森のむこうで革命が始まる
森のむこうの戦いはメイドたちの勝利に終わったらしい。
僕らの味方を自称していた兵士たちは、惨めな潰走を続けているそうだ。
だから、メイドたちが村にやってくるのも時間の問題らしかった。
僕の屋敷を訪れて、そのことを知らせてくれた旧友は今日中に村を出るという。西へ逃げるそうだ。
彼は僕に忠告してくれた。
「もう、すぐそこまで革命軍のやつらは迫ってきているらしいんだ。お前もはやく逃げたほうがいい。おれたち御主人様がいちばん危ないんだ。革命軍のメイドどもがやってきたら、間違いなく、これか、これさ」
そう言って彼は、手で銃と縄をまねた。
僕は、答えなかった。
「……まあ、とにかくはやく逃げることだ、手遅れになる前にな」
そして、声を落として僕にこうささやいた。
「それと……彼女も信用しない方がいい。いくら長年のつき合いだといっても、やつらと内通してるかもしれないからな」
僕は部屋のすみの彼女に目を遣った。
視線の先には、メイドのソフィアがそっと目立たぬようにひかえていた。
彼女は長年、僕の屋敷に仕えてきた。
両親が亡くなり、たくさんいた使用人もあらかた去ってしまった今では、ソフィアひとりが僕の身のまわりの世話をこなしてくれていた。
ソフィアの落ち着いた顔からは、なんの感情も読み取ることができなかった。
旧友は逃げ出した後の連絡先を書いた紙を渡すと、屋敷を去っていった。
おそらく、彼とはもう会うことはないだろう。
僕はこの屋敷を離れるつもりはなかった。
彼を見送ると、後には僕とソフィアが残された。
「ソフィア、お茶を入れてくれないか。冷めてしまったんだ」
「かしこまりました、御主人様」
彼女は小さく頭を下げ、カチューシャが微かにゆれた。
「お茶とお菓子をお持ちいたしました、御主人様」
「ありがとう」
僕は紅茶をすすった。
いつもと変わらないソフィアの淹れた紅茶の味だった。
まるで独り言のように僕はつぶやいた。
「御主人様とメイドの時代は終わってしまうんだろうな……。革命か……、御主人様主義打倒とか、メイド独裁とか。彼女たちはこの国をどうするつもりなのかな……」
ソフィアはただ静かに立っていた。
僕はまた紅茶をひとくち飲む。
「それに、メイドたちのリーダーのレーニナは、自分はメイドじゃなくて学者の娘だそうじゃないか……」
「ですが、彼女のおばあさんは、メイド解放令のときに自由になった解放メイドです」
カップを持つ手が、止まった。
「すみません、出過ぎたまねをしてしまいました」
ソフィアは目を伏せた。
「……ソフィア」
「なんでしょう、御主人様」
「革命軍のメイドたちが来たら、きみはどうする?」
彼女は僕の目を見かえした。その目は、青く澄んでいた。
「御主人様はどうするのですか」
僕は唐突に、彼女が美しいことに気づいた。
幼いときは小柄でやせっぽちで、いつも失敗ばかりしていた彼女はいつの間にか変わってしまっていた。
ゆっくりと僕は答えた。
「ここは、僕の屋敷だ。メイドたちがやってきても、僕はここにいるさ」
森のむこうから銃声と喚声が響いた。
彼女たちなのだろう。
もうじき、赤いニーソックスを穿き、銃を手にしたメイドたちがやってくるのだ。
「わたしは、」
ソフィアが唇を開いた。
「わたしは……、御主人様とずっといっしょです」
そう言って、彼女は笑った。
その端正な笑顔からは、やはり、なにも読み取ることはできなかった。