余は魔王。推しは憎き勇者だったけれど、可愛くて推してしまうの悔しいです。
【短編版】余は魔王。推しは憎き勇者だったけれど、可愛くて推してしまうの悔しいです。
魔王は高らかに笑いながら、勇者と向かい合っていた。
「くーっはっはっはっはぁっ! よくぞ余をここまで追い詰めたな!」
魔王は両手を広げ、穴だらけの漆黒のマントを翻した。
「魔王! お前を倒して俺が世界を救う!」
勇者は轟雷剣ライトニング・エッジを握り締めた。
「世界か……どうだ? 世界を半分やるから余の部下に、いや、余とともに世界を支配せぬか?」
魔王は手を差し出した。
「戯言を! お前のせいで俺以外の仲間は死んだ! 仲間のためにも俺はお前をここで倒す!」
勇者が轟雷剣を天にかざす。稲光が走り、雷鳴が轟いた。
「くーっはっはっはぁ! やはり余と貴様は相容れぬか!」
魔王の両手に漆黒の光が集まった。空間がゆがみ、足元の地面が割れた。
「「さあ! これで最後だ!」」
「くたばれ勇者ぁッ! ディアボロス・グラン・エグゾーストォオッ!」
「消しとべ魔王ぉッ! ライトニング・デイ・ブレイクゥウッ!」
魔王の両手から放たれた漆黒の波動と、轟雷剣から顕現した蒼白の雷龍が激突した。
白と黒が交じり合い、世界を光で塗りつぶした。
光が消えた時、そこには魔王の姿も、勇者の姿もなかった。
◆◆◆
「くーっはっはっはっはぁッ! るなちゃーん! こっちを向いてくれー!」
佐藤健司は「LUNA LOVE♡」と書かれたうちわを掲げ、白いサイリウムを振っていた。
ステージの中央で、うさ耳をつけたアイドルが大きく手を振る。
「みんなー! 今日は私、うさ宮るなのライブに来てくれてありがとぉーー! るな、嬉しくって心がうっさうさだよぉーー!」
「くっは! 尊いぃぃっ!」
佐藤はサイリウムを握り締めた。
「みんなもうっさうさかなーーっ?」
「「うっさうさーッ!」」
会場に野太い声が響き渡った。
「じゃあ、一曲目ーっ! 『世界を半分くれてやる? 私は世界が全部ほしいの!』からいっくよぉーー!」
るながマイクを握り、声を張り上げた。
小さな体から放たれた低いシャウトに、佐藤の手が止まる。
イントロが響き、るなが息を吸った。先ほどまでの力強い声から一転、甘く澄んだ高音が会場を満たした。
佐藤は口を閉じ、その歌声に聞き入った。
るながステップを踏みながら客席へ手を伸ばす。佐藤は慌ててサイリウムを掲げ、周囲の男たちと声を合わせた。
——余は勇者と戦い、確かに死んだ。
るなが笑う。佐藤も笑った。
——まさか、知らぬ世界で知らぬ男になるとは思わなかった。この世界は平和でやることは少ないが……存外、推し活というものは悪くない。
◆◆◆
ライブが終わり、佐藤は入口の物販コーナーに立っていた。
「このアクスタとクリアファイル、あと、そのTシャツを三つずつくれぬか?」
「あーっ! 佐藤さん、今日も来てくれたんですねぇ? 嬉しぃーっ!」
背後からの声に振り返った佐藤は、息をのんだ。
「る……るるるる……るなちゃん!?」
「ぷぅーッ! 私の名前はるるるるるなじゃないよ! うさ宮るなだよ。覚えてくれないとライトニングエッジしちゃうんだからね!?」
るなは腰に手を当て、頬を膨らませた。
「す……すまぬな。余ともあろうものが、少し慌てたようだ。今日のライブも最高だったぞ」
佐藤は大きく息を吐いた。視線はるなと床の間を行き来していた。
「知ってるよーっ! 佐藤さん、いつもきょどきょどしてるし、変なしゃべり方だもんね? でも、それですぐ覚えちゃった!」
「そ、そうか。覚えてくれて余は嬉しいぞ」
佐藤は口元を緩ませ、背筋を伸ばした。
「また見に来るから頑張るのだぞ?」
「ありがとう! 次の握手会も楽しみにしてるね。じゃあ、次の予定があるから、この辺でごめんね?」
るなは小さく手を振った。
「くーっはっはっはっはぁ! 当然、握手会も行くとも! 気を付けて帰るのだぞーっ!」
去っていくるなに、佐藤は大きく手を振り続けた。
出口の手前で、るなが一度だけ振り返った。こちらに向かって手を振る姿に、佐藤は「くっは……」と息を漏らした。
◆◆◆
ライブハウスを出た佐藤が、路地の前を通りかかった時だった。
「何するの? やめてよ!」
奥から女性の声が聞こえた。
佐藤は小さくため息をついた。
——また、人間どもの下らぬ争いか。触らぬ神に祟りなしというが……まあ、魔王の余にとって神など怖くもないが。
「いいじゃねぇかよ、るなちゃん。どうせ枕営業とかやってるんだろ? ちょっとくらい俺らと楽しいことしようぜ?」
佐藤の足が止まった。
三人の男が、るなを囲んでいた。そのうちの一人が、るなの腕をつかんでいる。
次の瞬間、佐藤は地面を蹴った。
「おい、貴様。自分の墓を掘る準備はできたか?」
「あ? なんだ、てめぇ——」
佐藤の蹴りが男の顎を跳ね上げた。
るなの腕から手が離れ、男は白目をむいて崩れ落ちた。
「て、てめぇ! 急に何しやがる!?」
小柄な男がナイフを抜いた。もう一人は、壁に立てかけてあった角材をつかんだ。
「か弱い女子に寄ってたかってとは、嘆かわしいのぉ」
佐藤はるなの前に立ち、右腕を横に広げた。
「佐藤さん! だめだよ……危ないよ……私のことはいいから逃げて?」
るなの指が、佐藤のTシャツの裾をつまんだ。
佐藤は全身を強張らせた。
——なんという僥倖! 推しを助けに推して参ったら、推しが余のシャツの端をつかんでおるぞ!?
「くーっはっはっはっはぁッ! るなちゃん、心配はいらぬぞ。この程度の有象無象に後れを取る余ではないわ!」
「女の前だからって、カッコつけてんじゃねぇぞ!」
角材が振り下ろされた。
佐藤は拳を突き上げ、角材を打ち砕いた。そのまま一歩踏み込み、男の腹に前蹴りを叩き込む。
吹き飛んだ男は壁にぶつかり、ごみ箱の中へ崩れ落ちた。
その隙に、小柄な男が佐藤の脇をすり抜けた。
「もういいや、こんな女いらねぇよ!」
「なッ!? 貴様!」
佐藤が振り返った時には、男はナイフを突き出し、るなへ体ごとぶつかっていた。
「る、るなちゃん!」
佐藤の伸ばした手が止まった。
るなは微動だにしていなかった。
「な……なんで刺さらねぇ!?」
ナイフの切っ先は、るなの胸の寸前で止まっていた。
男の手首をつかんだるなが、ゆっくりと顔を上げる。
男が肩を震わせた。
「な、なんだよ、その目——」
「きゃあああっ! こわーーーーいっ!」
るなは男の手首をつかんだまま、空いた手を天に掲げた。
雷鳴が轟いた。
蒼白の光が路地を照らし、男の頭上へ雷が落ちた。
男は口から白い煙を吐き、その場に崩れ落ちた。
「る、るるる……るなちゃん?」
佐藤は唇を震わせた。
——今の雷は、まさか。
脳裏に、轟雷剣を掲げる宿敵の姿がよみがえった。
——るなちゃんは……勇者?
佐藤は拳を握った。
幾度となく刃を交え、ついには自分を討ち果たした男。あの顔を思い出すたびに煮え返った血が、再び全身を駆け巡った。
——ついに見つけたぞ。ここで会ったが百年目……推しだろうと関係ない。ぶち殺してくれるわ!
「くーっはっはっはっはっはぁーッ!」
佐藤は地面を蹴り、るなへ迫った。
拳を振り上げようとした、その時。
「佐藤さん! こわかったよぉおおおっ!」
るなが胸に飛び込んできた。
「くっは?」
佐藤の足が止まった。
腰に回された腕。胸元に押しつけられた頬。間近にあるうさ耳。
佐藤は顔を真っ赤にしながら、右の拳を振り上げた。
——ええい、勇者め! 姑息な手段を! これしきの色仕掛けにやられる余ではないわ!
「佐藤さんが来てくれなきゃ! 雷が落ちなきゃ……あたし、大変な目にあってたよぉおおっ!」
るなが顔を上げた。
涙をためた目が、下から佐藤を見つめていた。
「でゅっふぁッ……」
振り上げた拳が、力なく下がった。頬も口元も緩んだ。
——こんなにかわいいんだから、勇者でもいっか~! いまさらだし~っ?
月明かりが、直立不動で鼻の下を伸ばす魔王と、その胸に顔を埋めるアイドルを照らしていた。
◆◆◆
「ちっ、今日も疲れたぜぇ。ライブの後に暴漢に襲われるし、轟雷魔法まで使わされるし、散々だったぜぇ」
うさ宮るなこと、獅子堂玲奈は、自宅のソファに体を沈めた。
脱力系チューハイ『パワーヌル』のライトニングレモン味をあおり、スルメイカをかじった。
——魔王と戦って、気づいたら女の姿になっていた。仲間もいねぇ。この世界の常識も分からねぇ。最初は金にも困った。
歌うことは、昔から好きだった。
ブクロシティの駅前で歌っているうちに人が集まり、アイドルにならないかと声をかけられた。
最初はユニット。今ではソロのライブで食っていけるようになった。
——歌って暮らせるのは悪くねぇけど、ファンサービスは正直だりぃ。
玲奈は缶を飲み干し、片手で握りつぶした。
さらに指を握り込むと、缶は手のひらに収まるほど小さくなった。
——魔王も、おそらくこっちの世界に来ている。探し出して、元の世界に戻る方法を吐かせてやる。
手を開くと、コインほどに潰れた缶がテーブルに落ちた。
玲奈は立ち上がり、カーテンを開けた。
満月をにらみ、歯を食いしばった。
——あいつは絶対許さねぇ。俺は、男の姿のままで有名になりたかったのに。
◆◆◆
同じ頃、佐藤健司はベッドに寝そべり、天井を見つめていた。
——るなちゃんは、やはり勇者であろうな。
寝返りを打つと、棚に並んだアクリルスタンドと目が合った。
——勇者を倒せば、元の世界へ戻れるのか?
佐藤は目を閉じた。
胸に飛び込んできた温もりが、まだ残っていた。
——戻れなかったら、どうする。るなちゃんだけがいなくなった、この世界で。
佐藤は起き上がり、台所へ向かった。
冷蔵庫から『パワーヌル』のディアブロカプサイシン味を取り出し、プルタブを引いた。
一口飲むと、喉の奥が熱くなった。
——るなちゃんは、この世界に来てからの余の生きがいだ。
——世界を手に入れたら、譲ってもよいとすら思っていたではないか。
佐藤はカーテンを開けた。
満月を見上げ、頬を緩ませる。
——勇者だっていい。悔しいが余は、るなちゃんを推し続けるぞ。
同じ月の下で、勇者は魔王との再会を願い、魔王は次の握手会を心待ちにしていた。
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元魔王・佐藤と、元勇者のアイドル・るなの物語は、近日公開予定の長編版へ続きます。
宿敵だと知っても推したい魔王と、目の前のファンが魔王だとは知らない勇者。二人のその後も、ぜひお楽しみください!




