第3話 ヒーローのいない街
館山さんが到着して、しばらく時間が経った。
俺は近くの公園で、ブランコに揺られながらスマホゲーをぽちぽち。
とはいえ、さすがに飽きてきた。ストーリーはほとんどクリア済みで、やることといえば周回くらいしか残っていない。
淡々と同じ作業を繰り返すのは、地味に疲れる。
怪人退治の後はだいたいこんな感じになる。
館山さんと軽く情報交換をしたら、俺は近場で待機。
その後、続々とやってくる警察官を横目に、時間を潰すだけだ。
(お、レアドロップ……)
思わず小さくニヤけた瞬間、目の前に缶コーヒーが突き出された。
気になってスマホから目を離すと、館山さんが立っていた。
「遅くなった。ほれ」
そう言いながら、缶コーヒーを軽く揺らして促してくる。
俺はそれを受け取り、プルタブを開けて一口。
「……薄い」
「缶コーヒーだぞ? そこまで期待するなって」
「せっかくもらえるなら、もっと苦いやつがよかったな」
「贅沢言うな。取り上げるぞ」
そう言いながら、自分用の缶コーヒーをポケットから取り出し、同じように一口飲む館山さん。
「それで、何かわかった?」
「いつも通り。怪人は灰になってるし、手がかりはほとんどなし。ただ、今回は保護した子がいるから、そっちから話を聞けるかもな」
「ああ、若菜って呼ばれてた子?」
「ほう、あの子、若菜っていうのか」
「知らなかったの?」
「身分証らしきものは持ってなかったしな。ただ、制服が並木中学のものだったから、最近出された行方不明届と関係あるかもしれないとは思ってた。ま、詳しくはこれから調べる」
「ふーん……」
たしかに、見た目だけじゃ少女の名前なんて分かるわけがない。
あの怪人が勝手に付けた名前、って可能性もあるわけで。
そういえば――
「ねえ、館山さん。もしかしてだけど、今回って行方不明者が多い?」
「……どうしてそう思う?」
「あの怪人、“最近のお気に入り”って言ってたからさ。あの子以外にもいたのかなって」
館山さんはしばらく黙ったまま、ぐいっと缶コーヒーをあおる。
「春人、飯行くか。まだ食ってないだろ?」
話題を逸らすようなその一言。
「飯? まだだけど、行方不明者の話は――」
「まあまあ、急ぐな。飯食いながらでも話せるだろ?」
「……まあ」
「さっき、移動屋台のラーメン屋見かけたんだ。ああいうのが意外とうまいんだよ」
「おごりっすよね?」
「金額による」
そこは男らしく“なんでも”って言ってくれよ。
◇
ラーメン屋までは、そこそこ歩いた。
二十分は自転車を押して移動しただろうか。
でも、その価値はあった。
「うま……」
「な? 俺の見立て、間違ってなかったろ」
館山さんは麺を豪快にすすっていた。
悔しいけど、確かにこれはアタリだ。通いたくなる。
俺がラーメンに舌鼓を打っていると、館山さんはタバコを取り出し、火をつけた。どうやら食べ終わったらしい。
「お前、高校生になったんだよな。学校はどうだ? 楽しいか?」
「……急になに。まあ、ぼちぼち?」
「ぼちぼちってことは、友達くらいはできただろ」
……その一言が、今の俺にはやけに刺さった。
「……」
「まさか、ボッチか?」
「別にいいだろ。友達なんかいなくても、高校生活は送れるし」
「まあ、送れるには送れるけどな。今どき流行らんぞ、そんなもん」
「好きでやってるわけじゃないっての……」
「じゃあ、どうして?」
タバコの煙をふーっと吐きながら、館山さんが問いかけてくる。
「……休み時間は眠くて寝てたし、放課後は怪人のことで手一杯だったし。それで……」
「誰とも話さなかったわけか」
「いや、まったくじゃないよ。隣の席の子とは世間話くらいはするし」
「それ、社交辞令ってやつだぞ」
……マジか。
確かに会話は長続きしないし、よそよそしかったけど――ショックだな。
「なあ春人、お前は何で……怪人退治を続けてる?」
「前にも言っただろ、“責任”だよ」
館山さんは煙草を灰皿に押しつけながら、真剣な目で言った。
「光太郎さんの件は……お前のせいじゃない」
その言葉、何度聞いたかわからない。
でも、俺はこの話があまり好きじゃない。
あの日のことを思い出すだけで、胸が重くなる。
「……俺が、あの人を殺した」
呟くように言った言葉に、館山さんの表情がわずかに曇る。
「違う。あれは仕方なかった」
「仕方ないで済むなら、こんなに苦しまないよ」
俺は、かつてこの街を守っていた“ヒーロー”を、その手で――
「春人、お前はもう……十分やってきた」
「でも、まだ守れてない。今回だって……行方不明者、沢山いるんでしょ?」
その言葉に、館山さんは静かに視線を落とし、呟いた。
「二ヶ月で七人だ。学生ばかり。まだ怪人の仕業と決まったわけじゃないが……十中八九、黒だろうな」
「叔父さんなら、こんなに被害は出さなかった」
つぶやいた声は、自分でも驚くほど小さかった。
器の中、伸びきった麺を箸でなぞる。食欲は、もうなかった。
「光太郎さんのことを悪く言うつもりはないがな」
館山さんはそう前置きして、煙草の火を指先で弾く。
「お前、あの人を理想にしすぎてるんじゃないか?」
「そうかも。でも、あの人は俺の中で……ヒーローだったから」
「……そうだな」
店先に吹く風が、のれんをふわりと揺らす。
「春人、ヒーローってのはな、誰かの理想になった時点で、息が詰まる生き物だよ」
「……どういう意味です?」
「無理すんなってことだ。お前はまだ、十五だろ」
俺は何も言えず、スープの中に沈んだチャーシューをただ見つめていた。
それが、やけに小さく見えた。