5.引っ越しの挨拶に来たお隣りさんが、彼だった
緋岐×紗貴(中学卒業後:3月)
「すまんが、2階の部屋を片付けておいてくれんか?」
なんて、紗貴と由貴の姉弟が祖父から言われたのが2週間ほど前のこと。どうしたのかと尋ねたら、知人の子を1週間ほど預かるとのことだった。
どうやら、住むようにしていたアパートの改修工事が送れてしまっているらしい。
(引っ越し、かぁ……)
紗貴は自室の机に頬杖をついて、ため息を吐いた。目の前には、全くページの進まない自主学習ノートが意味もなく広げられている。
長い石段を下った目の前にあるのが、児童養護施設「陽だまりの家」だ。そこに住んでいた、2人の少年が今日、旅立つ。
とは言っても、徒歩10分。自転車なら5分の距離にあるアパートに、なのだが。
それでも、今までのように頻繁に会うことが出来ないと思うと、何だか切なくて……
引っ越しの手伝いを申し出たが、やんわり断られてしまった。それが、赤の他人だと無言のうちに言われたようで少し悲しかった……だなんて、誰に言えよう。
もう一度ため息を吐くと、窓に近付く。
━━ カラカラ……
窓を開けて、空を仰ぎ見ると、そこには月が浮かんでいて。
『月が綺麗ですね』
風が、そんな囁きを運んで来た気がして、静かに目を閉じる。
つい先日、中学の卒業式だった。
仲がいい友人もみんな一緒に同じ高校に進学することが決まっているものの、やはり、何だかもの寂しさを感じずにはいられない。
紗貴の部屋からは見えない玄関先が賑やかになる。
何を言っているのかまでは聞こえないが、どうやら今日から隣部屋の住人となる人物が到着したようだ。
本来なら出迎えに紗貴も行くべきなのだろう。いつもの紗貴なら、そうしていた筈だ。だが、今日、どこかに越して行った少年を想うと、どうしてもそんな気になれなくて。
(ま、これから1週間は同じ屋根の下に住むんだし、明日でいいよね)
自己完結すると、窓を閉めてカーテンを引く。そのまま、ベッドにダイブした。
━━ コンコン……
いつの間にか寝てしまっていたようで、そんなノックに起こされた。
緩慢な動きで起き上がるが、まだ何となく意識はぼんやりしていて。
「何?由貴?母さん?……それとも、おじいちゃん??」
そのまま、欠伸を1つしながら、家族の誰かだろうと無防備なまま自室の扉を開けて……
━━ そして……
完全にフリーズした。
「ごめん。俺なんだけど……」
苦笑混じりに、申し訳なさそうに行ってきたのは、緋岐その人だ。
「……!!!!??!」
慌てて、バタンと自室の扉を閉める。
(私のバカ!ノックしてから開くまで待つなんてウチの家族しないじゃない!!!)
眠気が一気に覚める。そう、家族ならばノックが先か、開くのが先かということをすっかり失念するくらいには寝惚けていたらしい。
そして、自分の姿を見下ろして愕然とする。
家の中とはいえ、完全に油断していた。
ドルマン袖のカットソーにショートパンツ。髪の毛も無造作に肩の横でそこら辺にあったシュシュで括っているだけという、オシャレもへったくれもあったものではない。
(見られたッ…)
なんでここにいるのかを聞く前に、とにかく自分の何ともだらしない恰好を見られたことが恥ずかしくて。
と、その時、今度は何のお伺いもなく扉が開いた。背中を扉に預けていた紗貴の身体は、案の定と言うべきか……後ろによろける。
「うわっ!?」
そのまま、隙間から身体を部屋の中に滑り込ませた緋岐に抱きすくめられた。
後ろから抱き締められた為、相手の顔が見えない。だからと言って、強い力で抱き込まれてしまっては、紗貴は身動ぎ一つ出来なくて。 思わず悪態をついてしまう。
「今日、引っ越しじゃなかったの?」
そして、自分の可愛げの無さに自己嫌悪に陥った。
(会えて嬉しいって、素直になんで言えないの!)
いつからだろう?
緋岐に抱き締められるのが
頭を撫でられるのが
啄むような口付けが
その全てが嬉しいのに……どうしようもなく苦しいくらい胸が締め付けられるのに、素直に言うことが出来ない。もっと欲しいと浅ましい思いを抱いている自分の汚い部分を隠すことに必死で、時折思ってもないことを言ってしまう。
だが、そんな紗貴の心情を知ってか知らずか、緋岐は紗貴の首筋に頭を埋めると、抱き締める腕に力を込めた。
「ちょ、と……くすぐったいッ……」
何とか脱出しようと試みるも、ビクともしない。観念して、とりあえず、そのままの態勢で口を開く。
「今日、隣の部屋にお引越しして来る人って、緋岐くんと将くん?」
「ああ」
「何で、教えてくれなかったの?」
「驚かせたくて」
「だから、引越しの準備のお手伝い、させてくれなかったの?」
「ああ」
そこで、会話が途切れる。ほうと、軽く息を吐くと、思わず本音が零れ落ちた。
「寂しかった……」
その囁きに、紗貴を抱き締めたまま緋岐の身体がビクリと動く。と、次の瞬間、紗貴の顔をグイッと自分の方を半ば無理やりに向けさせ、そのまま唇を重ねる。
啄むような優しいそれではなく、全てを喰らい尽くすような強い刺激についていけず、ただ翻弄される紗貴を、緋岐は強く抱き締めたのだった。
END
@確かに恋だった
シレッと続きます→




