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ある春休み。

作者: 吉高 都司
掲載日:2026/01/23

 単線の線路に二両編成のワンマン電車が行く。


 この地域では、昔からある路線、終点は古刹(こさつ)に続いている。


 春の午後、心地良い振動が、規則正しい音とともに全身を包む。

 レールのつなぎ目から奏でるそれらが、春の午後の温かさをより増していた。

 寒かった、受験勉強をこなし、ねじ伏せ、やっと勝ち取ったこの高校。


 だからだろうか、中学の卒業から、そんなに時間が経っていないのに、それらが遠い昔のように感じる。


 一つ目の駅を通過した。


 卒業式が終わって、何日も経っていないのに、街で、クラスメイトと会うと、妙に懐かしく感じてしまう。


 高校の説明会や、教科書など制服の受領で、入学前に高校に行った時、中学からの知り合いに会うと、何だかこそばゆい感じがした。


 入学式以降のスケジュールや、入学までのやる事と、学校に通い出してからのやることが色々山積みで、入学のハイな気持ちが若干萎えてしまう。


 イメージとして、春と連結して、ハッピー一色で高校生活が始まると思っていた。


 面倒くさがりの俺とすれば、そう思ってしまう自分の心情は解っているつもりだ。


 実際にこれから日常になる通学経路を下見して、せっかくの気持ちをもったいなくならない様にしたかった。

 だから春休みの午後、天気もいいので散歩がてら下見するため、この電車に乗ることにした。


 二つ目の駅を暫く停車して、上りの電車を待っている。


 不意に視線を感じて、目を向けると二両目の端の座席に知った顔がいた。

 こっちをさっきまで見ていたように思った。

 視線を向けると、ツイ、とあらぬ方を向いた。

 一緒の学校だった、知っている女子がいた。


 もう一度記憶を辿った。

 そうだ、同じ中学だ。


 上りの電車がやってきて、この電車をかわして走り去った。

 やがて、この電車も動き出した。


 この電車には二人しか乗っていなかった。

 運転手がバックミラー越しに、車内の様子を伺っている視線も感じた。


 意を決して、彼女のいる隣の車両に移動した。


 視線を、外していた彼女は近づいている俺に気付かずにいた。

 やがて近づく俺にびっくりしたような、それプラス緊張がヒシヒシと感じられた。

 当の俺本人も、どうして近づいたのか、近づいたけどその後どうしたらいいか、分からなかった。

 自分自身、無計画すぎて、恥ずかしくなってきた。


 希望校入学で、調子に乗っていたのだろう。


 他の、中学時代リア充の連中なら、すぐに言葉なり、話題なり、色々引き出しがあるのだろうが、小学校から中学と、女子とフリーで話す事なんて数えるほどの俺に、この場でいきなりしゃべろうとするなんて。


 今思えば何ら鍛えていない素人が、格闘家チャンピオンと素手で勝負するようなものだった。

 リング上で、強敵と相対するようなものだ。

 もしくは、コロッセオで猛獣相手に素手で勝負するような。


 例えたらきりがない。


 そう思いつつも、足は彼女の方へ一歩づづ確実に近づいている。

 永遠の秒が、この電車の中で刻まれているようだった。


 電車のレールのつなぎ目を刻む心地よい音が、いつの間にか心臓のそれとリンクして、張り裂けそうだった。


 後悔。


 陰キャな、モブが自分から女子に向かっていくなんて。

 やはり、希望の高校に入学できたから、自分自身妙な高揚した気分に、流されてしまったのだろうか。



 いつもの、今までの自分では絶対、自分から女子に近付く事なんて無かった。



 彼女の横顔がはっきり見えてきた。

 視線はこちらには向けず、まっすぐ窓の正面をジッと見ている、でも意識は確実にこっちにあるのが分かる。


 耳が赤く、頬も何気に赤く上気しているのが分かる。

 多分自分もそうだ、顔が真赤になっているのが分かる。

 側までの距離。


 つり革二つ分の距離。


 彼女は座って、まだ正面を見ている。


「あの。」

 俺。

「ハイ。」

 彼女。


 僕と彼女が初めて交わした言葉がこれだった。

 多分、声のトーンは二人ともちぐはぐなんだろうな、と思った。


 次の言葉が出てこなかった。

 気が付けば、三つ目の駅を通過していた。

 学校は、次の四つ目の駅だ。


「が、学校の下見?」

 彼女が口を開いた。

 急にジャブを入れられたようだった。

「おま、いや、君、えっと」

 女子にお前呼ばわりは、失礼だと思い、君呼びも、キザな様で言葉の選択に窮していた。

「松根。」

「え。」

「松根恵子。」

「あ、」

「私の名前。」

「ごめん、」

「三國君。」

「え、オレの名前知ってるの、」

「中学一緒だったから。」

 しまったと思った。

 自分から近付いて、名前一つ満足に覚えていないなんて。

「気にしなくていいと思う。」

 俺の今の心境を言い当てられたようで、驚いた。

「これから、覚えてくれれば。」

 と、付け加えてくれた。

 正面を向いていた彼女が不意にこっちを向いた。


 確かに中学の時の彼女だった。

 だが、卒業した後、二、三週間でこんなにも変わるものかと、思うほど変わっていた。

「駅。」

 彼女が言った。

「駅降りなきゃ。」

 いつの間にか、高校前駅に停車していた。


 あ、と思い、(駅降りなきゃ)と言うセリフと、座席から立つ彼女の後姿を追うように電車から降りた。


 ホームに二人を置いて、電車は去っていった。


「下見に来たの。」

 最後のイントネーションが、僕に対する問いかけか、それとも彼女自身のここに来た説明なのか思いあぐねていると。


「三年間よろしくね。」

 と彼女。


 何気ない、それでいてかけがえのない時間が、これから二人紡いでいく。


 春の温かさが、これからの時間を温める。


 駅の改札を二人で抜け、三年間通うであろう、高校の正門に向け歩き出した。


 二人、時が回り始めた。 了


拙作に目を通していただき感謝いたします。

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