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余は魔王。推しは憎き勇者だったけれど、可愛くて推してしまうの悔しいです。

【短編版】余は魔王。推しは憎き勇者だったけれど、可愛くて推してしまうの悔しいです。

掲載日:2026/10/31

 魔王は高らかに笑いながら、勇者と向かい合っていた。


「くーっはっはっはっはぁっ! よくぞ余をここまで追い詰めたな!」


 魔王は両手を広げ、穴だらけの漆黒のマントを翻した。


「魔王! お前を倒して俺が世界を救う!」


 勇者は轟雷剣(ごうらいけん)ライトニング・エッジを握り締めた。


「世界か……どうだ? 世界を半分やるから余の部下に、いや、余とともに世界を支配せぬか?」


 魔王は手を差し出した。


「戯言を! お前のせいで俺以外の仲間は死んだ! 仲間のためにも俺はお前をここで倒す!」


 勇者が轟雷剣を天にかざす。稲光が走り、雷鳴が轟いた。


「くーっはっはっはぁ! やはり余と貴様は相容れぬか!」


 魔王の両手に漆黒の光が集まった。空間がゆがみ、足元の地面が割れた。


「「さあ! これで最後だ!」」


「くたばれ勇者ぁッ! ディアボロス・グラン・エグゾーストォオッ!」


「消しとべ魔王ぉッ! ライトニング・デイ・ブレイクゥウッ!」


 魔王の両手から放たれた漆黒の波動と、轟雷剣から顕現した蒼白の雷龍が激突した。


 白と黒が交じり合い、世界を光で塗りつぶした。


 光が消えた時、そこには魔王の姿も、勇者の姿もなかった。


◆◆◆


「くーっはっはっはっはぁッ! るなちゃーん! こっちを向いてくれー!」


 佐藤健司は「LUNA LOVE♡」と書かれたうちわを掲げ、白いサイリウムを振っていた。


 ステージの中央で、うさ耳をつけたアイドルが大きく手を振る。


「みんなー! 今日は私、うさ宮るなのライブに来てくれてありがとぉーー! るな、嬉しくって心がうっさうさだよぉーー!」


「くっは! 尊(とうと)いぃぃっ!」


 佐藤はサイリウムを握り締めた。


「みんなもうっさうさかなーーっ?」


「「うっさうさーッ!」」


 会場に野太い声が響き渡った。


「じゃあ、一曲目ーっ! 『世界を半分くれてやる? 私は世界が全部ほしいの!』からいっくよぉーー!」


 るながマイクを握り、声を張り上げた。


 小さな体から放たれた低いシャウトに、佐藤の手が止まる。


 イントロが響き、るなが息を吸った。先ほどまでの力強い声から一転、甘く澄んだ高音が会場を満たした。


 佐藤は口を閉じ、その歌声に聞き入った。


 るながステップを踏みながら客席へ手を伸ばす。佐藤は慌ててサイリウムを掲げ、周囲の男たちと声を合わせた。


 ——余は勇者と戦い、確かに死んだ。


 るなが笑う。佐藤も笑った。


 ——まさか、知らぬ世界で知らぬ男になるとは思わなかった。この世界は平和でやることは少ないが……存外、推し活というものは悪くない。


◆◆◆


 ライブが終わり、佐藤は入口の物販コーナーに立っていた。


「このアクスタとクリアファイル、あと、そのTシャツを三つずつくれぬか?」


「あーっ! 佐藤さん、今日も来てくれたんですねぇ? 嬉しぃーっ!」


 背後からの声に振り返った佐藤は、息をのんだ。


「る……るるるる……るなちゃん!?」


「ぷぅーッ! 私の名前はるるるるるなじゃないよ! うさ宮るなだよ。覚えてくれないとライトニングエッジしちゃうんだからね!?」


 るなは腰に手を当て、頬を膨らませた。


「す……すまぬな。余ともあろうものが、少し慌てたようだ。今日のライブも最高だったぞ」


 佐藤は大きく息を吐いた。視線はるなと床の間を行き来していた。


「知ってるよーっ! 佐藤さん、いつもきょどきょどしてるし、変なしゃべり方だもんね? でも、それですぐ覚えちゃった!」


「そ、そうか。覚えてくれて余は嬉しいぞ」


 佐藤は口元を緩ませ、背筋を伸ばした。


「また見に来るから頑張るのだぞ?」


「ありがとう! 次の握手会も楽しみにしてるね。じゃあ、次の予定があるから、この辺でごめんね?」


 るなは小さく手を振った。


「くーっはっはっはっはぁ! 当然、握手会も行くとも! 気を付けて帰るのだぞーっ!」


 去っていくるなに、佐藤は大きく手を振り続けた。


 出口の手前で、るなが一度だけ振り返った。こちらに向かって手を振る姿に、佐藤は「くっは……」と息を漏らした。


◆◆◆


 ライブハウスを出た佐藤が、路地の前を通りかかった時だった。


「何するの? やめてよ!」


 奥から女性の声が聞こえた。


 佐藤は小さくため息をついた。


 ——また、人間どもの下らぬ争いか。触らぬ神に祟りなしというが……まあ、魔王の余にとって神など怖くもないが。


「いいじゃねぇかよ、るなちゃん。どうせ枕営業とかやってるんだろ? ちょっとくらい俺らと楽しいことしようぜ?」


 佐藤の足が止まった。


 三人の男が、るなを囲んでいた。そのうちの一人が、るなの腕をつかんでいる。


 次の瞬間、佐藤は地面を蹴った。


「おい、貴様。自分の墓を掘る準備はできたか?」


「あ? なんだ、てめぇ——」


 佐藤の蹴りが男の顎を跳ね上げた。


 るなの腕から手が離れ、男は白目をむいて崩れ落ちた。


「て、てめぇ! 急に何しやがる!?」


 小柄な男がナイフを抜いた。もう一人は、壁に立てかけてあった角材をつかんだ。


「か弱い女子(おなご)に寄ってたかってとは、嘆かわしいのぉ」


 佐藤はるなの前に立ち、右腕を横に広げた。


「佐藤さん! だめだよ……危ないよ……私のことはいいから逃げて?」


 るなの指が、佐藤のTシャツの裾をつまんだ。


 佐藤は全身を強張らせた。


 ——なんという僥倖(ぎょうこう)! 推しを助けに推して参ったら、推しが余のシャツの端(はし)をつかんでおるぞ!?


「くーっはっはっはっはぁッ! るなちゃん、心配はいらぬぞ。この程度の有象無象に後れを取る余ではないわ!」


「女の前だからって、カッコつけてんじゃねぇぞ!」


 角材が振り下ろされた。


 佐藤は拳を突き上げ、角材を打ち砕いた。そのまま一歩踏み込み、男の腹に前蹴りを叩き込む。


 吹き飛んだ男は壁にぶつかり、ごみ箱の中へ崩れ落ちた。


 その隙に、小柄な男が佐藤の脇をすり抜けた。


「もういいや、こんな女いらねぇよ!」


「なッ!? 貴様!」


 佐藤が振り返った時には、男はナイフを突き出し、るなへ体ごとぶつかっていた。


「る、るなちゃん!」


 佐藤の伸ばした手が止まった。


 るなは微動だにしていなかった。


「な……なんで刺さらねぇ!?」


 ナイフの切っ先は、るなの胸の寸前で止まっていた。


 男の手首をつかんだるなが、ゆっくりと顔を上げる。


 男が肩を震わせた。


「な、なんだよ、その目——」


「きゃあああっ! こわーーーーいっ!」


 るなは男の手首をつかんだまま、空いた手を天に掲げた。


 雷鳴が轟いた。


 蒼白の光が路地を照らし、男の頭上へ雷が落ちた。


 男は口から白い煙を吐き、その場に崩れ落ちた。


「る、るるる……るなちゃん?」


 佐藤は唇を震わせた。


 ——今の雷は、まさか。


 脳裏に、轟雷剣を掲げる宿敵の姿がよみがえった。


 ——るなちゃんは……勇者?


 佐藤は拳を握った。


 幾度となく刃を交え、ついには自分を討ち果たした男。あの顔を思い出すたびに煮え返った血が、再び全身を駆け巡った。


 ——ついに見つけたぞ。ここで会ったが百年目……推しだろうと関係ない。ぶち殺してくれるわ!


「くーっはっはっはっはっはぁーッ!」


 佐藤は地面を蹴り、るなへ迫った。


 拳を振り上げようとした、その時。


「佐藤さん! こわかったよぉおおおっ!」


 るなが胸に飛び込んできた。


「くっは?」


 佐藤の足が止まった。


 腰に回された腕。胸元に押しつけられた頬。間近にあるうさ耳。


 佐藤は顔を真っ赤にしながら、右の拳を振り上げた。


 ——ええい、勇者め! 姑息な手段を! これしきの色仕掛けにやられる余ではないわ!


「佐藤さんが来てくれなきゃ! 雷が落ちなきゃ……あたし、大変な目にあってたよぉおおっ!」


 るなが顔を上げた。


 涙をためた目が、下から佐藤を見つめていた。


「でゅっふぁッ……」


 振り上げた拳が、力なく下がった。頬も口元も緩んだ。


 ——こんなにかわいいんだから、勇者でもいっか~! いまさらだし~っ?


 月明かりが、直立不動で鼻の下を伸ばす魔王と、その胸に顔を埋めるアイドルを照らしていた。


◆◆◆


「ちっ、今日も疲れたぜぇ。ライブの後に暴漢に襲われるし、轟雷魔法まで使わされるし、散々だったぜぇ」


 うさ宮るなこと、獅子堂玲奈(ししどうれな)は、自宅のソファに体を沈めた。


 脱力系チューハイ『パワーヌル』のライトニングレモン味をあおり、スルメイカをかじった。


 ——魔王と戦って、気づいたら女の姿になっていた。仲間もいねぇ。この世界の常識も分からねぇ。最初は金にも困った。


 歌うことは、昔から好きだった。


 ブクロシティの駅前で歌っているうちに人が集まり、アイドルにならないかと声をかけられた。


 最初はユニット。今ではソロのライブで食っていけるようになった。


 ——歌って暮らせるのは悪くねぇけど、ファンサービスは正直だりぃ。


 玲奈は缶を飲み干し、片手で握りつぶした。


 さらに指を握り込むと、缶は手のひらに収まるほど小さくなった。


 ——魔王も、おそらくこっちの世界に来ている。探し出して、元の世界に戻る方法を吐かせてやる。


 手を開くと、コインほどに潰れた缶がテーブルに落ちた。


 玲奈は立ち上がり、カーテンを開けた。


 満月をにらみ、歯を食いしばった。


 ——あいつは絶対許さねぇ。俺は、男の姿のままで有名になりたかったのに。


◆◆◆


 同じ頃、佐藤健司はベッドに寝そべり、天井を見つめていた。


 ——るなちゃんは、やはり勇者であろうな。


 寝返りを打つと、棚に並んだアクリルスタンドと目が合った。


 ——勇者を倒せば、元の世界へ戻れるのか?


 佐藤は目を閉じた。


 胸に飛び込んできた温もりが、まだ残っていた。


 ——戻れなかったら、どうする。るなちゃんだけがいなくなった、この世界で。


 佐藤は起き上がり、台所へ向かった。


 冷蔵庫から『パワーヌル』のディアブロカプサイシン味を取り出し、プルタブを引いた。


 一口飲むと、喉の奥が熱くなった。


 ——るなちゃんは、この世界に来てからの余の生きがいだ。


 ——世界を手に入れたら、譲ってもよいとすら思っていたではないか。


 佐藤はカーテンを開けた。


 満月を見上げ、頬を緩ませる。


 ——勇者だっていい。悔しいが余は、るなちゃんを推し続けるぞ。


 同じ月の下で、勇者は魔王との再会を願い、魔王は次の握手会を心待ちにしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


元魔王・佐藤と、元勇者のアイドル・るなの物語は、近日公開予定の長編版へ続きます。

宿敵だと知っても推したい魔王と、目の前のファンが魔王だとは知らない勇者。二人のその後も、ぜひお楽しみください!

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