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怪人に青春は出来ない!  作者: タケノコ
序章 怪人のいる街
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第2話 廃アパートの戦い

 ヤナギの爺さんと別れ、辿り着いたのは町外れの、今にも崩れそうな廃アパートだった。

 ひび割れた外壁、伸び放題の雑草、窓は割れ、錆びた鉄柵が風に揺れてキーキーと音を立てる。誰が見ても「危ない」と即答しそうな廃墟だ。


 ──ここか。


 確かに、かすかだが怪人の気配が漂っている。だが、妙に曖昧で引っかかる。


 「……ハズレ、か?」


 小さく呟いたそのときだった。アパートの裏手から、カサリと物音がした。

 警戒しながら裏へと回ると——


 「……っ」


 そこには、一人の少女が佇んでいた。

 中学生くらいだろうか。破れた制服を着ていて、見覚えがある気もする。だが、何より目を引くのは、その表情だった。

 虚ろな目。まるで魂が抜け落ちてしまったかのように、生気がまるで感じられない。


 「……あの~」


 恐る恐る声をかけるも、無反応。

 おかしい——明らかに普通じゃない。


 「おーい!」


 もう一度、今度は少し強めに声をかける。

 ようやく反応した。だが少女は、焦点の合わない瞳でこちらをぼんやりと見つめてくるだけ。意識がどこか遠くに行ってしまっているようだ。

 そのまま、少女はゆっくりと、俺に向かって歩み寄ってきた。


 距離が詰まり、目の前にまで来たとき——


 ピタリ、と足を止める。


 「……あの、大丈夫?」


 さらに声をかけた、その瞬間。


 「——っ!?」


 少女が、口から何かを吹きかけてきた!


 「うわっぷ!」


 反応が間に合わず、まともにそれを浴びてしまう。


 「ぺっ、ぺっ!なんだこれ!?」


 顔にべったりとついたそれは、ぬるりとした緑色の粘液だった。だが、それを拭った途端——


 「っぐ……!」


 ビリビリと電撃のような痺れが全身を駆け抜け、思わず膝をつく。

 強力な毒。いずれにせよ、これまでにない強烈な感覚。


 そのときだった。


 ゾクリ。


 肌を撫でるような悪寒が背後から忍び寄ってくる。これは——最近感じていた眷属どもとは違う。もっと強く、もっと邪悪な、凝縮された“怪人の気配”。


 どうにかして首を回すと、そこには——


 「……っ!」


 赤いロングコートを羽織った女が立っていた。

 そしてその周囲には、まるで蜘蛛を巨大化させたような異形の化物たちが、うごめいていた——。


 「よくやったわ、若菜ちゃん」


 女がゆっくりと歩を進める。その足取りは堂々としていて、どこか優雅さすら感じさせた。


 「運が悪かったわね、坊や。私の毒、効いたでしょ?」


 にやりと唇を吊り上げながら、女は俺の横を通り過ぎ、さっきの少女の頬に優しく触れる。その仕草には、母親のような慈しみがあった——気味が悪いほどに。


 「ねえ、この子、可愛いと思わない? 整った顔立ちに、つややかな黒髪……最近のお気に入りなの」


 女の背中が不気味に蠢いたかと思うと、赤いコートを裂いて、そこから4本の巨大な蜘蛛の脚が生え出した。


「——ッ!」


 その姿は、まぎれもなく“蜘蛛怪人”。


 「さて。若い男の肉なんて久々ね。うちの子たちも、お腹を空かせてるみたいだし……いただくとしましょうか」


 蜘蛛怪人の言葉と同時に、周囲の蜘蛛たちがギィギィと甲高い鳴き声を上げながら、俺を取り囲んでいく。そして次の瞬間、一斉に粘糸を吐きかけてきた——!


 だが、その攻撃は掠りもしなかった。


 「っ……なぜ動けるの!?」


 蜘蛛怪人が驚愕の声を上げる。


 「痺れたさ。でも、毒にはちょっと耐性があってね」


 静かに立ち上がりながら言い放つ。


 「何なの……あなたは」


 蜘蛛怪人の目が険しく細められる。

 俺は拳に力を込めた。

 体の奥で何かが蠢く感覚。そして、あの感覚が全身に駆け巡る——。

 次の瞬間、俺の体は“変化“を遂げていた。

 漆黒の外骨格が体を覆い、光を反射しない艶のない素材が不気味に沈黙する。顔は昆虫のような、有機的な曲線を描いた異形のデザイン。その中に、赤く冷たい眼光が浮かび上がる。


 「——怪人だよ」


 低く、冷えた声が口を突いて出る。


 「貴様ぁッ!」


 蜘蛛怪人が怒りを爆発させ、闇に紛れて跳躍。鋭い爪を振り下ろしてくる。


 だが——遅い。


 俺は紙一重でそれを回避し、即座に反撃。蹴りが蜘蛛怪人の胴を捉えた。


 「ぐぅっ!」


 苦鳴を上げながらも、蜘蛛怪人は不敵に笑う。そして——


 口を開き、毒液を噴射してきた。紫色に輝くその液体は明らかに尋常な代物ではない。

 俺は身をひねって回避するが背後のブロック壁が触れた瞬間、音もなく焼け爛れていくのが見えた。


 「……危険すぎるな」


 そして次の瞬間、俺の体が弾丸のように前方へ飛んだ。

 低く地を蹴り、加速した勢いのまま、蜘蛛怪人の懐へと飛び込む——!


 「はっ!!」


 全力の拳が女の顎をとらえ、鋭い衝撃音が空気を震わせた。


 「ぐっ……ぐぅぅぅ……!」


 蜘蛛怪人は呻きながらも立ち上がり、全身の糸を操って再びおれを捕らえようとする。だが、その動きは既に見切っていた。


 「これで……終わらせる!」


 右足に力が集中し、稲妻のような衝撃が地面を駆け抜ける。必殺の一撃が蜘蛛怪人を貫こうとした——その瞬間だった。


 「なっ!?」


 何かが飛び出してきて、おれの攻撃を逸らした。その“何か”は、蜘蛛怪人の前に立ちはだかっていた。


 「おまえ……」


 それは、あの少女——若菜だった。


 「うふふ……若菜ちゃん、ありがとうね」


 蜘蛛怪人が、まるで慈母のような笑みを浮かべながら若菜を抱きしめ、その黒髪を撫でる。


 「この子、まだ生きてるの。身体は少し改造しちゃったけど、ちゃんと人間よ? さぁ、あなたに殺せるかしら?」


 「くっ……!」


 俺は歯を食いしばり、包囲していた蜘蛛の眷属たちを蹴散らしながら後退。距離を取り、状況を見定める。

 蜘蛛怪人は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


 「怪人狩りがいるとは聞いていたけれど……まさか、こんな子供だったなんて」


 赤い唇が、わずかにほころぶ。嘲るようでいて、どこか寂しげな色が滲んでいた。


 「ヒーローごっこのつもり? それとも、自分が“正義”だとでも?」


 「……何が言いたい」


 「せっかく与えられた力を、そんな無意味なことに浪費するなんて」


 言葉に棘はある。だが、侮蔑だけじゃない。そこに滲んでいたのは、どこか——同情めいた色。


 「……無意味、ね」


 「ええ。だって、獲物に同情なんてしないもの。でも……」


 女はそっと若菜の頬に手を添えた。その仕草には、母が子に触れるような優しさが宿っていた。


 「この子は、特別なの」


 その瞳がふいに翳り、彼女は視線を落とす。ゆっくりと腹部に手を当てるその手つきには、微かな震えがあった。


 「……あなたには分からないわ。男だもの」


 俺はしばし黙ったあと、短く息を吐いた。


 「……同情はするよ。でも俺には、責任がある」


 「責任?」


 「……この街を守る。その責任がある」


 蜘蛛怪人の顔に、ゆっくりと笑みが戻る。


 「ふふっ……やっぱり。正真正銘の、救いようのない馬鹿ね」


 その言葉が落ちたと同時に、空気がぴんと張り詰めた。


 ギィィィィ……


 蜘蛛たちが一斉に不気味な声を上げ、地を這うように震えだす。

 蜘蛛怪人の背後に広がる暗闇が、さらに濃く、禍々しい気配を帯びていった――。


 「悔しいけど、あなたが強いのは認めるわ。今の私じゃ勝てない。だから今日は退くことにする。もっと強くなってから、殺してあげる」


 蜘蛛たちが再び俺を取り囲む。


 「また会いましょう、坊や」


 そう言って蜘蛛怪人は若菜を抱きかかえたまま跳躍。夜の闇へと消えていく。


 ——今しかない。


 背中へと意識を集中すると、闇の中にじわりと形を成していた“それ”が、音もなく浮かび上がる。

 黒光りする刃——鋭く湾曲したその形状は、夜を切り裂くために生まれたかのようだった。


 「……行けっ!」


 刃をもぎ取り、全身の力を解き放つ。

 まるで意志を持つように、刃は空を裂いて疾駆した。


 夜風に引き裂かれたような悲鳴。

 その直後、俺は跳躍して、落ちてくる少女――若菜を素早くキャッチした。


 「っ……!」


 冷たい。まるで血の気が通っていないかのように若菜の身体は氷のようだった。


 「おい、大丈夫か……!?」


 呼びかけるも、彼女はぐったりとしたまま応答しない。


 だが――


 「……まだ、生きてる……!」


 胸元の僅かな上下が、彼女の命が消えていないことを教えてくれた。

 その瞬間、ドサッと重い音が近くで響いた。反射的にそちらを振り返ると、そこには蜘蛛怪人の首が転がっていた。

 その顔は、驚愕と恐怖の表情に引きつったまま、微かに動いていた。


 「あり……えない……わたしが……わた、しが……」


 その声を最後に、首はサラサラと黒い灰へと崩れていった。

 辺りを見渡すと、残っていた蜘蛛の眷属たちも次々と黒い灰に変わり風に舞って消えていく。


 ――勝った。

 

 アスファルトに膝をつく。息を吸うたび、胸の奥が痛む。

 あの一投が少しでもずれていたら、若菜を巻き込んでいたかもしれない。その事実が、背筋をひやりと撫でていく。


 「……さて」


 吹き溜まりのように積もった灰の中に手を差し入れると、何か硬いものが指に触れた。

 手のひらサイズのそれは不気味なほど冷たく、内部には蜘蛛の背に無数の小さな蜘蛛が群がる、いわゆる“子持ち蜘蛛”のような意匠が施されていた。

 俺はそれを無言で握り潰す。パキンと小気味良い音がして、カプセルが砕け、灰となって地に落ちた。

 そのまま尻もちをつき、空を仰ぐ。

 装甲のひび割れた隙間から、白い煙がゆっくりと立ち上る。やがて外骨格は剥がれ、俺はいつもの姿に戻っていた。


 「疲れた……」


 反動が、遅れて波のように押し寄せてくる。

 頭は痛いし、四肢は鉛のように重い。


 「ったく……無茶させやがって……」


 俺はポケットからスマートフォンを取り出すと、連絡先の一覧から一人の男の名前を選び、発信ボタンを押した。

 数回のコールの後、聞き慣れた声が耳に届く。


 『春人か? どうした?』


 「館山さん、蜘蛛怪人……倒しました」


 『……何? 見つからないって話じゃなかったのか?』


 「根気よく探したら、当たりを引いたってところですかね。廃アパートの裏で出くわしました」


 『そうか……怪我は?』


 「俺は、まあ無事ってことにしておきましょう。あと、一人……女の子を保護してます」


 『わかった。場所は?』


 「東地区の外れ、廃アパートです」


 『了解。すぐ向かう。そこを動くなよ』


 「了解です……」


 電話が切れる。

 再び辺りに静寂が戻った。


 俺が電話していた相手は――館山(たてやま)誠二(せいじ)。地元の並木警察署に勤める刑事であり、怪人と戦うようになってから、俺を陰ながら支えてくれている数少ない理解者の一人だ。


 さて、ここまで来るのに30分はかかるだろう。

 俺はふと手元のスマホを見て、適当なゲームアプリを起動する。


 ピコン、と効果音。ゆるいBGMが流れ始める。


 「……今のうちにレベル上げるか」


 アスファルトの上に座り込み、眠る若菜の様子を確認しながら、俺はゲームのステージを一つずつクリアしていった。

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