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三つの辻くじが示すもの

作者: 白雲八鈴


『はぁ』と白い息を吹きかけ、ヨリは冷たくなった手を温める。そして、タワシを手に持ち、大きな鍋をゴシゴシと洗い始めるも、凍てつく水の冷たさに直ぐに指先が痺れてくる。


 そして、再び『はぁ』と息を吹きかける。その繰り返しで、大きな鍋を寒い冬空の下で洗っているのだ。


「ヨリ! まだ洗っているのかい!」

「今戻ります!」


 ヨリを呼ぶ声に大声で返事をするヨリ。大方洗えたので、井戸から汲んだ水を掛け、鍋の汚れを洗い流した。


 その一抱えするほどの大きな鍋を持ち、呼ばれた方によちよちと歩いていく。別に足が不自由なわけではない。鍋が大きい上に、鉄鍋のため重いのだ。


 木の引き戸の前に立ち、鍋を抱えながら何とか戸を開け、入っていく。そこは湯気が立ち込め、大勢の人が忙しなく動いている炊事場だ。


「ヨリ! 鍋を水を張って竈に掛けておいて」

「はい! わかりました!」


 恰幅のいい女性が、絹の質のいい着物が汚れないように前掛けをして、たもとが邪魔にならないように、タスキを掛けた姿でヨリに指示を出す。その指示にヨリは元気のいい返事で返した。


 大鍋をタイルで作られた竈の上に置き、井戸から汲んできた水を溜めた(かめ)から鍋に水を張っていく。そして、くすぶっていた竈の火に勢いを付けるべく、追加の薪を入れ、団扇で風を送り込んでいたヨリに声を掛けるものがいる。


「ヨリちゃん。お昼もらった?」


 同じ歳のアオイだ。アオイは鮮やか青い生地に華やかな牡丹の花が咲き乱れている美しい着物を着ているが、先程の女性と同じ様に前掛けとタスキをして着物の美しさが半減されていた。


「まだ」

「私が代わってあげるから、もらってきなよ」

「え? でもあの宴会場の側の部屋だよね」

「そう、いつものところ」


 それを聞いたヨリは溜息を吐いた。その姿を見たアオイは苦笑いを浮かべる。


「旦那様たちは正月は働かなくていいと騒いでいらっしゃるけど、私達下々は働かなくてはいけないんだよ」

「うんうん。わかっているよ。綺麗な晴れの着物を着ていてお正月気分を味わえるのは着た直後だけだね」


 そう、先程の恰幅のいい女性が絹のいい着物を着ているのも、アオイが鮮やかな美しい着物を着ているのも、正月の装いをしているからだったのだ。晴れの着物。祝い事に着る良い着物を皆が正月を祝う為に着ているのだ。


「お酌を頼まれても、いつものヨリちゃんらしく、元気いっぱいにぶちまけばいいだけだよ」

「何で、私がお酒を撒き散らす事が決定しているかのように言うわけ?」

「はいはい。お昼もらってくるといいよ」


 アオイはヨリの質問には答えず、ヨリの背中を押した。


 背中を押されたヨリは渋々という感じで、炊事場を後にする。騒がしい声が聞こえてくる廊下を進み、ヨリは障子戸を引き、使用人の昼食が置かれた部屋に入っていく。そこには数人が膳を囲っており、入ってきたヨリに視線を向けた。


「ヨリ。まだ食べて無かったのかい?」

「汁ものを入れて、ここで食べなよ」

「ヨリ。辻くじ引いたかい? 3つ好きなの選びなよ」


 ヨリが入って来たことで口々にヨリに声を掛ける女性たち。


「いただきます!」


 三人からの言葉にただ一言で元気よく返すヨリ。


 囲炉裏にかけられた汁ものを椀に移し入れ、正月の豪勢な膳の前に座る。ここの旦那様は使用人にも豪勢な正月の食事を出してくれるようだ。


 そして、ヨリの前に出された籠に入った色とりどりの練菓子。


「3つ選びな」


 差し出された籠から3つ練菓子を手に取るヨリ。その菓子を半分に割り、中にある紙を取り出す。


 ここの旦那様は粋狂な御仁で毎年、辻くじを年の始めに配るのだ。旦那様曰、今年の運勢らしい。


 3つの紙を広げて並べたヨリは頭を捻った。


『いさぎよい』

『とてもごすき』

『だれもすく人』


 相変わらず、辻くじは解釈ができないと。


「いつも思うけど、神社のくじの方がわかりやすい」


 ヨリはぼそりとつぶやく。


「いつも大凶を引いているのに?」

「去年も一昨年もそうだったね」

「そこまで大凶を引き当てるのも、ヨリぐらいだよね」


 口々にヨリが引いた運勢くじのことを話す女性たち。


「きっと大凶しか入っていないのだと思います」


 ヨリはそこの神社には大凶しか入っていないと言うが、女性たちはクスクスと笑い出す。


「私は大吉しか引いたことないよ」

「私は去年は吉だったね」

「大凶なんて引いたことないよ。ヨリには辻くじの方がいいんじゃないかな。ほら、誰にでも好かれるヨリちゃん」


 一人の女性は出てきた紙の一つを指して言った。


「ほら、食べ終わったら、お酌をしてきなさい」

「今年も大いに笑わせてくれていいからね」

「正月の間は無礼講だから、旦那様も笑ってくださるだろうからね」


 その言葉にヨリはふるふると震えだす。


「何で、皆して私がお酒をこぼすって決めているの!」

「毎年だからねぇ。晴れ着なんて今日ぐらいしか着ないからねぇ」

「立ち上がるとき、勢いがよすぎるからだね」

「いつもより袖丈が長いことを意識しないと駄目だよ」


「くぅぅぅぅ! 今年は絶対にこぼしません!」


 ヨリの声は隣の宴会場まで響き渡っていたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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