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X(ペケ)男

主人公(仮)

「カウント始めるよ!5!4!3!・・・」


これは仕組まれた酔狂な演舞に過ぎない。冷静になるんだ、生きて帰る。

ただそれだけで良い。二人のスピード狂いが交わした密約。

「GO!」


フロントをリフトアップさせない絶妙なクラッチミート、

乗り慣れていなくとも存外何とかなるものだな。エボVも一拍置いて発進する。


「1コーナー曲がったら全開、それで良いね?」

それでも車となんてやりあったこと無いもんだからアドレナリン全開で治療は終えたとはいえ痛む左脛もどこ吹く風、ガンガン踏み込んでシフトアップしていく。


GSXR-400R/GK76A。90年代、レーサレプリカ終末期に生み出された純血の、

真の意味での「レーサーレプリカ」軽くチューニングすれば僅か400ccの

エンジンから80馬力を絞りだし装備重量も190kg代。

ナナハンも真っ青の怪物である。


親父達が卒業祝いにくれた、いや俺の貯金を勝手に使って作った

コイツがどれだけの馬力を絞りだしているかは知らない。

知っているのは同じエンジンがベースのバンデット400Vの

VC(可変バルブリフト)エンジンをベースに

特注アルミブロックにピストンにビレット鋼クランクとコンロッド。

バルブ角も特注で低回転と高回転は全くの別物、純粋なレーサーなら

不要といえるが公道用に敢えて乗せた(実験体にされただけ)

フレームもスイングアームも修正機に掛けてタンクもFRP製を特注、

GSR400用のFIとECUでこれらをコントロール。

マフラーもヨシムラを意識した謎の手曲げ品で複雑な4-2-1構造と多段膨張室で騒音と排圧の低減を両立している。

SP仕様のサスペンションのセッティングも乗った時点でほぼ完璧、

クロスミッションも逆シフトも街乗りは地獄だがこういうトコロでは

何よりもミートする。

マジでどんだけ金と時間かけてこんなヘンなの作ってんだよ・・・。


レースはシナリオ通りに進んでいる。

序盤の急坂セクションで俺はガンガン攻め込んで行く。

車とバイク、同じスピードレンジでも全てのタイミングが異なる。

峠最強と呼ばれたランエボ、確かに凄いのは知っている。

でもそれは4輪の世界での話。世界には羽根の様に軽く飛び跳ねるヤツが居るんだ。

それでもエボVのキセノンライトがミラーをチラチラと照らす。

今までかつて見たことのないギャラリーの数が道端に見える。

そりゃそうだ、大地主が職権乱用で山一個封鎖してお家騒動の決着を

公道レースで決めるなんて聞いたらそこら中から来るのも当たり前だ。

どいつもこいつもマヌケに口をパクパクさせて何かを言っている。


常時6000RPMは下回らないこの高周波とバイクと完全に一体になった感覚の前にそんな下らないモノは正しく「アウトオブ眼中」

公道で競わない、そう決めていた俺の心のリミッターはとっくにぶち切れていた。

スピードメーターは180kmを超えて回り続ける。もう何も目に入らない。

飛び込んで、飛び跳ねて。ただそれだけ。踏み込んで、ねじ込んで行けるだけ行く。

コーナーミラーが見える、後半分。

ここからは勾配が緩くなってエボVが追い付て来る筈。


「僕は・・・あそこで行かない。もうきっと行けない。だけど君だけは行くんだ。あの娘の事頼んだよ。」

「八百長してそっちが負ける、そういう事ですか?」

分家の息子に連れられ二人きりでこの峠の駐車場で話た事。

「大げさに言えば、ね。何時までも親の脛齧ってアマチュアレーサーなんてやってられない。でもおふくろは未だに自分の事を天才だと言って認めない、辞めさせてくれない。」

「目の前で圧倒的敗北を見せて全て諦めさせる、と?」

「倉の中のGSXR-750は叔父の、あの娘の父親の最後に遺したものだからね、価値の分からない人間には絶対渡したくない。」

俺は十コ以上年上のいい男に頭を深々と下げられる。

「頼む!俺はもう戦えない、あの娘の事、この家の事を貴方に託したい!分家の、継承順位が一応1位のこの私からのお願いだ!」

エボVのアンチラグシステムがドコドコと音を立てタイトブレーキで迫って来るのが分かる。


キセノンの白光がバックミラーを威嚇する。

峠中腹の待避所を通過するここからは道路幅が広がり車もその気になれば強引に行ける。後は序盤のマージンをどれだけ残せるか。

4G63ターボがすぐ後ろに迫る、待機所から広がった隙間に

鼻先をねじ込んで来る。4輪同士なら兎も角、当たればこっちが死ぬ。一瞬だけ

ミラーに写りこんだ彼の表情はとっくに悲劇の敗北を演じる役者ではなかった。


俺と同じ、唯々スピードに魅せられ狂った。ただそれだけのヤツ。

向こうの考えた美しいシナリオラインなんざとっくに吹っ飛んでいる。


「!!行くぜっ!」

400ccを超えてくる二輪では速めのブレーキからガツんと

立ち上がるのが速く走るセオリーだが俺はこのヘアピンを今までで一番攻めた。

タイヤがGに負けて路面から剥がれようと剥がれようと横へ、横へと流れる。


「!?ガッツ!!」

サーキットやモトクロス場ではやったことのあるドリフト、

それが速さに繋がるのかは自分の中でずっと疑問だった。

だがたった今俺は理解した。限界を超えようと、

最高の走りをしようとした時に勝手に出るのが2輪のドリフトなのだと。

MotoGPの領域はそういう領域なのだと。演劇は終わりだ。

今、最高にアツくてもう抑えられない。

今日、この瞬間死んだって・・・!

次のヘアピンを目前に脳裏をよぎる数週間前の一言


「この殿方が私の婚約者にしてこの家の次期当主にございます、分家の皆さまがしゃしゃり出ることは無くってよ?ねぇ、あなた。」

「す、全てが決まったわけではない、ないですががその・・・そちらの傲慢な態度はいささか如何なモノかなと・・・。」


合わせただけといえばそうだがあの時のあの娘の瞳を忘れたりはしない。

あれは間違いなくハンターだ、そういうギラついたモノが見えた。

このヘアピンを抜ければ緩いS字が何度も続いてRace is Over


俺は理性を取り戻す。死んじゃいけない。

あの娘の親父さんと一緒になっちゃいけない。

悲しませなんて、これ以上失わせなんてしない!

あの娘の為だから俺はここまで本気になれる、

それ以外だったら降りていた。この走りは一生で一度だろう。

このバトル、俺にとっての至高のプロポーズなんだ!

S字を狂おしくそして身をよじるように走り抜ける。

タイヤはとっくに限界に近い、練習走行にも使っていたとはいえ

峠程度の世界でα14を使い切るような走りをしている自分に少し驚く。

そして指定されたゴールラインを通過しその場から走り去った。

3学期じゃない、でもつまらない大人じゃない。

そんな俺の、俺たちの最低で最高の一夜が終わった。

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