お節介焼死体
稲生高校には有名人がいる。
眉目秀麗を体現したような男、神野覚。高校2年生。
幾多の女子が彼に告白するも、彼はいつもたった一言で斬って捨てていた。
「俺、彼女いるから」
しかし、彼の彼女を見た人間は誰もいない。
数少ない情報を統合すると、こうである。
曰く、告白は神野からした。
曰く、彼女は神野と付き合っていることを秘密にしておきたい。
曰く、神野はそんな彼女にベタぼれしていて、何でも言うことを聞いている。
「で。その彼女ってのが山本さんみたいなのよ」
放課後。女子会と称して教室でお菓子を食べていた女生徒Aはそう言った。
その言葉に同じようにお菓子を食べていた別の女生徒達が驚きの余り硬直した。
「山本さんって、あの?」
「そう、あの」
山本エマは地味で目立たない女生徒だ。いつも本を読んでいてあまり人としゃべりたがらない。
正直言っていてもいなくてもどうでもいい人物なのだが、よりにもよって彼女が神野の彼女なのだという。
「ありえないわ。うそでしょ?」
「でも、私見たの……、覚君と山本さんがおしゃべりしてるの。
覚君滅茶苦茶楽しそうに笑ってたし。あんな笑顔の彼見たことないもの」
女生徒Bはその様子を隠し撮りしていたらしく。写真には確かに2人が楽しそうに笑っている姿が写っていた。
全員が沈黙する仲、女生徒Cはそういえばと口を開いた。
「実はね。……茜ちゃん、覚君に恋してるみたいなの」
平野茜。彼女は次期生徒会長と目されるほどの秀才で、おまけに美人で性格も良く周りからはアイドルのように崇められていた。
そんなアイドルの話に女生徒達はざわめいていた。
「それ本当なの?」
「前に茜ちゃんが言ってたの。好きな人がいるけど、自信が無くて告白できないって」
女生徒達は直感で平野が恋しているのは神野だと思った。
「ねぇ、茜ちゃんの恋。応援しない?」
それは誰が言いだしたのか。
「でも。山本さんに悪いんじゃない?」
「アフターケアで別の彼氏を見繕えばいいのよ、例えば……柏君とか」
柏正義は太っていて眼鏡を掛けた男子生徒だ、実家は何かの店屋(どうせ流行っていない店だろう)をやっている。女生徒達は意味もなく嫌っていた。
彼女たちは笑いながら正義とエマをくっつける算段を立てていた。
「いいね!早速茜ちゃんの恋を応援しようの会。発足!!」
「他の人にも呼びかけようよ、人数多い方が出来ること多いし」
女生徒達は通話アプリでそれぞれ声をかけ始めた。
あっという間にクラスを超えて幾多の男女が集まり、応援の会は大きく膨らんだのだった。
「山本さん!」
「なに?」
応援の会のメンバーは、最初にエマと神野を分断することだった。
一週間彼らを追った結果。二人とも登下校時は一緒に行動していることが分かったのだ。
クラスが違うから全く気が付かれなかった事に女生徒達は悔やむが、ここからだ。
「あのね、さっきの授業でちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「わかった。どこ?」
女生徒が出した教科書を見ながらエマは質問に答えていく。
エマの答えは上の空で聞き流しながら、女生徒は膝の上に乗せた端末で状況をおう。
【覚、無事に茜と一緒に帰ることに成功】
にんまりと笑い、女生徒はエマを見て「ごめん、もうわかったから。ありがとう」
そう言って慌てて教室を出て行った。
「山本さん」
「柏君、どうかした?」
「いや。……なんか、君が一緒に帰りたいって言ってるから行けって。
けど俺、図書委員だから放課後の仕事あるって言ってんのに。図書館から追い出されたし」
困惑気味の正義の言葉に、エマは目を細めた。
「あー……ごめんね」
エマは教室やその周囲に誰もいないことを確認し、正義に話し始めた。
応援の会がエマと覚の分断を図る事さらに一週間。日曜日に転機は起きた。
朝からエマと覚の家を見張っていたメンバーから二人が出かけるという情報を手に入れたのだ。
暇な人間を総動員させて突き止めた場所は映画館。二人は映画を見る予定らしい。
開場のアナウンスと共に二人が入っていくのを見たメンバー達は映画のチケットを買って押しかける。
映画はアニメ映画のようで、どうせエマの趣味だろうと決めつけた彼らは笑っていた。
シアターをくまなく見ていると、二人が並んで座っているのを発券する。
「覚君!!偶然ね」
「……何か?」
覚にはにっこりと笑い、エマを無理やり立たせて角っこの席へと座らせる。
彼女が逃げないようにがっちりと腕をつかむ、覚も同じように男子生徒に捕まっていた。
「なに?」
「山本さん、覚君の隣に座ろうとかおこがましいのよ。貴女はここの席で十分」
「ここ、他の人が予約していたから座れない」
「いいから!!あんたが座っていると覚君に迷惑がかかるのよ!!」
「ちょっと」
女生徒達が振り替えるとポップコーンの容器を持った女性の二人連れが立っていた。
「ごめんなさい。そこ私たちの席なんだけど」
「この子ここに座らせたいんです。別の席座ったらどうですか?」
「何言ってるの?その子滅茶苦茶迷惑そうな顔しているけど」
「この子はここにいなきゃいけないんです!!ブスは黙っていてください!!」
二人のうち、ポップコーンをもった女性がもう一人に目配せする。
「……スタッフ呼んでくる」
「本当に申し訳ございません」
エマは立ち上がって二人連れに頭を下げた後。シアターから出て行った。
覚もそれに気が付いたのか、同じように出ていく。
それを追うように複数の男女が出ていくのを見て、二人連れはぽかんと口を開けていた。
「なんなの……あれ」
結局、エマと覚は映画館から出た後別々の帰路についていた。
二人の映画館デートを阻止したメンバー達は他の人から拍手喝采を浴びる。
ある時、昼休み中に覚が本を読んいるのをクラスメイトが発見した。
「覚君、何読んでるの?」
ブックカバーがしてあるので、中身を覗き見るとそれは漫画だった。
どうせエマから借りたものだろう、こんなのふさわしくないと思ったクラスメイトはそれを取り上げた。
すると覚が強引にそれを奪い返す。
「なにするんだ」
「覚君にそれはふさわしくないよ」
「そうだな。覚にはこっちの方がいいと思う」
男子生徒がまた漫画を無理やり奪い取って渡してきたのは男性用のファッション雑誌だった。
「これ、処分しとくからなー」
「まて!!それは俺の……」
しかし覚が立ち上がるより早く男子生徒は教室を出て行った。
男子生徒はエマがいる教室に入ってくるなり、エマに向けて漫画をぶん投げた。
「おい陰険女!!覚にこんなもん読ませてんじゃねぇぞ!!」
ブックカバーが外れた漫画をエマは見つめ、そっと拾った。
周囲はひそひそと彼女がオタクとか覚君可愛そう。だの、やっぱり彼女があんなの最悪と話し始めた。
そうやって何度も何度も邪魔をし続け、計画は第二段階へと進んでいった。
「山本さんって、真面目ちゃんって感じだよね。地味だけど」
「ねー。でも真面目以外にとりえなさそうじゃない」
「いえてるー」
休み時間。応援の会は総出でエマの陰口を言い始めた。
「それに比べて平野さんって本当美人で気が利いていて。女神って感じだよね」
「うんうん。彼女にするなら絶対に平野さんがいいよねぇ」
「だよなぁ、山本さんと平野さんじゃあ月とすっぽんってかんじだよな」
「それ、すっぽんに失礼じゃね」
女だけでなく男もその陰口の乗っていく。
山本は陰口を気にせずに無心で本を読んでいた。
その態度にカチンときた彼らは更に陰口をたたいていく。
「いっつも本読んでるけどさ。何読んでるの?」
「あ」
女生徒が取り上げた本の内容は外国の恋愛小説だった。
「うっそー!!山本さんって恋愛小説読むんだー!!以外!!」
「え?!山本さんってそういう趣味あったの。うけるー!!」
女生徒が喚くように騒ぎ、周りでくすくすケラケラと侮蔑の笑い声が上がる。
エマの肩を大げさに叩いたあと、本の裏表紙を乱暴に引き裂いた。
「山本さん、恋愛ってさーちゃんと現実見なきゃだめだよぉ」
「…………それ。図書館の本なんだけど」
「だからぁ?」
舐め腐った態度の女生徒に、あくまで山本ははぁと溜息を吐いた。
「とりあえず返して」
「はいはい。返す……ね!!」
言うなり女生徒は窓に向かって本をぶん投げた。
エマはそれを追いかけて窓に駆け寄り。そして近くにいた男子生徒が面白がって彼女の肩を押した。
「!!」
エマは窓から身を乗り出した格好でぎりぎりそれを受け取った。
「はい。どーん!!」
近くにいた男子生徒が、更にエマの体を押した。彼女の体が宙に浮く。
「(やった!これで転落すれば!!)」
「(そのまま死んじゃえ!!)」
「エマ!!」
そこに彼女を引っ張って抱き寄せた男がいた。覚である。
他の生徒たちはあっけにとられたように立ちすくんでいた。
ちらりと扉の方を見ると、荒い息を吐いて扉に手を掛けている正義がいる、彼が呼んだようだった。
「大丈夫か?」
「ああ。うん。なんとか」
「保健室行くぞ」
そういうと覚は彼女を抱き上げてそのまま教室を出ていく
クラスメイト達はただただ黙って彼らが出ていくのを見守るしかなかった。
その後。エマは保健室から帰ってくると荷物をまとめ始めた。早退するらしい。
クラスメイトがひそひそと囁き合う中。エマは黙々と荷物をリュックに入れて帰っていった。
応援の会は次の授業が自習なのをいいことに通話アプリで作戦を練っていく。
【まさか覚君とまだ付き合ってるの?】
【あんだけ邪魔しているのに。どんだけ面の皮が厚いの、あのブス】
もはや悪意を隠そうとせず、応援の会のメンバーは山本に嫌がらせを続けていった。
教科書にブス。身の程知らずと落書きをする。教室でペアを組む授業の際には強制的に正義とくっつける。
その他、覚のほうも茜と無理やり手をつながされたり、男子が強引に押して茜に抱き着くようにしかけていた。
それを写真にとり、【世紀のお似合いカップル誕生!!】と大きく校内新聞に取り上げてもらうことに成功した。
校内新聞を作っている新聞部にもメンバーがいたから成し遂げられたことだ。
2年のクラスは美男美女の恋人が生まれたことを大いに喜び、エマを追い詰めていった。ように見えた。
その新聞が張り出された翌日。茜は休むようになった。
始めはただの風邪だと思われていたが、休む日数が一週間を超えたことで周りが訝しむようになる。
応援の会のメンバーはこぞってお見舞いにいくが門前払いをくらい、負けじと今度は覚を強引に誘った。
しかし彼はすさまじく冷たい声で一言だけこういった。
「俺は行かない」
代わりに、エマと正義は何度もお見舞いに言っているのを茜の家の近所に住んでいるメンバーが喋った。
【あのブス、茜ちゃんになんの用なの】
そこで、あるメンバーが新聞が張り出された日の放課後、茜とエマが会っているのを思い出した。
誰もいない教室で彼女達は何やら話し合っていたらしい。
【まさかあのブス。茜ちゃんに抗議したんじゃ】
【ありえない!!自分の方がふさわしいとか思ってるの!!】
【ねぇ、ちょっと痛い目にあってもらおうよ】
【そうだね、制裁しないと、茜ちゃんの為に!!】
【茜ちゃんの為に!!】
決行は金曜日にきまった。怪我をしても次の日は土曜日。病院にかかることもできない。
「山本さん」
「なに?」
金曜日の放課後、帰ろうとする山本を制した女性は思いっきり彼女の頬をひっぱたいた。
突然の事でよろめく彼女を、追い打ちをかけるように別の男子生徒が殴る。
教室の中にいるのは応援の会のメンバーだけだ。何があっても口裏を合わせられるように周りを固める。
「いい加減に覚君と茜ちゃんの邪魔するのをやめなさいよ!このブス!!」
「そうだそうだ!!」
「あなたには後でちゃんと柏君あてがってあげるんだから、それで満足しなさい」
「覚の奴も可愛そうだよなぁ、こんなブスに付きまとわれて!!」
「ほんとほんと、迷惑極まりないわ!!」
「……言いたいことはそれだけ?」
エマは立ち上がった。頬は赤くはれているがその眼には光が宿っていた。
その様子に彼らはひるむ。しかしそこで引くという選択肢はなかった。
「生意気なんだよ!!」
ある男子生徒が取り出したのはバットだった。流石にそれで殴られればエマはただじゃすまない。
エマは一瞬だけ顔をしかめるがその場から逃げなかった。
バットを腹部に向かって男子生徒がフルスイングした瞬間。
「何やってんだよ」
全ての動きが止まった。
教室の扉を乱暴に開けて、覚が入っていた。
「(なんで覚君がここに?)」
「(他の奴らが帰らせたんじゃないのか?!)」
思わぬ人物の登場に応援の会のメンバーたちの動きが止まる。
覚はずかずかと入ってきて、エマの顔を見た後思いっきり抱きしめた。
「ごめんな。エマ……俺のせいで」
「気にしないで」
「いやだ」
「さ、覚君!!早く茜ちゃんのお見舞い言った方がいいよ!?」
「はぁ?」
「いや、だって。覚君の彼女は茜「俺の彼女はエマだけだ」
「なんで?!覚君には茜ちゃんの方がお似合いじゃん!!」
「…………はぁ?」
覚の顔が不愉快そうに歪む。その意図も組めずに彼らは好き勝手に言い始めた。
「いや、だって茜ちゃんと覚君は美男美女カップルだし。そっちの方が釣り合っているよ」
「そうそう。皆祝福してたしー」
「山本さんは。ほら、地味だし顔もさ……覚君には似合わないよ」
「うんうん。山本さんは柏君とお付き合いした方がイイってみんな思ってるんだよ?」
「覚君!みんなの、茜ちゃんの気持ち受け取―――――」
覚は近くにおいてあった椅子を持ち上げて黒板にぶん投げる。
バン!!と大きな音を立てて椅子が黒板にぶち当たり、落ちた。
その音と衝撃に彼らは固まる。
「本気で、言ってんのか?」
「なんで勝手にお前らにカップルにされなきゃいけねぇんだよ」
「美男美女でお似合い?釣り合う?俺達はお前らの娯楽の為に恋人作ってるんじゃねぇよ」
「ふざけんな!!俺が世界で一番愛してるのはエマだけだ!!」
「もういいよ、この人たちに何言っても無駄だから」
エマの冷静な言葉に覚は唇をかみしめる。そして射殺さんばかりに周囲を睨みつけていた。
逆に、先ほどまで暴力を振るわれていて、更に殺されるかもしれなかったというのにエマはあまりにも冷静だった。
彼女は深い溜息を吐いて彼らを見回す。
「何週間も私達尾行して、作戦練って。私と覚を分断して。
その間に茜と覚を引き合わせてたみたいだけど」
「……まさか、知ってたの?」
「知ってた。だって」
エマは通話アプリを起動させてあるトークルームを映し出した。
それは応援の会のトークルームだった。
「私、最初から入っていたから」
「!!」
「普通に考えてさ、こんな馬鹿な事密告されるって思わなかったの?」
エマが名乗っていたのは実在する生徒の名前だ。このトークルームに潜入するにあたり名前を借りたのだ。
その生徒は真っ青な顔でしきりに謝っていたのをエマは思い出す。
彼女は何とかして暴走を止めようとしていたが、何ともならなかった。
「というか、そもそも私と覚が付き合ってること。ちゃんと確認した?」
「え?」
「私達が付き合ってることは内緒になっていたんだけど。もし私が覚の彼女じゃなかったらどうするの?」
「でも、教室でお喋りしてたし……」
「まさか、それだけで俺とエマが付き合ってるって思ったのか?」
覚の言葉に全員沈黙する。エマはもう一度深い溜息を吐いた。
教室でお喋りなど、普通の友人関係でもするのではないだろうか。
「ねぇ、もしも私と覚君がつきあってなかったとして……。いえ付き合ってたとしても……。
あなた達のやってことってただのいじめなんだけど、そこらへんわかってる?」
いじめ、の言葉にメンバー達は色めき立つ。いじめじゃないと口々にわめきたてるがうんざりした様子で覚は目を細めた。
「いじめだよ。エマに陰口たたいて俺にエマの悪口吹き込んでいたよな?
エマの荷物に落書きしたり、本破って投げ出して。あれがいじめじゃないならなんだよ。
さっきだってバット持ってエマにあてようとしてたよな。どこにあてるつもりだったんだよ」
「……でも、でも!!私達。茜ちゃんの恋を応援しようと」
「そうだよ。茜ちゃんの好きな人は覚君だよ?山本さん譲ってあげなよ」
「茜が好きな人、覚じゃないけど」
さらりと言ったエマの言葉に今度こそ教室内は固まった。
誰かが茜に確認したの?と声を上げ、誰も答えることが出来なかった。
「譲るも何も。仮に私が茜に覚を譲ったとして……。
そうなると茜は美人なのを武器にして恋人がいる男に手を出す女で、覚は彼女がいるのに美人ってだけで他の女に手を出す男。
そういう評価になるんだけど。もしかしてあなたたち一周回って茜と覚を馬鹿にしていることになんでわからないの?」
「なんでそういう解釈するの?!そういう悪い方に解釈しないでよ」
「そうよ、茜ちゃんと覚君のカップルは純愛なんだから!皆そんな目で見ないわ!!」
「お前ら。頭おかしすぎるだろ……」
「まぁ、頭おかしいからこういうこと出来ちゃうんでしょ」
二人がこぼした言葉は聞こえなかったのか、周囲はざわざわと色めき立ったままだ。
「つまり、お前ら勝手に茜の好きな人が俺だと思い込んでたってわけか」
「でも。茜ちゃんが恋するんだよ?覚君以外にいないよ」
「いるよ。そいつはすっげー優しくて、いつも笑みを絶やさねぇ男だ」
覚はそういうと、エマの手を引いて教室を出ていく。その手前でエマは振り返った。
「ねぇ、なんで私と覚が恋人なの隠していたか。わかる?」
エマの言葉に誰も答えない。
「こうなるって事が予想してたから」
「ねぇ。あなた達にわかる?恋人だとバレた瞬間に周りから彼にふさわしくないって言われることが。
私は劣っているから何してもいい、馬鹿にしていい存在だと舐め切った態度で暴言はかれることの辛さが。
顔で判断されて、大切なもの踏みにじられることの痛みを抱えていかないといけないことが。
もしかして、ブスなんだからそんなことされるの当然なの?そんなにあなた達は偉いの?」
誰も答えない。
「エマ、行こう。こんな奴らにお前の言葉は通じない」
「そうね。無駄だったわ」
その後。
応援の会にいた生徒たち全員が両親を伴って学校に呼び出された。
その一人一人に校長、教頭、2年の担当教師全員が説明を行う。
そして、その悪質さから全員停学処分が言い渡された。
部活動に入っていた生徒は強制的に退部になり、あらゆる推薦からも対象外となった。
勿論内申も考慮され、進学も狭まるだろう。
追い打ちをかけるように、エマと覚、茜の両親が雇った弁護士から内容証明が送られた。
内容はいじめに関する名誉棄損とエマに対する暴力行為に伴った精神的苦痛に関する慰謝料。
ご丁寧に証拠(音声や映像の入った記録媒体)も同日に郵送されたため、それをみた各ご家庭がどんな修羅場を迎えたかまではわからない。
そうして、一連の出来事が全て終わり。
「エマちゃん、今回は本当にごめん」
「いいよ。茜が悪いんじゃないから」
喫茶店トネリコには4人の男女が窓際の席に座っていた。
茜は頭を下げる、エマとはずっと相談していて、一週間休む前にも相談していた。
まさかそれを見られてエマに暴力が振るわれるとは思わなかったが、エマとしてはそれで決着がついたのでよしとしている。
「山本さん、神野、ごめんな。俺がもっときちんと気を配っていれば」
「お前のせいじゃないだろ、正。というかお前が頑張って証拠集めてくれたおかげですんなりいったんだ」
正義は今回、証拠集めに奔走していた。
レコーダーを忍ばせたり、スマホのカメラで隠れながら撮影したりとしてくれたのだ。
そのかいあって殆どの家族は慰謝料を払う方針らしいと両親から聞いている。
それにしても……と正義は覚の隣にいるエマの方に顔を向ける。
「山本さんって、学校と今じゃ全然違うんだね」
エマは化粧を施しているだけなのだが、正義から見たら別人にも見える。
前に覚と映画館に行ったときは化粧をあまりせずに行ったために顔が割れたが、現在は誰が見てもわからないだろう。
「学校は化粧禁止だからね」
「俺はどっちの顔のエマも好きだけどな」
「……そっか」
ケーキを食べているエマの肩をさりげなくつかんで覚は笑っている。
ところで、とエマはついっと視線を茜と正義に移した。
「二人とも、恋人になったの?」
エマの言葉に二人はそろって赤面する。
「と、とりあえずお友達から始めようってことになったの」
「うん。まだほら、俺達お互いあんまり知らないから……」
そう、茜の好きな人とは正義の事だった。
出会いは茜が放課後貧血で階段でうずくまっていた所を正義が発見した時だった。
『大丈夫?保健室いける?』
喋ることも出来ず、首を横に振る彼女に正義は困った表情をして。
『もしかして、俺には言えない感じの体調不良かな?』
頷くと、正義は保健の先生を呼んで茜は先生によって家に送られた。
その時の礼をしにいったときに正義はよかったと笑っていた。
今回の恋人騒動になって茜が休んだ時もエマと一緒にお見舞いに来てくれた。
『大丈夫?その……あいつらがちょっとおかしいだけで、平野さんは悪くないよ』
そう言ってくれたことが本当に嬉しかった。
なので学校に復帰したその日に告白したのだ。
正義は茜を励ましたり助けたことは、同級生として当然の事だと思っている。彼女の顔を見ても他の人たちと違って騒いだりしない。
それが、自分の顔のせいで持ち上げられたり振り回されてきた茜には新鮮な反応だった。
茜の気持ちは、覚も痛いほどわかっている。
エマも正義も貴重な人間なのだ。だから、今回のような事になるのは死んでも避けたかった。
「二人はこれからどうするの?」
「映画。この間は見れなかったし」
「特典はもらえたからよかったけど、本編見れてないからな」
覚は大きなカバンを持っている、表面が透明で様々なグッズを飾れる痛バッグだ。
勿論エマの物じゃなくて覚の物なのだが、前は持ってこれなかった。
万が一、これがエマのだと思われてグッズを傷つけられようものなら、覚の方が学校を停学になっていたかもしれない。
エマは立ち上がって正義の方を向いた。学校では見たこともないような優しい笑みを浮かべている。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「ありがとう、親父に伝えとく」
そういって二人が喫茶店を去った後、正義は皿を片付け始めた。
「正義君、これからどうする?」
「うーん……お菓子の研究したいから、ちょっと散歩に行かない?」
「散歩?」
「行く道に美味しい焼き菓子屋さんがあるから。それを買いに行こう」
正義の提案に茜は嬉しそうに微笑む。
こうして、二つの恋は守られたのだった。
何人もの焼死体を積み上げて。
人物紹介
山本エマ
文学少女。実は喋り方は覚の推しキャラの口調を日常でも使えるようにマネたもの。
何だかんだで覚の事は好きなので、彼の趣味に付き合っている。
神野覚
面のいいガチオタ。エマに惚れた理由は声が推しに似ているというあんまりなもの。
とはいえ、自分の趣味にある程度理解と距離を置いている彼女の事を心の底から愛している。
平野茜
蚊帳の外にされた上にその内側でとんでもない事をされていた美少女。
上記の二人とは中学生からの付き合い。正義の好きな所は目。
柏正義
三度の飯とスイーツ大好きな研究科にして職人。
今回の騒動で色んないらんことを知ったものの、取りあえず棚に上げて茜を付き合い始めた。