第1話 青春と怪人退治
高校生活とはなにか。
青木春人はここ最近、そればかりを考えている。
教室に並ぶ机と椅子、黒板に映るチョークの粉。制服の胸元を締めるネクタイと、朝のHRで響く教師のだるそうな声。そういったものの総称が“高校生活”だというのなら、それはただの形式に過ぎない。
本当に意味のある時間は、もっと別のところにあるはずだった。
それはきっと、青春と呼ばれるものだ。
青くて、痛くて、脆くて。だけど温かくて、何にも代えがたい日々。
過ぎ去ってからではもう二度と手に入らない、一瞬の煌めき。
笑い合ったり、ぶつかったり、誰かを想ったりしながら、胸の奥に残っていく記憶。
それこそが、高校生活の本質であり、失ってはならない時間だと、春人は思っていた。
だからこそ、無駄にはしたくなかった。
しかし現実は、その想いとは裏腹だった。
この『さくら並木高校』に入学して一か月。
最初の頃こそ、新しい学校生活に胸を躍らせていたが、ここ最近はすっかりその余裕がなくなっていた。
怪人の動きが活発になり始め、春人は退治や調査に追われる毎日。
いつの間にか、クラスの中で孤立していた。
昼休みは机に突っ伏して眠り、放課後には誰とも話さずにすぐ帰宅。
原因は分かりきっている。
それでも怪人退治を放り出すことはできなかった。
もはや不可抗力と言うしかない。
そんなこんなで、今日も春人は自転車で街を駆け回っていた。
さて、どうしたものか――。
そんな風に考えながらペダルを踏んでいると、不意にどこかから声が聞こえた。
「おーい、ハル坊!」
この呼び方をする人物なんて、あの人しかいない。
俺は自転車を止めて、振り返る。
案の定、公園の物陰から、片手をひらひら振っている男が見えた。
「ヤナギの爺さん?」
そう、そこにいたのは街で有名なホームレス、ヤナギの爺さん。
前に怪人に襲われていたところを助けたことがあって、それ以来、怪人絡みの情報をいろいろ教えてくれる“情報通”でもある。
「久しぶりじゃの〜、怪人探しか?」
「まあね。てことは、何か知ってる感じ?」
「知ってるも何も、ここらじゃ最近はサッパリ見とらんわ」
「マジか?」
「うむ。前の場所で仲間が襲われることが増えてのう。怪人の目撃情報が出てない、この辺りまでわざわざ逃げてきたんじゃよ」
「なるほどな。そりゃいつもの公園にいないわけだ」
「おやおや? もしや、儂を探してたのか?」
「まあね。いないから、てっきり死んだかと」
「ははっ! 儂の危機察知能力、ナメたらアカン。プロ中のプロじゃ!」
そう言ってヤナギの爺さんは、一升瓶から酒のような何かをゴクゴクとあおる。
たぶん、薄めた日本酒か、得体の知れないブレンド酒だ。
「で、さっきも言ったがの。ここらで怪人は見とらん。ハル坊、お前は何か感じとるのか?」
「うーん……この辺りから、なんとなく気配がするような……しないような?」
俺には怪人が発する“気配”みたいなものを感じ取る力がある。
その力で、これまで何体もの怪人を倒してきたんだけど……今回の相手はちょっと勝手が違う。
どうやら眷属を生み出すタイプらしく、街にうようよと眷属がいるせいで、常に怪人の気配が漂ってて本体の場所が特定できない。
「曖昧じゃな〜〜」
ヤナギの爺さんは肩をすくめて、突然青い台車を引き寄せると、地面に散らばった空き瓶やら段ボールやらを積み始めた。
「何してんの?」
「見りゃわかるじゃろ。避難準備じゃよ」
「怪人いないって言ってたろ?」
「バカ言うでない! ハル坊が来たってことは、それだけで危険度爆上がりなんじゃ。儂の危機察知センサーがフル稼働しとる。しばらく雲隠れするぞい」
どうやら、隣町の飲み仲間のところにでも逃げるつもりらしい。
朝から晩まで飲んだくれてる姿が、目に浮かぶな。
「できれば、早く戻ってきてくれよ。あの公園、爺さんがいないと落ち着かないからさ」
「それはハル坊次第じゃな」
荷物をまとめ終えたヤナギの爺さんは、スッと一点を指さした。
「この方向じゃ。先に廃アパートがある。もし怪人が潜んどるなら、きっとそこじゃろうな」
「助かる、ありがとな」
そう言って爺さんに手を振り、俺はそのまま自転車で廃アパートへと向かった。