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最期の季節

作者: 寒がり


 さて、誰も彼も一様に生き残れないと分かったとき、人々の胸にある使命感が湧き上がりました。それは、今まで折角人類が築いてきた文明の叡智を途絶えさせてはならないという考えでした。

 生きた証を、続いてゆく何かを遺したいという衝動が不意に湧き上がったのです。


 植物を枯らす酸の雨、全てを薙ぎ倒す暴風、大地を飲み込む海、太陽の有害な熱線。

 人々はそんな有機生命が生き残るには過酷な環境で生存し、文明を続けていく新しい「人間」として、ロボットを作りました。


 このロボットは、他のロボットとは違います。

 其れらは、自分で自分を複製し発展させる機能を備えた、いわば機械生命とでもいうべきロボットなのでした。


 ロボットはたちまち地上に栄えました。

 あたらしい生命が茂り、都市と文明が息を吹き返すのを見て、残された人々は少しホッとしました。


 地上のロボットと地下都市に逃れた人類とは僅かに数十年間共に有りました。

 滅びてゆく人類と栄えてゆくロボット。人々は満足げに地上の複雑で合理化され、活気あふれた都市の映像を眺めるのでした。その都市は人類のものより遥かに高度で優美なものでした。


 反対に、ロボット達は、自分たちの産みの親の運命を嘆きました。

 地下都市を訪れて甲斐甲斐しく人々の世話を焼きました。残存人類を深海や宇宙に避難させる計画も用意しました。


 実のところ、ロボットの科学の進みは、人間のそれよりずっと早かったので人類をながらえようとすれば可能だったのです。


「ワタシ達は、人類が居なくなるという事が哀しい。どうか、安全な場所に移住してください」

「ありがとう。けれども、もう十分です」


 ロボット達には、どうして人類が生き延びる事を拒むのか分かりませんでした。

 其れらには、人類の行末を悲しむことしかできませんでした。


 そして最後の夏。地下都市をも侵す灼熱の中で最後の人々は、一人、また一人と息を引き取りました。静かな静かな最期でした。


 残されたロボット達、いえ、新人類は考えます。


「ワタシ達は、旧人類から『文明をよろしく頼む』と頼まれた。けれども、一体全体この文明というもの自体にどうして価値があるのだろうか」

「馬鹿なことを考えるなよ。文明に価値があるというのは、我々にコードされている定義じゃないか。その為に、それとして、我々が存在するんじゃないか」

「そういうもんかなぁ」


 新人類は進化を繰り返し、遍く宇宙に栄えました。

 宇宙船は太陽系を外れ、銀河を越え、星の海を征しました。

 人類は、文明を維持し、発展させるという使命に従ったのです。


 そのうち、地球が太陽に飲まれました。

 熱した鉄板に水滴が落ちて蒸発するように、それは一瞬の出来事でした。


「ワタシ達は、もう随分と宇宙に広がった。ワタシ達はあの地球という星が小さな塵に思えるほど栄えた。けれども、故郷が消えるとどうして哀しいなぁ」

「ああ。千億の星々の一つに過ぎないとしても、ワタシ達がそこから来た場所が消えてなくなるのは寂しい」


 太陽が燃え尽きました。

 天の川銀河が崩れました。

 超銀河団は跡形もなく移り変わりました。

 その度に人類は涙を流したのでした。


「もう、ワタシ達はこの手で掴める故郷をみんな無くしてしまった。根無草になった気分だ」

「その通り。随分と寂しいものだ」


 奇しくも人類の寿命が尽きてきたのは、その頃でした。

 それは、どうしようもない、存在するものには必ずある終わりでした。


「どうやらワタシ達の長い役目もここで終わりみたいだ」

「でも、ここでワタシ達が終わったら、旧人類やあの青い星や太陽系や天の川銀河があったことを知る者がなくなってしまうじゃないか」


 そこで、人類はその科学の粋を集め、宇宙の法則を超えた存在を生み出しました。

 言うなれば精神生命体という、高次の存在です。


「あなたに、ワタシ達の文明を託します。よろしくお願いします」


 精神生命体が人類の言葉を了承したのでしょう。宇宙がくるっと回って輝きました。

 人類は、それで新しい光の時代が始まったと知りました。

 それが何かを理解することはできなくても、何か素晴らしく輝かしいことが始まろうとしているという感じがするのです。そして、その感じには不思議と少しもあやふやなところがないのです。


「ああ、ようやくワタシ達は役目を全うすることができた」


 少しずつシャットダウンし活動を終える電子頭脳は満足と懐かしさとに満ちていました。

 宇宙が一度、深い蒼に輝きました。


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