1.誕生日になった瞬間の電話、窓の外にいる彼
緋岐×紗貴(高一)
誕生日になった瞬間、毎年電話が鳴る。
一番最初の「おめでとう」は、誰にも譲りたくないんだと。
ここ数年、日付が変わった瞬間、電話が鳴る。
それは、それでとっても嬉しいけれど……でも……
※※※※※※
(5,4,3,2,1)
腕時計で時間を確認しながら、携帯電話の発信ボタンに指をスタンバイして……
(よし)
毎年恒例の、緋岐にとっては欠かせない大切な習慣だ。
だけど、面と向かって伝えるのは何だか気恥ずかしくて。
—— そう……
『こんな時間に外で会うのは非常識だから』
何ていうのは、もっともらしい、ただの言い訳だ。
『せめて、誰よりも早く“おめでとう”を伝えたい』
という、大本命の想いはそっと隠して、電話を鳴らる。
コール3回で相手が出る。
「紗貴?誕生日おめでとう」
相手の返事を待たず、まずはそういった瞬間。
「 ありがとう 」
「“ありがとう”」
携帯のスピーカーと、背後からの声が重なって返って来たことに心底驚いて、振り返る。
そこに飛び込んできたのは、今日、誕生日を迎える紗貴その人だ。
少し前まで並んでいた身長は、今では頭一つ分は優に違っていて。紗貴が緋岐に抱き着けば、少しよろけながらも緋岐は紗貴を受け止めた。
「な、んで……」
「だって、緋岐くん毎年ここからかけてくれてるでしょ?」
驚く緋岐に、いたずらが成功したといいわんばかりに、嬉しそうに微笑む紗貴。
“ここ”とは2階に位置する紗貴の部屋の真下だ。偶然通りかかっただなんて言い訳は、当然通用するわけがない。ここは、瑞智道場に隣接する母屋で、長い石段を登った先にあるのだから。
つまり、“ここに来る”という明確な意思を持って来なければ、絶対に居るはずがない場所なのだ。
「あのね、一番最初の……「おめでとう」は、やっぱり直接聞きたいのッ!」
「……」となってしまった、小声の部分までしっかりばっちり聞き取れた緋岐は、自分の顔が朱に染まるのを感じて思わず顔を上に逸らす。と、そこには月が淡い光を放っていて。
なんとなく、文豪のしたためた言葉が脳裏に浮かんで口から出た。
「月が、きれいですね」
言いながら、そっと腕の中の温もりを閉じ込めるように抱き締めてまじまじと見れば、紗貴の耳朶も真っ赤に染まっているのが見えて……長い、栗色のくせ毛の髪を一房掬い上げると、そっと唇を落とす。
緋岐に抱き着いたままの紗貴は、そんな緋岐の行動に気付けるわけもなく。
「このまま、時が止まればいいのに……」
そんなことをポツリと零されたら、一体どちらのお祝いなのか判らなくなった。
(いつも、俺がもらってばかりだ)
紗貴は紗貴で、いつももらってばかりだと思っているのだが、そんなこと緋岐が知る由もなく。
ただ、強く腕の中の存在を確かめるように、緋岐は紗貴を抱き締めたのだった。
※※※※※※
誕生日になった瞬間、毎年電話が鳴る。
一番最初の「おめでとう」は、誰にも譲りたくないんだと。
ここ数年、日付が変わった瞬間、電話が鳴る。
それは、それでとっても嬉しいけれど……でも……
やっぱり、温もりを感じたいから。
「大好きな人」からの「おめでとう」は、直接もらえた方が、何倍も嬉しいもの。なのだ。
END
@確かに恋だった




