1.誰にでもスキだらけ
緋岐×紗貴(高一:初夏)
クラスメートが言っていた。
『夏服って、ヤバいよな』
『ちょっとこう、汗ばんでるところとか』
『半袖から伸びるしなやかな腕とかさ』
何を馬鹿なと鼻で笑い飛ばしたのは、つい先日だ。
昼休み、売店にパンでも買いに行くかと渡り廊下を歩いていたところで、特別棟の2階にある理科準備室をふと見上げて、見知った少女の姿を見つけると自然と足がそちらに向いた。
「もー、どこにあるってのよ」
理科準備室に近づくと、中から慣れ親しんだ声が聞こえて来る。何をしているのかと覗いて、固まった。
「あっつ……」
言いながら、制服の前をパタパタとしながら風を送っている。
クーラーのきいていない部屋の中で、何やら探し物をしているようだ。
『夏服って、ヤバいよな』
確かに、ヤバい。パタパタと制服の前を扇ぐ姿が、妙に色っぽい。
『ちょっとこう、汗ばんでるところとか』
後ろ姿でも判る。しっとりとした項は、まるで誘っているようで。
『半袖から伸びるしなやかな腕とかさ』
普段から鍛錬を怠らない紗貴の、そのほっそりとした腕を、白い制服が強調している。
「あ、あった!またもう、こんな高いところに……」
言いながら、背伸びをすれば制服の上着が捲れあがる。助けに入ろうと一歩踏み出しかかって、緋岐は再度固まった。
「瑞智さん、いいよ。俺が取るよ」
紗貴の背後から、その肩に手を置いて、紗貴が取ろうとしていた棚の上のものを取る。
(は!?)
「ありがとう、佐藤くん」
「いや、大したことじゃないよ」
お礼を言いながら紗貴が笑えば、佐藤と呼ばれた少年はちょっと照れたように頭を搔きながら応えた。
(もう、ホントに!!)
どうしてこうもスキだらけなのか。
—— 否、判っている……
目下、紗貴にとって性別とはあまり意味のないもので。
家族
友人
仲間
後輩
先輩
恋人
そんな枠組みで構成されているからこそ、男女の感情の機微にめっぽう弱い。
だから、いつでもどこでも無防備で。もっと言えば、最近の紗貴は一気に色香を増したと密かに男子の間で囁かれていた。
それも、元をただせば大体全部、緋岐のせいなのだが。
「あとは……」
まだ、頼まれているものがあるらしく、紗貴は本棚を探し出す。そんな後ろ姿に向かって、佐藤少年が口を開きかけたのを見て、緋岐は慌てて教室に割って入った。
「あれ?紗貴……ここに居たんだ」
あくまでも、偶然通りかかて今見つけたというスタンスを貫く。
彼女が告白されそうになっている現場に居合わせて、慌ててそれを阻止するために割って入りました……なんて、正直なことを言えるわけがない。
そんな緋岐の焦りに全く気付いた様子もなく、紗貴が嬉しそうに振り返った。
「緋岐くん!どうしたの?こんなところで」
(こんなところっていう自覚があるなら、男子と2人きりになるな!)
募る苛立ちを笑顔で隠して、真実と偽りとを織り交ぜてそれらしく話す。
「昼飯、売店に買いに行く前に、ちょっと先生に頼まれてた用事、済まそうと思って」
「え、和田先生、緋岐くんにも頼んでたの?もー、ボケてるんじゃないの」
濡れ衣を着せられた和田教諭に、緋岐は心の中で謝る。緋岐は、別に何も頼まれていない。
(まあ、俺はどの先生に頼まれた……なんて言ってないし)
ただ、本当に紗貴を一階から見つけて会いに来ただけだ。
誰が「彼女が男子に告白されそうだったから、それを阻止するために割って入りました」なんて馬鹿正直に言えるだろうか。少なくとも、緋岐のプライドはそれを許さなかった。
「佐藤くん、悪いけどこれ……先に運んでもらっていいか?あとの探し物は俺と紗貴でするから」
「え、でも……」
「いいから」
言いながら歩み寄って、さりげなく紗貴の肩を抱き寄せる。
「っ!!?、緋岐くんちょっとッ!!」
慌てたのは紗貴だ。先ほどまで、佐藤少年が至近距離に居ようが、触られようが、何の反応もなく平然としていたというのに、一瞬で真っ赤に染まる。
これを見て、まだ、気づかないほど佐藤少年は鈍感ではなくて。告げることなく、一つの恋が終わった瞬間だった。
「判ったよ。俺が運んでおくから、あとは頼んだッ」
佐藤少年は、段ボールを抱えてそのまま準備室を飛び出したのだった。
「え、佐藤君?なんか泣いてなかった???」
そんな困惑気な紗貴の声を背後に聞きながら、なるべく慌てず、ゆっくりと入り口付近に近づくと、ガラガラと理科準備室の扉を閉めて、しっかりと内鍵もかける。
そして、振り返ると紗貴の腕を掴んで自身に引き寄せた。
そのまま紗貴の唇を奪い去って。
誰にも奪われない様に
自分の腕の中に囲うように
強く、その細い肢体を抱き締めたのだった。
END
@確かに恋だった
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