第3章 猫の世界
第3章 猫の世界
第1話 サンプル
数十種の生命体の遺伝子のサンプルを集め始めた。
それは、比較的簡単だった。
油断さえしなければよい。
だが、この世界の生命体がネコ科だけなのは、何故だ。
偏り過ぎている。
地球では、ネコ科の動物を慣らす事は容易ではない。
イヌ科ならば、慣らす事は容易い。
この世界では、ネコ科の生命体が最強の権力を持つ。
獲物がいる。
獲物の食物もある。
だが、ネコ科の生命体は、地に還る。
連鎖の法則は同じだ。
地球の連鎖を単純化したように見える。
文明と呼べるものは、存在していない。
全てが本能のみで、循環しているように見える。
彼らは、本能で狩りをする時に、獲物を感知しなければならないはずだ。
感覚波と遺伝子の関係はどうなっているのだろうか。
忘れていた問題だった。
感覚と本能は、一体化したものなのか。
それとも別々に機能しているのか。
集めたサンプルを使って実験するしかない。
彼らの、生命に影響がでないように。
そして、環境を狂わせないように。
第2話 実験
実験が、行われた。
その実験は、遺伝子の組み換えだ。
この技術は、ムーでは禁忌とされている。
何故なら、組み換えの結果が予測できないからだ。
綿密に組まれているように見える遺伝子を組み換えるのは、危険に思えた。
アリスは実験の時、被験体を個別認識した。
この世界でも、感覚波が指紋と同じ性質を持つ。
被験体を直ぐに元の組み換えに戻す必要がある。
アインの仮説があった。
「本能の正体は、塩基の配列にある。
実際に組み換えするのは、3つの塩基の組み合わせであるコドンだ。
そして、開始コドンから終了コドンまでを1セットとして組み換えしなければならない。
だが、このセットが無数にある」
複雑の木が応用された。
「しなければならない実験」の回数が減った。
実験が進められた。
被験体は、実験が済むとアリスによって特定され、捕縛された。
そして、元の遺伝子配列に戻された。
この実験の間に環境に影響を与えているかもしれない。
だが、それは最小限に抑えられているはずだ。
後は、祈るしかない。
第3話 死亡
被験体が、他の者と争いを起こし、死亡した。
それを止める事が、できなかった。
実験のためには、被験体を野に放つしかない。
我々は、それを観察する事しかできない。
外部からの影響を与えれば、観測結果に不純物が混じる。
被験体を元に戻す事ができない。
方法は、遺伝子の跡形を残す事無く、消滅させる事だけだ。
幸い、その被験体は生殖活動を行っていない。
組み換えた遺伝子の派生は防げるはずだ。
だが、予測していない事が起こった。
実験のターゲットは、当面本能だけだった。
死亡した被験体の感覚が、他の生命体に僅かに影響を与えたようだ。
人類も同じだ。
感覚に共感する者がいる。
その共感は、時として巨大な派生へと繋がる。
我々は、その集団を隔離した。
他の集団にこれ以上派生させないためだ。
生存していれば、被験体の感覚を元に戻す事が可能だ。
組み換えた遺伝子と同じ様に元に戻す事ができる。
そうすれば、その集団は一時的な錯覚だと、感覚を捉えるだろう。
死亡したものは、異なる感覚を共感させた。
実験のターゲットは、本能だけでは、いけなかったのだ。
第4話 表面化
実験の成果が、じょじょに出始めた。
組み換えを行う時、その被験体の行動予測をする。
始めは、予測が外れた。
実験と予測に改良が加えられた。
だんだん、予測が当たるようになった。
データが揃って来た。
最初に表面化したのは、感覚だった。
データには、被験体の発生させる分割波も含まれている。
この分割波を解析して行くと、本体である感覚波も見えてきた。
その感覚は、デジタルだった。
デジタルは、途切れ途切れだ。
それを、想定線で結ぶ。
すると、波形が現れた。
その波形は、複雑だった。
個体によって、波形が全て違う。
感覚波が指紋と同じ理由は解った。
組み換えをしていない個体の測定をした。
やはり、デジタル様の感覚波を出している。
何が、デジタルを波に変換しているのだろうか。
第5話 本能
本能を表面化するのは、困難を極めた。
思い違いをしていたのだ。
本能も波だと考えていた。
データを複雑の木に投じた。
複雑の木は直ぐ答えを返した。
本能は、2つの部分で構成されていた。
1つは、感覚波を「本能の本体」に伝えるインターフェイス(接続体)だ。
感覚波を、波位によって本体に伝える。
波位は、振幅の大きさだ。
そして、波位はデジタルだ。
デジタル値が大きければ、強く感じ。
小さければ、弱く感じる。
そして、本能は、複雑の木を現出させたものだった。
波ではなく、判断分岐を持つ木構造だった。
この木構造は、単純なノード木ではない。
重なる2つの集合の木構造だ。
この分岐木構造は、個体差がほとんどなかった。
同じ種は、同じ分岐木構造を持つ事が予測された。
おそらく、種が違えば、分岐木構造は異なると予測された。
異なる種で調べた。
大きな違いは無かった。
小さな違いだった。
理由は2つ考えられる。
1つは、全ての生命体のサンプルがネコ科な事。
1つは、分岐木構造は1か所でも異なれば、異なる答えを指数的な量で吐き出す事。
いずれにしろ、コドン・セットの配列順序が重要な意味を持つ事が解った。
やはり、遺伝子の組み換えを禁忌にしたのは、正しかったのだ。
第6話 発現
問題は、2つに絞られた。
1つは、分岐木構造の末端が判断と直結すると想定される。
その直結が、どのように、身体に影響するかだ。
1つは、デジタル感覚を波にしているものの存在だ。
1つ目の問題は、比較的容易に予測できた。
分岐木構造の末端の判断が、遺伝子の発現に直結するのだ。
末端毎に発現させるコドン・セットが異なる。
発現させるために、特定のアクチベーターを分泌する。
そして発現を抑制するためにリプレッサーを分泌する。
この遺伝子が発現している時間は、感覚波の波位によって異なる。
強ければ長く、弱ければ、無視されるか、弱く働く。
後は、その情報がRNAに転写され身体への影響となる。
ネコ科の敏捷性は、触媒かバイパスが関係しているかもしれない。
身体への影響の過程の途中で、触媒かバイパスが関与しているのかもしれない。
だが、その研究は後だ。
第7話 二重螺旋構造
デジタル感覚を波にしている存在が予測される。
アインは、仮説を持っていた。
「その鍵を持っているは、染色体の二重螺旋構造だ。
それは、未知のエネルギーを持っている」
その予測は、ほとんど当たっていた。
1つだけ違う。
未知のエネルギーの存在はなかった。
「D1」がそうであったように、水素もそうだった。
水素の性質は、多岐に渡っていた。
現在知られている性質は、極一部だった。
水素は、他の物質間に介在する事できた。
物質間の弱い結合も、分離もできた。
二重螺旋構造が水素の力を増幅させる。
いや、時として錐のようになる。
そうかと思えば、物質・波に必要な情報を瞬時に取得する。
未だ、解明されていない部分が多い。
デジタル感覚を波に転換させているのは、水素だった。
断続的なデジタル情報を取得し、繋げていく。
そして、感覚波は二重螺旋構造の中心を走る。
二重螺旋構造の髄になる。
ここまでが、ネコ科で行った実験の成果だった。
第8話 検証
ムーに戻ったアインは、科学者達に成果を報告した。
科学者達は、測定装置を製作した。
科学者達は手分けして、哺乳類を対象として、検証した。
全てが説明できた。
対象を広げた。
爬虫類、昆虫、植物。
全ては、説明できなかった。
進化の過程で、何が、何処で分岐したのだろう。
科学者達は、チームを作った。
対象の実験を行うチームだ。
植物を担当するチーム。
爬虫類を担当するチーム。
昆虫を担当するチーム。
だが、実験を地球で行うわけにはいかない。
リスクが高過ぎる。
適当な生命体のいない異世界を探した。
科学者達は、その異世界に移転した。
しかし、この実験が悲劇と大問題を引き起こす。
第9話 ミサ(1)
アインは、久しぶりに我が家に帰った。
猫達も一緒に連れて帰った。
アインにとって、親猫は彼女であり、友だ。
子猫達は、自分の子供達と同じだ。
アインは思った。
「どの子でも、言葉が話せれば楽しいのに」
これが、実験の悲劇に気付く最初だった。
アインは、覚醒者だ。
現実世界に与える願いの影響が大きい。
「おじちゃん」
子猫の1匹が喋った。
そして、幾度か突然変異を起こしたようだ。
その子猫は、名をミサと言った。
このミサが、突然消えた。
しかし、消えたと思ったのは、一瞬だった。
何かを掴んで、そこにいる。
「それは何だ。
うん?
セントニウムじゃないか。
どうしたのだ」
それは、ある恒星系で発見された新物質候補だった。
その鉱物は、ダイバリオンに無い性質を持っていると、期待されていた。
しかし、その鉱物は未だ太陽系に運ばれていない。
その鉱物の安全性を確認中だ。
未だ、発見された恒星系にしかないはずだ。
その恒星系は、ここから12光年離れている。
第10話 ミサ(2)
「転がっていたよ」
アインは、ミサが喋る事に驚いた。
そして、テレポートした事に更に驚いた。
「いったい何が起こったのだ」
他の猫達は、変わり無い。
ミサだけが、化けた。
「ミサ。
よ~く、私の言う事を聞くのだ。
何が起こったのだ」
「おじちゃんが願ったからだよ」
奇跡だ。
確かに、理論上は猫を含めて、遺伝子を持つものには、突然変異の権利がある。
しかし、ミサは細胞リサイクル遺伝子を持っているのか。
そして、それを発現させたのか。
更に、突然変異を起こしたのか。
アインは、ミサを医学研究所に連れて行った。
医学研究所の所長が言う。
「全ての生命体が、細胞リサイクル遺伝子をもっています。
しかし、細胞リサイクル遺伝子は、その者の精神の安定性を求めます。
そして、強い願い、望みが必要です。
突然変異領域帯は、種によって異なります。
が、突然変異の可能性は、ゼロではありません」
ミサに精神があるというのか。
あったとしても、限りなく小さいはずだ。
「そうか。
小さいから安定してしまったのか。
願いは?
私の願いが移ったのか」