4.口付け一つで何が変わるっていうんだ
今回の副題【真耶さんちょっと気持ち悪い】
璃庵さんと翠琉の!!
このコンビが尊過ぎてッ……
創作相方 神明命と盛り上がっておりますので、
皆さまにもその滾りを共有していただきたくッ!!
たっとぶ!!!
想像して欲しい。
時間帯はちょうど夕食どき。
和やかに囲む食卓。
……に、誰ともなしに付けたテレビの画面いっぱいに広がる、いわゆるラブシーン。
その場が凍り付くのも無理はない。
由貴なんて、大好物なハンバーグを口に運び損ねてボトリと落としてしまった程だ。
「ちょっと、一郎ッ……ありえないって!!」
顔を引き攣らせながらドラマの主人公に抗議の声を上げたのは将だった。
「うわっ」
声を上げたのは誰だったか。
そんな周りの反応に首を傾げながら、もぐもぐと平然と食事を続ける強者がいた。翠琉その人である。
所作が美しいものだから、更に異様なまでにその場の空気から浮きまくっている。
慌てたのは隣に座っていた緋岐だ。
箸を置くと、バッと翠琉の顔を手で覆った。
「見ちゃいけません!!」
そんな緋岐の行動に、翠琉は首を傾げるばかり。
「兄様、料理が見えません」
—— そうだけど、そうじゃない!!!
「あら、まあ……何見てはるの」
お茶を運んできた桜が、固まる面々に気づいてか気付かないでか、のんびり言いながらリモコンに手を伸ばすと、そのまま電源を落とした。
一転、和やかな食事時間が戻って来て、誰ともなくホッと安堵の溜息を吐いた。
食後のお茶をみんなで飲みながら、ふと、紗貴が蘭子に言う。
「ねえ、蘭子……私さ、翠琉ちゃんも由貴みたいな反応になると思ってたんだけど……」
「同じくだ……」
ヒソヒソ話しながら紗貴と蘭子が視線を向けるのは、先ほど真っ赤になって目を見開いたまま固まってしまった由貴だ。今は、普通にお茶を飲んでいる。
「多分……今まで、ああいうの観たことないから、どういう行為なのか知らないのかも」
そんな将の言葉に紗貴と蘭子は納得してしまった。
なんと、翠琉はテレビの存在すら知らなかった。
『……兄様、板の中に人が……』
テレビを観た翠琉の反応はコレである。数日間、生活を共にしてわかってきたこと。それは、翠琉がいかに“普通の生活”から断絶されてきたかということだ。世間知らずの一言で済ませられるレベルでは無い。
普通ならば、「カマトトぶって」と冷ややかな視線と感想を抱くところだが、なるほど……翠琉はラブシーンをそういったシーンだと認識していないのかと思わず納得してしまった。
「……なんか、すごく、自分たちが穢れた存在に思えてくるよ」
乾いた笑いと共にそう言う将に、紗貴と蘭子は深く頷く。
「いいんだよ、翠琉にはまだ早いから、知らなくて」
そう力説するのは緋岐だ。
—— だが次の瞬間、そんな翠琉から爆弾が落とされた
「あれは、所有確認の為の行いだと、私も知っています」
今度は、正宗と桜も固まった。
深く掘り下げて聞かなければいいのに、つい聞いてしまうのが人の性というもので。
「え、所有確認の……行為???」
オウム返しに聞いたのは由貴だ。
そんな由貴に何でもない様にコクリと頷く翠琉。
「“いずれ番う者同士の挨拶だから、俺と翠琉は毎日しないといけない”のだと……番うというのは、伴侶として隣に立つことなのだと言っておりました」
平然と、真面目な顔で言ってのける翠琉の隣から、バキッと不吉な音がした。
「……兄様?」
何か、自分が不快な思いをさせてしまったのかと不安そうに見上げて来る翠琉を安心させるように、優しい笑みになる様に努めるが、内心は雨嵐だ。
そして、大きく息を吸い込むと、一気に語り出した。
「いいか?翠琉…接吻……所謂キスと言うのはキスは、愛情や幸福感の表現、パートナーとの絆を深めるスキンシップとして行われるんだ。それに加えて脳から「幸せホルモン」と呼ばれるエンドルフィンやセロトニンが分泌されることで幸福感や安心感を得られるし、唾液交換によってパートナーの健康状態を評価したり、テストステロンというホルモンが分泌されることで相手の性欲を高めたりする本能的な役割がある……(以下略)」
「???」
「……何それ呪文?」
翠琉はさっぱりわからないというように首を傾げ、由貴は率直な感想を素直に口にする。
「つまり!!俺が言いたいのは!!“義務”とか“強制”されるものじゃなくて、本当に心から好きになった人とする行為なんだ!!」
声を大にして力説する緋岐に、翠琉はもちろん、何故か由貴もたじたじだ。
そんな二人に救いの手を差し伸べたのは将だった。
「由貴、翠琉ちゃんにオセロ、教えてあげるんじゃなかった?先に部屋で初めててくれる?」
「あ、……うん。よし!!翠琉、行こうぜ!ご馳走様でした!!翠琉、行こう!!」
言うなり、由貴は元気よく翠琉の手を取って2階に駆けて行った……瞬間……
殺気が座敷の中で膨れ上がった。
「真耶、知ってはいたけど気持ち悪すぎるんだよ!!翠琉への執着が異常すぎだろッ!!!もう死んでるけど、もう一度死ねッ!!!!!!」
緋岐が、ブ千切れたのだ。シレッとその手には霞幻刹劫真具が現れている。
流石と言うべきか……正宗と桜は通常運転だ。茶を啜りながらしたり顔で頷く。
「何ともまあ、恐ろしいほどの執着だのう」
「ひい君、よう堪えたなあ……」
「のほほん茶してる場合!!?……ちょっと、緋岐くん落ち着いてッ!!ここで怒って暴れても、何にもならないから!!」
慌てて止めに入ったのは紗貴だ。
—― だが……
「いや、でもホント……もう亡くなっている人のこと悪く言うのはいけないことだって判ってても……引くよね……番うって、普通言う?」
「流石に気持が悪いな。ヘタレ……良く堪えた」
将と蘭子も緋岐に同調するばかりで全く止める気配がない。
と、そこに現れたのは璃庵だ。
「主様、矛をお収めください。このままではこちらの家屋が倒壊してしまいますので」
いつもと同じく、柔らかい微笑を浮かべたまま緋岐の前にすっと立ち、そっと緋岐の構えた拳に触れる。
「赫怒なさるのはごもっともと存じますが、此処にはその怒りを向けるべきお相手はおりませぬゆえ……」
淡々と、静かにそう諭すように言葉を紡ぐ璃庵の様子に、緋岐も段々と落ち着きを取り戻していき、ふーっと大きな溜息を吐き出すと、霞幻刹劫真具をしまったのだった。
※※※※※
夜、皆が寝静まった頃。
璃庵はいつものように翠琉の隣に虎の姿で横たわっていたのだが、ふと身体を起こした。
そして、人型になるとそのまま翠琉の隣に腰を下ろす。
正座のまま、翠琉の寝顔に視線を向ければ、さらりと自身の深緑色の髪の毛が落ちて来た。
「あの野郎……」
そして、忌々しそうにポツリと罵る。そっと、壊れない様に優しく触れるのは翠琉の唇だ。
『あれは、所有確認の為の行いだと、私も知っています』
思わず、思い出して顔を顰めてしまった。衝動に駆られるまま、そっと顔を近付ける。息と息が触れ合う距離まで近付いて、寸でのところで思い留まった。
「所有確認の……行為……」
全てを塗り替えてしまいたい。全てを、消し去ってしまいたい気持は抑えることが出来なくて。
自身の手のひらでそっと翠琉の口元を覆うと、その上から優しいキスを一つ落とした。
一時して、そっと離れた璃庵の顔には、寂寥の滲んだ微笑みが浮かんでいて。
「口付けひとつで、何が変わるっていうんだ。……何が、手に入るっていうんだ……」
ポツリと落とされたその呟きは、一体誰に向けたものだったのだろうか。
そっと、夜の静寂に溶けて消えた。
●口付け一つで何が変わるっていうんだ
/(c)エソラゴト。




