5.今はまだ、言えない
紗貴→詆歌
――何時から?
――何処が?
その問い掛けに、明確な答えを紗貴は持っていなかった。
気付いたら惹かれていた。
「今だけでも、隣に居させて……」
少し先を歩く詆歌に聞こえないようそっと呟く様に言う。
「……あ?」
立ち止まる背中、聞こえた声にビクリとして思わず身を硬くする。
「なっ……何よいきなり」
――まさか聞こえた?
動揺を隠す様に言えば、詆歌は少し嬉しそうに振り返った。
「ほら紗貴見てみろよ!」
指差す方へと視線を向けて、紗貴も思わず感嘆の声を上げた。
天使のカーテンと呼ばれる陽の光の合間から、見事な虹が茜空へと翔けている。
「な?すごいだろ!」
嬉しそうにはしゃぐ詆歌に、紗貴も素直に微笑んだ。
そして無性に泣きたくなった。
余りにも幸せ過ぎて……
真っ直ぐに向けられた“想い”に応えそうになる自分がいる。
―― ダメなのに……
そう、応える事は叶わないのに。
本当ならば、今すぐにでも断ち切らねばならない。
彼を……彼らを縛り付ける権利など、紗貴にはありはしないのだから。
―― でも……それでも……
「ごめんね?私の我が儘で……」
「は?いきなり何なんだよ」
突然、謝られた詆歌は思わず顔をしかめた。
「ごめん。何でもない」
口を滑って出た言葉に、紗貴自身も慌てて首を横に振った。
「変な奴。……ほら、行くぞ。」
言葉が先か
手を握られるのが先か
後ろ姿からも判る。
耳たぶまで真っ赤だ。
握られた手から伝わる温もりは、離し難いもので。
―― まだ、“さよなら”したくないの……
そんな思いを込めて、そっと握り返した。
長く伸びた影は重なっていて。
――いっそ、影みたいに溶け合えたら良いのに
叶う筈がない夢を、そっと虹へと願ったのだった。
●今はまだ、言えない
/(c)螺旋の都
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