第7話 賑やかな生徒会
翌日の放課後。
俺は、生徒会室の前で足を止めていた。
――いや、止まっているというより、立ち往生していたと言った方が正確かもしれない。
ドアの向こうからは楽しげな笑い声が漏れてくる。
この空気感の中に、俺がズカズカと入っていっていいものなのか。考えるまでもなく、場違い感がすごい。
……帰ろうかな。
そんな逃げ腰な思考が脳内を支配しかけた、そのときだった。
「何してるの?」
背後から、静かだけど芯のある声がかかった。
振り返ると、そこには案の定、旭野が立っていた。
「あ、いや……ちょっと……」
「早く入りなさい」
彼女は躊躇なくドアを開けると、ツカツカと中へ入っていく。
その背中に引っ張られるように、俺も重い足を踏み出した。
「アサちゃんだ~!」
入室早々、テンション高めな声が飛んできた。
「……鴨川さん、その呼び方やめてって言ったよね?」
「ええ~、いいじゃん。可愛いし!」
「そういう問題じゃないのよ……」
旭野は眉間を押さえてため息。
生徒会室には、どこかほんわかした空気が流れていた――のも、束の間。
「えっ、その後ろの人……ま、まさか……か、彼氏っ!?」
鴨川と呼ばれた女生徒が、まるで幽霊でも見たかのように俺を指さしてきた。
いやいやいや、どこをどう見たらそうなる!?
「そんなわけないでしょ」
旭野は即座に、特に驚きもせず否定した。
そりゃそうだ。
「じゃあ、彼は……」
鴨川がまだ半信半疑といった顔で、俺をじっと見つめてくる。
と、そのとき――
「青木くんだよね~? 九条先生から聞いてるよ~~」
どこか間延びした、ふわふわした声が教室に響く。
声の主を探して視線を巡らせると――いた。
机に突っ伏したまま、顔だけこちらに向けてる人物がひとり。
「災難だね~、あの人、意外と面倒だからさ~」
眠そうにまぶたを半開きにしながら、のろのろと口を動かすその姿に、こっちまで眠気が伝染しそうになる。
「会長、だから生徒会室で寝るのは禁止って何度言えば――」
「えぇ~、アサちゃん厳しい~」
旭野に半ば強引に引き起こされるその人物。
――この人、生徒会長……? マジで?
頭の中でツッコミが止まらない。
やっていけるのか、この人で。
「それで、その…」
鴨川がさらに戸惑った様子で、俺と会長を交互に見比べる。
会長――らしき人はあくび混じりに目をこすりながら、ようやく口を開く。
「彼はね~、九条先生の独断と偏見で派遣された――生徒会臨時雑用係~」
「雑用係って……そんなポストあるの?」
「昨日ね、防犯週間の件で相談しに行ったの。そしたら案の定、押しつけられたのよ」
旭野が肩をすくめながら説明を補足する。
「はは……九条先生、たまに思いもよらないことするからな~」
鴨川が苦笑しながら呟くと、今度は三人そろって、じっと俺に視線を向けてくる。
――あ、これ自己紹介しろって空気だな。
「えーっと、青木春人です。一年C組。なんか、よく分からないうちに巻き込まれましたが……よろしくお願いします」
なるべく丁寧に、でも緊張しすぎないように挨拶してみた……つもりだったのだが――
「ハイハイッ!!」
唐突に勢いよく手を上げたのは、鴨川だった。
「私は生徒会書記の、鴨川六花! 二年C組だよっ!」
……元気がいいにも程がある。挙手制でもないのに。
ぱっと見、明るく快活なムードメーカー。
そして、もう一つ――なんというか、発育がいい。
「んで、ぼくが生徒会長の東雲朔~。三年~。よろしくねぇ~」
ソファに沈みかけながら、東雲会長がのらりくらりと手を振ってくる。
――生徒会って、もっと堅苦しいところだと思ってたんだけどな。
……大丈夫か、俺のこれから。
「それで私が生徒会副会長の旭野旭。二年生」
この人、副会長だったのか。
いや、イメージ通りだ。
「あとは~、彼だけなんだけど~」
どうやら、もう一人メンバーがいるらしい。
彼というくらいだから男だろう。
この環境で男一人とは羨ましい。
「アイツまだ来てないんですか?」
「そうなのアサちゃん!昨日、あんなに来るように言ったのに!」
なにやら旭野と鴨川が憤慨している。
「もうさ~、迎えに行ってあげたら~? 彼も喜ぶよ~、きっと~」
「それもそうですね。ちょっと行ってきます」
「あっ、ちょっと! 私も行く!」
そういいながら二人足早に生徒会室を出ていった。
別に一人で行けばいいのでは。そんな事を考えていると。
「ふふ、あの二人は面白いね~。恋は人を盲目にするとは言うけどさ~~」
「恋ですか?」
「そうそう、君は経験あるかな~」
「いや、特には」
「そっか~」
東雲会長はニコニコとした表情で俺の方を見つめてくる。
なんだろう。
この人と喋っているとどこか見透かされているような。探られているような。
ほんわかとした空気の節々にどこか鋭い気配を感じる、気がする....
「青木君さ~、なんでここにきたのかな~」
「なんでって、九条先生に言われて....」
「それはそうなんだけどね~、ここに来る人って何かの問題を抱えてる人なんだよね~」
「問題?」
「そ~、まあ、私が役員選ぶの面倒で九条先生に相談したのが始まりなんだけどね~」
「はあ」
「それ以来、九条先生は問題児ばかり私によこすの~。ちなみに、さっきの子達には明確に問題があるんだけど~、分かる~」
「さ、さあ。三角関係とかですか」
「お~、的確だね~」
東雲会長は満足そうにうんうんと頷く。
「でさ~、青木くんは――なんでここに来たのかな~?」
東雲会長が、相変わらずの間延びした口調で問いかけてくる。
「え、だからそれ……言いましたよね。九条先生に言われて、無理やりっていうか……」
「うんうん、それは分かってるよ~。でもさ~……」
ふわりとした声音のまま、東雲会長の目がわずかに細められた。
「君が、なにか“問題”を抱えてるようには――全然、見えないんだよね~」
「いやいや、俺だって別に問題あるとは思ってないですし。ただの高校一年ですから。普通ですよ、普通」
自分で言ってて、ちょっとだけ胸がチクリとしたのは気のせいじゃない。
「でもね、ここ――生徒会に来る“普通の子”なんていないの。それがこの場所の面白いとこなんだよね~」
さらりとそんなことを言いながら、東雲会長は空気のような笑みを浮かべる。
「先生もね、君のこと、なんか困ってたんだよ~。“どうにも掴みきれない”って顔してた」
「人を得体の知れないものみたいに言われる筋合いないんですけど……」
さすがにちょっとムッとする。
けれど、そんな反応さえも東雲会長のペースのうちだったのかもしれない。
「違う違う。そういう意味じゃなくてさ~……」
そこで東雲会長の目が――ゆるやかに、けれど確かに、細められていた線から少しだけ開いた。
その目には、さっきまでの眠たげな雰囲気とは違う、冷めたような、研ぎ澄まされた光が宿っている。
「――君のこと、ちょっと“つまらないな~”って思ったの」
なん、だと...
俺は呆然としていた。
ズタボロにされた、とはまさにこのことだろう。
ここまで初対面の人間にグサグサ刺された経験が、かつてあっただろうか……いや、絶対にない。しかも笑顔で、柔らかく。なのに心にはっきり爪痕を残していった。
別に自分を面白いとは微塵も思ってないけど....
てか、面白かったら今頃友達が出来ているだろうけど....
その言い草はないでしょうーー
気づけば俺の膝が折れていた。ストンと、後ろのソファーにへたり込む。
「ちょ、ちょっとぉ〜!? どうしたの〜!?」
東雲会長が机から身を起こし、慌てたように手をバタつかせて駆け寄ってくる。
「すみません……つまらなくて……」
心からの謝罪だ。冗談抜きで、自己肯定感がマリアナ海溝に到達しかけている。
「あ〜〜〜っ! ごめんってば〜! そ、そんなに本気で落ち込むとは思わなくてぇ〜〜〜!?」
東雲会長は両手で自分の頬をぺちぺち叩きながら、あわあわと俺の周囲を右往左往する。
「ち、違うのよ〜、君が来てくれるの、すっごくありがたいのよ? ほんとよ〜? 手伝ってくれるだけで、我ら生徒会としては大・歓・迎っ!」
焦ったように訴えるその様子は、どこか犬っぽい。 ポメラニアン系の。
……と、そこへ。
バンッ、と生徒会室のドアが再び勢いよく開かれた。
「あ、会長!連れてきたよ!」
元気いっぱいの声が響く。鴨川だ。
「い、いたたた……鴨川、ちょっと! 引っ張るなって! 俺、歩けるから、普通に!」
その隣には、ぐいぐいと腕を引かれている男子生徒がいた。
癖のある茶髪に、ちょっと鋭めの目元。どこかチャラそうな雰囲気をまとっているが、実際にはやけに生真面目そうな声色だった。
「ほら、早く挨拶して! 新しい仲間なんだから!」
「……はいはい。わかったって。そんなに急かすなよ……」
鴨川に背中を押されながら、そいつは俺の前までやってきて、無精ながらも頭を下げた。
「えーっと、俺、金目新。二年B組で、生徒会の会計やってる」
淡々とした自己紹介。が、その目が一瞬だけ俺を捉えると、何か言いたげに少し眉をひそめた。
「……お前、妙に空気が沈んでるけど、なにかあったのか?」
「だ、大丈夫です。ただちょっと、“つまらない”って言われただけで....」
「東雲会長に?」
「はい」
「ああ〜……なるほどな」
金目先輩は妙に納得したようにうなずき、ぼそっと呟いた。
「……あの人、たまに刺すようなこと平気で言うからな。まあ、悪気はないんだけど」
「ご、ごめんね〜〜、ほんとに〜。もうちょっとオブラートに包むように努力するから〜〜〜!」
目尻に涙を浮かべながら、まるで犬耳をぴこぴこさせそうな勢いで謝ってくる会長。
「……もう、大丈夫です」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
――俺、本当にここでやっていけるんだろうか。