指先ではカナの寝顔が、一瞬微笑んだような気がした。
fin.
明日から25日まで、朝8時に1本ずつ番外編をUPしていきます。
宜しければ、お付き合い下さいませ。