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怪人に青春は出来ない!  作者: タケノコ
第1章 生徒会臨時雑用係
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第10話 刺激的な歓迎会

 さて、問題の土曜日になった。

 いつもなら家でゴロゴロしているか、あるいは怪人退治に街を駆けずり回っているか。

 そのどちらかなのだが……今日は違う。


 ――新入生歓迎会。


 こういうイベントに参加するのは初めてじゃない。

 けど、なんだかんだで随分とご無沙汰だった気がする。

 そのせいか、生徒会室で「面倒だ」とか「ダルい」とかグダグダ文句を言ってはいたが……内心では、ちょっと楽しみにしてたりする。


 何より、これは“友達を作る絶好の機会”でもある。

 このままぼっち生活を続けるのは、さすがに惨めすぎる。

 普段が殺伐としているだけに、せめて日常くらいは平穏を求めても罰は当たらないだろう。


 ――責任があるとはいえ。


 俺はポケットから携帯を取り出し、画面に表示された時間を確認する。


 時刻は十五時。


 歓迎会自体は十八時からだが、生徒会メンバーは設営の手伝いのため十六時に集合だ。

 少し早いけど、そろそろ家を出てもいい頃合いだろう。


 そう考えながら外出の準備をしていた、その時――


 ゾクリと背筋に悪寒が走った。


 この感覚……まさか。


 俺は大きくため息をつく。

 よりによって今なのか。

 久々に“奴ら”が現れたらしい。


 再び携帯を確認する。

 ……頑張れば、なんとか十八時の歓迎会には間に合うか。


 本当なら、先輩や九条先生に連絡を入れたいところなんだが――

 連絡先なんてものは交換していない。


 ……こんなことなら、恥を忍んで聞いとくべきだった。


 まあ、遅れたら謝り倒せばいいだろう。

 きっと許してくれる……はずだ。


 ――じゃなきゃ困る。


 俺はジャケットを羽織り、靴を履くと同時に家を飛び出した。



 体育館の裏手。

 ライターをカチリと弾き、タバコに火をつける。肺の奥へ煙を流し込み、ゆっくり吐き出すと――夜風に溶けていった。


 今年の歓迎会は、やけに盛況だ。

 開催時期がズレたのが良かったのか、それともゲストの顔ぶれか。とにかく、生徒会の連中は一人を除いて大人気らしい。


 まあ、鴨川や旭野は見ての通り美人だ。あんな子たちが入ってくれたのは奇跡みたいなもんだと、今さらながら感心している。


 ――とはいえ、最大の目玉はやはり東雲だろう。


 あの娘に至ってはファンクラブまで存在しているのだから。教師として何度も解散命令を出したが、名前を変えては復活するしぶとさ。……まったく、こっちの胃が持たん。


 そんなことを考えながら二口目の煙を吸い込んだ、その時だった。


 「九条先生~!」


 体育館の方から弾む声。

 慌ててタバコをポケット灰皿に押し込み振り返ると、案の定――鴨川が猛ダッシュでこっちへ向かってくる。


 「おお、鴨川。どうした?」


 「先生、こんなとこに居たんですか!?」


 「まあな。ちょっと涼みに出ただけだ」


 「やっぱり、中は暑いですよね。人もいっぱいだし」


 彼女は額の汗を手の甲でぬぐいながら、ケロッとした顔で言う。やれやれ、元気なものだ。


 「それで、私に何か用事かな?」


 「そうそう、あのね――」


 鴨川は声を潜めて、少し真剣な顔になる。


 「飲み物が足りなくなりそうなんです」


 「……飲み物?」


 「はい! 料理はまだたっぷりあるんですけど、みんな喉乾いてるみたいで……このままだとすぐ空っぽになっちゃいそうで」


 ……なるほど、大事ではないが放ってはおけない問題だな。


 「ふむ。確かに飲み物が切れるのはまずいな。すぐに業者へ追加を頼んでおこう」


 「助かります! じゃあ私、また会場の方に戻ってきますね!」


 そう言うや否や、鴨川は元気よく体育館の方へ駆けていった。


 ……落ち着きがないやつだ。

 だがまあ、ああやって動き回るのが彼女らしさでもある。


 「……まったく、元気なのはいいが落ち着きがなさすぎるな」


 苦笑まじりにそう漏らした時――。


 「先生、こんなところでなにしてるの~?」


 ふわりとした声とともに、影がひとつ差し込む。

 振り返れば、東雲会長がパンフレットを手に立っていた。にこやかな微笑みは、相変わらず周囲を丸ごとほぐす力がある。


 「おや、東雲。君も涼みに?」


 「うん。中はむしむしするし~。それに……」


 わざとらしく覗き込むようにして、いたずらっぽく笑う。


 「先生がサボってないか見に来たの~」


 「……人聞きが悪いな。休憩だ」


 「えー? 同じじゃないですか~」


 くだらない掛け合い。だが、自然と笑い合ってしまう。

 ――ほんと、こいつは場を緩めるのが上手い。


 「それにしても、彼。まだ来てないですね~」


 「ああ、青木か」


 腕時計をちらりと見る。時刻は十九時。

 十六時には来いと伝えていたのだが……影も形もない。


 「約束を破る奴ではないと思っていたんだがな」


 「先生、けっこう彼のこと信じてるんですね~」


 「はは。先生は生徒を信じるものだ。たとえ裏切られてもな」


 「わ~、先生の鏡だ~」


 東雲はパチパチと小さく拍手し、くすくす笑う。その笑みの裏に、探るような光が見えたのは気のせいか。


 「東雲は不満か? 彼を生徒会に入れたこと」


 「不満?」


 小首を傾げる仕草は愛らしいが、目はどこか計算高い。


 「全然ないよ~。むしろ感謝してる。雑務ぜーんぶ押しつけ……じゃなくて、引き受けてくれてるし」


 「そうか……」


 「え、なに? 私、不満そうに見えてた?」


 「いや……。ただ、気に入ってるようには見えなかった」


 「そりゃ私にだって好みくらいありますよ~。正直、面白い子じゃないな~って」


 「お前の言う“面白い子”ってどんな子だ?」


 「ええっとね~」


 東雲はわずかに笑みを引き、ほんの一瞬だけ真顔をのぞかせた。


 「……刺激をくれる子、かな」


 その目は、いつものフワフワした雰囲気ではない。

 鋭さと妖艶さを湛えた視線に、私は思わず眉をひそめる。


 「刺激か。確かに青木では物足りないな。怠惰で真面目、ただの一般生徒だ」


 「そうなのよね~。最初は期待してたんだけど、どこまで行っても“普通”で。先生が連れてきた子だからさ、もっと何かあると思ったのに~」


 「期待外れで悪かったな」


 「ほんとだよ~。……で、なんで彼を選んだの?」


 「なんでって……。暇そうだったから、かな」


 「暇そうって~!」


 「ただ、それだけではないよ。青木には……言葉にしにくい“違和感”がある」


 「違和感?」


 「そうだ。だからこそ、生徒会に放り込めば、停滞した箱庭に変化を起こせると思ったんだ」


 「箱庭?」


 「あのな。それについては君がよく知っているだろう?」


 わざと探るように言葉を投げると、彼女はにっこりと笑ってみせる。


 「別に私は何もしてないですよ~」


 ――とぼけるか。

 

 だが私は見てきた。彼女が何気ない仕草で人の心を揺さぶる瞬間を。


 「どの口が言う! 金目達の関係が拗れているのは半分くらい君のせいだぞ。変に嫉妬を煽ったり、お互いの仲を試すようなことしたりだな」


 「恋愛には試練がいるものだよ~。それに拗れているのは金目君の優柔不断さが原因だよね」


 東雲は悪びれる様子もなく、肩をすくめて笑った。

 まるで舞台の観客席から恋愛劇を楽しんでいるかのように。


 「それは認めるが……」


 喉まで出かかった反論は、うまく言葉にならない。結局、彼女のペースに巻き込まれている自分に気づき、私は小さく息を吐いた。


 と、その時。

 突如、体育館の中から悲鳴が響いた。


 「な、なんだ!?」


 「中からです。先生、戻りましょう!」


 「あ、ああ!」


 駆け足で体育館へ戻る。

 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは――混乱の渦に呑まれた生徒たちの姿だった。


 「これは……何だ!? 一体どういう状況だ!?」


 その中心に立っていたのは――まるでコウモリのような、黒い翼を背中から生やした異形だった。

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