認めてもらうのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第27弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「魔法を使うそれは、君のほう。」の後の話です。
フ。
フフフ。
「なにをにやにやしてるんですか」
「フフフフフ」
正直、ヒリヒリはしているし、変な感じもしている。
でも。
「ひひひ」
変な笑いがさらに洩れた。
ノインが呆れたような視線を向けてくる。
「大人しくしないなら膝枕は終わりです」
「元気だもん」
心配性というか、わざわざ仕事を休むことないのに。
「元気と思い込んで無茶なことをしそうだから休んだんです」
「もうすっかり治ってるね」
「シャツを捲って脇腹を触らないでください」
はぁ、と小さく息を吐かれる。
「落ち着かないのはわかりますけど……。で、すから……」
困ったように眉を下げてから、微笑む。
「君が嬉しそうなので、まあ……いいです」
ずーっと優しく頭を撫でてるのにね?
(意識してないんだろうなぁ)
この高揚した気持ちのせいか、休んだノインに日中からくっついてしまったりしていたけど。
(料理してる時に後ろから抱きついても全然怒らなかったし)
フフ。
(私がすること全部やってくれてたけど、近くで見てても呆れてただけだし)
フフフ。
(まあでも、少しでも長い距離を歩こうとすると抱えて連れて行ってくれたし……)
……ん?
(お風呂も体と髪を洗ってくれたけど、一緒には入ろうと……しなかったな)
あれ???
思い返してから、ベッドの端に腰掛けたままのノインを見上げる。
寝室のランプに照らされてる室内を、オルガはゆっくり見る。
(………………ん?)
そういえば。
ベッド横にある小さな木製のテーブルの上に、水差しがない。
「………………?」
ガラス製の、どこにでもあるものだけど。
(私が体調崩した時も、ほとんど毎日あったのに)
ノインが使ってるんだろうなって思ってたけど。
いつ?
「???」
「どうしたんですか?」
動きを止めてサイドテーブルを見つめているオルガを、不思議そうにノインが見た。
「今日は水差しないなって」
「あぁ、使わないので用意しませんでした」
「??」
「……喉が渇くんですか?」
「えっ、それはノインでしょ?」
「? いえ?」
混乱していると、小さく笑われた。
「水分補給のために置いてるんです。
君の看病の時も使ったでしょう?」
「……え? いや、ん?」
体調を崩した時、熱が出ていたせいか記憶がほとんどない……。
(そういえば)
最後まですればわかる。
ノインはそう言っていた。
でも。
(なんでお風呂に行ってたのか、いまいちわからないんだよね……)
うーん。
知識不足だという自覚はあるものの、積極的に尋ねるのも……ちょっと。
まあいいか。
(村の人たちの言ってた、耐えるってのはわからなかったけど、同じベッドで寝たし最後まで? したし、これで)
これで!
(できてるってこと? だよね? へへへ。……たぶん)
あまり実感がわかないが、妻の基準は満たしたはず。
あとは。
「またにやにやと……。
明日は午前中に一緒に行きたいところがあるんですけど」
「いいけど……仕事は?」
「午後から出ます」
「そ、そっかぁ。フ。フフフフ」
脚をぱたぱた動かしながら、ほくそ笑む。
どうしよう。ちゃんと寝れるかな。
ノインの膝の上で頭をぐりぐりと動かしていると、次の言葉で動きを止めることになった。
「婚姻誓約書を受理してもらおうと思って」
「…………」
ぱあっと顔を輝かせて、起き上がる。
「わ、私! 自分の名前書けるよ!?」
ちょっとへにゃへにゃではあるけど、読めるくらいまでにはなった!
「…………すごいです」
にっこり微笑まれるが。
(……んん?)
「あっ、あれ!? 書けなくてもいい? もしかして?」
「いえ、でも」
でも?
「すでに俺のぶんは提出してますので」
「………………」
なんて?
「まま、待って!? 提出? いつ!?」
「君が来てすぐ」
「なっ、ななっ」
いや、待って。
「受理してもらおうって……されてないってこと!?」
「まあ、君のほうの証人がいなかったので未受理状態にしてます。
それでも俺が死ねば、自動的に俺の遺産は君のものになりますのでそこは」
「し、しし死ねば!? 結婚してないのに!?」
怖いこと言い出した!
「条件付きで遺贈誓約書を兼ねるので、提出しておきました」
「い、いぞ……?」
「俺の貯金とか君の物になりますっていう……」
「なんとなくわかったけど!」
「君の側の証人が加われば、正式受理です」
さらっと言ってる……!
い、いつ婚姻誓約書の話が出るのかな……って、思ってたけど。
(とっくに出してたってこと!? もやもやしてたの、私だけってこと!?)
でもちゃんと夫婦には、な、なってないし!
受理されてないし!
(悔しくないもん……)
「また落ち込んで……」
しなびた野菜みたいになっていると、ノインが小さく笑う。
「すみません。婚姻状態ではないですが、なにかあった時に君に全部渡せるので婚姻誓約書を使いました」
「……そうなの……?」
声がしおしおだ……。
「君が負担にしそうで言えなくて……。言ったら、ますますちゃんとした妻になろうと奮闘しそうだったので」
まあ、たしかに……そうかもしれないけど。
もっとプレッシャーは感じていただろうけど。
「じゃ、じゃあ私の? 証人がいれば婚姻できるってこと?」
「そうです」
「し、神父様でいいかな? お願いできる?」
「できますよ。なにより君本人が希望してますしね」
それに、と付け加えられる。
「夫になる俺も一緒に行くんですから、大丈夫です」
「き、教会……。い、行く! すぐに受理される?」
「されますね。平民なので、わりと簡単に」
そ、そうなんだ……。
「証人が二人以上必要なことと、神父が立ち会うこと。本人同士の誓いがあれば終わりですよ」
「…………少ない」
やること、少ない。
そんなに簡単に結婚できるんだ……。
「まあ貴族はこれ以外に、家同士の契約書や後見人の署名、財産分与の詳細に関してとか、王国台帳への登録とか……ごちゃごちゃとありますからね」
「めちゃくちゃある……」
そんなに……? 大変すぎる。
で、でも。
「どうして急に? わ、私……半年くらい先だって思ってたんだけど……」
「まあ、早いのはだいたい半年目安ですけど……。なにか準備すること、ありますか?」
「えっ!?」
「君はこちらに残り、俺との結婚に前向きですし……村に必要なものもなさそうですから」
「ま、まあ……特に、なにも、ないけど」
貴族のお嬢さんとかだと、もっと色々あるかもしれないけど。
なにもないから身体を差し出そうとして拒否されたことを思い出し、うっ、と胸の奥が痛んだ。
振り向いて欲しいからって、あんなことをするべきじゃなかった……どうして自分は、すぐに頭がいっぱいになるんだろう?
「どうせ来月には引っ越しますし、タイミングもいいと思いま」
「待って! 引っ越し!? 来月!?」
夏のさなかに、引っ越し!?
青ざめてしまうオルガの前で、ノインは平然としている。
「さすがに新築は難しいので中古になるんですが」
「そこじゃないよ!? ど、どど、どうしてそうなるの!?」
「……君と結婚して暮らすなら、持ち家のほうがいいのでは?」
「……………………」
…………え???
「もも、もしかして、もう……買ってる?」
「はい。君がこっちに来て少ししてから修繕作業に入ってもらってますから、来月には引っ越せますよ?」
「………………の、ノイン、いくら使ったの?」
「金貨百枚ですね」
頭を殴られたような、すごい衝撃を受ける。
「ひゃ、ひゃひゃ、百枚!?」
貯金全部使ったってこと!?
「あ、まだあと二十枚は金貨は残ってますよ」
「まだあるの!?」
てことは、全部で金貨百二十枚持ってたってこと!?
「足りないものがあったら好きに買ってください」
「わあああああ!」
混乱してオルガはノインの両肩を掴み、前後に揺する。
「どっ、どうし」
「まだ隠してることある!?」
「え? ないっ、うぐ」
夫になる男は、嘘をつかないけど。
(隠しごとが……うますぎる!)
***
「新居ってどこにあるの?」
「6区の外縁部です。7区寄りです」
「???」
どんな区だっけ?
隣を歩くノインが小さく笑う。
「俺が夜勤でよく巡回するエリアです。少し治安は悪いんですけど土地が広いのと、今の住んでるところと生活圏が同じなので君にはいいかなと思ったので」
「そうなんだ」
ふーん、と洩らしながら、足元を見る。
朝ご飯を食べてから出かけるのはいい。ま、まぁ。
(昨日みたいなおなかの中の変な違和感はけっこう減ったかな……)
ちょっと歩き方おかしいかも?
(……ノインが私に合わせてすっごくゆっくり歩いてくれてるけど……歩幅が違うから申し訳ないな……)
……手、繋ぎたいなぁ。
石畳を歩く自分の靴を眺めつつぼんやり思う。
「っ」
慌てて見遣ると、手を握ってきたノインが柔らかく微笑んできた。
「転びますよ」
「…………フ」
「?」
「ご、ごめ……ふふ、フ」
どうしよう。くちもとが、な、なんか……。
(にやにやしちゃう……。今から婚姻を受理してもらうのに、こんなにだらしない顔はダメなのに)
「……今日も元気みたいで安心しました」
「ノインはなんか疲れてるね?」
昨日ほどではないけど。
「君が大人しく眠らないからです」
だ、だって!
「な、なにもしないってノインが言うからでしょ!?」
「まだヒリヒリするはずですから大人しくしてくださいと何度も言いました」
「もう大丈夫だよ!?」
「俺がキスしようとするとそのまま俺を押し倒そうとしたでしょう?」
う!
オルガは視線を逸らす。
「くっつきたいって思っただけだよ……」
「……くっついて寝たじゃないですか」
「ねえ……今日は? もう大丈夫だよ?」
「ダメです」
「ううう、じゃあ明日は!?」
「ダメです」
「なんで!? じゃあ、明後日は?」
「………………まあ、明後日なら」
「なんでそんなに渋るの!?」
触りたがりのくせに!
ノインが少し苛立ったようにむすっとする。
「我慢してるのは俺のほうなんですけど……」
ぼそぼそ言わないでってば!
「明後日からずっと?」
「ごほっ」
ノインが咳き込んだ。
「…………そんなわけないでしょう」
「ええっ!? だって毎日するって言ってたよね?」
「それは慣れてからの話です。今月いっぱいは、二日置きです」
「…………わかった」
なんだあ。
「キスは?」
「え?」
「昨日結局してくれなかった……」
「…………」
ちらっと見て、オルガは首を傾げた。
「どうしたのノイン?」
「はー…………悪魔みたいなこと言うなと思っただけです」
「? べつにひどいこと言ってないでしょ?」
すごい顔してるんだけど……。
「君が嫌がらないならします」
「嫌だって一回も言ったことないよ?」
「……そうではなく」
再度、大きな息を吐き出す。
「わかりました。今日大人しく寝てくれるなら、すごいのします」
「………………」
いま、なんて?
赤面していると、ノインはいつもの調子に戻ってこちらを見た。
「新居にあまり興味がないんですか?」
「えっ、い、いや、興味はあるけど……」
情報が多すぎて……処理できない。
「み、見に行きたい……けど、ノインは午後からお仕事でしょ?」
「まあ、はい」
「サボろうとしないでね!?」
視線を逸らしてるんだけど……。
*
(こ、ここが、教会……!)
でっか……。天井たかい……。
朝陽が差し込む中、少し冷たい石床を歩く。
(おわぁ、足音すごい響く……)
それに。
(二組くらいしか、待ってないな……)
けっこう時間がかかるかなって緊張してたのに。
そわそわしながら、オルガは小声で隣のノインに尋ねた。
「ね、ねえ、どれくらいかかる?」
「これなら一時間もかかりませんよ」
そ、そっか。
(長時間だったら足が疲れるかもって思ったけど、それくらいなら大丈夫かな)
昨日よりはマシとはいえ、疲れて顔をしかめたりすると。
(またノインが私を抱えて移動しそう……!)
それはさすがに恥ずかしい!
「ど、どうすればいいかな?」
「君の誓約書を出せば終わります」
「わわ、私の?」
なにか作法とかあるのでは?
「しょ、証人になってくれる神父様は? いるかな?」
「今から受付ですよ、落ち着いてください」
だって。
「あと一時間で結婚しちゃうんだよ!?」
「はあ」
だから? って顔してるんだけど!
教会の中が静かすぎて、オルガはぐっと堪えた。
最初の老夫婦は洗礼手続き。次の若い夫婦は子どもの祝福のために来たようだ。
とうとう自分たちの番だ!
「ど、どうやって書けばいいの!?」
「ここに君の名前と、出身の村の名前を……」
「む、村の名前は練習してないよ!?」
「俺が書きますから落ち着いてください」
お、落ち着け!? 無理だって!
震える手で自分の名前を書いて、その紙をノインに渡す。
ノインはさらさらと書いていき、あっさりと小机の向こうの人物に差し出す。
「……すでに片方の誓約は提出されてますね」
照らし合わせながらそう言われ、オルガはこくこくと頷いた。
「クロシェ村のオルガ殿と、ノイン殿……戸籍台帳に登録がありますね」
戸籍?
きょとんとしていると、ノインが軽く腰に手を回してきてくいっと引っ張った。
「証人確認と署名は別の場所です。呼ばれるまで待ちますからこっちへ」
えぇ……?
*
石壁の小さな部屋の中の椅子に腰掛けていたオルガは、落ち着かずに小さく震えながら立ち上がる。
静かすぎる。
(ここ……さっきのとこより、外の音が遠い……)
そして。
木の机の上にインク壺と印章が見えた。
机の向こうに座る神父が淡々と確認してくる。
名前と、生年月日、出身地……現在の居住地と既婚歴がないことと、血縁関係ではないこと。
「ノイン殿、以前提出された誓約書と相違ありませんね」
「ありません」
並んで机の前に立つノインが、あっさりと肯定した。
「オルガ殿。自らの意思での誓約に間違いありませんか?」
「はい」
こくこくと頷く。
今日出した誓約書と、もう一枚並べてから。
「両書に齟齬なし」
もう一人の神父が続けた。
「両名の自由意思を確認いたしました」
お、終わった?
「ではこちらに署名を」
終わってなかった!
震えながら署名すると、続けてノインもした。神父の二人も。
(手がすっごい震えた……!)
蝋を垂らし、印章が押される。そのまま、コトン、と置かれた音が響いた。
「本日付けで受理します」
隣のノインが小さく息を吐いたのがわかった。
神父二人に一礼して、一言も交わさないまま教会を出て、オルガはその場に座り込んだ。
「ど、どうしたんですか!?」
「こ、腰が抜けた……」
へ、へへ。
「ノイン、これで正式な夫婦だよ……!」
言葉に少しだけ目を丸くしてから、ノインはとびっきりの笑みを浮かべる。
「はい。今日から俺は、君の夫です」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




