Chapter.8"Full moon's assailant"
Chapter.8"Full moon's assailant"
月曜日、学校を終え、晩飯を食べ、あとは寝るだけ。空に輝いている満月はとても美しく、そして儚くもあった。相も変わらず成瀬との会話は無く、いつもどうりといえば、いつもどうりの一日である。しかし、今日はいつもと少し違った。
「海、見たいんだけど」
と、成瀬が言った。突然なのか、前々から思っていたのかは分からない。しかし、成瀬の目を見て、この意見は簡単にはくつがえらないんじゃないかなぁ……と、俺は内心溜息を吐いた。
「海? でも、夜の外は危険なんじゃなかったのか?」
成瀬来宅初日に聞かされた、夜は人目が無いので危険という話を思い出す。人目が無い分、軍も動きやすい。だから、成瀬は絶対に日中にしか外に出ない。っていうか、外出したのは最初の買い物の時なのだが。
「それでも、見たいんだけど」
それでも成瀬は、意見を変えない。正直、成瀬が俺に頼むここといえば、飯の催促くらいのもんだった。しかし、今日は海が見たいと言う。しかもいつもの強気な口調ではなく、頼むかのような話し方だったのがまたびっくりであり……。
「あぁ……? ……わかった」
特に大した理由も無く、むしろいつもなら無下に却下していたはずの意見を、なぜか了承してしまった。夜ということで、着替えるのは面倒くさい。とのことから、今回はスエットのままで行くことになった。成瀬は帽子を深めにかぶり、準備OK。俺はしっかりと玄関に鍵をかけ、車庫へ向かった。
「ほら、ヘルメット」
成瀬にヘルメットを差し出す。しかし、成瀬はそれを受け取らず、こんなことを言う。
「もう1つ、わがまま言っていい?」
「……言ってみろ」
「歩いていきたいんだけど」
とんだチャレンジャーだな。それにしても、こいつがこうだと妙に調子が狂う。一体どうしてしまったんだよ? あの天上天下唯我独尊女がこうまでなると、逆に何かあるんじゃないかと心配になる。
「おい、まさかとは思うけど何かあるわけじゃないよな?」
「何も……ただ海を見たいだけ」
成瀬はいつものようにぶっきらぼうに答えた。なら、とりあえず連れて行くしかないか……歩いてな。という、本当にとりあえずな考えで俺は歩き出した。道中の道のりは30分はかかり、バイクなら10分ほどなんだが……。特に何も話さずに、ただ黙々と海を目指して歩いていた。時間が時間だけに人通りはあまりなく、改めて本当に戦争中なのか? という疑問符が頭の上に浮き上がる。
「そういえば、一人暮らしよね?」
成瀬が思いついたように話しかけてくる。
「あぁ」
「家族は?」
今まで、この二日間よく問われなかった質問だと思う。
「死んだ。あ、気にするなよ。随分前のことだから」
「そう。まぁ、こんな時代よくある話ね」
そこまで言っていいとは言ってない。気にするなとは言ったけど、少しは気を使え。そう考えた時、ふと疑問が浮かんだ。
「そういや、お前の親は?」
「生きてるわよ。今も多分家にいるでしょうね」
「いきなりいなくなったりして、心配してるんじゃないのか? 放っといて大丈夫なのかよ?」
「いきなりってわけじゃないんだけど……。大丈夫よ。私の心配なんてしてないわ」
さらっと自己否定のようなことを言う。
「そんなわけないだろ? 家族なんだ」
「そういうものなのよ、うちの親は。子供なんてどうでも良くて、親と話したことなんて必要最低限。ただの同居人。だから……」
変なところで成瀬が言葉を区切った。
「だから?」
「……なんでもない」
結局、なんでもないで会話は終了してしまった。成瀬は、そのあとに何を言うつもりだったのか。どうして言うのをやめたのか。俺には、何もわからなかった。わからないけど、その時見せた成瀬の寂しげな顔が、妙に印象的だったんだ。
***
夜の海岸。それは暗くて、不気味で、吸い込まれそうで、もしかしたら死した魂全てこの海の中に溶け込んでいるのではないだろうか?
なんて、そんな訳も無く、柄にも無く感傷にひたってみたのだけど、やっぱり合わなかったようで、5分もと持たなかった。
今現在例の洞窟内でただ座っているだけで、少し離れた所に座っている成瀬はただ海を見つめている。何しに来たのか? 当然だけどそんな疑問が頭をよぎってしまうんだけど、どうも話をする雰囲気じゃない。
しかも、この外出に終わりが見えないので、帰るタイミングがイマイチつかめない。
「……なんで海見たいって言ったのかとか、聞かないわけ?」
会話をする雰囲気じゃないと思っていたのは、どうやら俺だけだったようだ。俺は、いつものように少しだけ反発も含めて答える。
「聞いたとして、お前が素直に答えるんなら聞いてるさ」
「よくわかってるじゃない」
そう言って成瀬が少しだけ笑う。そして、勝手に説明を始めた。
「まず、能力っていうのは、有限なの。体力と同じように、使えば疲労していく。そして、この海。というより、この洞窟ね。ここは、ある種のパワースポットのようなもので、能力者の充電器のような役割を果たしているわけ。まぁ、寝るだけでもある程度は回復するけど、それでもここの方がずっと回復は早いわけ」
成瀬が、俺の方に視線を送ることなく言った。
「なるほど。納得したよ。今お前は充電中で、つまりは、充電しなきゃならないほどに消耗してしまっている」
「まぁ、そういうことね」
一週間、軍から追われ、逃げ続けていたんだ。消耗して当たり前か。その時、俺はおかしな点に気付いた。
「ちょっと待て。お前の充電器がここなら、なぜ軍がここを見張ってない?」
「それは、能力者によって充電器の場所や、空間が違うからよ。私のように特定の場所がいい人もいれば、定期的に回復していくような人もいる。私の充電器は、誰にも教えてな――」
その時だった。成瀬が焦ったように急に立ち上がり、手で俺に奥に行けと合図してくる。
「なんだってん……」
俺は、一瞬体が硬直してしまった。成瀬の目が、今どんな状況下にいるのか物語っていた。その目はこの前の柊の時よりも更に鋭く、成瀬自身、相当焦っていることを教えてくれた。今の俺が、どれだけ無力なのかも、一瞬で理解した。無意識に成瀬の命令通りに奥へ急ぐ。それとほぼ同時に、入り口付近に全身を黒い服をまとった人物が現れる。俺には、気配なんてカケラも感じなかった。あの成瀬でさえ、ここまで近くでやっと気付いたくらいだ。
「ちっ……! よりによって『カラス』か」
悔しそうに成瀬が舌打ちした。『カラス』と呼ばれた人物の姿は異様で、一般人で無いことはすぐに分かる。迷彩柄のつなぎ。防弾チョッキのようなベストを身につけ、肌は全くさらしていない。そして腰には、ホルスターがついていて、顔には、目の部分だけがスコープになっている異様な面をつけている。ゆっくりと近付いてくる『カラス』に、先に声を荒げたのは成瀬だった。
「残念だけど、捕まる気は無い! それに、私を捕まえようたって無駄だと思うけど?」
成瀬はさっきと変わって余裕の表情で、カラスを挑発する。カラスは、成瀬の挑発に乗るつもりはないらしく、一歩づつ怯む様子もなく歩いてくる。それと同じくして、成瀬が一歩づつ後退する。場の雰囲気が緊張感に包まれていた。頬を、汗が伝っていった。
「やっぱ、話たってどうにもならないか」
成瀬は、そう呟いた次の瞬間、相手に背を向け、俺の方へ走ってきた。
「目を瞑りなさい!」
成瀬が俺に向かって叫ぶ。俺は、言われた通りに目を瞑る。一瞬見た成瀬の顔は、恐怖に歪み、必死の形相だった。
「ちっ!」
カラスの大きな舌打ちが聞こえ、成瀬ともう1つの走る足音が聞こえる。その足音は、あまりにも成瀬のものより大きく、早い。成瀬が逃げた途端、今まで隠していたかのように殺気が漏れた。息がしずらく、目が回る。動いているわけでもないのに息が上がり、冷や汗が全身から吹き出る。たった2・3秒が、何十分にも感じられる感覚。これが、本当の恐怖。畏れ。ただ……怖い。怖いんだ。
気が狂いそうにになったのを助けてくれたのは、成瀬の声だった。
「身構えて!」
俺はわけもわからず、全身に力を入れる。まもなくして、成瀬が俺に飛びついてきた。いきなりなことにびっくりして、目を開けそうになったがなんとか我慢する。そして、目を瞑っていても分かるほどに、周りが光に包まれる。いや、もしかして自分が光っているのか? それくらいに、まぶしかった。気持ち悪いくらいの浮遊感と、光の向こうに、飲み込まれそうになる。成瀬が何をしたかなんて考える余裕はなく、ただただ俺は意識を繋ぎとめることだけに集中した。
そしていつのまにか、波の音が聞こえなくなっていることに気付き、そしてあの気が狂いそうになる殺気も消えているのが分かる。
「もう開けていいわよ」
成瀬の指示通り、目を開けた。その眼前には――
「……俺の……部屋?」
いつもの見慣れた、俺の部屋の風景が広がっていた。
「まじかよ……」
さすがにこれには参った。しかし、諦めにも似たような感情が俺の中を満たす。
「まさか、俺がこんなことを信じるはめになるとはね……」
しかし体験してしまった以上、否定することなんて出来っこない。むしろ体験したことでうまく納得できた上、清々しいまで現実をぶち壊してくれて、スッキリした気分だ。
「お前、本当に消えられるんだな。瞬間移動。ワープ。柊は、テレポーテーションと言ってたな」
そう言って成瀬を見る。が、成瀬の姿はそこには無い。
「成瀬?」
今度こそ、どこかへ消えたのかと思い、気が焦る。しかし、何のことは無い、床に転がっていた。これもこの前と一緒で、床で安らかな寝息を立てている。俺は前と同じように成瀬を担ぎ上げ、ベッドに寝かせると、掛け布団をかぶせる。
俺はというと、なぜかさっきから興奮して収まらない体を冷ますために、シャワーを浴びに風呂場へ向かった。
着衣をかごに入れ、お湯をだす。髪の毛を洗いながら、頭の中を整理する。
「テレポーテーション、か。まるでファンタジーだな」
成瀬自身、消耗している状態で、俺と自身をこんな遠くまでテレポートさせたんだ。しばらくは目を覚まさないかもしれない。
俺は、左胸に手を当てた。俺の左胸は、大きく高鳴っている。それは恐怖からくるものではない。しかし、それがなんなのか、どこから湧いてくるものなのか、全く分からない。
それはともかく、いよいよ我関せずで済む話では無くなってきた。あの『カラス』とかいうのは、明らかに俺たちに敵意を持って迫ってきたと思う。殺す気だったのか、捕まえる気だったのかなんてことは分からないが、あの恐怖は敵意と見て間違いないと思う。本当に、面倒くさくなってきたような気がする。でも、このまま成瀬を放っておくわけにもいかないし、柊なんかに任せてみろ、それこそ目覚めが悪いに決まってる。
しかし、俺は知らないことが多すぎる。何かをするにしたって、情報が無けりゃどうすることもできないし、それに関しては柊が適任だろう。考えてみると、なんで成瀬が狙われているのか? どれだけ能力者がいるのか? 相手にも能力者がいるのか? 『カラス』とは? ちょっと考えるだけで無数に出てくる。
ごちゃごちゃ言ってもしょうがない。多分、俺は好奇心で知りたいだけなのかもしれないけど、兎に角今は情報が欲しい。
「……成瀬、教えてはくれないだろうな。いつ起きるかもわからないし」
その手の会話は無視されるのが落ちで、いつしかその話題はタブー扱いになっていたのだ。能力とかの話はしてくれても、なぜ追われているのか? そんな疑問には答えてくれない。
「……仕方ない。柊を頼るしかないか」
本当にこれは最後の最後の最終手段で、どうしても使いたくは無かったのだが、どうしようも無い。
明日、柊に問いただしてやる。