ある春休み。
単線の線路に二両編成のワンマン電車が行く。
この地域では、昔からある路線、終点は古刹に続いている。
春の午後、心地良い振動が、規則正しい音とともに全身を包む。
レールのつなぎ目から奏でるそれらが、春の午後の温かさをより増していた。
寒かった、受験勉強をこなし、ねじ伏せ、やっと勝ち取ったこの高校。
だからだろうか、中学の卒業から、そんなに時間が経っていないのに、それらが遠い昔のように感じる。
一つ目の駅を通過した。
卒業式が終わって、何日も経っていないのに、街で、クラスメイトと会うと、妙に懐かしく感じてしまう。
高校の説明会や、教科書など制服の受領で、入学前に高校に行った時、中学からの知り合いに会うと、何だかこそばゆい感じがした。
入学式以降のスケジュールや、入学までのやる事と、学校に通い出してからのやることが色々山積みで、入学のハイな気持ちが若干萎えてしまう。
イメージとして、春と連結して、ハッピー一色で高校生活が始まると思っていた。
面倒くさがりの俺とすれば、そう思ってしまう自分の心情は解っているつもりだ。
実際にこれから日常になる通学経路を下見して、せっかくの気持ちをもったいなくならない様にしたかった。
だから春休みの午後、天気もいいので散歩がてら下見するため、この電車に乗ることにした。
二つ目の駅を暫く停車して、上りの電車を待っている。
不意に視線を感じて、目を向けると二両目の端の座席に知った顔がいた。
こっちをさっきまで見ていたように思った。
視線を向けると、ツイ、とあらぬ方を向いた。
一緒の学校だった、知っている女子がいた。
もう一度記憶を辿った。
そうだ、同じ中学だ。
上りの電車がやってきて、この電車をかわして走り去った。
やがて、この電車も動き出した。
この電車には二人しか乗っていなかった。
運転手がバックミラー越しに、車内の様子を伺っている視線も感じた。
意を決して、彼女のいる隣の車両に移動した。
視線を、外していた彼女は近づいている俺に気付かずにいた。
やがて近づく俺にびっくりしたような、それプラス緊張がヒシヒシと感じられた。
当の俺本人も、どうして近づいたのか、近づいたけどその後どうしたらいいか、分からなかった。
自分自身、無計画すぎて、恥ずかしくなってきた。
希望校入学で、調子に乗っていたのだろう。
他の、中学時代リア充の連中なら、すぐに言葉なり、話題なり、色々引き出しがあるのだろうが、小学校から中学と、女子とフリーで話す事なんて数えるほどの俺に、この場でいきなりしゃべろうとするなんて。
今思えば何ら鍛えていない素人が、格闘家チャンピオンと素手で勝負するようなものだった。
リング上で、強敵と相対するようなものだ。
もしくは、コロッセオで猛獣相手に素手で勝負するような。
例えたらきりがない。
そう思いつつも、足は彼女の方へ一歩づづ確実に近づいている。
永遠の秒が、この電車の中で刻まれているようだった。
電車のレールのつなぎ目を刻む心地よい音が、いつの間にか心臓のそれとリンクして、張り裂けそうだった。
後悔。
陰キャな、モブが自分から女子に向かっていくなんて。
やはり、希望の高校に入学できたから、自分自身妙な高揚した気分に、流されてしまったのだろうか。
いつもの、今までの自分では絶対、自分から女子に近付く事なんて無かった。
彼女の横顔がはっきり見えてきた。
視線はこちらには向けず、まっすぐ窓の正面をジッと見ている、でも意識は確実にこっちにあるのが分かる。
耳が赤く、頬も何気に赤く上気しているのが分かる。
多分自分もそうだ、顔が真赤になっているのが分かる。
側までの距離。
つり革二つ分の距離。
彼女は座って、まだ正面を見ている。
「あの。」
俺。
「ハイ。」
彼女。
僕と彼女が初めて交わした言葉がこれだった。
多分、声のトーンは二人ともちぐはぐなんだろうな、と思った。
次の言葉が出てこなかった。
気が付けば、三つ目の駅を通過していた。
学校は、次の四つ目の駅だ。
「が、学校の下見?」
彼女が口を開いた。
急にジャブを入れられたようだった。
「おま、いや、君、えっと」
女子にお前呼ばわりは、失礼だと思い、君呼びも、キザな様で言葉の選択に窮していた。
「松根。」
「え。」
「松根恵子。」
「あ、」
「私の名前。」
「ごめん、」
「三國君。」
「え、オレの名前知ってるの、」
「中学一緒だったから。」
しまったと思った。
自分から近付いて、名前一つ満足に覚えていないなんて。
「気にしなくていいと思う。」
俺の今の心境を言い当てられたようで、驚いた。
「これから、覚えてくれれば。」
と、付け加えてくれた。
正面を向いていた彼女が不意にこっちを向いた。
確かに中学の時の彼女だった。
だが、卒業した後、二、三週間でこんなにも変わるものかと、思うほど変わっていた。
「駅。」
彼女が言った。
「駅降りなきゃ。」
いつの間にか、高校前駅に停車していた。
あ、と思い、(駅降りなきゃ)と言うセリフと、座席から立つ彼女の後姿を追うように電車から降りた。
ホームに二人を置いて、電車は去っていった。
「下見に来たの。」
最後のイントネーションが、僕に対する問いかけか、それとも彼女自身のここに来た説明なのか思いあぐねていると。
「三年間よろしくね。」
と彼女。
何気ない、それでいてかけがえのない時間が、これから二人紡いでいく。
春の温かさが、これからの時間を温める。
駅の改札を二人で抜け、三年間通うであろう、高校の正門に向け歩き出した。
二人、時が回り始めた。 了
拙作に目を通していただき感謝いたします。




