第10話 刺激的な歓迎会
さて、問題の土曜日になった。
いつもなら家でゴロゴロしているか、あるいは怪人退治に街を駆けずり回っているか。
そのどちらかなのだが……今日は違う。
――新入生歓迎会。
こういうイベントに参加するのは初めてじゃない。
けど、なんだかんだで随分とご無沙汰だった気がする。
そのせいか、生徒会室で「面倒だ」とか「ダルい」とかグダグダ文句を言ってはいたが……内心では、ちょっと楽しみにしてたりする。
何より、これは“友達を作る絶好の機会”でもある。
このままぼっち生活を続けるのは、さすがに惨めすぎる。
普段が殺伐としているだけに、せめて日常くらいは平穏を求めても罰は当たらないだろう。
――責任があるとはいえ。
俺はポケットから携帯を取り出し、画面に表示された時間を確認する。
時刻は十五時。
歓迎会自体は十八時からだが、生徒会メンバーは設営の手伝いのため十六時に集合だ。
少し早いけど、そろそろ家を出てもいい頃合いだろう。
そう考えながら外出の準備をしていた、その時――
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
この感覚……まさか。
俺は大きくため息をつく。
よりによって今なのか。
久々に“奴ら”が現れたらしい。
再び携帯を確認する。
……頑張れば、なんとか十八時の歓迎会には間に合うか。
本当なら、先輩や九条先生に連絡を入れたいところなんだが――
連絡先なんてものは交換していない。
……こんなことなら、恥を忍んで聞いとくべきだった。
まあ、遅れたら謝り倒せばいいだろう。
きっと許してくれる……はずだ。
――じゃなきゃ困る。
俺はジャケットを羽織り、靴を履くと同時に家を飛び出した。
◆
体育館の裏手。
ライターをカチリと弾き、タバコに火をつける。肺の奥へ煙を流し込み、ゆっくり吐き出すと――夜風に溶けていった。
今年の歓迎会は、やけに盛況だ。
開催時期がズレたのが良かったのか、それともゲストの顔ぶれか。とにかく、生徒会の連中は一人を除いて大人気らしい。
まあ、鴨川や旭野は見ての通り美人だ。あんな子たちが入ってくれたのは奇跡みたいなもんだと、今さらながら感心している。
――とはいえ、最大の目玉はやはり東雲だろう。
あの娘に至ってはファンクラブまで存在しているのだから。教師として何度も解散命令を出したが、名前を変えては復活するしぶとさ。……まったく、こっちの胃が持たん。
そんなことを考えながら二口目の煙を吸い込んだ、その時だった。
「九条先生~!」
体育館の方から弾む声。
慌ててタバコをポケット灰皿に押し込み振り返ると、案の定――鴨川が猛ダッシュでこっちへ向かってくる。
「おお、鴨川。どうした?」
「先生、こんなとこに居たんですか!?」
「まあな。ちょっと涼みに出ただけだ」
「やっぱり、中は暑いですよね。人もいっぱいだし」
彼女は額の汗を手の甲でぬぐいながら、ケロッとした顔で言う。やれやれ、元気なものだ。
「それで、私に何か用事かな?」
「そうそう、あのね――」
鴨川は声を潜めて、少し真剣な顔になる。
「飲み物が足りなくなりそうなんです」
「……飲み物?」
「はい! 料理はまだたっぷりあるんですけど、みんな喉乾いてるみたいで……このままだとすぐ空っぽになっちゃいそうで」
……なるほど、大事ではないが放ってはおけない問題だな。
「ふむ。確かに飲み物が切れるのはまずいな。すぐに業者へ追加を頼んでおこう」
「助かります! じゃあ私、また会場の方に戻ってきますね!」
そう言うや否や、鴨川は元気よく体育館の方へ駆けていった。
……落ち着きがないやつだ。
だがまあ、ああやって動き回るのが彼女らしさでもある。
「……まったく、元気なのはいいが落ち着きがなさすぎるな」
苦笑まじりにそう漏らした時――。
「先生、こんなところでなにしてるの~?」
ふわりとした声とともに、影がひとつ差し込む。
振り返れば、東雲会長がパンフレットを手に立っていた。にこやかな微笑みは、相変わらず周囲を丸ごとほぐす力がある。
「おや、東雲。君も涼みに?」
「うん。中はむしむしするし~。それに……」
わざとらしく覗き込むようにして、いたずらっぽく笑う。
「先生がサボってないか見に来たの~」
「……人聞きが悪いな。休憩だ」
「えー? 同じじゃないですか~」
くだらない掛け合い。だが、自然と笑い合ってしまう。
――ほんと、こいつは場を緩めるのが上手い。
「それにしても、彼。まだ来てないですね~」
「ああ、青木か」
腕時計をちらりと見る。時刻は十九時。
十六時には来いと伝えていたのだが……影も形もない。
「約束を破る奴ではないと思っていたんだがな」
「先生、けっこう彼のこと信じてるんですね~」
「はは。先生は生徒を信じるものだ。たとえ裏切られてもな」
「わ~、先生の鏡だ~」
東雲はパチパチと小さく拍手し、くすくす笑う。その笑みの裏に、探るような光が見えたのは気のせいか。
「東雲は不満か? 彼を生徒会に入れたこと」
「不満?」
小首を傾げる仕草は愛らしいが、目はどこか計算高い。
「全然ないよ~。むしろ感謝してる。雑務ぜーんぶ押しつけ……じゃなくて、引き受けてくれてるし」
「そうか……」
「え、なに? 私、不満そうに見えてた?」
「いや……。ただ、気に入ってるようには見えなかった」
「そりゃ私にだって好みくらいありますよ~。正直、面白い子じゃないな~って」
「お前の言う“面白い子”ってどんな子だ?」
「ええっとね~」
東雲はわずかに笑みを引き、ほんの一瞬だけ真顔をのぞかせた。
「……刺激をくれる子、かな」
その目は、いつものフワフワした雰囲気ではない。
鋭さと妖艶さを湛えた視線に、私は思わず眉をひそめる。
「刺激か。確かに青木では物足りないな。怠惰で真面目、ただの一般生徒だ」
「そうなのよね~。最初は期待してたんだけど、どこまで行っても“普通”で。先生が連れてきた子だからさ、もっと何かあると思ったのに~」
「期待外れで悪かったな」
「ほんとだよ~。……で、なんで彼を選んだの?」
「なんでって……。暇そうだったから、かな」
「暇そうって~!」
「ただ、それだけではないよ。青木には……言葉にしにくい“違和感”がある」
「違和感?」
「そうだ。だからこそ、生徒会に放り込めば、停滞した箱庭に変化を起こせると思ったんだ」
「箱庭?」
「あのな。それについては君がよく知っているだろう?」
わざと探るように言葉を投げると、彼女はにっこりと笑ってみせる。
「別に私は何もしてないですよ~」
――とぼけるか。
だが私は見てきた。彼女が何気ない仕草で人の心を揺さぶる瞬間を。
「どの口が言う! 金目達の関係が拗れているのは半分くらい君のせいだぞ。変に嫉妬を煽ったり、お互いの仲を試すようなことしたりだな」
「恋愛には試練がいるものだよ~。それに拗れているのは金目君の優柔不断さが原因だよね」
東雲は悪びれる様子もなく、肩をすくめて笑った。
まるで舞台の観客席から恋愛劇を楽しんでいるかのように。
「それは認めるが……」
喉まで出かかった反論は、うまく言葉にならない。結局、彼女のペースに巻き込まれている自分に気づき、私は小さく息を吐いた。
と、その時。
突如、体育館の中から悲鳴が響いた。
「な、なんだ!?」
「中からです。先生、戻りましょう!」
「あ、ああ!」
駆け足で体育館へ戻る。
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは――混乱の渦に呑まれた生徒たちの姿だった。
「これは……何だ!? 一体どういう状況だ!?」
その中心に立っていたのは――まるでコウモリのような、黒い翼を背中から生やした異形だった。




