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年下彼氏  作者: ショコラ*
本編
2/8

年下彼氏2(on X'mas)


「君は、今日は居残りね。書類整理を頼むよ」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 幻か何かと対面しているようで、上司の言葉が上手く処理出来ない。


「ど……どうしてですか?!」


 何とか声を振り絞って尋ねれば、意地の悪そうな無精髭顔が、悪魔のような微笑みを見せる。


「まったく……まだ2年目のくせに。クリスマスに定時で上がろうなんて、考えないことだな!」


 そう言い捨てると、彼はバタンと嫌味な音を立てて、会議室を出て行った。

 一人、その場に残される私。


(うそでしょ……)


 私はこの悲惨な現実を前に、呆然と立ち尽くした。



『年下彼氏 Ver.X'mas』



(有り得ない……)


 ここ何日、一体どれ程残業したことか。

 今日定時で上がるために、お昼だって連日デスクでカ○リーメイトをかじる程度だった。

 すべては、今日のため……今夜、リョウに会うためだった。


(どうしよう……)


 あの部長……いくら自分が、最近不倫がバレて離婚させられ、慰謝料を払う身になって恋人にも逃げられたからって。

 他人の恋路を邪魔する権利は、どこにも無いはずだ。


(でも……腐っても上司、なんだよな)


 はぁ、と深いため息を吐く。

 泣きたくなってきた。

 リョウに、何て言えばいいんだろう……。

 

 茫然自失状態になっていると、不意に携帯が鳴った。

 慌ててポケットから取り出せば――


「リョウーっ」

『あ? 何だよ、どした?』


 携帯の画面に出た恋人の名前を見て、思わず半泣きになる。


「ほんとにほんとにごめん……!」

『んだよ、ちゃんと話せ』


 私はしょんぼりしながら、今さっき発生した悪夢について説明する。

 その間リョウは黙って、私の話を聞いていた。


「どうしよう、今日せっかくディナー」

『あのさぁ』


 不意に、遮られる会話。


「え?」

『何で部長が、お前が彼氏持ちで、今日もデートだって知ってんだよ』

「……」


 ……確かに!

 私は本当に仲の良い同僚二人にしか、リョウの話はしていないはずだ。

 その子たちが、部長にバラしたとは到底思えない。

 じゃあ、誰が……


「カナ、いたいた!」

「わっ……先輩?」


 突然会議室の扉が開き、先輩が現れた。

 私は携帯を耳に当てたまま、目を見開く。


「今日、俺もカナと居残りだってさ……よろしく!」

「?!」

『やっぱりな……クソ男』


 驚く私をよそに、電話の向こうでぼそりと悪態をつくリョウ。

 ……そうだ。

 私に彼氏がいるって知ってて、それを部長に告げられる位置にいる人の中には、この先輩も含まれる。


『……俺が何とかする。トロイからって、襲われんなよ?』

「え……えっ?」


 次の瞬間には一方的に電話を切られてしまい、ショックを受ける私。

 何とかするって言っても……一体どうやって?

 大学生のリョウが、会社に拘束されている私をフォローすることなんて出来るのだろうか。

 困惑して携帯を見つめていると、先輩が歩み寄ってきた。


「もしかしてー、例の彼氏だった?」

「え……」

「残業って聞いて怒っちゃったの?」

「そんなんじゃ……」

「まぁ、学生さんには理解し難いかもね?」


 爽やかな笑顔が、今ばかりは悪魔のように映る。

 私は小さくため息をついて、困惑しながら先輩を見つめた。


「先輩……どういうつもりですか?」

「何が?」

「部長に告げ口したの、先輩ですよね」

「まさか。たまたま君の話をしていた時に、たまたま部長が側を通り過ぎて行ったってだけだよ」


 にこっと笑って、先輩は私の瞳をのぞき込む。


「……怒った?」

「それなりに」


 私は書類を抱え、部屋を出ようとドアに手を伸ばす。


「ねぇ、カナ」


 不意に、遮られる手。

 ドアノブにかかった私の手の上に、先輩の手が重なる。


「こ、困ります」


 咄嗟に引っ込めようとしても、強く掴まれた手は振りほどけない。


「そんなに俺じゃ、嫌?」

「私にこんなちょっかい出さなくったって、先輩を好きな子なんて沢山いるじゃないですか!」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 私はもう一度勢い良く手を引っ込め、数歩後ずさった。


「……俺がどんなに誘っても、全然なびいてくれないんだもん」

 先輩は、じりじりと歩み寄ってくる。

 先輩が一歩近付いてくる度に、私は同じだけ後ろに足を運ぶ。


「おまけにカナが夢中なのは、あの生意気なガキなんでしょ?」


 トン、と背中が壁にぶつかる。

 ――途端に、恐怖を覚えた。


「俺さ……結構プライド、傷付いたんだけど」


 顔の横に手をつかれ、身動きが出来ない。

 息を止めて目を見開けば、先輩は、化けの皮を完全に脱ぎ去る。


「ねぇ、キスくらいしようよ」

「い……いやっ!」


 思わず渾身の力で先輩を押しやり、逃げようともがくものの、呆気なく先輩に押し戻されてしまう。

 そして。


「んんっ」


 無理矢理、キスされた。

 人生最大の不覚だ。


「……そんなに怖がらなくったって、いいのに」


 ニヤリと笑う先輩を涙目で睨みつけると、私は今度こそ先輩をすり抜けて会議室を出て行く。

 しばらく会社の通路をパタパタと走った後、とぼとぼと歩き出した。


(サイアクだ……)


 いつもリョウには、自分の身は自分で守れっていわれてたのに……


(ごめん、リョウ……)


 大きな罪悪感が胸をキリキリと痛めつけ、息苦しくなる。

 思わず零れ落ちてきた一粒の涙を慌てて拭うと、その場に立ち尽くした。

 それにしても仕事……どうしよう。

 これから改めて先輩と二人きりになるなんて、絶対に無理だ。

 どう部長に言い訳をしようか考え込んでいると、不意に前方の角から大きな声が聞こえてきた。


「ハハハハ、そうだったんですね! いや、通りで素晴らしい部下だと思いましたよ!」


 最初に姿を現したのは、先程の意地悪な顔が嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべている部長で。

 不思議に思いながら立ち止まったものの、続けて角から出てきた相手に、私は仰天する。


「な、なん……っ!」


 言葉を失っていると、部長も私に気付き、目を見開いた。


「あぁ、いたいた! 探したよ!」


 猫撫で声で近寄ってくる部長にも驚いたけど、何より、その隣……

 部長の隣を悠々と歩いていた、リョウの姿に驚いた。


「まったく、社長の甥っ子さんと親しかったなんて! ちゃんと話してくれないと、困るじゃないか」

「え?」


 思わず、リョウの顔を見る。

 彼は涼し気な顔で、肩を竦めた。


「しかも、あのお得意先のA社の社長さんのご子息! まったく、君って人は……」


 えぇと……それは、私も初耳なんですけど……?


「カナさんは、自分の力で何でも試したい人なんですよ。僕が勝手に押し掛けちゃっただけで……迷惑だったかな」


 誰? とツッコミたくなるような、完璧なキャラ作りで笑うリョウ。


「まさかまさか! 我が社の見学だなんて、光栄な限りですよ!」

「それなら良かったです」


 私の代わりに答えた部長に、リョウは軽く頷く。


「今夜は、身内だけでクリスマスパーティーがあるんですけど……カナさんは、まだしばらくお仕事なんですか?」


 何にも知らないふりをして、無邪気に微笑んで尋ねる彼。

 部長は慌てて私に目を合わせ、まくし立てるように早口でしゃべった。


「いえいえ! 今日はもうそろそろ上がるって話だったんですよ! ほら、お待たせしてはいけない。早く支度をしておいで!」

「あ、は……はい……」


 すごい剣幕でそう言われて、私はオフィスに荷物を取りに行く。


(リョウって……この世の中で、何か敵わないことってあるのかな……)


 本当に、心底味方で良かったと思う。

 私が言うのもなんだけれど、絶対に敵には回したくないタイプだ。

 上着を羽織ってバッグを掴むと、早々にオフィスを後にする。


「お待たせしました」

「あぁ、では良い夜を! リョウくん、またいつでもぜひ! 社長に宜しく伝えて下さい」

「わかりました。どうも」


 見たこともない、薄気味悪ささえ感じる部長に見送られ、私たちはエントランスの方へと歩き出した。

 そしてエレベーターまでの廊下の、曲がり角に差し掛かった瞬間――


「あ……」


 運悪く先輩と、鉢合わせた。


「……まさか、A社のご子息だったとはな」


 吐き捨てるように、呟いた先輩。


「ただの物好きかと思ったけど……なんだ。カナってこう見えて、金重視のタイプだったんだ?」


 嘲笑うかのような先輩に、私は顔をしかめて、リョウの方をちらりと見た。


「大概にしろよ、負け犬」

「ちょっ、リョウ!」

「……何だと?」


 突然啖呵をきったリョウに、私は息をのんだ。


「確かに俺の方が、あと数年でお前の収入を上回る」


 リョウは腕を組んで、鋭く先輩を睨みつける。


「でも……悪いけどそれを抜きにしたって、頭の出来も見た目も、多分お前より俺の方が上だ」

「っ!」

「だったらカナが俺を選ぶのは、当然のことだろ? 僻むんじゃねぇよ」


 こ……この人、言ったよ……!

 社会人相手に、言いたいこと全部思いっきり言っちゃったよ……!


「文句があるなら、年齢以外で、一つでも俺に勝ってから言うんだな」

「……」

「とりあえず、カナにはもう関わるなよ。そこら辺の、派手な性格ブスで満足しとけ。その辺がアンタには妥当だろ?」


 リョウは片手で、私をエレベーターに押し入れる。


「今度コイツに触ったら……」


 そして自分もエレベーターに乗り込みながら、リョウは最後に言い放つ。


「……また就職活動、することになるから。大人なら、わかるよな」


 一瞬の間をおいて、扉が閉まった。

 先輩はギリギリと歯を食いしばったまま、青褪めていて……私も同様、ある意味青ざめていた。


「こ……こわっ! 怖いよリョウ!」

「あぁ?」

「どんだけなの! 何でそんな強いの、すごいんだけど!」

「だから、そうだっつんてんだろ? 気付いてないのお前だけだから」


 呆れたように呟いて、リョウは不意にキスをしてきた。

 そしてぱっと離れた瞬間、エレベーターのドアが開く。

 こういうタイミングまで完璧で、心底感心してしまった。


「ったく。何でこんな短い間でも襲われるかな……」


 嘆いたリョウに、思わず私はびくっと体を震わせる。


「え……」

「襲われんなよって言ったのに」

「な、なん……なんで?」

「これ」


 動揺する私に対し、リョウはまず唇を指差した。


「口紅が褪せてた。あと、イヤリングも片っぽ取れてる」

「うそ、ショック! 気に入ってるやつだったのにーっ」

「……オイ」


 リョウは大きくため息をついて、私の手を引っ張った。


「え、え?」


 早歩きに転びそうになりながらも、何とか付いていく。

 脇道を進んで行くと、カップルだらけの大きな公園に着いた。

 イルミネーションがキラキラしていて、思わず目を奪われる。


「うわぁっ、綺麗!」

「切り替え早過ぎるだろ……」


 リョウは唯一空いていたベンチにさっさと座り、私はしばらく立ったままイルミネーションの灯りを堪能していた。


「お前ってほんと、今まで無事で生きてこれたのが奇跡だよな……」

「何でよ? こう見えても、会社ではしっかり者だって言われてるんだからね」

「お世辞だろ」

「ちょっと!」


 少し膨れて見せたものの、今日の出来事を考えれば、今夜は大人しく引き下がった方が良さそうだ。

 私がそっとリョウの隣に腰を下ろすと、リョウはすっと腰に手を回してきた。


「あのさ」

「うん?」

「マジで気を付けろよ」

「え? う、うん……」

「わかってんの?」

「……」

「お前がぼーっとしてて何ともなくても、俺は、毎回相当ムカついてんだけど」


 いつもポーカーフェイスのリョウが、珍しく顔をしかめて呟いた。

 苛立っているのが、空気でわかる。

 そもそも私と一緒にいるときのような言葉遣いで、誰かにモノを言うのを見るのは、実は今日が初めてだった。

 そのくらい、先輩に嫌悪感を抱いていたのだろう。


「もう、これ以上他のヤツに触らせんなよ……」

「……リョウ」


 かなりレアな、歳相応の言葉。

 ヤキモチを妬いてくれたのが嬉しくて、不謹慎ながら、私の頬は熱った。

 イルミネーションの光しか無い、暗い場所で良かったと思ってしまう。


「ごめんね……次は、絶対無いようにするから」

「あったら、冗談抜きでアイツのクビ飛ばすから」


 そう言い放ち、再び重ねられる唇。

 柔らかく温かい感触が私の唇をとらえ、そのまま強く押しつけられたり、咥えられたり……次第にその動きは激しさを増し、唇を開かされ、リョウの舌が器用に私の中に入ってきた。


「んんっ……」


 何とも言えない快感に全身の力が抜けていき、私は甘いため息をもらしてしまう。


「やば、止まんなくなるかも……」


 リョウはかすれた色っぽい声でそう呟くと、そっと私の体を離した。

 久しぶりにゆっくり一緒にいることや、慣れない外だということも重なって、胸がドキドキと波打つ。

 私が見つめ返せば、リョウも真っ直ぐに私の目を見返してくる。


「……ほんっと、怖ぇ女」

「え?」

「何でもねーよ」


 そう言うと、すくっと立ち上がった。


「そろそろ、時間」

「なんの?」

「オイ! 俺がせっかく奮発して、高級コース予約とってやったのに……」

「そうだったー! きゃー、楽しみだね!」

「お前は何でも楽しいんだな。羨ましいよ」


 私はリョウの手を取って、歩き始めた。

 スキンシップをして落ち着いたのか、いつの間にかリョウの表情も和らいでいる。


 バタバタしちゃったけど、今年のクリスマスもこの人と一緒に過ごせて、私は幸せだ。

 何でかわからないけど、彼が私に一途であってくれて、すごく幸せ。

 来年もこんな風に、手をつないで笑い合っていたい。


「カナ」

「なぁに?」

「ちゃんと車買った?」

「え?!」

「言っただろ、クリスマスプレゼントは新車が欲しいって」

「だから、私の給料考えなさいってば!」

「んだよ、安月給」

「うるさいよーっ」


 それでも……きっとリョウは何だかんだ言いつつ、私のあげたものは全部、すごく大切にしてくれると知っている。


 ――あなたが、すごく好きだよ。

 メリー・クリスマス、リョウ!



fin.

次回は、彼氏目線の話となります。

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